過去の実験

このページでは、過去に行われたE176実験、E373実験について紹介します。論文につけた日付は投稿日です。集計の都合上、全ての論文を網羅していません。ご了承ください。

KEK-PS E176実験

E176実験は、1988-89年に高エネルギー加速器研究機構(KEK)にて行われた実験です。この実験の目的は、ダブルラムダハイパー核、または、Hダイバリオンの検出でした。

1963年、ポーランドの物理学者Danyszらは、K-中間子を照射した写真乾板の中から2回連続して崩壊するハイパー核事象を発見しました。これは、K-中間子の反応によってsクォークを2つ含む「Ξ-粒子」が生成し、これが原子核に吸収された結果、Λ粒子を2つ持つダブルラムダハイパー核が出来たと解釈されました。同様の事象は1966年にも報告されました。しかしこれらの事象は、Ξ-粒子の粒子識別の証拠が無い事、そして、期待されるΞ-粒子吸収事象の観測数が非常に少ない事から、ダブルラムダハイパー核だと解釈するには疑義があるとされました。そして当時の実験技術の制約から、以降約20年間にわたり、ダブルラムダハイパー核に関する実験的研究の試みはほとんどありませんでした。1777年、アメリカの理論物理学者Jaffeは、u,u,d,d,s,sの6つのクォークはHダイバリオンという系を作り、もしかしたらこれは比較的に安定な状態であるかもしれないという説を発表しました。この説は説得力のある理論に基づくものだったのですが、そのいっぽうでダブルラムダハイパー核の存在と相反するものでした。原子核に2個のsクォークを注入した時、(u,u,d,d,s,s)というHダイバリオンが生成するのか、(u,d,s)(u,d,s)と2つのΛ粒子が生成するのか、現実に起こるのはどちらか一方、よりエネルギーの低いほうです。

E176実験は写真乾板を用い、(K-, K+)反応によって確実なΞ-粒子生成事象をとらえ、これが原子核に吸収された事象の様子を詳細にとらえる事にしました。荷電粒子の飛跡を写し出す写真乾板は、原子核乾板(または、原料の写真乳剤にちなみ「エマルション」)と呼ばれ、光学顕微鏡を使って読み取ることでミクロンサイズの原子核反応を見ることができます。いっぽう、Ξ-粒子は加速器ビームを用いて生成するのですが、その生成頻度は非常に稀で、千枚の写真乾板を用意しても、そこに記録されるΞ-粒子の吸収事象はわずか百例程度です。これを何のヒントも無しに顕微鏡で探そうとすれば膨大な年月がかかります。そこでE176実験は「ハイブリッドエマルション法」という実験手法を採用しました。これはエレクトロニクスを用いた測定器によってΞ-粒子の生成事象を選択し、この情報を使って、原子核乾板の読み取り作業を劇的に効率化するというものです。

図2
図3

実験では、まず1.66GeV/cの運動量を持つK–中間子を、図2のように原子核乾板を標的として入射させ、K+が出ていく(K–,K+)反応を選別しました。原子核乾板の両側にある位置精度16μmのシリコンストリップ検出器によって、選び出したK+が乾板から出てくる位置と角度を測定します。この情報をもとに、乾板中でK+の飛跡を探し、それを上流にたどって(K–,K+)反応点をみつけます。K+を放出している(K–,K+)反応点からは通常Ξ−粒子が放出されます。このΞ−粒子を下流にむけて追跡し、運動エネルギーを失って止まった場所を観察します。なお、Ξ−粒子が静止する割合は約10%で、残りは寿命を迎えて崩壊するか、乾板から突き抜けていく事象でした。

現像した乾板を、12の大学や研究所に配分し、1988年夏ごろから顕微鏡による解析を開始しました。当初は、Ξ−静止事象に対して1/4という高い生成確率で次々とΛΛ核が見つかるであろうと予想したのですが、解析を進めてもΛΛ核はなかなか発見できませんでした。一時は、過去の発見例は何かの間違いではないか、という雰囲気が漂い始めました。乾板の解析も終わりに近くなったころ、ようやくΛΛ核と思われる事象が、名古屋大学グループが解析していた乾板中で図4のように確認されました。この事象において反応に関係する粒子はすべて原子核乾板中で静止しており、すべての粒子に対して崩壊に伴うエネルギーを測定できました。生成・崩壊の様子は図5のように考えることができました。

図4
図5

またこの実験からは、数例の重いダブルラムダハイパー核の証拠(質量が大きくて飛跡としては見えないが、確かにΛ粒子2個相当の崩壊エネルギがーつの原子核から放出されていて、ダブルラムダハイパー核が形成したといえる事象)も検出されました。こうしてダブルラムダハイパー核の第一例目の発見から30年近く経った1991年に、その存在が確固たるものになりました。そしてそのいっぽうで、軽くて安定なHダイバリオンは存在しないことが明らかになりました。

投稿論文

2008年6月7日
Nuclear capture at rest of Ξ hyperons
https://doi.org/10.1016/j.nuclphysa.2009.07.005

1998年5月1日
Quasifree p(K, K+ reaction in nuclear emulsion
https://doi.org/10.1016/S0375-9474(98)00596-X

1991年2月1日
Evidence of Weak Decay of Heavy Double Hypernuclei
https://doi.org/10.1143/ptp/85.5.951

1991年2月1日
Direct Observation of Sequential Weak Decay of a Double Hypernucleus
https://doi.org/10.1143/PTP.85.1287

KEK-PS E373実験

E373実験は、E176実験の後継として実施されたハイブリッドエマルション実験です。E176実験では、連続的に崩壊するΛΛ核1例を高い信頼性で確認する事に成功しましたが、Λ粒子同士の相互作用を確定するには至りませんでした。そこでE373実験は、E176実験の10倍の統計量でダブルハイパー核を検出し、Λ粒子同士の相互作用を確定することを目的に設計されました。KEK-PS加速器でのビーム照射実験は1998年から2000年にかけて行われました。

E373実験の特徴の概要

  • 使用する写真乳剤の量を約2倍とした。総計69リットルという大量の写真乳剤を使用し、約25cm四方の大きさの乾板を、約1200枚作成した
  • Ξ–を生成する(K-, K+)反応のためのダイヤモンド標的を導入した。
  • ビーム下流からK+粒子を追跡するのではなく、生成したΞ–を上流側から追跡するようにした。

E373実験のハイブリッドエマルション法

図1

 

E373実験では、図1のようにK–中間子ビームを、ダイヤモンド標的(12C)中の陽子と反応させることにより、Ξ–とK+を生成させました(K– + p → Ξ– + K+)。ダイヤモンドは密度が比較的高くて原子核に含まれる陽子の数も多く、Ξ–粒子を生成する反応の標的として効率的です。使用したダイヤモンド標的は、黒い色をした薄い板状の天然ダイヤモンドを積層し、樹脂で固めてブロック状にしたものでした。

ダイヤモンド標的のすぐ下流、原子核乾板との間に、ファイバーバンドル検出器を設置しました。これは荷電粒子の通過で蛍光を発する直径40μmの光ファイバーを束ねたもので、ファイバーの向きが直行する2層2組(X, Y, X’, Y’)の4層で構成されていました。これにより、生成されたΞ–が乾板にどの位置にどの角度で入ってきたかを測定しました。

乾板モジュールは2種類の乾板を12枚重ねて真空パックで固定したものです。まず最上流に設置したのが薄型の乾板で、200μmのベースフィルムに両面70μm(2ndrunは100μm)厚で写真乳剤を塗布した構造をしており、この乾板を使ってファイバーバンドル検出器の示したΞ–粒子飛跡を検出しました。残りの11枚は40μmのベースフィルムに両面500μm厚で塗布した厚型乾板です。乾板中に入射したΞ–粒子飛跡を乾板から乾板へ繋いで追跡していき、これらが運動エネルギーを失って静止した場所で、ΛΛ核の生成と崩壊の様子を捉えました。

E373実験では、5×10^9のK–粒子を標的に照射し、起こった事象を100モジュールの原子核乾板を使って記録しました。

(K–, K+)事象選別

エレクトロニクス検出器のデータを解析し、加速器ビームの中のK–粒子が標的に入射した事象を、99%以上の信頼性で抽出しました。ビーム中に含まれるのK–粒子の割合は約25%で、残りの75%はΞ-を生成することはできないπ-粒子です。そしてこのK–粒子が標的中原子核と反応して、K+粒子が出てきた事象を抽出しました。

これら(K–, K+)反応の中から、ダイヤモンド標的中からΞ–が出てこれずファイバーバンドルにΞ–の飛跡がない事象、反応点がダイヤモンド標的中ではない事象、生成されたΞ–が乾板の外に出たり乾板中で崩壊している事象などを除去し、Ξ–粒子が乾板に入射したとみられる事象を約1×10^4例抽出しました。

乾板中のΞ–粒子の追跡

抽出した1×10^4例の事象について、まず最上流の薄型乾板を光学顕微鏡を用い、ファイバーバンドルで予測したΞ–粒子の入射予測地点をスキャンします。1モジュールあたりスキャンする箇所は50程度ありました。それぞれについて予測地点まわりを+-450μm四方をスキャンし、位置と角度がΞ–粒子と誤差の範囲で一致する飛跡を選び出します。その結果、1本のΞ–粒子に対して平均4本の候補飛跡が、100個のモジュール全体で約2万本の候補飛跡が見つかりました。これを顕微鏡下で下流の乾板へと追跡していきました。

検出されたダブルハイパー核

この探索作業を通じて、合計7例のΛΛ核事象が検出されました。その中でも2001年には核種が一意に決まるダブルラムダハイパー核が検出され、「長良イベント」と名付けられました。また2013年には、全面探査法と呼ばれる新しい探索手法によってグザイハイパー核候補も検出され、これは「木曽イベント」と名付けられました。こうしてΛΛ、ΞN相互作用に関する重要な知見が得られました。

投稿論文

2014年10月27日
The first evidence of a deeply bound state of Xi–14N system
https://doi.org/10.1093/ptep/ptv008

2013年5月22日
Double-Λ hypernuclei observed in a hybrid emulsion experiment
https://doi.org/10.1103/PhysRevC.88.014003

2001年7月17日
Observation of a 6ΛΛHe Double Hypernucleus
https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.87.212502

2000年10月9日
Production of twin Λ-hypernuclei from Ξ hyperon capture at rest
https://doi.org/10.1016/S0370-2693(01)00049-1

博士論文

A.Ichikawa [8.7MB]
H.Takahashi [2.9MB]

Nakazawa-Lab, Physics Department, Gifu University