岐阜大学の「トリとカエルと伴侶動物の生化学」の研究室

鳥類は高血糖

鳥類の高血糖のふしぎとそのしくみ(研究紹介) 

 

 鳥類は「高血糖動物」です(表1)。ヒトなど,一般的な単胃動物の血糖値は約100 mg/dLですから,ニワトリは2倍,ハチドリは8倍近くもあります。ヒトの場合,2回の検査で空腹時血糖が126 (随時血糖の場合は200)mg/dL以上であれば糖尿病と診断されますので,ニワトリを含めた多くの鳥類は,ヒトならば糖尿病ということになります。
 

表1.いろいろな鳥類の血糖値

 
 
 ヒトの糖尿病では,高血糖による直接の症状に加えて,高血糖が長期間続くと「合併症」と呼ばれる重篤な悪影響(網膜症,腎症,感覚神経の障害など)が生じます。ニワトリが高血糖なのにヒトのような病気にならない理由を知人のお医者さんに尋ねたところ「合併症が発症する前に出荷してしまうからでは?」とのことで,以後これは授業などでネタに使わせてもらっています。
 
 脊椎動物の中で,季節などにかかわらずグループ全体として血糖値が高いのは鳥類(鳥綱)だけです。表1を見るかぎり,鳥類の中での規則性(特定の目は血糖値が高いといった傾向)はないように思えます。
 
 血糖値が高いと何か都合のよいことがあるのでしょうか? 鳥類は恒温動物ですから,冬期に体が凍らないよう,不凍液代わりに血糖値を高くするというような必要はありません。獲物を見つけたり敵に襲われたりしたときに,筋肉を収縮させて(羽ばたいて),素早くある程度の距離を移動するためには,血糖値が高い方が便利かも知れません。しかし,他の脊椎動物は常に血糖値が高くなくても,同じような状況に対応しています。鳥綱がグループ全体として高血糖であることから,かつて鳥綱の祖先に血糖値が高いことが適応的であった時代があり,その後も高血糖値が生存にとくに不利でなかったために,そのまま何となく今に至っているのではないかと想像しています。同じ距離を移動するのに,空を飛ぶのと地上を走るのでは圧倒的(3倍近いという報告もあります)に前者の方がエネルギーを使うので,現在の鳥類では,高い血糖は手っ取り早いエネルギー限として役に立っているのかもしれません。
 
 ところで,ニワトリの血糖値を調べてみたところ(図1),成鶏だけではなく,胚のころから血糖値が高いことがわかりました。ニワトリは孵卵して21日で孵化しますが,13日ですでにヒトの血糖値を超え,16日には成鶏と変わらない血糖値に達していました。つまり,ニワトリは孵化後の成長にともなって血糖値が次第に高くなって成鶏のレベルに達するわけではないのです。
 

図1.ニワトリ胚と成鶏の血糖値の測定結果。単位の dL は100 mLのこと。

 
 ニワトリの卵の成分のうち,水分,脂質,タンパク質が大部分を占め,糖質はわずか1%ほどです。糖質は単に血糖値を高めるだけではなく,胚発生のエネルギー源としても利用され,孵化の際の嫌気的条件下で大量のエネルギーをまかなうためにも必要なので,産みたての卵に含まれている1%の糖質では足りないのではないかと思います。そこで,糖以外の物質(タンパク質や乳酸など)から糖を作る「糖新生」という代謝経路が,ニワトリ胚では活発に働いていることが予想できます。
 
 岐阜大学応用生物科学部には全国の大学でも有数の養鶏施設を備えた農場がキャンパス内にあり(図2),ニワトリの研究にはとても適しています。私たちの研究室では,この地の利を活かして,ニワトリ胚における糖新生について,糖新生酵素の遺伝子発現や酵素活性の面から研究を進めています。研究成果はまたこちらのコーナーでご紹介したいと思います。(つづく)
 
 
 

図2.岐阜大学応用生物科学部の農場(鶏舎)

 
この項目に関連した論文:
- Roy T.K., Iwasawa A., Shimizu Y., Kageyama K. and Yoshizaki N.: Ontogenic profile of glucokinase and hexokinase mRNA expressions in embryonic chicken liver and muscle. J. Poult. Sci. 50: 270-274, 2013.
- Roy T.K., Iwasawa A., Shimizu Y., Kageyama K. and Yoshizaki N.: Ontogenic profile of gluconeogenic key enzyme gene expressions in embryonic chicken liver and muscle. J. Poult. Sci. 50: 380-387, 2013.
- Shibata M., Iwasawa A. and Yayota M.: Gluconeogenesis in the yolk sac membrane: Enzyme activity, gene expression, and metabolites during layer chicken development. J Poult. Sci. 60:2023020, 2023. doi: 10.2141/jpsa.2023020.