岐阜大学の「トリとカエルと伴侶動物の生化学」の研究室

君は何ガエル?

 トノサマガエルとナゴヤダルマガエルをDNAで見分ける(研究紹介)

 
(たぶん)トノサマガエル 岐阜市内で採集
 
 

 十年ほど前,ある方から「田んぼでトノサマガエルとダルマガエルを手軽に見分けられる判別器を作れませんかねえ?」と冗談半分に聞かれました。その方によると,濃尾平野の水田にはトノサマガエルとダルマガエル(現在の和名はナゴヤダルマガエル)という近縁の種が生息しているのですが,生息場所や生態が似ていて,鳴き声も慣れないと区別しにくいとのことです。外見も,それぞれのカエルに典型的な個体もいる一方で,一見してどちらのカエルかわかりにくい個体もいるので,外部形態が,典型的なトノサマガエルと典型的なナゴヤダルマガエルを両端に置いたスペクトルのようになっているのではないかと思っているとのことでした。そこでこの方はこの架空の判別器を「カエルメーター」と名付けていました。目盛りの針がどちらのカエル寄りに振れるかでトノサマガエル度(ナゴヤダルマガエル度)を判定しようというわけです。実際に岐阜の水田で2種のカエルを観察してみると,写真のようにさまざまな模様があり,どちらのカエルか判断に迷う個体もいます(図1)。
 


図1 岐阜のトノサマガエル・ナゴヤダルマガエルにみられるさまざまな外部形態

 
 

 
 ところで,濃尾平野と同様に両種が生息している長野県の伊那谷では,両種の繁殖期間が完全に重複していて,水田では両種の雄が入り交じって混合コーラスが形成され,このような場所では異種間の抱接や種間交雑がしばしば見られることが報告されています(下山,2000)。
 
 それでは,岐阜の水田で見られる,トノサマガエルかナゴヤダルマガエルか外部形態からは判断に迷うようなカエルも,両種の交雑個体なのでしょうか。私たちはこれらのカエルのミトコンドリアDNAを調べてみました(光田ら,2011)。ミトコンドリアのDNAを分析した理由は次のようなものです。トノサマガエルとナゴヤダルマガエルの交雑個体の雄は繁殖能力がないものの,雌はかなりの妊性をもち,子孫を残せることが知られています。そこで,このような交雑個体がトノサマガエルまたはナゴヤダルマガエルとの戻し交雑を繰り返すと,外部形態や核のDNAから雑種の特徴が薄まっていき,純粋なトノサマガエルまたはナゴヤダルマガエルと区別がつかなくなるかも知れません。しかし,ミトコンドリアDNAは母からだけ子へ伝えられる母性遺伝なので,外部形態や核のDNAで判別された種とは異なる種のミトコンドリアDNAを持っている個体がいれば,その個体は過去の交雑個体の子孫であると考えられます。
 
 方法は,カエルには大変申し訳ないのですが,指を2 mmほど切らせてもらい,そこから定法にしたがってDNAを抽出します。チトクロームbの遺伝暗号になっているミトコンドリアDNAの一部分をPCRで増幅し,制限酵素で切断します(PCR-RFLP法)。これをアガロースゲルを用いて電気泳動し(図2),紫外線を当てて観察します。電気泳動の結果が2種のカエルで異なるので,判別ができます(図3)。これらの方法はとくに技術的に難しいところはなく,DNAの実験が初めての人も少し練習すれば簡単に行うことができます。現在,指を切らずに口腔粘膜の細胞からDNAを抽出する方法を検討中です。
 
 

図2 電気泳動による分析を行っている様子
 
 
図3 トノサマガエルとナゴヤダルマガエルでの電気泳動結果の違い

 

 
 岐阜・西濃地区で採集した個体について調べたところ,外部形態からトノサマガエルと判別した21個体のうち5個体(23.8%)は母系がナゴヤダルマガエルであることがわかりました。また,外部形態からナゴヤダルマガエルと判別した68個体のうち5個体(7.4%)は母系がトノサマガエルでした。外部形態が中間的であったカエル103個体のうち96個体(93.2%)は母系がナゴヤダルマガエル,7個体(6.8%)は母系がトノサマガエルでした。このことから,私たちが調査した地域では,外見がトノサマガエルまたは中間的な形態をしていても過去には母親がダルマガエルであった例が多いのではないかと考えられました。もっとも,母系の判定だけでは種間交雑がどの程度起きているのかを知るには不十分なので,さらなる検討が必要です。田んぼのカエルの何割が交雑個体やその子孫で占められているのかが,簡単なDNA実験でわかるようになるといいと思います。
 
 近年,トノサマガエルとナゴヤダルマガエルの種間交雑が増えていると言われており,その原因として生息環境の破壊によって両種のすみ分けができなくなっていることがあげられています(環境庁,2000)。一方,こうした人為的な原因による種間交雑の影響をどの程度受けているのかはわかりませんが,上述のように外部形態のバリエーションが大きく,一見してどちらのカエルなのか判断に迷ってしまうことがあります。
 
 現在よりも水田に多くのカエルが見られた30年前,芹沢・芹沢(1982)は,濃尾平野のナゴヤダルマガエル(いわゆる名古屋種族)には,瀬戸内のナゴヤダルマガエル(いわゆる岡山種族)に似たものからトノサマガエルに似たものまで,さまざまな形態の個体がいること,これらの外部形態は集団(採集した地域)内での変異が大きいだけでなく,集団間の変異も大きいことを指摘し,名古屋種族のナゴヤダルマガエルが低頻度でトノサマガエルの遺伝的な影響を受けている可能性があると述べています。
 
 いつか「カエルメーター」の製作が実現するかどうかはわかりませんが,水田に生息する両種の歴史的な種間関係と,それに及ぼしてきた人間の活動の影響について調べることは,生物の多様性に配慮した稲作について考える上でも重要であり,そのために今後DNAの分析が大きな力を発揮してくれると思います。
 
引用文献
1) 下山良平.2000.ダルマガエルとトノサマガエルの繁殖生態と種間関係.両生類誌 4: 1-5.
2) 光田佳代,原直之,高木雅紀,山崎裕治,宮川修一,岩澤淳.2011.PCRと制限酵素を利用したトノサマガエルとナゴヤダルマガエルの母親系統の簡易な判別法.両生類誌 21: 17-22.
3) 環境庁.2000.改訂・日本の絶滅のおそれのある野生生物 爬虫類両生類.pp. 88-89.
4) 芹沢孝子,芹沢俊介.1982.東海地方西部におけるダルマガエルの変異.爬虫両棲類学雑誌 9: 87-98.
 
 
 

注:文章は楠田哲士編(2014)「ぎふの淡水生物をまもる」(ISBN: 978-4-9905397-2-6)からの転載です。年号などは掲載当時のものです。