胃や小腸、大腸には、「第2の脳(セカンドブレイン)」とも呼ばれるほどたくさんの神経が存在しています。この腸神経系(内在神経系)は、どのような栄養素がどれくらいの量あるのか自らチェックして、消化に必要な酵素を分泌させたり、混ぜ合わせるために胃腸を動かしたりする指令を出してくれます。まさに考えて仕事をしています。この内在神経系がきちんと働かないと、胃腸の動きが激しくなりすぎたり、おとなしくなりすぎたりすることがあります。これが、下痢や便秘の原因のひとつであると考えられます。社会問題となっている「過敏性腸症候群」は、ストレスに起因する下痢や便秘、腹痛を主な症状とした病気です。この病気の仕組みを解明するには、ストレスが胃腸の動きを制御する神経系にどのような影響を与えるのか、解明する必要があります。私たちは「過敏性腸症候群」の制圧を目指して、胃腸の神経の働きを調べています。
食道の内在神経系の役割
体内にある管状・袋状構造物(消化管や血管、膀胱や子宮)は、基本的に平滑筋で構成されています。平滑筋は、細胞同士が連動して収縮することができるので、管や袋の内腔を小さくするために大変都合が良いのです。食道はこの原則から外れ、管状構造物でありながら横紋筋で構成されているという特徴を持っています。胃や小腸、大腸といった平滑筋で構成される腸管の運動が、内在神経系によって制御されるのとは対照的に、食道の運動は外来神経(迷走神経)によって調節されています。
このような特徴を持つ食道においても、立派な内在神経が存在しています。この内在神経は、どのような役割を果たしているのでしょうか・・・? この問に答えるために、様々な方法を使って実験を行っています。摘出標本を使って、迷走神経を刺激した場合の食道の収縮を記録し、内在神経を活性化させたり機能抑制したりして、その影響を調べています。
飲み込むための運動(蠕動運動)は、中枢との連絡を維持した状態でないと発生させることができないのですが、麻酔下の動物を用いて人為的に食道の蠕動運動を誘発させる実験系を開発しました。嘔吐する実験動物、スンクスを用いた実験とともに、私たちの研究室の特徴的な方法として、誇れる実験系です。
消化管から分泌される生理活性物質の消化管運動に与える影響
2.夢の「人工冬眠」に挑戦する
〜冬眠のすごい特徴をヒトや動物の医療に活用〜
人間を含めたほとんどのほ乳動物は、「恒温動物」という名の通り、外気温がどのように変化しようとも37℃程度の体温を維持しています。しかし、リスやハムスターなど一部の小型ほ乳類は、冬季の厳しい環境(気温低下や食物不足など)を耐えるために、体温を大幅に下げ、冬眠するという性質をもっています。一見、冬眠は「体温の恒常性」が壊れた病的な状態のように見えますが、冬眠する動物は極度の低体温下でも「健康」です。それどころか、寿命が延びる、放射線を浴びても傷害が起きない、感染症に抵抗力を持つなど、冬眠することにはたくさんのメリットがあるのです。
冬眠のメリットは、人間や動物の医療に役立つ可能性があります。しかし、冬眠しない動物を冬眠させることは、そう簡単ではありません。通常は、体温が25℃くらいになると心臓に異常が起こり、20℃を下回ると心停止すると言われています。私たちは、本来であれば冬眠しない動物を低体温状態にする「人工冬眠」の確立を目指して研究しています。これまでに、冬眠動物であるハムスターからわかったことを応用して、冬眠しない動物(例えば、ラット)を人工的に「冬眠のような低体温」状態にすることに成功しました。将来、脳や心臓の病気、ガンなどの治療に応用されることを期待しています。
3.「やせの大食い」のメカニズムを解明する
〜褐色脂肪の機能を活用し、肥満を予防・治療〜
肥満をはじめとした「メタボリックシンドローム」が社会問題となる中、「体重の恒常性」と言われても、イメージが湧きにくいかも知れません。しかし、動物の体には多少の過食があっても太らない仕組みが備わっているのです。ただし、これは「飢餓」の時代を生き延びてきた私たちの祖先が獲得した仕組みですから、現代のような想定外の過食には対応しきれません。これがメタボ急増の背景です。
では、太らないためにはどのようなにすれば良いのでしょうか? ひとつは、食欲を抑え込んで、食物を摂りすぎないようにすることです。いわば、入口を制御する方法です。もうひとつは、出口に対する制御です。食べてしまった栄養分を体脂肪として溜め込まないように燃やしてしまえば、たくさん食べても太らない「やせの大食い」が成り立つわけです。栄養素を燃やして熱に変換する専門の臓器が「褐色脂肪」です。私たちは、この褐色脂肪が活性化する仕組みを研究しています。褐色脂肪の活動を高める因子のひとつが交感神経です。交感神経の活動が強まると、褐色脂肪は脂肪を燃焼し、熱をつくります。
これまでにカネボウ化粧品やパナソニックと共同研究を行い、体脂肪を燃やしやすくするドリンクや医療機器の開発につながる成果を挙げています。