ルビ部分を藤井由美香(佐藤ゼミ・4年生)が入力したもの。協力、多謝。
佐藤の検閲は経ていない。



小公子

  第六回 (甲)         若松しづ子

さて翌日(よくじつ)フォントルロイ殿(どの)とハ氏(し)が乗(の)つた馬車(ばしや)がドリンコート城(じやう)へ行(ゆか)ふといふ長(なが)い並木(なみき)を通(とう)りました時(とき)は正午(ひる)も余程過(よほどす)ぎて居(お)りました。
老侯(ろうこう)の仰(おヽせ)に、フォントルロイ殿(どの)を晩餐(ばんさん)に間(ま)に合(あ)ふ様連(つ)れて参(まゐ)れと有(あ)りました。
又(ま)た何(なに)か特(こと)に思召(おぼしめし)が有(あっ)たものと見(み)えて、老侯(ろふこう)が独(ひと)り待(ま)ち受(う)けられるお居間(ゐま)へ付添(つきそ)ひ手(て)なく、たゞひとり遣(つか)はせといふお言葉(ことば)でした。
馬車(ばしゃ)は彼(か)の並木(なみき)の間(ま)を轟音高(とヾろくこゑたか)く走(は)しる中(うち)、フォントルロイ殿(どの)はユツクリと立派(りつぱ)な羽布団(はねぶとん)に寄(よ)つて、四方(しほう)の気色(けしき)を余念(よねん)なく、眺(なが)めて居(ゐ)られましたが、見(み)る物聞(ものき)くもの面白(おもしろ)くないものは有(あり)ませんかつた。
きら\/した馬具(ばぐ)の付(つ)いた、立派(りつぱ)な大馬(おほむま)の引(ひ)く馬車(ばしや)にも、見(み)事な揃(そろひ)を着(き)た背(せ)の高(たか)い御者(ぎよしや)や馬丁(べつとう)にも心を付(つけ)られ、特(こと)に大門(おほもん)の扉(とびら)に彫付(えりつけ)て有(あつ)た冠(かんむり)の摸形(もけい)に眼(め)が止(とま)りまして、どういふ理由(いわれ)のあるものか研究(けんきう)をするとて懇(ねんごろ)に馬丁(べつとう)と知己(ちき)になりました。
それから、馬車(ばしや)がお庭(には)の御門(ごもん)の前(まへ)へ来(き)ました時(とき)、入口(いりぐち)の両側(りやうがわ)に有(あつ)た石造(せきざう)の獅子(しヽ)をよく見(み)ようとして、馬車窓(ばしやまど)から首(くび)を出(だ)しました。
此時蔦(このときつた)が青々(あほ\/)と覆(おほ)ひ被(かぶ)せた家(いへ)を出(い)で、御門(ごもん)を開(ひら)いた者(もの)は頬(ほう)の色(いろ)の好(い)い母(はヽ)らしい女(おんな)でしたが、ニ人(ににん)の子供(こども)が跡(あと)に続(つヽ)いて駆出(かけだ)して来(き)まして、丸(まる)い、大(おヽ)きな眼(め)をして馬車(ばしや)の中(なか)の若(わか)ぎみを眺(なが)めて居りました。
お袋(ふくろ)らしい彼(か)の女(おんな)は、ホヽ笑(ゑ)みながら、腰(こし)を屈(かヾ)めました。
そうして子供等(こどもら)も、お袋(ふくろ)に催促(さいそく)されて、頭(かしら)をさげて辞儀(じぎ)をしました。
フォントルロイ殿(どの)は、

アノ女(おんな)は僕(ぼく)を知(し)つてるんでせうか?、
知(し)つてると思(おも)ふんでせうね。

と云(い)つて、黒天鵝絨(くろびろうど)の帽子(ばうし)を脱(ぬ)いで、こちらからも笑(わら)ひかけました、又例(またれい)のさゑた調子(ちやうし)で、

今日(こんにち)は!
御機嫌(ごきげん)は如何(いかヽ)?、

といひますと、女(おんな)が嬉(うれし)そうな顔(かほ)つきをした様(やう)に、セドリツクには見(みえ)ました。
始(はじ)めからホヽ笑(ゑ)んだ口(くち)が、いよ\/広(ひろ)く開(あ)きまして、眼元(めもと)にも親切相(しんせつそう)な処(ところ)が現(あら)はれて来(き)ました。

若様(わかさま)、よくお入(い)りで御坐(がざ)いました、マアお見事(みごと)な若様(わかさま)で入(いら)つしやいますこと!、
御好運(ごかううん)と御幸福(ごこうふく)を幾久(いくひさ)しく祈(いの)り上(あげ)ます。

と申ました。
フォントルロイ殿(どの)は帽子(ばうし)を振(ふつ)て、再(ふたた)び会釈(ゑしやく)し升(まし)た。
終(つい)に馬車(ばしや)は女(をんな)の側(そば)を通(とほ)つて、先(さき)へ進(すヽ)みました。

僕(ぼく)はあの女(をんな)がなんだか好(すき)です、子供(こども)が好(すき)の様(よう)な顔(かほ)して居(いま)すもの、僕(ぼく)は時々(とき\/)こヽへ来(き)て、あの子供(こども)たちと遊(あそ)び度(たい)もんですね、まだ外(ほか)にも大勢子供(おほぜいこども)が有(あ)りますかしら?。

ハ氏(し)は門番(もんばん)の子供(こども)などと遊(あそ)び朋輩(はうばい)になることは赦(ゆ)るされそうもないことヽおもひながら、あとでも申(もう)せることと、扣(ひか)へてなんとも答(こた)へませんかつた。
さて馬車(ばしや)はズン\/進行(しんこう)いたしました。
此馬車道(このばしやみち)の両側(りやうわき)に見事(みごと)な大樹(たいじゆ)が生(お)ひ繁(しげ)つて居(お)つて、双方(さうはう)から覆(おほ)ひ、重(かさな)つた大枝(おほえた)が、生(い)きた緑門(アーチ)になつて有(あり)ましたが、セドリツクはこんな厳(いか)めしい立派(りつぱ)な樹木(じゆもく)を見(み)たことが有(あ)りませんかつた。
ドリンコート城(じやう)は大英国中(だいえいこくちう)の城廓(じやうくわく)で是(これ)に劣(おと)るといふものはなく、其庭(そのには)の広(ひろ)いことと見事(みごと)なことに於(おい)ては、指(ゆび)を折(をら)れる中(うち)で、殊(こと)に樹木(じゆもく)と並木道(なみきみち)は他(た)に並(なら)ぶものヽない位(ぐらい)といふことを、其時(そのとき)セドリツクは未(ま)だ知(し)りませんかつた。
併(しか)し何(なに)も彼(か)も美(うつく)しいといふこと丈(だけ)は、知(し)つて居(お)りました。
すさまじい大樹(たいじゆ)の間(あいだ)から、午後(ごヾ)の光線(くわうせん)が黄金(こがね)の矛(ほこ)を差通(さしと)ふしてゐる塩梅(あんばい)、四面声(しめんこゑ)なく、沈々(しいん)とした趣(おも)むき、風(かぜ)にユウ\/と殺(そよ)いで居(お)つた大枝(おほえだ)の間(あいだ)からチラ\/見(み)える樹苑(じゆゑん)の景色(けしき)、一々セドリツクの心(こヽろ)を悦(よろ)こばして、眼(め)を慰(なぐさ)ませぬものは有(あり)ませんかつた。
時々(ときどき)は青々(せい\/)とした丈(たけ)の高(たか)い格注(しだ)が毛氈(もうせん)を敷詰(しきつ)めた様(よう)に生(は)へた処(ところ)を眺(なが)め、又処々(またところ\/)には微風(そよかぜ)に靡(なび)いて居(お)つた桔梗(きヽやう)の薄色(うすいろ)が、空(そら)と見擬(みまが)ふ計(ばか)りに咲(さ)き乱(みだ)れて居(お)つた処(ところ)を通(とう)りました。
ある時(とき)は、青葉(せいよう)の下(した)から不意(ふい)に兎(うさぎ)が跳出(はねだ)しました、短(みぢ)かい白(しろ)い尾(を)をチラリと後(うし)ろへ見(み)せて、又何(またいづ)れへか走(はし)り去(さ)るのを見(み)て、セドリツクは跳(は)ね上(あが)つて大笑(おほわらひ)をいたしました。
一度(いちど)は間近(まぢか)くから突然(とつぜん)に雉子(きじ)の一群(ひとむれ)が、羽敲(はヾたき)して飛(と)び出(だ)しまして、又飛(またと)び去(さ)りました。
此時(このとき)セドリツクは大声(おほごゑ)を挙(あ)げ、手(て)を拍(う)つて、

ハヴイシャムさん。
どふも奇麗(きれい)な処(ところ)ですね?、
僕(ぼく)はこんな奇麗(きれい)な処見(ところみ)たことがないです、アノニユーヨークの中央公園(ちうわうこうゑん)よりまだ奇麗(きれい)ですネ。

行(ゆ)く途(みち)に大分暇(だいぶひま)どれたのを、少(すこ)し不審(ふしん)におもつたと見(み)えて、

全体門(ぜんたいもん)から入口(いりぐち)までどの位(くらい)あるんです?、

と問(と)ひました。

左様(さよう)、三英里(さんゑいり)か四英里(しゑいり)も有(あり)りませうか、

ソウデスカ自分(じぶん)のうちの門(もん)からそんなに離(はな)れてるツて、大変(たいへん)ですね、

セドリツクは、ひとつ驚(をどろ)いて幾分(いくふん)も過(すぎ)ないに、また驚(をどろ)いて感服(かんぷく)すべき新(あたら)しいものに出逢(であひ)ました。
一度(いちど)は或(あるひ)は青草(あほくさ)の上(うゑ)に横(よこ)になつたり、或(あるひ)は馬車音(ばしやおと)に驚(おどろ)かされて、奇麗(きれい)な角(つの)の生(は)へた頭(かしら)を並木道(なみきみち)の方(はう)に向(む)けて、ビツクリした顔(かほ)で、立(た)つて居る鹿(しか)を見付まして、まるで夢中(むちう)でした。
セドリツクは声(こゑ)の色(いろ)を変(か)へて、

アヽ、こヽに見(み)せ物(もの)でもあつたんですか、それともいつでもこヽに住(す)んで居(ゐ)るんですか?、
一体誰(いつたいたれ)のなんです?

と問(とわ)われてハ氏(し)は、

いつもこヽに居(ゐ)るのです、それは侯爵(こうしやく)さま、即(すなは)ちあなたのお祖父様(じいさま)のものです、

是(これ)から間(ま)もなくお城(しろ)が見(み)えて来(き)ました、其眼(そのめ)の前(まゑ)に巍々(ぎヾ)として突立(とつりつ)した処(ところ)は、誠(まこと)に見(み)ことに錆(さび)て居(を)りまして、数々(かず\゛/)の窓(まど)にはタ陽(ゆうひ)の光線(こうせん)が眩(まば)ゆく輝(かヾや)いて居(お)りました。
井楼(せいろふ)もあれば、凸字壁(とつじへき)や、砲台(とうだい)も見(み)える、其幾方(そのいくはう)の壁(かべ)には、蔦桂(つたかつら)がはひ纏(まと)ふて、古色(こしよく)を増(ま)して居(お)りました。
お城(しろ)の四方(しはう)には観台(ものみ)や柴生(しばふ)や美麗(びれい)な草木(くさき)の植付(うえつ)けが有(あ)つて、今(いま)を盛(さか)りと咲(さ)き乱(みだ)れて居(お)るものさへ夥(おびたヾ)しくありました。
セドリツクのくり\/した顔(かほ)は、嬉(うれ)しさに逆上(のぼせあげ)てポツト桜色(さくらいろ)になり、

どふも僕(ぼく)はこんな奇麗(きれい)な処見(ところみ)たことがないんです、王様(おうさま)の御殿(ごでん)の様(やう)ですね、いつか御殿(ごてん)の画(ゑ)を画双紙(ゑざうし)で見(み)たことが有(あり)ましたつけ、

といひました。
さて這入(はい)ろうとする玄関(げんくわん)の扉(とびら)は双方開(さうはうひら)いて有(あ)つて、召使(めしつかい)どもは二列(れつ)に居并(ゐなら)んで、セドリツクを見(み)て居(お)る様(よう)でした。
セドリツクは何故(なにゆへ)にあの様(よう)に并(なら)んで立(た)つて居(お)るのかとおもひ、揃(そろひ)の服(ふく)の見(み)ことなに感心(かんしん)しました。
セドリツクは此召使(このめしつかひ)たちが、程(ほど)なく、此城郭(このじやうかく)と総(すべ)て是(これ)に付属(ふぞく)する者の主領(しゆれう)となろうといふ此若君(このわかぎみ)に敬礼(けいれい)を表(ひやう)して居(ゐ)たとは知(しり)ませんかつた、画双紙(ゑざうし)の宮殿(きうでん)めいた此荘麗(このそうれい)な城郭(じやうかく)も、立派(りつぱ)な樹苑(じゆえん)も、厳(いか)めしひ様(よう)な大樹木(たいぼく)も、兎(うさぎ)が遊(あそ)ぶ草原(くさばら)も、柴生(しばう)を寝床(ねどこ)に起伏(おきふし)した、駁色(まだら)な眼(め)の大(おヽ)きい鹿(しか)も、みんな軈(やがて)、セドリツクの所有(しよいう)になるのでしたが、思(おもふ)て見(み)れば、馬鈴薯(じやがたらいも)や鑵詰物(かんづめもの)の真中(まんなか)に、ホツプスおぢと腰(こし)かけて高(たか)い台(だい)から両足(りやうあし)をブラ降(さげ)て居(おつ)たのは、ツイ二週前(にしゆうぜん)のことで、其時(そのとき)は尚(なほ)さら、今(いま)でも、こんな立派(りつぱ)な物(もの)に大(たい)した関係(かんけい)がある様(よう)には思(おもわ)れませんかつた。
召使(めしつかひ)の居并(ゐなら)んだ頭(かしら)の方(はう)に、眼立(めたヽ)ぬながら立派(りつぱ)な姿(なり)をした老成(らうせい)らしい婦人(ふじん)が居(おり)ましたが、セドリツクが這入(はいり)ますと、外(ほか)の者(もの)よりも間近(まちか)く立(た)て居(ゐ)て、何(なに)か言(い)ひそうな顔付(かほつき)に見(み)えました。
セドリツクの手(て)を引(ひ)いて居(お)つたハ氏は鳥渡足(ちよつとあし)を止(と)めました、そして声(こゑ)をかけて、

メロン夫人、フオントルロイ殿(どの)で御座(ござ)りますぞ。
若君(わかぎみ)、取締(とりしまり)のメロンと申(もう)す婦人(ふじん)で御座(ござ)ります。

セドリツクは眼(め)つきに嬉(うれ)しい情(じやう)を現(あら)わし、握手(あくしゆ)の手を延(のべ)て、

あなたでしたか、あの猫(ねこ)をよこして呉(く)れたのは?、
どふも有(あり)がたう、

といひますと、メロン夫人(ふじん)は、門番(もんばん)の妻(つま)の顔(かほ)ほど嬉(うれ)しさうな顔(かほ)になつて、ハ氏に迎(むか)ひ、

いづれでお眼通(めどう)りいたしても若(わか)ぎみをまちがふことは有(あ)り升(ます)まい。
お顔(かほ)も御様子(ごやうす)もそつくりエロル様(さま)で御座(ござ)ります。
あなた、今日(こんにち)は誠(まこと)におめで度(たい)ことで御座(ござ)ります。

といひましたが、セドリツクは何(なに)がおめで度(たひ)のかと不審(ふしん)に思(おも)ひました。
デ、メロン夫人(ふじん)の顔(かほ)を不思儀(ふしぎ)さうに見(み)ますと、チヨツトの間(ま)、眼(め)に涙(なみだ)が浮(うか)んで居(ゐ)た様(よう)でしたが、悲(かな)しそうでもなく、セドリツクを見(み)つめて、につこりいたしました。

あの猫(ねこ)は見(み)ごとな小猫(ねこ)を二ツこヽへ残(のこ)して参(まい)りましたから、早速御居間(さつそくおゐま)へ差上(さしあ)げて置(お)きませう、

といひました。
それから、ハ氏は何(なに)か低(ひく)い声(こゑ)で二言(ふたこと)、三言(みこと)いひ升(ます)と、メロン夫人(ふじん)が答(こた)へて、

あなた書斎(しよさい)で御座(ござ)ひますよ、若君(わかぎみ)をお独(ひとり)で、そこへ差上(さしあげ)る筈(はづ)で御座(ござ)ります。(以上、『女学雑誌』第二六九号)




小公子。 

  第六回 (乙)         若松しづ子

それから暫時待合(ざんじまちあは)せる内(うち)に、矢張(やは)り揃(そろひ)の服(ふく)を着(き)た丈(せい)の高(たか)い給事(きうじ)が書斎(しよさい)の入口(いりぐち)までセドリツクを案内(あんない)して、戸(と)を開(あ)け、殊更武張(ことさらぶば)つた声(こゑ)で、「御前(ごぜん)、フォントルロイ殿(どの)のお入(い)りで御坐(ざ)り升(ます)、と注進(ちうしん)いたしました。
身(み)は給事風情(きうじふぜい)でこそあれ、当家(とうけ)の嫡孫(ちやくそん)が軈(やが)て受続(うけつ)ぎ玉(たま)ふ可(べ)き領地(りやうち)へ御到着有(ごとうちやくあ)つて、老侯(ろうこう)に初見参(うひげんざん)に入(い)り玉(たま)ふ案内(あんない)は、容易(ようい)ならぬ栄誉(えいよ)と思(おも)つたことでせう。
セドリツクは続(つヾ)いて敷居(しきゐ)を越(こ)へ、坐敷(ざしき)へ這入(はい)りました。
是(これ)はまた大(たい)して広(ひろ)い立派(りつぱ)な坐敷(ざしき)で、置着(おきつ)けの道具(どうぐ)は皆(み)な豪儀(ごうぎ)な彫物(ほりもの)のした品(しな)で、幾層(いくそう)と敷(かず)の知(し)れぬほどの書棚(ほんたな)に、書籍(しよじやく)がギシ\/詰(つま)つて居(ゐ)ました。
置道具(おきどうぐ)は総(すべ)て黒色(こくしよく)で、窓掛(まどかけ)や、隔(へた)ての掛幕(かけまく)はいづれもドツシリして居(ゐ)て、菱形(ひしがた)の玻璃窓(はりそう)は殊(こと)に間深(まぶか)で、室(しつ)の隅(すみ)から角(すみ)までの隔(へだヽ)りがいかにも遠(とほ)いものでしたから、光線(こうせん)のうつりも薄(うす)く、一体(いつたい)の気色(けしき)が朦朧(もうろう)と小気味(こきみ)わるい位(くらい)でした。
セドリツクは始(はじ)め一寸(ちよと)の間(あいだ)、誰(たれ)も室(しつ)にゐぬ様(やう)だと思(おも)ひましたが、暫(しばら)くする内(うち)に大(おほ)きな暖室炉(だんしつろ)の火(ひ)の焼(た)ひてある辺(へん)に、大(おほ)きな安楽椅子(あんらくいす)が有(あ)つて、誰(たれ)か其椅子(そのいす)に腰掛(こしかけ)て居(ゐ)るのが見(み)えました。
始(はじ)めには此人物(このじんぶつ)は未(ま)だセドリツクの方(ほう)を見向(みむ)きませんかつたが、他(た)の一方(いつぽう)にはセドリツクに眼(め)をつけたものが有(あ)りました。
安楽倚子(あんらくいす)の側(かたわら)の床(ゆか)にすばらしい茶色(ちやいろ)のマスチフ種(たね)の大犬(おほいぬ)が寝(ね)て居(お)りましたが、体(からだ)も四足(しそく)も獅子(しヽ)ほど有(あ)りました。
此(こ)の大(だい)の犬(いぬ)が凛然(りんぜん)として静(しづ)かに床(ゆか)を離(はな)れ、彼(か)の小息子(こむすこ)に向(むか)つて、ドシ\/足音(あしおと)させて歩(ある)いて参(まゐ)りました。
此時始(このときはじ)めて彼(か)の椅子(いす)の上(うえ)の人物(じんぶつ)が声(こえ)を発(はつ)して、「これ、ダガル、こちらへ参(まい)れ」と命(めい)じなました。
併(しか)し若君(わかぎみ)の心(こヽろ)には不深切(ふしんせつ)もなければ、亦恐気(またおぢけ)もなく一体大胆(いつたいだいたん)な生(うま)れでしたから、誠(まこと)に何気(なにげ)なく、此大犬(このおほいぬ)の頚(くび)わの上(うえ)に手(て)を置(お)きながら、犬(いぬ)と一処(いつしよ)に徐々(しづ\/)と進(すヽ)みました。
ダガルは歩(あゆ)みながら、頻(しき)りに鼻(はな)を動(うご)めかして臭(にほひ)を【口鼻】(か)ぐ様子(ようす)でした。
此時侯爵(このときこうしやく)どのは始(はじめ)て、顔(かほ)を挙(あ)げられましたが、先(ま)づセドリツクの眼(め)に止(とまつ)た者(もの)は、頭髪(とうはつ)も眉毛(まゆげ)も白(しろ)くフツサリして、窪(くぼ)い烈(はげ)しい両眼(りようがん)の間(あいだ)の鼻(はな)のさながら鷲(わし)の嘴(くちばし)に似(に)た、活服(くわつぷく)の大(おほき)な老人(ろふじん)でした。
侯爵(こうしやく)どのヽ眼(め)に止(とまつ)た者(もの)は、黒天鵞絨(くろびろうど)の服(ふく)にレースの領飾(くびかざり)の付(つ)いたのを着(きた)しとやかな子供(こども)の容姿(すがた)で、尋常(じんじよう)で、凛(りん)とした顔(かほ)の辺(へん)には愛嬌毛(あいけうげ)が浪(なみ)うつてゐて、何(なに)となく、親(した)しげに自分(じぶん)を見(み)て居(お)りました。
此城郭(このじようかく)を古(むか)し話(はな)しの御殿(ごでん)とすれば、セドリツクはソツクリ其中(そのなか)の若殿(わかとの)に見立度様(みたてたいよう)でしたが、自分(じぶん)では少(すこ)しも左様(さよう)なことに気(き)が付(つき)ませんかつた。
然(しか)るに老侯(ろうこう)が斯(かく)まで屈強(くつきやう)に見(み)えた孫息子(まごむすこ)を見(み)、大犬(おほいぬ)の領(うなじ)に手(て)を載(のせ)ながら、一向臆面(いつこうおくめん)なく自分(じぶん)に顔(かほ)を合(あは)せる様子(やうす)を察(さつ)して、其烈(そのはげ)しい御心(みこヽろ)の中(うち)に急(きゆう)に喜悦(きゑつ)と高慢(こうまん)の情(じよう)が燃(もえ)て来(き)ました。
セドリツクが犬にも自分(じぶん)にも懼(を)ぢ恐(おそ)れた様子(やうす)の少(すこ)しもないのが、ひどく武(たけ)しい老侯(ろうこう)の気(き)に叶(かな)ふたのでした。
セドリツクは、門番(もんばん)の女(をんな)や、取締(とりしまり)を見(み)たも同様(どうやう)な調子(てうし)に、老侯(ろうこう)を見(み)て、ズツト側(そば)まで歩(あゆ)み寄(よ)りました。

あなたが侯爵(こうしやく)さまですか?、
僕(ぼく)はハゥ゛イシヤムさんが連(つ)れて来(き)た、あなたの孫(まご)ですよ、フォントルロイです、知(し)つて入(いら)つしやるでせう?

と云(い)つて、侯爵(こうしやく)さまでも握手(あくしゆ)をするのが礼儀(れいぎ)で適当(てきとう)なことに違(ちが)ひないと思(おも)ひ、手(て)を伸(の)べながら又大層(たいそう)なれ\/しく

御機嫌(ごきげん)は如何(いかヾ)ですか、僕(ぼく)は今日(けふ)あなたにお眼(め)にかヽつて、大変嬉(たいへんうれ)しいんです。

といひました。
侯爵(こうしやく)どのは、妙(めう)に眼(め)を光(ひか)らせながら、握手(あくしゆ)の礼(れい)をしました。
一寸始(ちよつとはじ)めには少(すこ)し呆(あき)れ気味(ぎみ)で、言葉(ことば)も出(で)ませんかつたが、被(かぶ)せかヽつた様(やう)な眉毛(まゆげ)の下(した)から、画(ゑ)に書(かい)た様(やう)なセドリツクを見つめ、頭(あたま)から足(あし)の先(さき)まで余(あま)す処(ところ)なく観察(かんさつ)を遂(と)げられてから、

ヤツト、ソウカ、貴様(きさま)はおれに逢(あ)つて嬉(うれ)しいと云(い)ふのか?。

ヱー、大変嬉(たいへんうれ)しいんです。

セドリツクの側(そば)に倚子(いす)が有(あり)ましたが、先是(まづこれ)へ腰(こし)をかけました。
これは寄(よ)り掛(かヽ)りの高(たか)い、丈(たけ)の高(たか)い倚子(いす)でしたが、これへ腰(こし)を落着(おちつけ)ますと、両足(りやうあし)が下(した)へ着(つき)ませんかつた。
併(しか)し矢張楽(やはりたのし)そうにチヤントしてゐて、厳(いか)めしいお祖父様(ぢいさま)のお顔(かほ)を、少(すこ)し扣(ひかへ)めながら眼(め)を離(はな)さず眺(なが)めて居(お)りました。
其中(そのうち)、こふいひました、

僕(ぼく)はあなたがどんな人(ひと)かと思(おも)つて、始終考(しじゆうかんが)へてましたよ、お船(ふね)で床(とこ)の上(うへ)に寝(ね)てゐる時分(じぶん)、あなたがヒヨツト僕(ぼく)のとうさんに似(に)て入(いら)つしやるか知(し)らと、思(おも)つてましたよ。

フン、そうして似(に)て居(ゐ)る様(やう)か?。

と尋(たづ)ねられて、

左様(さやう)さ、おとうさんがおなくなりなすつた時(とき)、僕(ぼく)は大変少(たいへんちい)さかつたから、顔(かほ)をよく覚(おぼ)えて居(ゐ)ないのかも知(し)れませんが、何(なん)だか似(に)て入(いら)つしやらない様(やう)です。

それじやあ、貴様(きさま)失望(しつぼう)だろうな?。

イヽへ、ナニソリヤア誰(だれ)だつて自分(じぶん)のおとうさんに似(に)てゐれば好(いヽ)けれど、おとうさんの顔(かほ)に似(に)てないだつて、お祖父(ぢい)さんの顔(かほ)ならば好(すき)ぢや有(あり)ませんか、あなたゞつて自分(じぶん)の親類(しんるい)なら、誰(だれ)だつて好(すき)でせう?。

侯爵(こうしやく)どのは後(うし)ろへ反(そ)り返(かへ)つて、セドリツクを見詰(つつ)めて居(ゐ)ました。
自分(じぶん)の親類(しんるい)に親(した)しむ妙味(あじはひ)は、侯爵(こうしやく)どのにまだ分(わか)らぬ位(くらい)でした。
なぜといふに是(これ)まで時(とき)につれ、折(をり)に触(ふ)れては、随分親類共(ずいぶんしんるゐども)と烈(はげ)しい喧嘩(けんくわ)をしたり、出入(でいり)を禁(きん)じたり、誹謗(ひばう)の名呼(なよば)はりをしたことも有(あ)つて、親類(しんるゐ)どもは、眼(め)の敵(かたき)に憎(にく)んで居(ゐ)たのでした。
フォントルロイは、又言葉(ことば)を続(つヾ)け、

そうして、誰(だれ)だつて自分(じぶん)のお祖父(ぢい)さんは好(すき)に定(き)まつてますは、
あなたみた様(やう)に親切(しんせつ)なお祖父(ぢい)さんなら尚(なほ)ですは。

老侯(ろうこう)の眼(め)は、又妙(めう)に光(ひか)りまして、

ハヽア、そうか、おれは貴様(きさま)に親切(しんせつ)なのか?。

フォントルロイどのは、威勢(ゐせい)づいて、

エーそうですとも、ブリヂェツトだの、林檎(りんご)やだの、ヂツクだのに、どふも誠(まこと)に有難(ありがた)う。

何(なに)を申(まうし)て居(ゐ)る?、
ブリヂェツトに林檎売(りんごうり)に、ヂツクじやと?。

エーそら、あの人(ひと)だちに遣(や)れつて、あんなにお金(かね)を下(くだ)すつた人(ひと)のことです、ソラ、僕(ぼく)が入(い)れば遣(や)れつて、ハゥ゛イシヤムさんにそうおいひなさつたでしやう?

ハヽア、あの事(こと)か、そうか?、
貴様(きさま)の好(すき)につかへといつた金(かね)か、全体(ぜんたい)あれで何(なに)を買(か)つた?、
聞(き)かせるが好(よ)い。

此時侯爵(このときこうしやく)どのは、少(すこ)しく彼(か)の秀(ひ)いでし眉(まゆ)を潜(ひそ)めて、鋭(する)どくセドリツクを見詰(みつ)めました。
必竟此童児(ひつけふこのどうじ)がどふいふことを楽(たの)しみにするかと、頻(しき)りに聞(きヽ)たくなつたのでした。

アヽ、そうでしたね、あなたは、ヂツクや林檎(りんご)やのお婆(ばあ)さんや、ブリヂェツトのこと知(し)らなかつたんでしたね、あなたがこんなに遠方(えんぽう)に入(いら)つしたの僕忘(ぼくわす)れてましたよ、三人(さんにん)とも僕(ぼく)の親友(しんゆう)なんです、それから、アノミケルが熱病(ねつびやう)でね‥‥‥。

ミケルとは又誰(またたれ)のことだ?。

ミケルといふのは、ブリヂェツトの亭主(ていしゆ)なんです、そして大変困(たいへんこまつ)てたんです、人(ひと)が病気(びやうき)で、働(はたらけ)ないで、十二人子供(こども)があれば随分大変(ずいぶんたいへん)でせう?、
ミケルと云(いふ)のは、いつでも極(ごく)かたい人(ひと)なんです、そうしてブリヂェツトが僕(ぼく)の家(うち)へ来(き)ては、泣(な)くんです、それからハヴィシヤムさんが、僕(ぼく)の家(うち)へ来(き)た晩(ばん)なんかにや、食(た)べる物(もの)がなんにもなくつて、家賃(やちん)が払(はら)へないつて台処(だいどころ)で泣(ない)てたんです、それから僕(ぼく)が逢(あひ)に行(い)つてたら、ハヴィシヤムさんが呼(よ)によこして、あなたが僕(ぼく)にお金(かね)を下(くだ)すつたのを預(あづ)かつて来(き)たつて云つたんです、それから僕(ぼく)が台処(だいどころ)へ急(いそ)いで距(か)けて行(い)つて、ブリヂェツトに遣(や)つたら、モウみんな大変(たいへん)よくなつちまつたんです、ブリヂェツトはあんまりビツクラして始(はじめ)はほんとにしないんですもの、だから僕(ぼく)があなたに有難(ありがた)いんです。

侯爵(こうしやく)どのは例(れい)の沈(しづ)んだ調子(てうし)で、

ハヽア、貴様(きさま)が好(すき)に金(かね)を遣(つか)つたといふのは、そういふ塩梅(あんばい)なのかナ、それから外(ほか)に何(なに)をした?。(以上、『女学雑誌』第二七〇号)





小公子。           若松しづ子

  第六回 (丙)

彼(か)の大犬(おヽいぬ)のダガルは、セドリツクが席(せき)に着(つ)きました時(とき)、其側(そのそば)へ坐(すは)つてゐましたが、幾度(いくたび)かセドリツクを見挙(みあ)げて、始終(しじう)の話(はな)しに身(み)が入(い)つてゐるかと思(おも)ふ様(やう)な素振(そぶ)りをしてゐ升(まし)た。
ダガルといふのは、中々巌格(なか\/げんかく)な犬(いぬ)で、自分(じぶん)の犬柄(いぬから)に対(たい)しても、軽々(かろ)しく世(よ)に処(しよ)することは出来(でき)ぬとおもつてゐる様子(やうす)があり升たが。此犬(このいぬ)の平生(へいぜい)を好(よ)く知(し)つて居(ゐ)られた老侯(ろうこう)は、それとはなしに注意(ちうゐ)して其(そ)の様子(ようす)を見(み)て居(ゐ)られ升た。
ダガルは中々粗忽(なか\/そこつ)に知己(ちき)を拵(こしら)へる様(やう)な犬(いぬ)では有(あり)ませんかつたから、セドリツクが撫(な)でるのを何(なん)ともせずに静(しづ)かに坐(すは)つて居(お)つたのを見(み)て、多少不審(たせうふしん)に思(おも)われました。
そして丁度此時(てうどこのとき)ダガルは泰然(たいぜん)と構(かま)へながら、フォントルロイ殿を熟思(じゆくし)して、今度(こんど)はすさまじい獅子(しヽ)の様(やう)な頭(かしら)を黒(くろ)びろうどの少(ちい)さな膝(ひざ)の上(うへ)へ態々載(わざ\/のせ)ました。
セドリツクは少(ちいさ)な手(て)で、新(あら)たに出来(でき)た友(とも)だちを撫(なで)ながら、問(とひ)に答(こた)へて、

それからそら、ヂツクネ、あなたキツトヂツクが好(すき)ですよどふも大変(たいへん)キチヤウメンですもの。

侯爵(こうしやく)どのは、流石此俗語(さすがこのぞくご)は初耳(はつみヽ)と見(み)えて、

全体(ぜんたい)それは、どういふ訳(わけ)なのだ?。

フォントルロイは暫(しば)らく思案(しあん)してゐました、自分(じぶん)でもキチヤウメンの意味(みみ)が判然分(はつきりわか)つて居(お)つたのではなく、たゞヂツクが好(この)んで用(もち)ゐた言葉(ことば)ですから、好(よ)いことに相違(そうゐ)ないと信(しん)じて遣(つかつ)たのでした。

僕(ぼく)はヂツクが誰(だれ)も欺(だま)したり、自分(じぶん)より少(ちい)さな子(こ)を打(ぶつ)たりしないで、人の靴(くつ)を磨(みが)く時(とき)は出来(でき)る丈光(たあけひか)る様(やう)にするといふ訳(わけ)かと思(おも)ふんです、ヂツクは靴磨(くつみがき)が職業(しよくきう)なんです。

そうして、それが貴様(きさま)の知己(ちき)か?。

エー、僕(ぼく)の古(ふる)い友(とも)だちです、ホツブスおぢさん程年(ほどとし)をとつては居(ゐ)ないけれど、随分大(ずいぶんおほ)きいんです、船(ふね)が出帆(しつぱん)する前(まへ)に進物(しんもつ)を呉(く)れたんです。

此時(このとき)セドリツクは、手(て)をポツケツトの中(なか)へ入(い)れて奇麗(きれい)にたヽんだ赤(あか)い物(もの)を引出(ひきだ)し、鼻高(はなたか)\/とこれを広(ひろ)げました。
それは、例(れい)の紫(むらさき)の馬(うま)の首(くび)や、馬(うま)の沓(くつ)が織(お)り出(だ)して有(あ)つた、赤(あか)い絹(きぬ)のハンケチでした。

これを呉(く)れたんです、僕(ぼく)はいつまでも持(も)つてるんです、ね頚(くび)へも巻(ま)けますし、ポツケツトへ入(い)れて置(お)いても好(い)いでせう、僕(ぼく)がヂェークにお金(かね)を遺(や)つて、ヂツクに新(あたら)しひ刷毛(はけ)を買(か)つて遣(や)つてから、儲(もふ)かつたお金(かね)で直(す)ぐと買(か)つて呉(く)れたんで、ヂツクの餞別(せんべつ)なんです、ホツブスおぢさんに時計(とけい)を遣(や)る時(とき)、を見(み)て僕(ぼく)を記念(きねん)し玉(たま)へと書(か)きましたが、僕(ぼく)はこれを見(み)ればいつでもヂツクのことを思出(おもひだ)すんです。

さて尊(たう)ときドリンコートの城主(じやうしゆ)が、段々(だん\/)の話(はなし)を聞(き)かれて、心(こヽろ)に起(お)こされた感覚(かんかく)は、容易(ようゐ)に明状(めいじよう)することも出来(でき)ません。
随分世(ずいぶんよ)なれた老成貴人(ろうせいきじん)で、軽々(かろ\/)しくは物(もの)に動(どう)じる様(やう)なことはないのでしたが、こん度(ど)といふ今度(こんど)こそ、出逢(であふ)たもの余(あま)り異様(ゐやう)なのに呆(あき)れて、殆(ほと)んど言葉(ことば)も出(で)ぬ程(ほど)でした。
此(この)おん方(かた)は、一体子供(いつたいこども)は嫌(きらひ)なのでした、自分(じぶん)の楽(たの)しみに屈托(くつたく)して、子供(こども)などに構(かま)ふ暇(ひま)がないのでした。
御自分(ごじぶん)の子供(こども)らが幼少(ようせう)な時分(じぶん)、別段可愛(べつだんかあ)いヽと思(おも)つたことは有(あり)ませんかつたが、たゞセドリツクの父丈(ちヽだけ)を立派(りつぱ)な、勇(いさま)しい子(こ)と思(おもつ)たことのあるのを、時々思(とき\/おも)ひ出(だ)す位(ぐらひ)のことでした。
御自身(ごじしん)が此迄万(これまでよろ)づ勝手気侭(かつてきまヽ)を通(とう)されて、人の互(たがひ)に相譲(あいゆ)づる美(うつく)しい処(ところ)を見(み)る暇(いとま)さへ無(な)かつたのでした。
心術(こヽろたて)の好(い)い子供(こども)といふ者(もの)は、どの位優(くらいやさ)しく、信実(しんじつ)で、愛(あい)の深(ふか)い者(もの)か、あどけなく、無心(むしん)な挙動(きよどう)の中(うち)にどの位清素(くらいせいそ)、仁愛(じんあい)な情(じやう)が篭(こも)つて居(ゐ)るかといふことは、丸(まる)で御承知(ごせうち)なかつたのでした。
男児(だんじ)といふものは、極(よ)く厳(きび)しく限制(げんせい)しなければ、いつも我侭(わがまヽ)で、物(もの)ねだりしたり、騒々(さう\/)しくする至極(しご)く迷惑(めいわく)な動物(どうぶつ)と斗(ばか)り思(おも)つて居(お)られました。
この二人の息子(むすこ)どもは、絶(た)へず師匠(しせう)どもを困(こま)らせ、苦(くる)しめた様(やう)でした。
それに末(すへ)の子(こ)に付(つ)いては余(あま)り苦情(くじやう)を聞(きか)ないで済(す)んだのは、必竟余(ひつけふあま)り大事(だいじ)な子(こ)でなかつた故(せい)と想像(そうぞう)して居(お)られ升(まし)た。
さて此度(こんど)は、又孫息子(またまごむすこ)が自分(じぶん)の気(き)に叶(かな)わふかなどヽは、少(すこ)しもおもつて居(お)られた訳(わけ)でなかつたので、只幾分(たヾいくぶん)かの名誉心(めいよしん)に迫(せ)まられて、セドリツクを迎(むかひ)に遣(や)つたのでした。
兎(と)に角(かく)、其子供(そのこども)が未来(みらい)には、自分(じぶん)の跡(あと)を継(つ)ぐので有(あ)つて見(み)れば、教育(けふいく)もない下郎(げらう)に家名(かめい)を継(つ)がせて、人の物笑(ものわら)ひになつても、折角(せつかく)と想(おも)はれ、かつは米国(ベイコク)で其侭成人(そのまヽせいじん)させたらば、いよ\/下賎(げせん)な者(もの)になり遂(おほ)せるだらうと、たゞ掛念(けねん)せられた丈(だけ)の事(こと)で、セドリツクに対(たい)し、愛情(あいぜう)などの有(あ)つた訳(わけ)ではなかつたのでした。
なる可(べく)は、器量(きりやう)も見憎(みにく)からぬ程(ほど)で、外聞(ぐわいぶん)のわるいほど馬鹿(ばか)でなければ好(よ)いと思(おも)つて居(お)られたもの、年上(としうへ)の息子(むすこ)どもには失望(しつぼう)を極(き)はめ、末(すへ)のカプテン、エロルには、米国人(ベイコクにん)との結婚一件(けつこんいつけん)で、恐(おそ)ろしく憤(いか)つて居(お)られましたから、婚姻(こんいん)の結果(けつくわ)として何(なに)もめで度(た)いものが有(あ)ろうなどとは、努(ゆ)め考(かんが)へず、給事(きうじ)がフオントルロイ殿(どう)のお入(いり)と忠進(ちうしん)した時(とき)には、自分(じぶん)がかくあらうかと掛念(けねん)してゐた快(こヽろよ)からぬことを、今面(いままのあた)り見(み)ることかと、子供(こども)に顔(かほ)を合(あわ)するが嫌(いや)で堪(たへ)られぬ位(くらい)でした。
いつそ失望(しつぼう)す可(べ)きものならば、其失望(そのしつぼう)を人(ひと)に見(み)らるヽが忍(しの)び難(がた)いといふ高慢心(かうまんしん)が有(あ)つて、必竟(つまり)さし向(むか)ひの対面(たいめん)も命(めい)じられたのでした。
こふいふ処故(ところゆゑ)、尚更(なほさら)、セドリツクが怖気(おぢけ)なく手(て)を大犬(おほいぬ)の領(くび)の上(うへ)に置(おき)ながら、泰然(ゆつたり)と闊歩(くわつぽ)して進(すヽ)んで来(き)た時(とき)には、倣慢(ごうまん)、頑固(ぐわんこ)な心(こヽろ)も、飛立様(とびたつやう)でした。
思(おも)ひ直(なほ)して極々高(ごく\/たか)く望(のぞみ)を持(も)つた時(とき)でさへ、こんな孫息子(まごむすこ)が有(あ)ろうとは存(ぞん)じの外(ほか)で、顔(かほ)を合(あ)せるさへ憚(はヾか)りに思(おも)つた者(もの)、又自分(じぶん)があれまでに嫌(きらつ)た女(をんな)の子(こ)が、これ程美麗(ほどびれい)で、品格(ひんかく)が高(たか)いとは、余(あまり)の僥倖(こぼれさいわひ)で、夢(ゆめ)かと思(おも)はれる程(ほど)でした。
流石(さすが)の老侯(ろうこう)も、此驚(おどろ)きに対(たい)しては、厳格(げんかく)な居構(ゐがまへ)さへ崩(くづれ)そうでした。
それから、対話(たいわ)になり升(まし)たが、なほ\/妙(めう)な感覚(かんかく)を生(しやう)じ、益々不審(ます\/ふしん)が晴(はれ)なくなり升(まし)た。
第一(だいいち)、自分(じぶん)の前(まへ)へ来(き)ては、大抵(たいてい)の人(ひと)がこわそうで、何(なに)か間(ま)が悪(わる)そうに、モジ\/するのを見慣(みなれ)れて居(お)られましたから、孫(まご)も矢張(やは)り恥(は)づかしがつて臆(おく)せて居(い)ることと諚(き)めて居(を)られました処(ところ)が、セドリツクは犬(いぬ)を恐(おそ)れない通(とほ)り、又侯爵(またこうしやく)をこわがる様子(やうす)も有(あり)ませんかつた。
決(けつ)して出過(ですぎ)といふではなく、たゞ無邪気(むじやき)に人懐(ひとなつ)こいので間(ま)をわるがるとか、恐(おそ)れるとかの訳(わけ)などが有(あ)ろうとは一向思(いつかうおもは)なかつたのでした。
老侯(ろうこう)はセドリツクが高(たか)い倚子(いす)へ腰(こし)をかけて、誠(まこと)に何気(なにげ)なく話(はな)しをしてゐる処(ところ)を御覧(ごらん)じると、自分(じぶん)を疑(うたが)ふ処(ところ)などは毫末(すこし)もなく、見(み)てもこわらしい様(やう)な大(おほ)きな老人(ろうじん)が、自分(じぶん)にはどこまでも深切(しんせつ)と思(おも)ふより外(ほか)の考(かんがへ)もない様(やう)でした。
そうして此通(このとほ)りに面会(めんくわい)して話(はなし)をするのが嬉(うれ)しく、どふぞお祖父様(ぢいさま)にお気(き)に入(い)て、お悦(よろ)こばせ申度(まうしたい)といふのが、頑是(ぐわんぜ)ない中(うち)によく見(み)えて居(おり)ました。
老侯(ろうこう)は固(もと)より癇癪持(かんしやくもち)で、頑固(ぐわんこ)で、世俗的(せぞくてき)の人物(じんぶつ)でしたが、さて此通(このとほ)りに信(しん)じられて見(み)ると、自然心(しぜんこヽろ)の中(なか)に一種新(いつしゆあら)たな愉快(ゆくやい)の感(かん)じが起(おこ)りました。
自分(じぶん)を狐疑(こぎ)することも、忌(い)み憚(はヾ)かることもせす、自分(じぶん)の性質(せいしつ)の嫌(きら)ふ可(べ)き処(ところ)を、見現(みあら)わした様(やう)にも見(み)えず、清(きよら)かな、よどまぬ眼(め)で、ヂツト見(み)れるのは、黒(くろ)びろうどの服(ふく)を着(き)た小息子(こむすこ)にでも、どうやら心持(こヽろもち)の悪(わる)いことは有(あり)ませんかつた。
それ故(ゆゑ)、老侯(ろうこう)は、倚子(いす)に憑(もた)れてゐながら、セドリツクが自分(じぶん)のことをづん\/話(はな)せる様(やう)に問(とひ)をかけました。
そうして、妙(めう)な眼(め)つきで、頻(しき)りに其様子(そのやうす)を見(み)て居(を)られました。
一方(いつぽう)では、一々其問(いち\/そのとひ)に対(たい)して、雑作(ざうさ)もなく答(こた)へまして、例(れい)のなれ\/しい様(やう)な、子細(しさい)らしい様(やう)な、調子(てうし)で、引(ひき)も切(き)らすしやべり升(まし)た。
其話(そのはなし)といふは、ヂツク、ヂエークのことや、林檎(りんご)やのばヽのことや、ホツブス氏(し)のことで、中(なか)にも国旗(こくき)や、松火(たいまつ)や、花火(はなび)で賑(にぎや)かな独立祭(どくりつさい)の話(はなし)が有(あり)ました。
此話(このはなし)になつて、まだ革命(かくめい)のことに熱心(ねつしん)になろうといふ処(ところ)で、何(なに)か、フト考(かんが)へた様子(やうす)で、急(きう)に話(はなし)を止(やめ)ました。

何事(なにごと)だ?、
なぜ其先(そのさき)を申(まう)さぬのだ?

とお祖父様(ぢいさま)がお咎(とが)めになりました。
フオントルロイは、椅子(いす)の上でモヂ\/して居(おり)まして、老侯(ろうこう)は何(なに)か思出(おもひだ)したことで、間(ま)がわるくなつたかと、気(き)が付(つか)れました。

僕(ぼく)はネ、あなたがヒヨツト其話嫌(そのはなしいや)かと思(おも)つたんですよ。
誰(だれ)かあなたの親類(しんるい)かなんかゞ、あの時(とき)にゐたかも知(しれ)ませんからネ、僕(ぼく)はあなたが英国(エイこく)の人(ひと)だつたの忘(わすれ)つちまつたんですもの、

ナニ好(い)い、ヅン\/話(はな)すが好(い)い、おれの付属(ふぞく)のものなどは、それに関係(くわんけい)はないから、ダガ貴様(きさま)は自分(じぶん)も英人(エイじん)だといふことを忘(わす)れて居(ゐ)るな。

セドリツクは、口(くち)ばやに、

イヽへ、僕(ぼく)はアメリカ人(じん)です。

老侯(ろうこう)は苦々(にが\/)しいといふお顔(かほ)で、

貴様(きさま)は、矢張(やは)り英人(エイじん)だ、貴様(きさま)の父(ちヽ)が、英人(エイじん)じやもの。

老侯(ろうこう)はこふいひながら、心(こヽろ)の中(なか)に少(すこ)しおかしく感(かん)じられましたが、セドリツクには少(すこ)しもおかしいことでは有(あり)ませんかつた、こふいふことにならうとは前(まへ)もつて思(おも)ひもふけぬことでしたから、頭髪(かみのけ)の根本(ねもと)まで熱(あつ)くなつた様(やう)な気(き)がしまして、

僕(ぼく)はアメリカで生(うま)れたんでせう、アメリカで生(うま)れヽば、だれだつてアメリカ人(じん)にならなくつちやいけないじや有(あり)ませんか、(此時一層(このときいつさう)まぢめになつて、言葉丁寧(ことばていねい)に)どふもあなたのおつしやることと反対(はんたい)しまして御免(ごめん)なさい、デスガネ、ホツブスさんが、こんど戦(たヽかひ)が有(あ)れば、僕(ぼく)はアメリカ人(じん)にならなくつちや、いけないつていひましたもの。

此時老侯(このときろうこう)は苦々(にが\/)しい様(やう)な笑様(わらひやう)をなさいました。
短(みじ)かくつて、苦々(にが\/)しい様(やう)でしたが、矢張(やはり)り笑(わらひ)は笑(わらひ)でした。

さ様(やう)か、アメリカ人(じん)になるのか?

とたゞ云(い)われました。
米国(ベイコク)も米人(ベイじん)も大嫌(だいきらい)な侯爵(こうしやく)どのでしたが、此年若(このとしわか)な愛国者(あいこくしや)の、かくまでまじめで熱心(ねつしん)なのを面白(おもしろ)く思(おも)われて、国(くに)を愛(あい)する米人(ベイじん)ならば、成人(せいじん)の後(のち)は、矢張(やは)り国(くに)を愛(あい)する英人(エイじん)になるだらうと思(おも)われたのでした。(以上、『女学雑誌』第二七一号)




小公子。         若松しづ子

  第六回 (丁)
フォントルロイどのも少(すこ)し遠慮気味(ゑんりよぎみ)で、彼(か)の革命(かくめい)の話(はな)しに又深入(またふかい)りしない中(うち)に中餐(ちうさん)の時刻(じこく)となりました、セドリツクは席(せき)を離(はな)れ、お祖父(ぢい)さまのお側(そば)へ行(い)つて、彼(あ〈「か」か〉)の痛処(いたみしよ)のあるおみ足(あし)を眺(なが)め、大層(たいそう)慇懃(いんぎん)に、

お祖父(ぢい)さま、僕(ぼく)が少(すこ)し手伝(てつだつ)て上(あげ)ませうか?
僕(ぼく)に寄(よ)り掛(かヽ)つて入(いら)つしやいな、先(せん)にネ、ホツブスさんが林檎(りんご)の樽(たる)が転(ころ)がつて、足(あし)をけがした時(とき)、僕(ぼく)に寄(よ)り掛(かヽ)つて歩(あ)るき升(まし)たよ。

お側(そば)に居合(ゐあは)せた丈(せい)の高(たか)い給事(きうじ)は、思(をも)わずホヽ笑(ゑん)で、危(あや)うくしくじる処(ところ)でした。
此者(このもの)は上等(じよとう)な華族方(くわぞくがた)のお邸(やしき)に計(ばか)り遣(つか)われて、殊(こと)に上品(ぜうひん)な給事(きうじ)で、決(けつ)して殿方(とのがた)の御前(おんまへ)などでホヽ笑(ゑ)むなどの失策(しつさく)はしたことのない方(ほう)で、仮令何事(たとひなにごと)か出来(しつたい)しようとも、自分(じぶん)の分限(ぶんげん)を忘(わす)れてホヽ笑(えむ)といふ様(やう)な以(もつ)ての外(ほか)の振舞(ふるまひ)があれば、それこそ大層(たいそう)な恥辱(ちぢよく)と平常(へいぜい)から覚悟(かくご)いたして居(お)りました、然(しか)るに此時(このとき)こそ危(あや)うき処(ところ)を漸(やうや)く免(まぬ)かれましたのは、侯爵(こうしやく)さまの御頭(をつむり)の丁度上当(てうどうへあた)りに、甚(はなは)だ醜(みにく)い画像(ぐわぞう)の有(あ)つたのを外眼(とそめ)もふらず見詰(みつ)めたお蔭(かげ)で有(あ)つたのでした。
侯爵(こうしやく)どのは、大胆(だいたん)にも進(すヽ)んで用立(やうだと)うとした小息子(こむすこ)を頭(あたま)から足(あし)まで見下(みお)ろし、雑白(ざつぱく)に、

貴様出来(きさまでき)るとおもふか?

マア、出来(でき)るだろうと思(おもう)んです、僕(ぼく)、きついんですもの、モウ七歳(しつさい)なんですもの、あなた片(かた)ツ方(ぽう)は其杖(そのつへ)をついて、片(かた)ツ方(ぽう)は僕(ぼく)にお寄(より)かヽりなさいなネ、アノヂツクもそういつたんです、僕(ぼく)はたツた七ツにしちやあ随分骨(ずいぶんほね)があるつテ。

此時(このとき)セドリツクは手(て)を握(にぎ)り、肩(かた)の上(うへ)まで持(も)つていつて、ヂツクが賞(ほ)めたといふ力瘤(ちからこぶ)を侯爵(こうしやく)どのにおめに掛(か)けましたが、其顔(そのかほ)が余(あま)りにまぢめで、一処懸命(いつしよけんめい)なので、彼(か)の給事(きうじ)は又前(またまへ)の額面(がくめん)を一心不乱(いつしんふらん)に見詰(みつめ)ました。

よし!
そんならやつて見(み)い!

と云(い)われて、セドリツクは先杖(まづつえ)をお渡申(わたしまう)し、それから侯爵(こうしやく)さまの席(せき)をお立(たち)になるお手伝(てづたへ)をし始(はじ)めました。
平常(へいぜい)は給事(きうじ)が此役(このやく)を務(つと)めまして、御前(ごぜん)のお痛処(いたみしよ)が普段(ふだん)より御困難(こんなん)の時分(じぶん)などには、随分烈(ずいぶんはげ)しひお言葉(ことば)を頂戴(てうたい)いたしました、侯爵(こうしやく)さまは決(けつ)して人(ひと)の気分(きぶん)を損(そこ)ねるなどを厭(いと)ふ方(かた)で有(あり)ませんかつた故(ゆゑ)、近侍(きんじ)の人々(ひと\/)が御気色(みけしき)に依(よつ)ては恐(おそ)ろしさに内々震(ない\/ふる)へる様(やう)なことが有(あり)ました、然(しか)るに此時(このとき)は御足(をんあし)の痛(いたみ)の烈(はげ)しいにも関(かヽ)はらず、一度(ひとたび)も鳴(な)らせ玉(たま)はなかつたのは、一ツセドリツクの力量(りきりよう)だめしをしやうといふ企(くわだて)が有(あ)つたからのことでした。
先(ま)づ静(しづ)かに坐(すは)つて勇(いさ)ましく進(すヽ)めたセドリツクの小(ちい)さな肩(かた)に、御手(おて)を置玉(おきたも)ふと共(とも)に、セドリツクは痛処(いたみしよ)のあるお足(あし)に触(ふ)れぬ様注意(やうちうゐ)して、自分(じぶん)の足(あし)を一歩前(いつぽまへ)へ進(すヽ)めました、そして侯爵(こうしやく)さまを慰(なぐさ)めて威勢(ゐせい)をつける積(つも)りか、

僕(ぼく)、静(しづか)に歩(ある)き升(ます)からね、ズツト寄掛(よりかヽ)つて入(いら)つしやいよ

といひました。
侯爵(こうしやく)どのは平常此通(へいぜいこのとほ)りに歩行(ほこう)し玉(たま)ふ時(とき)は、お側(そば)でお手(て)を取(と)る者(もの)の方(ほう)に御体(からだ)を寄(よせ)かけて杖(つへ)は態(わざ)と軽(かる)くつき玉ふこと故此時(ゆへこのとき)も其通(そのとう)りにして、充分力量(じゆうぶんりきりよう)をためそうとなさいました故(から)、随分(ずいぶん)セドリツクの為(ため)には重(おも)い荷(に)で有(あつ)たのでした。
数歩行(すうほゆ)く中(うち)にセドリツクの顔(かほ)は大層熱(たいそうねつ)して来(く)る、胸(むね)はドキ\/しましたが、シツカリ踏占(ふみしめ)て、ヂツクに賞(ほめ)られた骨組(ほねぐみ)のことを考(かんが)へて、息(いき)を切(き)り。

あなた、かまはず、僕(ぼく)に寄(よ)り掛(かヽ)つて入(いら)つしやいよ、アノ‥‥‥余(あ)んまり……あんまり長(なが)い途(みち)でなきやア、僕大丈夫(ぼくだいぜうぶ)ですよ。

食堂(しよくどう)までは左程(さほど)長い間(あいだ)では有(あり)ませんかつたが、セドリツクには、食卓(しよくたく)の頭(かしら)の倚子(いす)へ来(く)る迄随分(までずいぶん)の途(みち)のりに思(おも)はれました、肩(かた)に載(の)せられた手(て)は一歩毎(ひとあしごと)に重(おも)くなり、顔(かほ)はます\/赤(あか)くます\/熱(あつ)く、息(いき)はいよ\/忙(せ)はしくなつて来(き)ましたが、止(や)めやうとは決(けつ)して思(おも)はず、首(くび)を挙(あ)げ、筋(すじ)を張(は)つてちんばの様(やう)に歩(あゆ)む中(うち)も老侯(ろうこう)を頻(しき)りに慰(なさぐ)めて居(おり)ました、

あなた、立(た)つていらつしやる時(とき)、大変足(たいへんあし)が痛(いた)いですか?、
アノ湯(ゆ)に芥子(からし)を雑(ま)ぜた中へ入(い)れて見(み)たことがありますか?、
アーニカつていふ物(もの)は大変好(たいへんい)いつてネ。

といひました。
彼(あ)の大犬(おほいぬ)もソロ\/側(そば)に歩(あ)るき、給事(きうじ)も跡(あと)に従(したが)つて参(まゐ)りましたが、小(ちい)さな形(なり)のセドリツクが勢一杯(せいいつぱい)の力(ちから)を出(だ)して、心(こヽろ)よく重荷(おもに)を負(お)ふて行(ゆ)くのを見(み)て、妙(めう)な顔付(かほつき)をしてる、又侯爵(またこうしやく)さまも真(ま)ツ赤(か)になつた小(ちい)さな顔(かほ)を流(なが)し眼(め)に御覧(らう)ふじて、是(これ)も意味(ゐみ)あり気(げ)なお顔(かほ)でした。
食堂(しよくどう)へ軈(や)がて来(き)て見(み)ると、是(これ)も又立派(またりつぱ)な広間(ひろま)で、侯爵(こうしやく)さまの御着座(ちやくざ)になろうといふ倚子(いす)の後(うし)ろに立(た)つて居(ゐ)た給事(きうじ)は、ヂロ\/セドリツクを見(み)て居(お)りました。
それでよう\/倚子(いす)の処(ところ)まで辿(たど)りつき、御手(をて)は漸(やうや)く肩(かた)の上(うへ)から下(お)り、侯爵(こうしやく)さまは無事(ぶじ)に御着坐(おちやくざ)になりました。
セドリツクはヂツクのハンケチを出(だ)して額(ひたへ)を拭(ぬぐ)ひました、

どふも熱(あつ)い晩(ばん)ですネ、あなたは足(あし)が痛(いた)くつてそれでアノ火(ひ)が入(い)るんでせうが、僕(ぼく)にやア少(すこ)し熱(あつ)いんです。

セドリツクは侯爵(こうしやく)さまの周囲(まわり)にある物(もの)で余計(よけい)なものが有(あ)る様(やう)なことを申(もう)して、御機嫌(ごきげん)を損(そこなつ)てはと気遣(きづか)ひました、

貴様(きさま)は随分骨(ずゐぶんほね)を折(お)つたからだろう、

といふお言葉(ことば)に対(たい)し、

ナニ、そんなに骨(ほね)が折(お)れやしませんかつたがネ、すこしあつくなつたんです、夏(なつ)になればだれだつてあつくなりますは。

といひながら例(れい)のはでやかなハンケチで頻(しき)りに汗(あせ)で湿(ぬ)れたちゞれ毛(け)を拭(ぬぐ)ひました。
セドリツクの坐(ざ)はお祖父様(ぢいさま)の真(ま)ん向(むか)ふで食卓(しよくたく)の向(むか)ふの端(はし)でした。
其椅子(そのいす)は臂掛(ひぢかけ)のあるセドリツクよりはズツト大(おほ)きひ成人(おとな)の掛(か)ける椅子(いす)で、其外(そのほか)これまで眼(め)に触(ふ)れた一切(いつさい)のもの、天井(てんぜう)の高(たか)い広間(ひろま)の数々(かず\/)を始(はじ)めとして、置付(おきつけ)の道具(どうぐ)も給事(きうじ)どもも養犬(かひいぬ)も侯爵(こうしやく)どのまでも実(じつ)に柄(がら)の大(おほ)きなもの計(ばか)りで、セドリツクはます\/自分(じぶん)の小(ちい)さなのを感(かん)じ升(まし)た。
併(しか)しそれが決(けつ)して気(き)になりはしませんかつた。
セドリツクは自分(じぶん)が大(たい)した人物(じんぶつ)とも、えらひ人(ひと)とも思(おも)つたことが有(あり)ませんかつたから、コレはと少(すこ)し臆(おく)せる位(くらゐ)の物事(ものごと)にも自分(じぶん)から務(つと)めて慣(な)れて見(み)ようと思(おも)つて居(おり)ましたが、今食卓(いましよくたく)の一方(いつぽう)の大椅子(おほいす)に坐(すわ)つた処(ところ)は実(じつ)にこれ迄(まで)になく小(ちい)さく見(み)えました。
侯爵(こうしやく)は一人住(ひとりずま)ひでこそあれ暮(く)らしむき万端中々大(ばんたんなが\/たい)したもので、殊(こと)に好食家(こうしよくか)の方(ほう)でしたから、膳部(ぜんぶ)の調方(とヽのへかた)なども随分八(ずいぶんや)ケま敷(し)いものでした。
セドリツクは立派(りつぱ)な玻璃器(はりき)や皿鉢(さらばち)のきう\/して、慣(な)れぬ眼(め)には瞬(まば)ゆひ様(やう)な間(あひだ)から遥(はる)かに侯爵(こうしやく)の方(ほう)を見(み)て居(を)りました。
さて大広間(おほひろま)に制服(せいふく)を着(き)た丈(たけ)の高(たか)い給事(きうじ)どもに侍(かし)づかれ、光(て)り輝(かヾや)く数々(かず\/)の灯火(ともしび)や、輝(きら)めく玻璃(はり)や白銀(しろかね)の器具(きぐ)を列(つ)らねて、上座(ぜうざ)には武(たけ)しひ老貴人(ろうきじん)が坐(ざ)を占(し)めて入(いら)つしやる、夐(はる)か下(くだ)つて大椅子(おほいす)にチヨンボリ腰(こし)をかけた誠(まこと)に小(ちい)さなセドリツクを見(み)るものは誰(たれ)もおかしく思(おも)ひませう。
食事(しよくじ)といへば、他(た)に処在(しよざい)の少(すく)ない侯爵(こうしやく)には中々容易(なか\/やうい)ならぬことでした。
それのみか御前(ごぜん)が普段(ふだん)より御機嫌(ごきげん)が好(よ)くないとか、御食気(ごしよくけ)が進(すヽ)まぬとかいふ時(とき)には、料理人(りようにん)までが色(いろ)を失(うしな)ふことがありました。
然(しか)るに此日(このひ)は調理(てうり)の風味塩梅(ふうみあんばい)の外(ほか)に御心(みこヽろ)に掛(かけ)させられることが有(あ)つた所為(せい)か、御食気(ごしよくけ)も平常(へいぜい)よりはいくらか好(い)い様(やう)でした。
その思(おも)ふて入(いら)つしやるといふは、他(ほか)ではない、即(すなは)ち孫息子(まごぬすこ)どのヽことで、始終眼(しじゆうめ)を離(はな)さずセドリツクを眺(なが)めながら、自分(じぶん)では格別何(かくべつなに)も云(い)はず、どふかこふかしてはセドリツクに話(はなし)をさせる様(やう)に持(もち)かけて居(ゐ)られ升た。
是迄(これまで)は子供(こども)に話(はなし)をさせて心遣(こヽろや)りにするなどとは思(おもひ)もよらぬことでしたが、さてセドリツク丈(だけ)は合点(がてん)の行(ゆか)ぬ様(やう)な処(ところ)もあり、又面白(またおもしろ)い処(ところ)もあり升(まし)たから、どの位(くらゐ)の度胸(どけふ)と堪忍(たいにん)があるものか試(ためそ)ふ計(ばか)りにおもひ切(き)つて少(ちい)さな肩(かた)に自分(じぶん)の身(み)を寄(よ)せかけて見(み)た処(ところ)が、セドリツクの少(すこ)しも狼狽(ろうばい)しなかつたことと為始(しはじめ)たことを止(やめ)るといふ様(やう)な景色(けしき)が一向(いつかう)に見(み)えなかつたことを頻(しきり)に思(おもふ)ては、満足(まんぞく)に堪(たへら)れませんかつた。
フォントルロイはいと丁寧(ていねい)に、

あなたは始終冠(しじゆうかんむり)を被(かぶ)つて入(いらつ)しやらないんですか?。

老侯(ろうこう)は例(れい)の渋(し)ぶそふな笑(わらひ)を見(み)せて、

イヤ、おれには似合(にや)はないから被(かぶ)つて居(ゐ)ないのだ。
アーホツブスさんが、いつでも被(かむ)つて入(いら)つしやるんだといひましてネ、又考(またかんが)へ直(なほ)して、イヤそうじやない、帽子(ぼうし)を被(か)ぶる時(とき)には脱(ぬ)ぐんだろうといひ升(まし)たつけよ。

その通(とほ)りだ、時々脱(とき\/ぬ)ぐんだ。

と老侯(ろうこう)がおつしやるとお側(そば)に居(お)つた給事(きうじ)が急(きう)に脇(わき)を向(む)いて、ロ(くち)に手(て)をあてながら、妙(めう)な咳嗽(せき)をしました。(以上、『女学雑誌』二七二号)



小公子。         若松しづ子

  第六回 (戊)

セドリツクは先(ま)づ食事(しよくじ)を終(おは)りまして、椅子(いす)に憑(もた)れながらズツト坐敷(ざしき)を見廻(みまわ)し升(まし)て、

どふも立派(りつぱ)なうちですね、
あなたこんなうちに居(ゐ)て、嬉(うれ)しいでせう、
僕(ぼく)、こんな立派(りつぱ)なうち見(み)たことがないんです、
だけど、僕(ぼく)はまだ七(なヽ)ツにしかならないんで、たんと方々見(ほう\゛/み)たことがないんですからネ。

それで、おれが満足(まんぞく)に思(おも)ふだらうといふのか?。

エー誰(だれ)だつて満足(まんぞく)ですは、僕(ぼく)だつてこんなうちが有(あれ)ば、大威張(おヽゐばり)ですは。
どふも何(なん)でも、かんでも奇麗(きれい)なんだもの、アノお庭(には)だの、木(き)だのネ、どふも奇麗(きれい)だつたこと、葉(は)なんかが、ガサ\/音(おと)がして。

斯云(こふい)つて、一寸口(ちよつとくち)を閉(と)ぢ、又何(またなに)か云度(いひた)そうに、向(むかふ)を見(み)て居(ゐ)て、

たつた二人切(ふたりき)りにやア余(あ)んまり大(おほ)き過(す)ぎ升ネ?、
どふでせう?。

二人(ふたり)の住(すま)ひにやア充分(じうぶん)の様(やう)だが、大(おヽ)き過(すぎ)るとおもふのか?、

セドリツクは少(すこ)し躊躇(ちうちよ)して、

僕(ぼく)はネ、考(かんが)へてたんです、二人(ふたり)でも余(あ)んまり中(なか)の好(よ)くない人(ひと)が一処(いつしよ)に居(ゐ)るんだつたら、時々淋(とき\゛/さび)しいか知(し)らんと考(かんが)へたんです。

どふだ、おれは一処(いつしよ)に住(す)むには好(い)い合手(あいて)だろうか?。

エーそうでせうよ、だつて、ホツブスおぢさんと僕(ぼく)は大変中(たいへんなか)が好(よ)かつたんですもの、僕(ぼく)は一番好(いちばんすき)な人(ひと)の次(つぎ)にやア、あの人と大中好(だいなかよし)でしたもの。

侯爵(こうしやく)さまは、急(きう)に眉(まゆ)をひそめて、

一番好(いちばんすき)な人(ひと)とは、誰(だれ)だ?。

セドリツクは抵(ひく)い静(しづ)かな声(こゑ)で、

僕(ぼく)のかあさんのこつてす。

さて、いつも床(とこ)に着(つ)く時(とき)は、近(ちか)づき升(ます)し、それに二三日前(にさんにちまへ)からゴタ\/した所為(せい)で、少(すこ)し疲労(つかれ)が出(で)て来(き)た様(やう)でした。
又疲労(またつかれ)を感(かん)じると共(とも)に、今夜(こんや)からは、自分(じぶん)と一番中(いちばんなか)が好(い)いといつた優(やさ)しい母(かあ)さんが側(そば)に守(まも)つてゐて呉(く)れて、いつもの所(ところ)で寝(ね)るのでないと考(かんが)へては、何(なん)となく妙(めう)に淋(さび)しい感(かん)じが起(おこ)つて来(き)ました。
セドリツクは、これ迄年若(までとしわか)な母(はヽ)とは親子(おやこ)と云(い)わふより寧(むし)ろ中(なか)の好(い)い朋友(ともだち)の様(やう)でした。
此時(このとき)も母(はヽ)のことが思(おも)われて、仕方(しかた)がなく、母(はヽ)のことを思(おも)へば思(おも)ふ程(ほど)、話(はなし)が仕憎(しにく)くなつて来(き)て、食事(しよくじ)が終(をは)る頃(ころ)には、さえ\/してゐたセドリツクの顔(かほ)に、薄(うす)く雲(くも)がかヽつた様(やう)なのを、侯爵(こうしやく)も気(き)がつかれ升た。
併(しか)し勇気(ゆうき)は中々折(なか\/くぢ)けず、書斎(しよさい)へ帰(かへ)る時(とき)にも、給仕(きうじ)が以前(いぜん)の一方(いつぽう)へお付添(つきそ)ひ申(まう)しはし升たが、矢張片手(やはりかたて)はセドリツクの肩(かた)に載(の)つて居(ゐ)ました。
たゞ最初(さいしよ)ほど重(おも)くは有(あり)ませんかつた。
給仕(きうじ)が御用(やう)を済(す)まして退(さが)つて仕(し)まい、侯爵(こうしやく)と二人(ふたり)になり升た時(とき)、セドリツクは、毛革(けがわ)の上(うへ)にダガルの居(ゐ)る側(そば)へ坐(すは)りました。
暫時犬(ざんじいぬ)の耳(みヽ)を撫(な)でながら、沈黙(だまつ)て暖炉(だんろ)の火(ひ)を眺(なが)めて居(ゐ)ました。
侯爵(こうしやく)は、眼(め)をすへてセドリツクを御覧(らん)じると、何(なに)か物足(ものたり)なさそうなのが、眼付(めつき)までに現(あら)われて、頻(しき)りに考(かんが)へてゐて、一二度(いちにど)ソツト溜息(ためいき)をつきました。
侯爵(こうしやく)は眼(め)を離(はな)さず、ジツト見(み)て居(おら)れて、軈(やが)て、

フォントルロイ、貴様(きさま)、何(なに)を考(かんが)へてゐるのだ?。

と被仰(おほせられ)ると、フォントルロイは気(き)を励(はげま)して、漸(やうや)くニツコリ笑(わら)ひ、

僕(ぼく)、かあさんのこと考(かんが)へてたんです、僕(ぼく)‥‥‥何(な)んだか変(へん)ですから、チツトあつちこつち歩(ある)いて見(み)ませう。

といつて立上(たちあが)り、小(ちい)さなポツケツトへ両手(りやうて)を突(つ)き込(こ)んで、あちらこちらと歩(あ)るき始(はじ)めました。
セドリツクは眼(め)を光(ひか)らせ、唇(くちびる)を堅(かた)く結(むす)んで居(お)りましたが、首(かしら)を擡(もた)げて、シツカリ\/歩(ある)いて居(ゐ)ました。
ダガルは不安心(ふあんしん)といふ調子(てうし)で、見(み)て居(ゐ)ましたが、やがて立(たつ)て、セドリツクの居(ゐ)る方(ほう)へ歩(あゆ)み寄(よ)つて、何(なに)か落着(おちつか)ない様子(やうす)で、セドリツクの行(ゆ)く方(ほう)へついて行(ゆき)ました。
セドリツクは、片手(かたて)をポツケツトから出(だし)て、犬(いぬ)の頭(あたま)へ載(のせ)ながら、

おまへ好犬(いヽいぬ)だネ、僕(ぼく)の友(とも)だちだネ、僕(ぼく)の心持(こヽろもち)を知(しつ)てるネ。

といひ升(ます)と侯爵(こうしやく)が、

どんな心持(こヽろもち)がするんだ?。

此子供(このこども)が始(はじ)めて家(いへ)を離(はな)れて、頻(しき)りに淋(さび)しがるのを見(み)て、侯爵(こうしやく)は快(こヽろよ)くは有(あり)ませんかつたが、併(しか)し又(また)それを辛抱(しんぼう)し遂(おう)せやうとしてきつくなつて居(ゐ)るのが、お気(き)に叶(かな)つて、幼(をさない)ながらの勇気(ゆうき)を殊勝(しゆしよう)に思(おも)はれました。
侯爵(こうしやく)は、セドリツクに向(むか)つて、

こヽへ来(こ)い。

セドリツクは、直(す)ぐと側(そば)へ行(い)つて、例(れい)の茶勝(ちやがち)な眼(め)に、困(こま)つたといふ思(おも)わくを現(あら)はして、

僕(ぼく)はネ、一度(いちど)もまだ余処(よそ)へ泊(とま)りに行(い)つたことがないんです、始(はじ)めて自分(じぶん)の家(いへ)を出(で)て、人(ひと)のお城(しろ)へ泊(とま)るなんていへば、誰(だれ)だつて変(へん)でせう、ダケドかあさんは、そんなに遠方(ゑんぽう)に居(ゐ)るんじやないんですからネ、かあさんが僕(ぼく)に、そのこと覚(おぼ)へておいでつて、そういひ升(まし)たもの、それからモウ僕(ぼく)は七(なヽ)ツになつたんだから‥‥‥、アノそれから、かあさんが下(くだ)すつた写真(しやしん)を見(み)て居(ゐ)られるんですからネ。

といつて、ポツケツトへ手(て)を入(い)れて、藤色(ふじ)びろうどの小(ちい)さな箱(はこ)を出(いだ)し、

これですよ、ホラ此(この)ばねをこう推(お)すと、開(あ)き升(ます)よ、ソラ、中(なか)に居(ゐ)ましたろう!。

セドリツクはズツと椅子(いす)の側(そば)へ来(き)て、其箱(そのはこ)を取出(とりだ)す時(とき)は、臂掛(ひぢかけ)からお祖父様(ぢいさま)の腕(うで)に、いつも寄掛(よりかヽ)りつけた様(やう)に心置(こヽろおき)もなく、寄掛(よりかヽ)つて居(ゐ)ました。
箱(はこ)を開(あ)けながら、

ホラ、居(ゐ)るでせう、

といつてニツコリ笑(わら)つて上(うへ)を向(む)きました。
侯爵(こうしやく)は眉(まゆ)を顰(ひそ)められました、兎(と)に角其写真(かくそのしやしん)を見(み)るのは嫌(いや)に思(おも)はれましたが、我知(われしら)ずチラリと見(み)ると、マア云(い)ふに云(い)はれぬ奇麗(きれい)で若々(わか\/)した顔(かほ)が、そこから覗(のぞ)いて居(ゐ)て、其顔(そのかほ)がまた、自分(じぶん)の側(そば)に居(ゐ)る子供(こども)に、余(あま)り生写(いきうつ)しの様(やう)に似(に)て居(ゐ)たので、ビツクリされる程(ほど)でした、

貴様(きさま)はお袋(ふくろ)を大層好(たいそうすき)だと思(おも)つて居(ゐ)るのだろうな、

フオントルロイは何気(なにげ)なく、優(やさ)しい調子(てうし)で、

エーさう思(おも)つてるんです、そうして僕本当(ぼくほんとう)に好(すき)なんだと思(おも)ふんです、あのホツブスおぢさんも、ヂツクも、ブリヂエツトも、メレも、ミケルも、みんな僕(ぼく)の友(とも)だちですけど、アノかあさんはマア僕(ぼく)の大変(たいへん)な親友(しんゆう)なんです、そうして僕(ぼく)と二人(ふたり)はいつでも何(なん)でも話(はなし)あいつこするんです、僕(ぼく)のとうさんが跡(あと)で僕(ぼく)に世話(せわ)をしろつていつて入(いら)つしたんだから、僕(ぼく)は成人(おとな)になると、働(はたらい)てかあさんのにお金(かね)を儲(まう)けるんです。

侯爵(こうしやく)は、

何(なに)をして金(かね)を儲(まう)けるつもりだ。

セドリツクは辷下(すべりを)りて、元(もと)の毛革(けがわ)の上(うへ)へ坐(すわ)り、手(て)に件(くだん)の写真(しやしん)を持(も)ちながら、まぢめに考(かんが)へて居(ゐ)る様子(やうす)で、暫(しばら)くしてから、

僕(ぼく)はネ、ホツブスおぢさんと一処(いつしよ)に商買(せうばい)をしようかと思(おもつ)てたんですがネ、どうかして大統領(だいとうりやう)になり度(たい)とも思(おも)ふんです。

其代(そのかは)りに貴様(きさま)を貴族院(きぞくゐん)へ遣(や)ろうは。

といふお祖父様(ぢいさま)の言葉(ことば)を聞(き)いて、

そふですネ、どうしても大統領(だいとうりやう)になられないで、夫(それ)が好商買(いヽしようばい)なら、夫(それ)でも好(いヽ)ですよ、万屋(よりづや)は時々不景気(とき\゛/ふけいき)でいけませんよ。

セドリツクは心(こヽろ)に今(いま)のことを考(かんが)へ比(く)らべて居(ゐ)たものか、それから大層静(たいそうしづ)まつて、少(すこ)しの間火(あいだひ)を見(み)て居(ゐ)た様(やう)でした。
侯爵(こうしやく)も何(なに)も仰(をつ)しやらず、椅子(いす)に憑(もた)れて、セドリツクを眺(なが)めて居(ゐ)られ升た。
其間種々雑多(そのあいだしゆ\゛/ざつた)な妙(めう)な考(かんが)へが老貴人(ろうきじん)の心(こヽろ)に浮(うか)びました。
ダガルはズツト四足(よつあし)を伸(の)ばして、前足(まへあし)の間(あひだ)へ顔(かほ)を突(つ)き込(こ)んで、眠(ねむ)つて仕(し)まいました。
暫(しば)らくの間(あいだ)、四方(しほう)に音(おと)も有(あ)りませんかつた。
   +   +   +   +   +
半時間(はんじかん)もすると、ハヴィシヤム氏は、案内(あんない)につれられて、坐敷(ざしき)へ通(とほつ)て来(き)ました。
大広間(おヽひろま)が殊(こと)に物静(ものしづ)かで、侯爵(こうしやく)はまだ椅子(いす)に倚掛(よりかヽ)つた侭(まヽ)で、居(ゐ)られました。
ハヴィシヤム氏が、お側(そば)へ近付(ちかづか)うとすると、侯爵(こうしやく)は手真似(てまね)をして、何(なに)か気(き)を付(つけ)られましたが、夫(それ)が為(し)ようとしての手真似(てまね)ではなく、するとはなし、我知(われしら)ずしたかの様(やう)でした。
ダガルはまだ寝(ねむ)つて居(ゐ)て、其大犬(そのおほいぬ)の直(す)ぐ側(そば)に、ちゞれ頭(あたま)を腕(うで)に憑(もた)れさせて、横(よこ)になつてゐたのは、フオントルロイで、是(これ)も熟睡(じゆくすい)の体(てい)でした。
(以上、『女学雑誌』第二七三号)



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