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天然植物由来活性物質の抗糖尿病作用

 【興味の焦点】

天然の植物由来の物質が、様々な疾患、特に慢性疾患の予防、制御に利用されています。

このような薬剤としての活性をもつ植物のひとつに、Nigella Sativaが挙げられます。
この植物の種子から抽出したオイルには、抗炎症作用や免疫抑制作用があることが知られていて、エジプトを始めとする中近東諸国で糖尿病時の易感染性や自己免疫性の関節炎に対する治療に広く活用されています。

このオイルから有効成分が単離され、サイモキノンと名付けられました。
これまでサイモキノンの作用についていくつかの報告が見られますがが、依然として抗炎症作用や免疫抑制作用の機序は不明です。


私たちの興味は、サイモキノンの抗炎症作用や免疫抑制作用の機序を明らかにすることです。

また、実験を進める過程で、この物質が細胞内の特定の情報伝達物質を阻害する可能性が見えてきたので、このことについても興味を抱いています。


  少し専門的かも知れませんが、以下に内容を挙げます。


研究目的

  この本研究では、サイモキノンの抗炎症作用や免疫抑制作用の機序を明らかにすることを目的とする。この目的を達成するために、特にマクロファージの機能に対するサイモキノンの影響を追究することとした。その理由は、炎症性のサイトカイン、及びフリーラジカルとしてのNOの供給源としてマクロファージが重要であることにある。具体的には、細菌内毒素によって活性化させた時に起こる炎症誘発メディエーターの産生に対して、サイモキノンが抑制作用を持つかどうか解析することによって、その抗炎症作用や免疫抑制作用を明確にすることを目指す。
  また本研究では、マクロファージ機能に対するサイモキノンの効果に加えて、糖尿病の発症、進展に対するサイモキノンの防御効果を明らかにすることも目的とする。糖尿病の発症進展には、遺伝的要因や環境要因など多くの要因が複雑に関与するが、自己免疫性の原因で膵臓β細胞が傷害されることも一要因である。この時マクロファージからのサイトカインやNOが寄与することも報告されているので、サイモキノンがマクロファージの機能を抑制する効果を発揮すれば、この薬物が糖尿病の発症進展を軽減させる可能性は高い。実際に、サイモキノンは血糖降下作用を持つことが知られており、サイモキノンの抗糖尿病作用を解析することは極めて意義深いとと思われる。

研究成果

1.サイモキノンの作用機序の解析
(1)マクロファージのサイトカイン、NO産生に対するサイモキノンの影響
  ラットの腹腔から、マクロファージを常法に従い回収し、Growth mediumで5×105 cell/mlになるように希釈した後、6穴培養プレートに2ml/wellで蒔いた。細胞がプレートに付着した後、サイモキノン存在下あるいは非存在下で、LPSと6、12、あるいは24時間インキュベートした。LPSの濃度は、0.5、1、10、100μMと変化させた。インキュベーションが終了したら、上清をnitrite測定のためにサンプリングし、細胞はiNOSのウエスタンブロットあるいはRT-PCRに用いるために回収した。

  LPS刺激を与えていない状態では、nitriteは検出されなかった。一方、LPSで刺激した場合は、濃度に依存したnitriteの産生が誘導された。5μg/mlの濃度のLPSで細胞を刺激し、産生するNOに対するサイモキノンを作用を調べたところ、濃度依存的にLPSによるNO産生を抑制することがわかった。

LPS刺激に伴うNO産生に対するサイモキノンの作用

  サイモキノンはマクロファージをLPSで刺激したときのNO産生を抑制することが判明した。そこで次に、サイモキノンがiNOSの発現を抑制する可能性を検討した。

  ラットiNOSに対するポリクローナル抗体を用いたウエスタンブロットの結果、マクロファージを5μg/mlのLPSで刺激すると、分子量約130KDaのiNOSが検出された。このLPS刺激のとき、サイモキノンを添加すると、1μMではっきりとした抑制がみられ、100μMでは完全に消失することがわかった。サイモキノンの溶媒であるDMSOはそれ自身で効果を持たなかった。このような処置はいずれも細胞骨格タンパクであるα-tubulinに影響しないので、サイモキノンによるiNOS発現抑制は特異的な効果であるとえる。なおmRNAレベルでも、同様の結果が得られた。

LPS刺激後のiNOS発現に対するサイモキノンの作用

サイモキノンにはLPSで誘導されるマクロファージのiNOS発現を抑制する作用があり、結果として過剰なNOの産生が制御されるということが明らかとなった。

(2)マクロファージの細胞内情報伝達系におけるサイモキノンの作用点の解析
  サイモキノンがどのようにしてiNOSの発現を抑制するのか、すなわちサイモキノンの作用点を検討した。
  LPSは、LPS-binding proteinと結合し、さらにこの複合体が細胞膜のCD14と結合することによって、チロシンキナーゼを活性化し、PI-PLCおよびPC-PLCを活性化することで作用を発揮することが知られている。この反応の下流には、PKCの活性化、p44/42 MAPKの活性化、あるいはp38 MAPKの活性化が続くとされている。いずれも、IkB のリン酸化とその分解、さらに、NF-kB specific DNA bindingをもたらし、iNOSの発現が誘導されると考えられている。そこで、サイモキノンの作用点を明らかにするために、IkB の分解が抑制されるか否か、NF-kB の活性化が抑制されるか否か、MAPKsの抑制があるか否か、順次検討した。
  LPS刺激でマクロファージのIkB分解が誘導されたが、サイモキノンを添加してもその抑制反応は認められなかった。NF-kBの活性化についても、ELISAシステムで測定したが、IkBの分解と同様にサイモキノンは特に影響を及ぼさなかった。
  次に、p38およびp44/42 MAPKsの活性化状態を評価するために、これらの分子のリン酸化をウエスタンブロット法により調べた。p38 およびp44/42 MAPKs はいずれも、LPS刺激で増加し、リン酸化も亢進した。サイモキノンは、濃度依存的にこれらの増加を押さえる作用があることが判明した。

  これらの実験結果から、サイモキノンはMAPKの活性化を抑制することによってNOの産生を抑制することが示唆される。しかしながら、MAPKの下流に位置すると考えられているNF-kBの活性化については、サイモキノンによって抑制がかからなかったことから、従来から提唱されているiNOS発現の制御機構に加えて、新しいカスケードが存在するものと思われる。今後、さらに検討すべき課題である。

2.糖尿病動物におけるマクロファージ活性とサイモキノンの作用
  糖尿病の発生にマクロファージから産生されるサイトカインやNOが寄与することが報告されている。ストレプトゾトシンを投与すると、膵臓のβ細胞から抗原となるタンパクが放出され、これをもとに免疫系が活性化されて、最終的にフリーラジカルやサイトカイン、細胞障害性T細胞の攻撃を受けてβ細胞が破壊される。結果として、インスリンの分泌ができなくなり、糖尿病になるという仮説である。サイモキノンはマクロファージのNO産生を抑制するので、サイモキノンがβ細胞を保護する可能性は高いと考えられる。そこで次に、ストレプトゾトシン誘発糖尿病ラットを用いて、サイモキノンがβ細胞を保護するか否か検討した。
  実験は、ストレプトゾトシンをラットに投与して糖尿病としたラットと、ストレプトゾトシンを投与する際に、予めサイモキノンで処置しておいたラットを比較することで行った。

  ストレプトゾトシンを投与したラットでは、顕著な空腹時血糖の増加と血中インスリン濃度の低下が観察された。ストレプトゾトシンを作用させる際にサイモキノンを共存させると、いずれも改善された。このことは、サイモキノンがβ細胞の傷害を保護する作用を発揮したためであると推察される。実際に、β細胞をインスリン抗体で染めてみると、サイモキノンが保護作用を持つことが明らかとなった。


  以上のように、本研究では、(1)サイモキノンがマクロファージのiNOS発現を抑制することによってNO産生を低下させること、(2)このことが生体内ではβ細胞を保護することとなり、1型糖尿病の発症を軽減させることが示された。

今後の課題

単離マクロファージを用いた実験では、サイモキノンがMAPKの活性化を強く抑制するにもかかわらず、その下流にあると考えられているNF-kBの活性化については抑制しないという結果が得られた。このことは従来の報告と矛盾する点であり、iNOS発現制御に関して新しい調節経路が存在することを示唆するものである。今後、類似の実験を継続し、この問題について明らかにする必要があると考える。
また、サイモキノンのin vitroの効果は非常に強力であるので、作用点が明確になれば、細胞内情報伝達系の解析ツールとして有用であると考えられる。MAPKに対する抑制が直接的なものなのか、さらに上流分子の抑制の結果なのか、今後追求していく予定である。

糖尿病モデル動物を使ったin vivoの実験は、本研究ではストレプトゾトシンを投与するときにサイモキノンを共存させ、β細胞の保護作用を観察したが、今後すでに糖尿病が確立した状態において、病態を是正する作用があるか否か検討する予定である。本研究で示されたように、サイモキノンは遺伝子の発現を調節するカスケードを阻害する作用があるので、例えば肝臓の糖新生に関わる酵素の発現を減弱させ、高血糖を是正する可能性は充分考えられる。今後の課題として取り組みたい。

 このテーマと関連した最近の論文

      Res. Vet. Sci. 79: 219-223, 2005.
      Acta Diabetologica 42: 23-30, 2005.
      Int. Immunopharmacol. 5: 195-207, 2005.
      Res. Vet. Sci. 77:123-129, 2004.
      Int. Immunopharmacol. 2:1603-1611, 2002
      Res. Vet. Sci. 73:279-282,.2002