『小公子』第五回本文
10111213141516『小公子』の部屋||ホーム

『小公子』初出本文のHTML化について

○方針
1)原姿をとどめるように配慮した。このため、底本の誤字・誤植などもそのままとした。 一方で、傍線・傍点などの類は復元できなかった。
2)原則として新字旧仮名とした。また、新旧の対立のない字でも適宜現在通用のものに 直したものがある(例、歿→没 附→付)。ただし、この基準は今後変更する可能性があ る。
3)底本では原則として段落分けのための改行・字下げはない。が、ブラウザでの読み取 り速度を上げるため、一文ごとに改行をいれた。
4)当分のあいだ、ルビを付さない本文のみを掲げることとし、準備が整い次第、ルビつ き本文を提供して行きたい。

○作業の流れ
1)荒い入力を佐藤が行い、プリントアウトした。
2)それに、古市久美子(96年3月卒業)が初出本文と校訂を行った。
3)佐藤がHTML化した。



小公子

第五回 (上)          若松しづ子

編者云はく、しづ子女史久しく病気の為め、続稿出でざりしが、近頃やゝ快ちよしとて、試みに一篇を物し、送り玉へり。則はち左に掲ぐ。第四回の下は、二百三十七号にあり。煩はしくとも、引合せて覧玉はんことを祈る。



それ故セドリツクは、自分が年をとるまでは分らない理由があつて、かふいふ都合になつてゐるので、大きくなれば、それが話して貰われることと思つてゐました。
尤とも不審に考へられることは考へられましたが、必竟何故に母と引別けられるといふ其訳が、此子供に左ほど気になるのではないのでしたから、母が丁寧に幾度も繰反して、色々といひきかせて慰め、なる丈楽しい方を思はせる様にいたします中に面白くない方は段々と消失る様になりました。
併し折々妙な風をして、海面を眺めながら、まぢめ貌に大層考へてゐる処を、ハヴイシヤム氏が見たことが有りました。
又そういふ時には、小供には似つかはしからぬ歎息の声が聞えました。
ある時ハ氏に例の尤もらしい様な振りで、談をしてゐまして、こふいひました、

僕はどふもそれが嫌なんです、どの位嫌だか、あなたが知らないほど嫌です。
ですが、世の中には色々苦労があるもので、誰でも辛抱しなければならないつてネ、メレもよくそういひ\/しましたし、ホツブスおぢさんもそういつたことが有ましたよ。
それから、かあさんがお祖父さまのお子がみんな死んでしまつたんで、それは大そう悲しいことだから、お祖父さまと御一処にゐるのが好にならなくつちやいけないつて、そういひましたよ。
ネイ誰だつて子供がみんな死んじまつたなんていへば、気の毒ですハネイ。
おまけに、一人は急に死んだんだつて。

此若侯と知己になつた人々をいつも悦こばせた者ごとは、何か談話に身が入つた時の調子づいた風采と、ませた物云で、殊にくり\/した幼な貌の、極あどけない処と、仔細らしい処に、言ふに云はれぬ興味があつたのでした。
実に眼のさめるほど奇麗なセドリツクが、可愛いヽ姿で、チヨツト腰をかけポチヤ\/した手で膝を抱へ事有り気に話をしてゐるのを珍重して、聞かぬ者は有りませんかつた。
追々ハ氏でさへが、セドリツクと同行するのを、内々大層楽しむ様になりました。
ある時、ハ氏が、

それなら、あなたは老侯が好になる様にして見やうと思し召すのですか?。

と云ひ升と、セドリツクが、

エー、だつてお祖父さまは僕の親類でせう。
誰だつて親類が好でなくつちやいけませんは、それから、お祖父さまは、僕に大変親切なんですもの。
人が色んなことして呉れて、何んでも好なもの遣るなんていへば、親類でなくつたつて、好になるでせう。
だけれど、親類でそんなにして呉れば、尚好になるじや有りませんか。

と云ふのを聞いてハ氏が試みに問いました、

どうでせう、お祖父さまは、あなたが好でせうか?
セドリツクは何気なく、

エー、好でせうよ、だつて僕は又お祖父さまの親類なんでせう。
それから僕はお祖父さまの息子の子供でせう。
だから好にきまつてるじやありませんか。
好でなきやあ、僕の欲しいものなんでも遣るなんて云ひやしませんだろう。
そうして、あなたを迎ひになんか、よこしやしませんじやないか?。

アヽ、なるほど、そういふ訳なのですか?。

エー、そうですとも、あなただつて、そうだと思ませんか?
孫の好でないお祖父さまなんか、ありやしませんでせう。

さて船酔で引篭つて居つた人々も、追々甲板の上へ出て来て、長椅子に寄つてゐて、いづれも船中の徒然を感じて居升たが、誰云ふとなく、フォントルロイ殿の小説めいた履歴は、一般に広まり、毎日船中をかけ廻つたり、母か又たは彼の痩せて背の高い、老成代言人と運動したり、水夫などヽ話をしてゐた彼童児に注意せぬものはない位でした。
セドリツクは誰にでも気に入られました。
行く処に近しい人が出来ました。
甲板を運動する紳士がセドリツクを呼んで、一処にと申しました時などは、凛然しく大またに踏み出しまして、冗談を云はれれば、矢張り其調子で、面白い返答をいたしました。
又セドリツクが、婦人たちと談話をする時分には、取囲んだ一群のなかにキツと大笑をして打興じることが有りました。
又セドリツクが同船の子供たちと遊べば、何か極\/珍らしい遊戯がないといふことは有ませんかつた。
水夫の中にも心易いものが大分出来まして、海賊や、破船や、無人島に漂泊したなどの得も云われぬ面白い話しを聞きました。
丁度自分が持つてゐたおもちやの舟で、帆を挙げることや、縄をつなぐことや、水夫どものつかふ外では聞なれぬ言葉なども、驚くほどよくおぼえまして、例の何気ない調子で、妙なことをいつては、紳士や貴婦人たちに笑われることが、まヽ有ました。
そして、笑われば何故かと、ビツクリする様子でした。
中にもよく話をして聞かせて呉る人はヂェレと云ふ水夫で、此爺の実験ばなしを聞て見ると、何でも二三千回も航海したかとおもわれる様で、其度々に人を殺して食べるといふ鬼の様な恐ろしひ人の住んでゐる島へ、漂着したそうで、又其話の続を聞いてゐると、ヂェレは身を切られて焼いて食われた事も度々で、頭の皮を剥れたことさへ十五回や二十回は有つたそうでした。
セドリツクは、母に此話をして聞かせて、こういひました。

それだから、あの人があんなに頭が禿てゐるんですよ、ダツテ幾度か頭の皮をむかれば、モウ髪がはへやしませんからネ、一番しまいに、パロマチヤウイーキン人の王が、ウオツプスレマンブスキイ人の酋長の髑髏で拵らえへた、庖丁でやられてからは、髪が生へませんかつたと。
此時ほど危ないめにあつたことはマアないんですと、其手に庖丁を振まわされた時は、大変とビツクラしたもんだから、かみの毛がチヨツキリおつ立つちまつて、どふしてもねませんかつたと、そうして其主が今其まんまでヂェレの皮を被つてゐて、丸でブラシの様ですと。
かあさん僕はヂェレおぢのした様なけんけいした人見たことがないんです。
それでホツブスおぢさんに、すつかり話してやり度つてたまらないんですよ。

時々天気がわるくつて、人々は甲板へ出られないで、下の座敷に閉ぢ込られてゐる時セドリツクに勧めてヂェレのけんけいばなしを話させました。
スルト、セドリツクは、大層得意な調子で、熱心に話しをしましたが、一同挙つて面白そうに聞いてゐる処を見れば、凡そ大西洋を渡つた人の中でこれほど人に珍重されたものが、あろうかと、おもうほどでした。
何んでも人の興になろうとおもへば、及ばぬながら、心よく自分の出来る丈けはして見ようといふ風で、あとけない中に、自分は決して角へ置かれぬ人物とおもふ様子が、尚ほか愛いヽのでした。
ヂェレの話しをし終つてから、母にかういひました。

アノネ、かあさん、みんなはヂエレの話しを大層面白そうに聞いてましたよ。
ダケレド、かあさん、アノ僕は‥‥‥ヒヨツトしたら、そんなこといふのは、わるいかも知れないが‥‥‥みんなほんとうじやないかも知ないとおもふ時が、あるんですよ、みんなヂェレが出逢つたことじやないかと、おもひ升よ。
デモみんな自分だつていひますね、どふも、妙ですネ、かあさん、アヽ、ヒヨツトしたら、少し忘れてまちがふのかも知れませんよ。
度々、頭の皮をはがれたから。
幾度も頭の皮をはがれヽば、忘れつぽくなるかも知れませんはネー。(以上、『女学雑誌』第二六六号)





小公子

第五回 (中)          若松しづ子

さてセドリツクが同行の人々とリヴァプールへ着しましたのは、彼のヂツクに別れてから十一日めでして、その翌夜、三人同車でステーシヨンから今後セドリツクの母の住居にならふといふコート、ロツヂと申す家の門に着きました。
最早暗がりで家の模様は分りませんかつたが門へ這入る時セドリツクの眼に止りましたのは、双方から覆ひかヽつて、アーチの様になつた大きな木の下に、馬車道のあることで、こヽへズツト乗り込むと戸が開いてゐて灯火がテカ\/戸外へさしてゐるのが直ぐ見えました。
さて、メレはセドリツクの母の侍女に成つて同行致しましたが、此時モウ先に此家へ着して居りまして、セドリツクが馬車から飛び降りました時、広いテカ\/した廊下に、他の婢僕と共にお出迎ひして居りました。
フォントルロイ殿は、いきなり彼の老婢に飛びついて、嬉しそうな調子で、言葉をかけました。

オヤ、メレや、お前モウ来て居たかへ?
かあさん、メレが来てますよ。

といひながら、メレの余り滑かならぬ赤ら顔に自分の顔をすりつけました。

メレや、わたしはお前がこヽに居て呉て嬉しいよ、おまへの顔を見た計りで、心が落着く様だよ、処慣れないで変なのが、おまへが居るのでよつぽど心やりになるよ。

と低い声で云つたのは、エロル夫人でしたが、メレは其言葉と共にさしのべられた小さな優しい手をシツカリと握り〆めまして、心の中に、母の身になつて、遠く我が国を離れた斗りに又一人子を見ず知らずの人手に渡すのはどの位つらかろうと切りに気毒に思ひました。
家付の英人の僕碑たちは、皆眼を丸くして、シケ\/と親子を見て居りました、両人については、早くもとり\/の流評を聞て居りまして、老侯の憤怒、エロル夫人を別居させる理由、若侯の将来受継ぐ可き莫大の産業、癇僻と酒風症とで殆ど野蛮に近い老侯の気質などの事を、皆な知りぬいて居りました故、

やつこどの、可愛そうに中\/楽は出来まいよ。

と、互にひそ\/話して居りました。
併し僕娩どもは今度お入になつた若侯のことは一切知らず、固より未来のドリンコート侯たる可き人の性質などは少しも分らずに居たのでした。
セドリツクは、普段人の手を待ちつけぬ質で、無雑作に外套を脱でしまいました。
それから先づあたりを見廻し升と、広い廊下の飾りつけには鹿の角やさま\゛/珍らしきものが有ました、平生の家にこふいふ飾りつけを見たことは是が始めてゆえ、セドリツクの眼には随分不思儀に見えました、

かあさん、これは大層きれいな家ですネイ?
かあさんがこれからこヽに入つしやるんだから、好いことネイ、そうして随分大きい家じや有ませんか?。


といひました。
なる程、ニユーヨークの彼の疲弊した町に有つた家と比らべては遥か奇麗で、爽快な住居でした。
メレの案内で、二階へ登れば、眼の覚める様な白紗の窓掛がさがつた寝間に、火が焼て有り、大きな雪の様な白いべルシヤ種の大猫が、真白な毛革の敷物の上で、気楽そうに寝て居り升した、メレは此を指ざして、

アノ奥様ア、此猫は御殿の奥の取締がよこしたんでございますよ、マア何んちう深切な人でんすか、そうして奥様がおいんなはるつて、何んていことなくみんな仕度をしたんだそうでんすよ。
わたしも一寸おめにかヽりましたが、アノなくなつた旦那さまを大層秘蔵にしたそうで、大へんに惜しいことをしたつてかたりましたよ。
それから猫でもゐたら、チツタアうちの様な気がするかしんねいつて、よこしなせいましたよ。
それからカプテン、エロルはお少せいツから、知つてゐたんだちいましつけが、推出しの好い、可愛いヽ子だつけ、そうして大きくなつても、ゑれい人にも眼下の人たちにも優しくつて、ほんとうに立派な人だつけつちいますつけ。
せいからわたしもこういひましたよ、こんだおいんなはる坊つちやまが、トントそんなでんすよ、わたしやあんな立派な子見たことが有ませんてネ。

さて此部屋で少しみなりをとり繕ひましてから、又下へ降りて、こんどは大きな立派な坐敷へ通りました。
此坐敷の天井は殊さらに少し低く、周囲の道具などは一躰にドツシリして美くしく彫刻して有りまして、椅子などは坐はり込みのふかい、寄り掛りの高くつて、ガツシリしたのでした。
花壇や違棚は大そう風雅で、その上には見事で、極く珍らしい置物がならべて有りました。
暖室炉の前には、大きな虎の皮が敷いて有つて、両側に安楽椅子が据へて有りました。
彼の巌めしひ白猫ははや、フォントルロイ殿に懐つき始めまして、跡について下へ降りましたが、今も革の敷物の上へ寝ころんだ側へすり寄つて、これからお親しく願ひますとでもいひそうな風つきでした。
セドリツクは嬉しく、自分の頭を猫の頭の側へよせて、手でおもちやにしながら横になつてゐまして、ハ氏と母とが、ヒソ\/咄してゐたことは耳に這入りませんかつた。
エロル夫人は少し顔の色がわるくつて、何か心に安からぬ思がある様子でした。

今夜は参なくとも宜うございませうね、切て、今晩丈は一処に居つても宜うございませう、あなたはどうお考へです。

と低い声でいひますと、ハ氏が又同じ様な調子で、

さ様で御坐るて、今晩はまづお入りにならずとも宜しかろうと存じます。
愚老が食事でも済ましませば、先づ参上いたして、御来着の趣を老侯へ通じるでござろう。

エロル夫人はセドリツクに眼を移しますと、彼の黄と黒の毛革の上にたあいのない中にしなやかな様子して、寝そべつて居りまして、少しポツトしたきりやう好の幼顔の上と、毛革の上とにフサ\/と乱脈に散広がつてゐた髪の毛は暖室炉の火を輝り反へして居りました。
彼の大猫はさも安楽そうに、ゴロ\/いひながら、寝むそうな顔してゐまして、セドリツクの優しい可愛い手で撫でられるが嬉しい様でした。
エロル夫人は、この様子を眺めて、我しらずホヽ笑みましたが、其ホホ笑が外へ現われるか現はれぬに、急にしほ\/とした顔付に変じまして、

侯爵さまは、わたくしがあれを手離ます苦の半分も御承知有ますまい。

といつて少し改つて、ハ氏に向ひ、こふいひました、

あなた、どふぞ、あの金子のことは私がお断り申たと、侯爵様へお伝へ下さひますまいか?。

金子!。
其金子とおつしやるは、老侯が歳入にしてお定めあらうといふものヽことでは御座りますまい。

と不審そうにいはれて、又何気なく、

さようでございます、そのことを申すので御座います、‥‥‥全体此家を頂戴するのも子供の側に居るに上都合と申す丈で、余儀なくおうけをいたしたので、其外は質素にさへいたしますれば、不自由はせぬほどの用意は御座いますから、金子のことは先お断りいたし度うこざいます。
侯爵さまが私をばさまでにお忌み遊ばす処ですから、若し金子を戴けば、どふやら、セドリツクを金に引返へる様で心よく御座いません、今セドリツクをお引渡しするといふのは、たゞあれの利益とおもひ升れば、母の情で自分のことは忘れて居りますのと、こうなることは、亡き父も望む所であろうと考へますからのことです。

それは甚だ不思儀なことです、老侯にもあなたのお心を汲みかねて、御立腹になることであろうと思われます。

侯爵さまも少しお考へなされば、お分りだろうと思ひます、わたくしは其金子がなければ困難いたす訳でもない処を思ひますれば、私をお憎み遊ばして、御自身の孫にあたるセドリツクを現在母とお引別になる其方の御給与なさるもので贅沢をいたさう心にはどふもなれません。

ハ氏は暫時黙考して居りましたが、ヤヽあつてから、

さようならば、お言葉通りに申上るといたしませう。(以上、『女学雑誌』第二六七号)





小公子

     第五回 (下)          若松しづ子
彼是する中に食事を持ちこみまして、一同食卓に着きましたが、彼の大猫もセドリツクの側の倚子の上へチヤント座を占まして、食事の最中大威張りにゴロ\/咽喉を鳴らして居り升た。
さてこれから間もなくハ氏がお屋敷へ伺ました時、直お目通を仰付られました。
老侯は此時暖室炉の側の贅沢を極めた安楽倚子によつて、彼の酒風症に悩んだ御足を足台の上に休めて居られましたが、フサ\/した眉の下の鋭どい眼はハ氏をキと睨まへて居りました。
そして外貌は沈着に見へても、心の中は密かにイラ\/してざわだつて居るといふことはハ氏もよく承知して居りました。

イヤ、ハヴィシヤム、帰つたかな?
どうで有つた?

御意に御座ります、フォントルロイ殿は母君と共にコートロツヂに入らせられます、御両人とも海上甚だ御無難で、御機嫌うるわしう御座り升。

老侯はこれを聞いて、なにか待ちどふで、気が急くといふ調子で、手をもぢ\/しながら、先づ鼻でフンー、といひ、

それは結構といふものだ、それはそれでよしと、ハヴィシヤムくつろぐが好い、一杯やつて、落着たら、其跡を聞う。

フォントルロイ殿は母君と彼の処に御一泊あつて、明朝は御同道いたしてお屋敷へ伺ふ筈で御座ります。

老侯は倚子の横に臂を休めて居られましたが、其手を挙げて眼にかざし、

フヽン、其跡はどふだ?
此件に付ては巨細を申送るに及ばぬといつて置たから、まだ何事も知らずに居るのだ、全躰どんな奴だな、其小息子といふは?
ナニお袋のことは聞ずとも好い、子供はどふだ。

ハ氏は手づからコツプへついだポウト酒を一ロ飲んで、また杯を手に持ち、ひかへめに、

御意に御座り升が、何分七歳といふ御弱年で御座り升から御性質を仰られましても、一寸、お答に苦しみ升て。

これを聞いて、老侯の疑惑、掛念はます\/熾んになり、早くも彼の眼光を、ハ氏の方に放つて、粗暴に、

ナニ、馬鹿か?
たゞし、不器量な犬つ子の様な奴か?、
腹がアメリカだといふ処が、現然と見えて居るのか?

イヤ、お腹がアメリカの御婦人で、此弊が有るといふ処は一向見へぬ様で御座り升。
愚老は子供のことは至つて疎い方で御座りますが、いづれかといへば、先立派な若君と勘定いたしました。

例の沈着、冷淡な調子で答へました。
ハ氏の物云ひは、全体、平常が落ついて、油の載らぬ方でしたが、此時は殊更普段より扣へめにしたといふものは、侯爵どのが余り委しく実際を御承知ない中、不意に孫息子に面会されて、自身に判断を下された方が、両方の為に宜かろうと、怜悧にも考たからでした。

どうだ?、
壮健で、よく伸た方かな?。

御意に御座り升、殊の外御壮健で、御発育も甚だ宜しい様見受ました。

侯爵どのは、一層急き込んで、

ナニカ、手足などもすらりとして、外見は好い質か?。

此時ハ氏は薄い唇の辺にそれとも分らぬほど幽かなほヽ笑を現はしましたが、コート、ロツヂで見て、今も眼の先に見える様なセドリツクの姿、さも楽しそうにしどけなく、虎の革の上に横になつた画に書度ほど見事な処、キウ\/した毛が革の上に乱れ散つて居た塩梅、桜色のパツチリした幼子顔のことなどおもひまして、

先づ一と通り立派な御人品の様見受ましたが、斯様なものは、愚老の判断甚だ覚束ないものと、御猶予願ます。
併し御前のお眼に止まりました本国生れの童児と、多少趣味の変つた処は、必ず御座りませう。

老侯は急に足部を襲つた酒風症の苦痛に、イキマキ荒く、

そうあろう\/、米国の子供といへば、礼儀作法も知らぬ乞食めらじやといふことは、いつも聞くことじや。

御意に御座りますが若君に限つて無作法なお振舞は決して御座りません。
只今本国の子供と違と申上ましたは判然とは申し悪う御座りますが、同年輩の者よりは、成人に交られた故かして、幼稚らしい処に、又成熱らしき処の混淆して居風采を申上たので御座ります。

イヤ、それが即ち米国風の無作法と申すのじや、兼て聞いて存じて居るは、キヤツ等は、それをば早熟とか快闊とか申して居るは、何れ、気色に障わるほど不行跡に違いあるまい。

ハ氏は又少しポート酒を飲みました。
此人は侯爵どのに対つて決して論弁を試みたことはありませんかつた。
別して御足の御持病に侵されて【火欣】衝して居る時などには、寄らず、触らずにあいしらうが上策でしたから、此時、数分間双方沈黙でした、其うちハ氏が、

エロル夫人より御前へ申上る伝言が御座ります。

老侯は又獅子の吼へる様な御声に、イキマイて、

伝言じやと、あれからならば聞度くもない、あの女のことは、なる丈聞せぬ様にして貰い度い。

御意には御座りますが、此伝言はチト大切な一条で御座ります、と申すは、夫人へ御恩賜あらうといふ年給を御断り申上る旨申出られた次第で‥‥‥。

侯爵どの、ギツクリ驚ろかれた様子にて、又大声に、

ナニ、なんと申す?、
それはなんじや?。

ハ氏は、前申した通りに、再たび陳じました。

夫人は決して其金子を頂戴する必要はない様に申されます。
増して御前との御交りも、御親密と申すではなし‥‥‥

此時老侯は烈火の如く怒り、さながら言葉を吐きだすが如く、

ナニ、親密でないと申すか?、
へヽン、親密どころでは有るまい。
あの女のことおもふても胸がわるいわ、チヨツ、舌長い、貪欲なアメリカ女め!、
見度もないわ。

御前様、恐ながら、夫人を貪欲と仰せられますは、チト愚老の胸に落入り兼ます。
一事の請求をなされた訳ではなし、只御恩賜の金子をお諦せぬと申丈では御座りませぬか?。』

それも是も策じやわと(跳ねつける様な調子に老侯どの)わしをひとつはめて、面会でもさそうといふのじやろう、只今の様に申すのも、必竟わしに精神を感服させて、一仕事と考へて居るのだろうが、そうは参らぬ、わしは一向感服致さぬて、それが米国風の出過といふものじや、此屋敷近い処に非人如き生活をされてはわしの迷惑じや、クォントルロイの母で有つて見れば、生活も相応な格にさせねばならぬと云ふものじや、兎に角金はとらするが好い。

たとひ、金子をお遣し有つても、お用ゐはあるまいと存じられます。

老侯は又クワツトして、

つかわうが遣ふまいが、それにかまいはない、どうでも遣わすこととせう、わしが何もして遣わさんから、非人の生活をせにやならぬなどヽ、世間へ触れられては大した迷惑じや、ハヽア、ひとつは子供にわしをわるく思わせうといふ手じやな、さもなくとも、わしの悪口は充分吹込んだのじやろう。

イヤ、左様なことは一切御座り升まい、夫人より伝言の御座りました処をお聞とりなされませば、左様なことは一向ないことが判然いたしませう。

老侯は憤怒と、性急と、痛症とにて、苦しげに太い息をつき、

左様なことは聞く耳持たぬわい!

と鳴せ玉ふも、かまわず、ハ氏は静に其伝言を述ました。

夫人が申し出られまするには、御前が自身を忌み給ふて、フォントルロイどのをお引別けになつたものといふことは、なる可くフォントルロイどのに知らせぬ様御注意を願度い、と申す訳は、フォントルロイどのが、深く自身を慕わるヽ処から、万一老侯に対して隔意を生じてはと、掛念されるので、到底真の理由は会得の出来ぬものと見做し升れば、若君が多少御前を憚つて、御前に対する情愛が薄くなるかも知れぬと申すことで御座りました。
若ぎみは、只今御幼稚で御会得は六ケ敷こと故、何れ御生長の後委細御承知になろうと申してあるそうで御座ります、初対面に隔意のない様といふのが、夫人の切に配慮致さるヽ処で御座ります。

御前はあほのけにドツカと倚子の背にもたれて、居られましたが、秀でた眉の下には、武しい、窪んだ老眼が人を射て居りました。
忙しい息遣ひはまだ治まらぬ様子で、

ナント申す?、
其ことはお袋が云うて聞せぬと申すのか?。
左様ではよもあるまい。

ハ氏は冷淡に、

イヤ、御前其ことは一言も申して御座りません、それ丈は保証いたします。
若ぎみは最も情愛深き御祖父様と信じて居られます、誠に完全無欠の御性質と確信いたされる其点に於て疑を引起すことなどは、一切お聞かせ申したものは御座りませぬ、況してニユーヨウクに於きましては、一々御指揮の通り取斗らひましたれば、御前をば非常な慈善、寛大の御方と思ふて居られ升。

それに相違ないか。

イヤ、其こと斗りは愚老幾重にも保証いたし置升。
さて、これから御対面で御座ります、舌長しとお叱りを蒙るかは存じませぬが、母きみのことは一切悪ざまに仰なき方が、御上策かと愚考いたし升。

へン、七才の子憎が、何を知るものか?。

御意には御坐り升が、其七年間始終母きみが御付添で御坐り升から、若ぎみが此上もなく親愛して居られます。(以上、『女学雑誌』第二六八号)





10111213141516『小公子』の部屋||ホーム