ワサビは日本で栽培化された和食に欠かせない食材です。現在のような肥大した根茎を持つワサビの栽培の歴史は、イネやムギなどと比べると浅く、江戸時代中期以降とされています。寿司などの新しい食文化の浸透にともないワサビの薬味としての利用は一気に日本中に広がりました。江戸後期以降、全国で自生ワサビを利用した在来品種が育成され、昭和初期になると、本格的な栽培品種も誕生します。山根は聞き取りや文献調査をもとに、ワサビ品種の系譜を作成しました。その結果、わさび品種改良においては、主に3大品種「島根3号」「真妻」「だるま」が育種母体として利用されていることがわかりました。
 

 一方、全国各地には在来とよばれる自生わさびを用いた品種もあります。全国各地にはその土地に適応して進化した自生のわさび(野生わさびとよびます)もあります。こうした品種・在来・野生わさびは、見た目では区別がつきにくく、遺伝的な違いがどの程度あるのかなど、全くわかっていませんでした。そこで我々は、これらワサビ属植物の遺伝資源としての基盤情報の整備を目指し、品種や在来などを区別することが可能なDNAマーカー構築し、同時に来歴や系譜を明らかにすることを目的としました。


 
ある品種や系統がどのような「特別な(=固有の)」DNAのタイプをもっているかを明らかにして、得られたDNA情報を用いて品種や系統を識別することを、ここではDNA鑑定とよんでいます。では、知りたい品種や系統があった場合、その個体のDNAの塩基配列のみを調べれば大丈夫といえるでしょうか?こたえはノーです。全ゲノムを明らかにすれば別ですが、一部の領域の塩基配列により固有性を明らかにするためには、比較解析が必要になります。つまり、他の多くの品種や系統のDNAタイプを調べてはじめて、固有といえるのかどうかが議論できるようになるのです。たとえば、他の複数の品種や在来、野生のDNAを調べて、ある品種にのみみられる突然変異が見つかった場合、これは品種の識別に使えるマーカーとなり得ます。野生わさびは最も難しいといえます。というのも、人の出現により、わさびはあちこち持ち運ばれ、野生集団の遺伝的組成に影響を与えた可能性があることがわかったからです。こうした問題を解決するためにも、できるだけ多くの系統のわさびのDNA型を明らかにする必要があります。もし対象の野生品種が、地理的に近い場所のわさびと系統学的に近縁であったならば、得られたDNA型は、その土地のわさび固有のものである可能性が高いといえます。実際、全国複数個所のDNA型を調べていますと、単純な地史や気候変動だけでは説明がつかないようなDNA型をみかけることがあります。こうした個体はその土地のわさびというよりは、どこかから持ち込まれた個体であると判定しています。
 

 当研究室ではこれまで、100近い系統の塩基配列を明らかにしました。その結果、聞き取り調査などで作成したわさびの系譜は、おおむね正しく、現在静岡県の農業試験場で系統維持されているほとんどの品種は『だるま』由来であることが明らかとなりました(山根投稿準備中)。一方、主要品種である『真妻』は他とは異なるユニークなDNA型をもっていることが明らかとなり、『真妻』が母系となって得られた品種は今のところ見つかっていません。このユニークさからみても、『真妻』は遺伝資源として重要であることがわかりましたが、『真妻』のふるさとである紀伊半島はシカによる食害が全国でも最もひどいといえる地域であり、山根の複数回の調査でも、原種は見つかっていません。いっぽう、石川県の白山市白峰地区の自生わさびはその土地由来のわさびであることを、研究を開始して初めてDNA鑑定により認定することができました。この地区のわさびは全国的にみても個性的なわさびといえます。品質保証つきのわさびとして地域ブランド化が期待されます。また、京都府芦生地区においてもシカによる食害がひどい地域であり、伝統的な『わさび祭り』のための自生わさびが絶滅に瀕しています。そこで在来のわさびを特定すべく、芦生地区の複数個所から収集したわさび個体からDNAを抽出し、鑑定したところ、驚くべきことに、芦生地区のほとんどのわさびが栽培わさびに置き換わってしまっていることが明らかとなりました。さらに詳しく調べた結果、人もシカも近寄れないような断崖絶壁にのみ、ごくわずかに在来のわさびが自生していることがわかり、保全計画を策定しています。
 以上のように、昔から自生するわさびの特定や、母親由来の異なるわさび品種の特定はある程度可能になりましたが、今後はさらに精度をあげ、品種の来歴を明らかにするとともに、細かい品種間でも鑑定が容易になるように、核ゲノムの配列比較や葉緑体全ゲノム比較による品種ごとのDNAバーコーディングを目指しています。なお、本研究で用いるゲノム解析は、明治大学農学研究科矢野健太郎准教授と共同で行っています。


 
 当研究室では、地域ブランド化のための在来わさびの品種保証や、保全すべき集団の特定などの目的のためのDNA鑑定依頼を行うことを予定しております。受付準備が整いましたら、本HPにて通知させて頂きますが、保全など、急を要する場合は、まずは山根までご相談下さい。

       
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