ハイパー核

ハイパー核とその物理

ハイパー核とは、核子の他に ハイペロン と呼ばれる粒子を含んだ原子核を指します。核子とは通常の原子核の構成要素である陽子と中性子の総称です。ハイペロンは、Λ(ラムダ)粒子、Σ(シグマ)粒子、Ξ(グザイ)粒子といった粒子で、ストレンジクォークを含む粒子です。クォークとは物質を構成する最小単位とされる粒子で、u(アップ)、d(ダウン)、s(ストレンジ)等の計6種類があります。陽子は(u,u,d)、中性子は(u,d,d)から構成されています。Λ粒子は(u,d,s)から、Ξ粒子の一種であるΞ(グザイマイナス)粒子は、(d,s,s)から構成されています。このようにクォーク3つからなる粒子のことをバリオンと呼びます。

ハイパー核の例を一つ挙げると、炭素13Λハイパー核(13ΛC)があり、これは陽子6個と中性子6個、Λ粒子1個から成り立っています。

ハイペロンは不安定で約100億分の1秒の寿命しかなく、ハイパー核は我々の身の回りには存在しません。しかしながら、ハイパー核は、クォークからバリオン、バリオンから原子核がどのような仕組みで形成されているのかを理解するうえで重要な研究対象です。

Λ粒子と中性子と同じく電荷がない(=0)なので、両者は同じ様なものだろう、つまり、13ΛCは核子のみで構成される13Cと同じ様なものだろう、と考えるのは正しくありません。これらは寿命や質量のほかにも、束縛エネルギーや励起状態準位などに相違があります。この違いは、「Λ-核子相互作用」と「核子-核子相互作用」の違いに由来します。さらにこの違いはバリオンに含まれるクォークの違いによって生じています。そもそも、核子と核子の相互作用は、基本的にはπ中間子(パイ中間子)を媒介して、また両者が約1フェムトメートルくらいの距離ではρ中間子(ロー中間子)やω中間子(オメガ中間子)などの別の中間子を媒介して、さらに両者が接近した際にはクォーク同士の直接的な相互作用によって生じていると考えられています。一方、ストレンジクォークという異種のクォークを持つΛ粒子は、こうした相互作用の仕組みが核子とは異なり、その結果としてハイパー核は通常原子核とは異なった構造、異なった性質となっているのです。

したがってハイパー核研究とは、ストレンジクォークという特異なクォークを使い、それらが作るハイパー核のふるまいを通じて、物質の成り立ちの仕組みを研究する分野であるといえます。

ダブルストレンジネス系の相互作用へ

バリオン間相互作用の全容を解明するためには、「核子-核子相互作用」や「Λ-核子相互作用」に限らず、様々なバリオンの組み合わせを研究することが重要です。ここで現在、実験データがまだ乏しくデータの充実が強く望まれているのが、「Λ-Λ相互作用」、「Ξ-核子相互作用」です。これらはストレンジクォークを2つ含む系であり、ダブルストレンジネス系(S=-2の系)と呼ばれます。

ダブルストレンジネス系の実験のデータがなぜ乏しいのか。それは、ストレンジクォークは不安定で、地球上では高エネルギーの素粒子反応によってのみ生成でき、生成確率も比較的稀で、これを2個同時に制御する事が極めて困難だからです。

ダブルハイパー核と写真乾板

ダブルストレンジネス系を知る重要な研究対象が、ストレンジクォークを2つ含む原子核、ダブルハイパー核です。具体的には、Λ粒子を2個含むダブルラムダハイパー核、Ξ-粒子を含むグザイハイパー核があります。これらの質量測定によって、それぞれ、「Λ-Λ相互作用」、「Ξ-核子相互作用」関する情報が得られます。

ダブルハイパー核の検出例は、2000年代までに 10 例程度しかなく、その性質はかなりの部分が未知です。例えば陽子1個、中世子1個、Λ粒子2個からなる4ΛΛHが存在するのかといえば、そのような原子核は検出例が無く、また理論的にもまだ分かっていません。(もしΛΛ-ΞN 結合という現象が引力的に強く働けば、4粒子が原子核として束縛すると考えられています。ところが、ΛΛ-ΞN 結合についての実験データが全く無いためにこの理論計算ができません。)

しかし、日本の原子核研究グループ、特に我々が行ってきた「写真乾板」を用いた実験によって、ダブルストレンジネス系の研究は着実に成果を上げてきました。

我々が原子核実験に使っている写真乾板は「原子核乾板」と呼ばれます。原料である写真乳剤にちなみ、エマルション(エマルジョン)とも呼びます。乾板の感光層を荷電粒子が通過すると、粒子の電離作用により銀塩が“ 感光 ”し、現像によってサブミクロンの太さの 3 次元的な飛跡が現れます。これを光学顕微鏡を用いてサブミクロンの位置分解能で読み出します。この検出器を用いてダブルハイパー核の生成と崩壊をとらえ、さらにその質量を測定します。

シングルハイパー核の生成

ハイパー核を人工的に作り出すのは容易なことではありません。シングルハイパー核(Λ核)でも、これまでに約30種類が見つかっているのみです。ハイパー核の生成には、通常原子核を標的としてこれに何らかの方法でsクォークを注入します。現在よく用いられているハイパー核生成反応には、

(K, π)反応  〔K+n →Λ+π, Σ0+π

+, K+)反応  〔π++n →Λ+K+, Σ0+K+

などがあります。こうした様々な反応を、それぞれ特徴をもったハイパー核を生成するために使い分け、また用途に応じて用いる反応やビーム(Kやπ)のエネルギーを変えています。同時に、散乱されて出てくるK+のエネルギーも、ハイパー核が生成したという情報とその質量に関する情報を得るための指標となります。

ダブルハイパー核(ΛΛ核)の生成

ΛΛ核の生成と検出はΛ核よりもさらに困難です。ΛΛ核の生成には、2通りのような方法が考えられます。

1つ目はDirect processと呼ばれる過程を利用し、K中間子ビームを標的となる原子核の陽子と反応させ、直接ΛΛ核を生成します。

図1 Direct process

一方、私たちが研究で主に用いるのは別の方法です。(K, K+)反応で生成されたΞ粒子を、標的原子核とは別の原子核に吸収させてΛΛ核を生成します。加速器で約1.7GeV/cの運動量を持つK中間子ビームを標的に照射し、炭素原子核内の陽子と反応しK+中間子とΞが放出される反応を選別します。[p (K, K+) Ξ反応:K+p → Ξ+K+]。生成したΞ粒子のうち、標的から飛び出し乾板に入射したものは、運動エネルギーを失いながら乾板中を進み、最終的に静止します。その直後、Ξ粒子はマイナスの電荷をもつのでプラスの電荷を持つ近辺の原子核に引き寄せられ、「Ξ原子」ができます。通常の原子では核のまわりを電子が取り囲んでいますが、Ξ原子は一個の電子がΞ粒子に置き変わったようなイメージです。Ξ粒子は、陽子の約1.5倍、電子の約2600倍も重いので、その軌道半径は電子の場合と全く異なり、核のごく近傍まで近づいていきます。

図2. Via Ξ-atom

Ξ粒子が写真乾板のゼラチン中のC, N, O原子核に束縛されると、Ξ粒子が3D軌道(主量子数3のD軌道)でΞと陽子と触れ合い、Ξ粒子と陽子は2つのΛ粒子となり、解放エネルギー28MeV[Ξ + p → Λ + Λ + 28MeV] で、元の原子核は分裂します。2つのΛ粒子がどの核破砕片に束縛されるかによって、ΛΛ核生成事象、2個のΛ核生成事象、シングルΛ核生成事象などに分類されます。

ΛΛ核は持っている2個のΛ粒子が一つづつ崩壊していき、結果として2回崩壊します。すると乾板中では、(1)ΛΛ核の生成点、(2)1個目のΛの崩壊点、(3)2個目のΛの崩壊点と、3つの枝分かれした飛跡となって見えます。

こうしてΞ粒子の静止点を観察し、ΛΛ核の生成と崩壊をとらえ、運動学的な解析からその質量を測定します。

*ハイパー核に関する参考文献

坂東弘治、”奇妙さ”を含むハイパー原子核, パリティ(丸善株式会社), Vol.01 No.05 (1986) p.55

東北大学ホームページ(http://www.sci.tohoku.ac.jp/japanese/phys.html)

Nakazawa-Lab, Physics Department, Gifu University