- 夏目漱石
- 【なつめそうせき】
初出時の署名は「夏目金之助」。日本の作家・英文学研究者(1867-1916)。代表作は『吾輩は猫である』(1905-06)『文学評論』(1909)など。
「大体が、小説と言えば人一人の魂の成長だの社会的成長だのを綿々と追う硯友社イデオロギーの中でしか考えられなかったその頃に十八世紀一代の道化小説『紳士トリストラム・シャンディ氏の生涯と意見』(一七五九-六七)に着目し、短いながらこの巨大作の真諦を余さず捉えた『紹介』をしていたということに既に漱石に『大』の付く所以がある」(高山 1995: 1009)。
なお、日本にスターンを本格的に紹介したのは漱石のこの評論が最初だが、これより25年前、福沢諭吉(1834-1901)がチェンバーズ兄弟(William and Robert Chambers)の教訓的童話集 The Moral Class-Book を翻訳した『童蒙をしへ草』(1872[明治5])の中で、『トリストラム・シャンディ』第2巻第12章に登場する「叔父トウビーと蠅」のエピソードが紹介されている(Ishii 1996: 12)。
国立国会図書館近代デジタルライブラリーのサイトでは、このエピソードが紹介された箇所(『童蒙をしへ草』 巻の三 第十五章「怒の心を程能くし物事に堪忍し人の罪を免す事」のうち「『つび』と蠅との事」)のJPEG画像[1枚目][2枚目]を見ることができる。
- 「ローレンス、スターン」
- 【Laurence Sterne】
イギリスの作家・英国国教会牧師(1713-68)。陸軍歩兵隊旗手の父が勤務していたアイルランドで生まれ、幼年期を過ごす。10歳のとき父の出身地であるイングランド北部ヨークシャーに移り住み、長じてケンブリッジ大学に学んだ後、ヨーク近郊の村の教区牧師となる。作家としての代表作は『トリストラム・シャンディ』(1759-67)および『センチメンタル・ジャーニー』(1768)。
- 坊主らしからぬ小説
- 【ぼうずらしからぬしょうせつ】
スターンの小説『トリストラム・シャンディ』の文章は、全編を通じて卑猥な冗談に満ちている。
- 其
- 【その】
- 一隅
- 【いちぐう】
かたすみ。
- さはれ
- 【さわれ】
それはともかく。
- 「セルバンテス」
- 【Miguel de Cervantes Saavedra】
スペインの作家(1547-1616)。代表作は『ドン・キホーテ』(前編1605、後編1615)。既成のさまざまな文学ジャンルをパロディ化して取り込み、物語の中の人物が自らが読まれていることを意識しているメタフィクション的な構造を持つ『ドン・キホーテ』は、『トリストラム・シャンディ』に多大な影響を与えている。
- 「カーライル」
- 【Thomas Carlyle】
イギリスの思想家・歴史家(1795-1881)。代表作は『衣裳哲学』(1833-34)『英雄および英雄崇拝』(1841)など。ドイツの作家ジャン・パウル(Jean Paul, 1763-1825)を論じた文章で、セルバンテスを最も純粋な諧謔家とし、ジャン・パウル及びスターンもセルバンテスに匹敵するとした。
- 「レッシング」
- 【Gotthold Ephraim Lessing】
ドイツの批評家、劇作家(1729-81)。代表作は評論『ラオコーン』(1766)、劇詩『賢者ナータン』(1779)など。
- 「ギヨーテ」
- 【Johann Wolfgang von Goethe】
ゲーテ。ドイツの作家(1749-1832)。代表作は『若きウェルテルの悩み』(1774)『親和力』(1809)『ファウスト』(第一部1808、第二部1832)など。
- 生母の窮を顧みず
- 【せいぼのきゅうをかえりみず】
ローレンス・スターンが借金に苦しむ母アグネス(Agnes Sterne)を助けなかったため、母はヨークの債務者監獄に入れられてしまった、というスキャンダラスな逸話は、スターンの死後、次第に尾鰭が付いて広まってゆく。しかし実際には、スターンの叔父が彼を陥れるために仕組んだ事件だったらしい。
ローレンス・スターンの叔父で、英国国教会のエリート聖職者だったジェイクス[あるいはジャックス]・スターン(Jaques Sterne, 1696?-1759)は、ヨーク大聖堂で要職にあり、ローレンスが教区牧師となる(聖職禄を獲得する)のにも一役買っていた。狂信的なホイッグ党支持者であったジェイクスに従ってしばらくは政治運動に手を染めていたローレンスは、ホイッグ党のウォルポール(Robert Walpole, 1676-1745)が政権を離れた1742年ごろには叔父と袂を分かつ。やがてジェイクスは教会内の覇権をめぐる党派抗争が元でローレンスと対立し、彼を敵視するようになっていた。
おそらく1751年に、息子にさらなる金銭的援助を求めてヨークにやってきたアグネス・スターンは、ローレンスの名誉を汚そうとするジェイクスの画策によって投獄されるはめになったというのが真相のようである。ローレンスは母と決して良好な関係にはなかったが、常識的な金銭援助は行っていた。母の投獄事件に関して身の潔白を示すために、ローレンスは1751年4月5日、ジェイクス本人に宛てた長い弁明の手紙を書いている(Lewis Perry Curtis, ed., Letters of Laurence Sterne [Oxford: Clarendon, 1935] 32-44)。
スターンに関する伝記的事実については、伊藤誓「スターン略伝」(伊藤 1995: 289-329)を参照。
- 驢馬の死屍に泣きし
- 【ろばのししになきし】
スターンの作品『センチメンタル・ジャーニー』(1768)に、作者の代弁者である主人公ヨリックが、驢馬の死骸の前で涙を流す飼い主の老人に出会って感動する場面がある。
漱石は『文学論』(1907)第二編第四章でこの挿話に触れて、こう書いている。
「……かの Sentimental Journey 中に Sterne が死せる驢馬の飼主の悲みを描きし節あり。彼は実際に於て其母に対し甚だ不実なりしとの伝説を真とせば、其平生に果して如此(かくのごとき)柔き感情を抱き得たりしや否や頗る疑し、此一節は恐くは芝居的なりしならん、芝居なればこそ彼は一躍して禽獣に迄同情を寄せうるの君子となり済まし得たるならん。……。是等は凡て皆贅者の悲哀にして真に断腸の思あるものにあらず。其恐悦の体は夏痩の頬を撫でゝ得意がると大差なきものとす。敢て虚と云はず確に事実なるべし、たゞ其事実を解剖するとき快楽的分子著しく混入し居るを云ふのみ」(夏目金之助『漱石全集 第十四巻』[岩波書店、1995年]pp.215-7)。
- 「バイロン」
- 【George Gordon Byron】
イギリスの詩人(1788-1824)。代表作は『チャイルド・ハロルドの遍歴』(1812-18)『マンフレッド』(1817)『ドン・ジュアン』(1819-24)など。日記の中で「生母の窮を顧みずして驢馬の死屍に泣きし」スターンを非難し、「俺もあのスターンの犬野郎と同じだ」と自嘲している。
- 「サッカレー」
- 【William Makepeace Thackeray】
イギリスの作家(1811-63)。代表作は『虚栄の市』(1847-48)『ヘンリー・エズモンド』(1852)など。
『十八世紀イギリスの諧謔家たち』(The English Humourists of the Eighteenth Century, 1853)で、スターンの才能を認めながらも、その人柄の偽善性とその作品の低俗さを酷評し、偉大な道化師(jester)ではあっても偉大な諧謔家(humourist)ではないとしている。
- 「バートン」
- 【Robert Burton】
イギリスの文人・神学者(1577-1640)。代表作『憂鬱の解剖』(1621)は、「憂鬱」に関するありとあらゆる知識を、古今の万巻の書を渉猟して種々の話題に脱線しながら、百科全書的かつ衒学的に紹介する奇書。その話題は「憂鬱」による各種の症状やその原因の分類から、恋愛や宗教に及び、ついには治癒方法(「孤独と怠惰を避けよ」)に至る。
- 「ラベレイ」
- 【François Rabelais】
ラブレー。フランスの物語作家・医師(1483-1553)。代表作は、巨人王ガルガンチュアとその息子を主人公とする連作『ガルガンチュアとパンタグリュエルの物語』(1532-64)。その卑猥な冗談に満ちた饒舌で多彩な文体は、『トリストラム・シャンディ』に大きな影響を及ぼしている。
ソ連の文芸学者バフチン(Mikhail Mikhailovich Bakhtin, 1895-1975)は、ラブレーの作品に満ちあふれる、カーニバル的な価値転倒の中で精神的で抽象的な「高い」ものを肉体的で物質的な「低い」次元に格下げし、「飲み食い」「排泄」「性生活」といった肉体的イメージを陽気に享受する傾向は、民衆の笑いの文化を継承したものだと述べ、そうした美的概念をグロテスク・リアリズムと呼んでいる。
バフチンは『トリストラム・シャンディ』についてこう書いている。
「プレ・ロマンティズムとロマン主義初期にグロテスクの復活が見られるが、そこで根本的な意味変化がおこる。グロテスクは主観的、個人的世界感覚の表現形式となり、過去数世紀の民衆的・カーニバル的世界感覚からは遠いものとなる(後者の要素のいくらかは残存しているが)。新しい主観的グロテスクの最初の重要な現われは、スターンの『トリストラム・シャンディ』である。(これはラブレー的・セルバンテス的世界感覚の新時代の主観的言語への独特な移し換えである。)……ロマン派のグロテスクに本質的な影響を与えたのはスターンであって、彼はかなりの意味合いでこのジャンルの創始者とみなすこともできよう」(ミハイール・バフチーン著、川端香男里訳『フランソワ・ラブレーの作品と中世・ルネッサンスの民衆文化』[せりか書房、1985年]p.38)。
バフチンによれば、スターンの影響下に生まれたロマン派のグロテスクは、中世・ルネッサンスの肉体的なグロテスクとは違って「室内的」であり、「いわば孤独の中で自らの孤立性を鋭く意識し体験するカーニバル」だという(p.39)。
なおバフチンは同書で、ラブレーの作品で大きな役割を演じている、わざとでたらめな言葉をつなぎ合わせた文章が、民衆的な言葉遊びである「でたらめ話」《coq-à-l'âne》(文字通りの意味は「雄鶏から驢馬へ」)というジャンルに属することを指摘している(pp.370-3)。《coq-à-l'âne》は英語では "cock-and-bull" (雄鶏と雄牛、でたらめ話)と呼ばれるが、この雄牛と雄鶏は(雄鶏 "cock" には男根の意味もあるのだが)、『トリストラム・シャンディ』全巻を締めくくる最後のオチ(第9巻第33章)で活躍することになる。『トリストラム・シャンディ』は自らを「最高のでたらめ話」と宣言して終わるのだ。
- 剽窃
- 【ひょうせつ】
他人の作品や論文を盗んで、自分のものとして発表すること。
『トリストラム・シャンディ』に含まれる過去の文学作品からの引用は、すでに発表中から「剽窃」だとされ非難を浴びた。そのため語り手トリストラムは、第5巻第1章で今後は剽窃などしないことを誓い、さまざまな古典からの引用を使って剽窃を非難するが、その文章自体がバートンの『憂鬱の解剖』からの「剽窃」になっているという、手の込んだいたずらをしている。
『トリストラム・シャンディ』や漱石の『吾輩は猫である』が、古今の雑多な書物からの膨大な引用によって百科全書的かつ衒学的に知識を披瀝する〈アナトミー〉という文学ジャンルに属することを指摘した安藤文人はこう述べている。
「……繰り返し強調しておく必要があるのは、スターンが『剽窃』したバートンの作品自体が、すでに過去の哲人達などからの〈引用〉によって成り立つ典型的な〈アナトミー〉であるという点だ。……実際『憂鬱の解剖』は、引用元を明示しているという点で『剽窃』とは呼べないにしても、全編がこのような〈引用〉に埋め尽くされている。スターンがバートンから盗んだものがあるとすれば、それは単なる文章の断片だけではない。〈引用〉によってテクストを織り上げるような〈アナトミー〉の編集的記述方法をもスターンは盗んでいる訳である」(安藤 1998)。
- [参考]アナトミー(メニッポス風の諷刺)
- 【anatomy (Menippean satire)】
「アナトミー」(文字通りの意味は「解剖」)とは、カナダの批評家フライ(Northrop Frye, 1912-91)がその著書『批評の解剖』(1957)の中で、通例「メニッポス風の諷刺」と呼ばれる文学ジャンルを表わすために、より扱いやすい便利な語として提唱した用語。フライは散文の文学作品を「小説」「ロマンス」「告白」「アナトミー」の四つのジャンルに分類したが、このうち「アナトミー」とは、諷刺の対象となるテーマに関する雑多な情報を、百科全書的かつ衒学的に網羅した文章を指す。「解剖」という名称は、このジャンルの代表的作品であるバートンの『憂鬱の解剖』(1621)に基づくもの。その他このジャンルに属する作品を書いた文学者には、ペトロニウス、ルキアノス、アプレイウス、エラスムス、ラブレー、スウィフト、ヴォルテールなどがいる。フライによれば英語で書かれた最大の「アナトミー」はスウィフトの『ガリヴァー旅行記』(1726)であり、また『トリストラム・シャンディ』は「小説」と「アナトミー」の両ジャンルを結合して最大の成功を収めた作品である。
- 兎に角
- 【とにかく】
- 頽齢
- 【たいれい】
老齢。
- 旗幟を翻して
- 【きしをひるがえして】
はっきりと存在を主張して。
- 一生面を開き
- 【いちせいめんをひらき】
新たな分野を開拓して。
- 麾いで風靡する
- 【さしまねいでふうびする】
手招きしてなびかせ従わせる。
- 「マッケンヂー」
- 【Henry Mackenzie】
マッケンジー。スコットランドの作家(1745-1831)。
- 「マン、オフ、フヒーリング」
- 【The Man of Feeling】
『感性の人』。マッケンジーの代表作(1771)。感受性豊かで純真無垢な若い田舎紳士ハーレー(Harley)がロンドンに出て、そこで出会うさまざまな人々の身の上話に共感し、その結果、善人を装う都会の人間に金を巻き上げられたり、運命に翻弄された娼婦や狂女に憐れみの涙と施しを与えたりする、といった多数の挿話が、脈絡なく並べられた作品。
- 「ヒッペル」
- 【Theodor Gottlieb von Hippel】
ドイツの作家(1741-96)。哲学者カントの友人。スターンの感化を受け、ジャン・パウル(Jean Paul, 1763-1825)に影響を与えたとされる。代表作は『結婚論』(1774)『女性論』(1792)など。
- 「レーベンスロイフヘ」
- 【Lebensläufe nach aufsteigender Linie】
『出世街道』。ヒッペルの小説家としての代表作(1778-81)。雑多な話題に脱線しながら自らの半生を語り、スターンの影響が色濃く見られる。
- 「センチメンタル」派
- 【sentimentalists】
直線的に順序立てられた論理的思考よりも、曲線的に動き回る自由な感性を重視する傾向を持つ作家たち。センチメンタリズムの文学や「感受性の小説」(the novel of sensibility)は、18世紀前半のイギリス文学を支配した新古典主義が持っている主知主義的な傾向への反動として世紀半ばに現れ、のちのロマン主義の先駆けとなった。
センチメント(sentiment)とはこの場合「世の中のさまざまな事物に共感できる洗練された感受性」を意味するが、センチメンタリズムの流行の結果、いたずらに憐れみを誘い情緒をかき立てる効果を多用し、不幸な境遇に陥った美徳の人を憐れむ自分の豊かな感受性に耽溺するといったタイプの、極度の感傷趣味に走る文章も多く現れた。そのため「センチメンタリズム」(感傷主義)という言葉はしばしば軽蔑的な意味で用いられる。
感受性豊かな人物の行状を描いた狭義のセンチメンタリズムの代表的作品は、スターンの『センチメンタル・ジャーニー』(1768)およびマッケンジーの『感性の人』(1771)だが、他者への共感と洗練された感受性を重視するセンチメンタリズム的な要素は、イギリスのトマス・グレイの詩、リチャードソンやゴールドスミスの小説、および世紀末に流行したゴシック小説にとどまらず、ルソーやゲーテをはじめ18世紀後半のヨーロッパの作家に広く見られる。
- 亦
- 【また】
- 其説教
- 【そのせっきょう】
『ヨリック氏説教集』(The Sermons of Mr. Yorick)(1760-66)。スターンが『トリストラム・シャンディ』の登場人物である教区牧師ヨリックの名で発表した説教集(全4巻)。「前後十六篇」とあるのは、1760年に同時出版された第1巻・第2巻(序文および合わせて15編の説教を収録)への言及と思われる。
なお、作家になる前のスターンがヨーク大聖堂で行い、その直後に小冊子として出版した説教「良心の濫用」(The Abuses of Conscience, 1750)は、ヨリックが書いた説教という設定で『トリストラム・シャンディ』第2巻第17章にまるごと挿入されている。
- 是
- 【これ】
- 怪癖放縦
- 【かいへきほうしょう】
変わり者で気まぐれな。
- 此
- 【この】
- 「トリストラム、シャンデー」伝及び其意見
- 【The Life and Opinions of Tristram Shandy, Gent.】
『紳士トリストラム・シャンディの生涯と意見』。スターンの代表作(1759-67)。全9巻。第1巻・第2巻は1759年の末にヨーク、翌60年にロンドンで出版され、田舎牧師スターンを一躍ベストセラー作家に変えた。
1718年11月5日に生まれた語り手トリストラムが、1759年の時点で自分の生涯を振り返って語り始めるという設定だが、連想のおもむくままに語られる彼の自伝の中では時間が交錯し、脱線に次ぐ脱線がとめどなく繰り広げられ、古典古代から同時代に及ぶさまざまな文献から引用された逸話が散りばめられる中、彼の父と叔父との滑稽な失敗談を中心とした物語が語られてゆく。
度を過ぎたおふざけと卑猥なほのめかしが災いして19世紀の読者には敬遠されたが、20世紀に再評価され、「〈意識の流れ〉の手法による実験小説の先駆け」「メタフィクションの先駆け」「引用の織物としてのポストモダン小説の先駆け」「ハイパーテキストの先駆け」といった評価を受ける。
朱牟田夏雄による名訳が岩波文庫から出ており、長く品切重版未定であったが、「復刊ドットコム」での復刊運動などの成果が実り、2006年7月に重版再開される。
- 細大
- 【さいだい】
細かいことと大きいこと。
- 固より
- 【もとより】
- 「バニチーフェアー」
- 【Vanity Fair】
『虚栄の市』(1847-48)。イギリスの作家サッカレーの代表作。ナポレオン戦争を背景に上流社会の虚栄に満ちた群像を描き、「主人公のいない小説」(A Novel Without a Hero)という副題をもつ。
- 「アミリヤ」
- 【Amelia Sedley】
アミリア・セドリー。『虚栄の市』の主要な登場人物の一人。富裕な商人の娘で、素直でしとやかな美人。
- 「シャープ」
- 【Rebecca Sharp】
レベッカ・シャープ。愛称はベッキー(Becky)。『虚栄の市』の主要な登場人物の一人。アミリアの学友。貧乏画家の娘で、利口で抜け目がなく勝ち気な性格。上流社会に憧れ、金持ちの男と結婚するために手段を選ばず行動する。結婚後はパリやロンドンの社交界を華やかに泳ぎまわる。
- 「ドビン」
- 【William Dobbin】
ドビン大尉。『虚栄の市』の登場人物。アミリアの夫となる陸軍将校ジョージ・オズボーン(George Osborne)の友人。アミリアに思いを寄せている。ジョージが戦死した後、未亡人となったアミリアに求婚する。
- 老「オスバーン」
- 【Mr. Osborne】
オズボーン氏。『虚栄の市』の登場人物。アミリアの夫となるジョージ・オズボーンの父。頑固で強欲。アミリアの父が投機の失敗で破産したため、息子との結婚に反対する。
- 顕晦
- 【けんかい】
姿を現わすことと姿をくらますこと。目立ち具合。
- 結構
- 【けっこう】
組み立て。構成。
- 如何
- 【いかん】
どうだろうか。
- 海鼠の如し
- 【なまこのごとし】
漱石は「『吾輩は猫である』上篇自序」(1905)で、「此書[『吾輩は猫である』]は趣向もなく、構造もなく、尾頭の心元なき海鼠の様な文章である」と書いている。
「海鼠」というイメージを、ハイパーテキストとの関連で捉えてみるのも面白い。
「ハイパーテクストは、次の四点を疑問視する。(1)固定された順序(2)はっきりとした始まりと終わり(3)物語の『あるはっきりとした大きさ』(4)そうした概念すべてに関わる、統一性あるいは全体性という概念」(ジョージ・P・ランドウ著、若島正ほか訳『ハイパーテクスト——活字とコンピュータが出会うとき』[ジャストシステム、1996年]p.173)。
ランドウのこの指摘を思い合わせると、漱石の「単に主人公なきのみならず、又結構なし、無始無終なり、尾か頭か心元なき事海鼠(なまこ)の如し」という言葉は非常に興味深い。ちなみに「ハイパーテキスト」(hypertext)という単語を作ったテッド・ネルソン(Ted Nelson)は、1974年の著書 Computer Lib / Dream Machines の中で、『トリストラム・シャンディ』のハイパーテキスト性を指摘している。
なお、『トリストラム・シャンディ』の語り手トリストラム自身は、「私のこの著作のゴチャゴチャした象徴」として、第3巻第36章の後に、極彩色の墨流し模様のページを1枚(2ページ)挿入している。初版ではこのページだけは印刷ではなく、一枚一枚手作業で染められたため、読者一人一人が別の模様を手にしたことになる。紙の上下左右の余白部分をいったん折ることによって敢えてページの余白を残し、表裏の墨流し模様を別々に染めて、上部の余白にはスタンプでページ番号が押されている。直線的に進行する冊子本の言葉とは対極にある無秩序なゴチャゴチャした模様が、あくまで整然と冊子本の論理に従いつつページ番号まで振って挿入されているところなどは、いかにも『トリストラム・シャンディ』という書物の象徴にふさわしい。
[墨流し模様のページの画像]
- われ筆を使ふにあらず
- 【われふでをつかうにあらず】
第6巻第6章。
[朱牟田夏雄の訳文]
- 瑣談小話
- 【さだんしょうわ】
こまごまとした短い話。
- 一毫
- 【いちごう】
ほんの少し。
- 「シャンデー」の父
- 【Walter Shandy】 ウォルター・シャンディ。もともとトルコ相手の貿易商だったが、今は引退してヨークシャーの村にある屋敷に住んでいる。饒舌な理論家で、「一族が繁栄するためには、家長の鼻が大きくなければならない」とか「人間の洗礼名はその人物の性格や行動を決定する」といった奇妙な仮説を次々に立ててはその研究に没頭する。
- 黄巻堆裏に
- 【こうかんたいりに】
書籍を積み上げた中に。
- 叔父「トビー」
- 【Toby Shandy】
トウビー・シャンディ大尉。温厚な性格をした退役軍人。ファルツ継承戦争(1688-97)に参加してフランドルで戦うが、ナミュール包囲戦(1695)で股ぐらに傷を受けて退役した。築城術マニアのトウビーは、シャンディ家の屋敷と同じ村にある自分の家のボーリング用芝生に、巨大なミニチュアの城郭都市を作り上げ、そこで部下のトリム伍長(Corporal Trim)とともに、スペイン継承戦争(1701-14)の進行に合わせて日々大真面目で戦争ごっこに興じている。
- 「リー、ハント」
- 【James Henry Leigh Hunt】
イギリスの詩人・エッセイスト(1784-1859)。代表作は長編詩『リミニ物語』(1816)など。『ウィットとユーモア』(Essay on Wit and Humour, 1846)の中で、トウビー・シャンディを「人の優しさというミルクの精髄」と評している。
- 堡寨
- 【ほうさい】
とりで。
- 敵なきの防戦に余念なく
- 【てきなしのぼうせんによねんなく】
トウビー・シャンディ大尉と部下のトリム伍長が屋敷のボーリング用芝生にミニチュアの城郭都市を作ることになった経緯は第2巻第1章〜第5章で語られ、二人の呑気な戦争ごっこの模様は、第6巻第21章〜第28章に詳しく描かれている。
[朱牟田夏雄の訳文]
イギリスの作家 H・G・ウェルズ(Herbert George Wells, 1866-1946)は、おもちゃの兵隊やミニチュアの大砲を使って室内で遊ぶウォーゲームの指南書『リトル・ウォーズ』(Little Wars, 1913)の中で、トウビー・シャンディの戦争ごっこに触れてこう書いている。
「すでにアン女王の時代に『リトル・ウォーズ』を戦っていた豪傑がいました。いわば庭の中のナポレオンです。彼のゲームについては、不正確な観察に基づく不十分な記述ではありますが、ローレンス・スターンによる記録が残っています。トウビー叔父さんとトリム伍長が、豊かさと美しさを誇る現代のゲームをすらしのぐ規模と緻密さで『リトル・ウォーズ』を楽しんでいたのは明らかです。しかしせっかく幕が開いても、われわれ読者はじらされるばかり。現在、そのシャンディ風なゲームのルールが地上のどこかに記録として残っている可能性はほとんどありません。おそらくそのルールが紙に書き記されることは一度もなかったのでしょう……」(Project Gutenberg 版の英文電子テキストより、訳は私[内田])。
- 「ヨリック」
- 【Yorick】
シャンディ家の屋敷がある村の教区牧師。作者スターン自身がモデルとされる。シェイクスピア(William Shakespeare, 1564-1616)の『ハムレット』に、墓掘りが土中から拾い上げる髑髏として登場する宮廷道化師ヨリックの末裔。第1巻で死ぬにもかかわらず、全巻を通じて活躍する。スターンのもう一つの代表作『センチメンタル・ジャーニー』の語り手でもある。
- 孀婦(そうふ)「ウワドマン」
- 【Mrs. Wadman】
ウォドマンの後家(「孀婦」は「未亡人」のこと)。トウビー・シャンディの屋敷の隣に住んでいて、トウビーを誘惑し結婚しようとする。
[朱牟田夏雄の訳文]
- 自家随意の空気
- 【じかずいいのくうき】
各個人がのめり込んでいるが他者からは理解しがたい趣味や興味の対象は、スターンの原文では「道楽馬」(hobby-horse)と呼ばれている。人はそれぞれ自らの道楽馬にまたがり人生の道を行くのである。『トリストラム・シャンディ』の登場人物たちの多くは、そのようにひたすら自分の道楽を追い求め、どこか「オタク」的な行動パターンを示す。
[朱牟田夏雄の訳文]
- 越人と秦人
- 【えつひととしんひと】
中国の春秋時代の列国のうち、越の国と秦の国とは遠く隔たっていた。互いに何の関心もない人々のたとえ。
- 風する馬牛も相及ばざる
- 【ふうするばぎゅうもあいおよばざる】
さかりのついた馬や牛は交尾の相手をどこまでも追い回すものだが、そんな馬や牛ですら相手にたどり着けないほど遠く隔たっている。
- 吾人
- 【ごじん】
われわれ。
- 面目を燎爛しながら
- 【めんもくをりょうらんしながら】
目の前でめまぐるしく動き回りながら、の意か?
- 頗る
- 【すこぶる】
- 吾が数ば話頭を転じて
- 【わがしばしばわとうをてんじて】
第1巻第22章。「話頭」は「話題」のこと。
[朱牟田夏雄の訳文]
- 余の話頭は転じ易し
- 【よのわとうはてんじやすし】
第1巻第22章。
[朱牟田夏雄の訳文]
- 尤も
- 【もっとも】
- 「ヨリック」の最期
- 【よりっくのさいご】
第1巻第12章。糞真面目を装う偽善者を嘲笑せずにはいられないヨリックは、その歯に衣着せぬ物言いのせいで教会内に多数の敵を作ってしまい、昇進を目前に控えたとき、敵たちの陰湿な攻撃によって望みを絶たれ、さらに闇に乗じて打ち据えられ、失意のうちに死ぬ。ヨリックの反骨精神とその末路は、どこか漱石の『坊つちやん』を思わせる。
[朱牟田夏雄の訳文]
- 「スラウケンベルギウス」
- 【Hafen Slawkenbergius】
『トリストラム・シャンディ』に登場する架空の文人。鼻に関するありとあらゆる知識をまとめた百科全書的な大著をラテン語で書いた。その第2巻は鼻にまつわる物語を集めたもので、その中の第10編第9話が『トリストラム・シャンディ』第4巻の冒頭に挿入されている。物語の中では、とてつもなく大きな鼻を持つ男がストラスブールの町に現われ、その鼻の真贋をめぐる大騒動が巻き起こる。
[朱牟田夏雄の訳文]
漱石の『吾輩は猫である』の「四」では、登場人物の一人の迷亭がこう語っている。「その後鼻についてまた研究をしたが、この頃トリストラム・シャンデーの中に鼻論(はなろん)があるのを発見した。金田の鼻などもスターンに見せたら善い材料になったろうに残念な事だ」。
- 悽楚
- 【せいそ】
痛ましいさま。
- 「ル、フェヴル」
- 【Le Fever】
ル・フィーヴァー中尉。連隊に合流する旅の途中、シャンディ家の屋敷がある村の宿屋で病に倒れたル・フィーヴァーは、叔父トウビーとトリム伍長に見守られ、幼い息子ビリー(Billy)を残して死んでいく。ル・フィーヴァーの物語が語られるのは第6巻第6章〜第10章。
[朱牟田夏雄の訳文]
- 栗の行衛
- 【くりのゆくえ】
第4巻第27章。識者たちが一堂に会した晩餐の席で、トリストラムの名前を変更できるかどうかが議論されていたとき、聖職者でありながら『蓄妾論』の著者でもあるフュータトーリアス(Phutatorius, 「交接者」を意味する)のズボン穴に、焼けた栗が飛び込んで大騒ぎになる話。
[朱牟田夏雄の訳文]
なお、このすぐ後の場面では、フュータトーリアスがズボン穴から取り出して投げつけた栗をたまたまヨリックが拾ったのを見て、フュータトーリアスも周囲の人々も、ヨリックこそが焼けた栗をズボン穴に放り込んだ張本人だと思い込む。ちなみにフュータトーリアスは、ローレンス・スターンを敵視していた叔父のジェイクス・スターンを諷刺したものとされている。
- 而も
- 【しかも】
- 天下に書物を書き始むるの方法は
- 【てんかにしょもつをかきはじむるのほうほうは】
第8巻第2章。朱牟田夏雄訳ではこうなっている。
「既知の世界のあらゆる地域を通じて現今用いられている、一巻の書物を書きはじめる際の数多くの方法の中で、私は私自身のやり方こそ最上なのだと確信しています——同時に最も宗教的なやり方であることも、疑いをいれません——私はまず最初の一文を書きます——そしてそれにつづく第二の文章は、全能の神におまかせするのです」(下巻、p.114)。
漱石の『草枕』の「十一」で、散歩をする主人公がこう語っている。
「トリストラム・シャンデーと云う書物のなかに、この書物ほど神の御覚召(おぼしめし)に叶(かの)うた書き方はないとある。最初の一句はともかくも自力(じりき)で綴(つづ)る。あとはひたすらに神を念じて、筆の動くに任せる。何をかくか自分には無論見当がつかぬ。かく者は自己であるが、かく事は神の事である。したがって責任は著者にはないそうだ。余が散歩もまたこの流儀を汲(く)んだ、無責任の散歩である。ただ神を頼まぬだけが一層の無責任である。スターンは自分の責任を免(のが)れると同時にこれを在天の神に嫁(か)した。引き受けてくれる神を持たぬ余はついにこれを泥溝(どぶ)の中に棄(す)てた」
- われ出鱈目に此篇を書かんと思う念頻なり
- 【われでたらめにこのへんをかかんとおもうねんしきりなり】
第1巻第23章。
[朱牟田夏雄の訳文]
ここで漱石はスターンの「出鱈目」な書き方に触れているが、『草枕』の「九」では、主人公の画家が小説本のある意味で「出鱈目」な読み方を紹介している。
「画工(えかき)だから、小説なんか初からしまいまで読む必要はないんです。けれども、どこを読んでも面白いのです。……。小説も非人情で読むから、筋なんかどうでもいいんです。こうして、御籤(おみくじ)を引くように、ぱっと開(あ)けて、開いた所を、漫然と読んでるのが面白いんです」
「出鱈目」あるいは気まぐれな書き方・読み方はスターンをはじめとする「センチメンタル」派の特徴だが、漱石がそれを「センチメンタル」とは一見正反対に思える「非人情」と呼んでいるのは興味深い。漱石は『文学論』の中で、スターンのセンチメンタルな文章が、真の人情に根差したものではなく「芝居的」であることを指摘している。
ちなみに比較文学者のブローディによれば、『草枕』の物語の語り方は、18世紀後半のヨーロッパの「センチメンタルな旅人」たちのそれを思わせるという(Brodey 1998: 207)。「センチメンタルな旅人」とは、スターンの『センチメンタル・ジャーニー』の語り手ヨリックが自らを定義した言葉である。
- 左の言語
- 【ひだりのげんご】
以下は第1巻第11章の後半の引用だが、スターンの原文と比べるとかなり縮めてある。なお引用にある「仏の才人某」とは、17世紀フランスの文人ラ・ロシュフコー(François, duc de La Rochefoucauld, 1613-80)である。
[朱牟田夏雄の訳文]
- てふ
- 【ちょう】
〜という。
- 既に
- 【すでに】
ことごとく。
- 可らず
- 【べからず】
- 軍曹「トリム」
- 【Corporal Trim】
トリム伍長。トウビー・シャンディ大尉の従卒で、トウビーの退役後も身の回りの世話をしている。トリムがヨリックの説教を読む場面は第2巻15章〜第17章。
語り手トリストラムは、説教を読み始めたトリム伍長のポーズを異様に詳しく描写している。トリム伍長は身体をわずかに前傾させて立ち、その角度は演説や説教を行ううえで「真に説得力を持った投射角」である八十五度半であった。トリムの左脚のひざは、「美の線の限度は越えない程度」に軽く曲げられていたという。
「美の線」とは、スターンと同時代を生きたイギリスの画家ホガース(William Hogarth, 1697-1764)の著書『美の分析』(1753)に登場する、Sの字を縦に引き伸ばしたような曲線(∫)である。『トリストラム・シャンディ』第1巻のロンドン初版(1760)には、トリムが説教を朗読するこの場面をホガース自身が描いた口絵が添えられた。そこではトリムの左脚が見事な「美の線」のカーブを描いている。
[口絵の画像]
- A、B、C、
- 【A、B、C、】
第1巻第8章。ただしスターンの原文には「J」がない。JはもともとIの異形であり、Jを子音字、Iを母音字とする区別が一般に確立したのは17世紀半ばである。
- 二枚の白紙
- 【にまいのはくし】
第9巻第18章および第19章。叔父トウビーはトリム伍長を連れてウォドマン夫人の家に求婚に行くが、家に入ったとたんに、これら二つの白紙だけの章が現われる。それらの章で何が起っていたかは第25章の後で明かされる。
- 鼇頭
- 【ごうとう】
書物の本文の上の欄。
- tabula rasa
- 【タブラ・ラサ】
「やすりをかけられた板」「何も書かれていない白紙」の意味のラテン語。人の心をタブラ・ラサにたとえる考え方は古くからあったが、「心を以て tabula rasa に比したる哲学者」として漱石が念頭においていたのは、おそらくイギリスの哲学者ジョン・ロック(John Locke, 1632-1704)であろう。
ロックは『人間悟性論』(An Essay Concerning Human Understanding, 1690)の第2巻第1章第2節で、人の心がどのように観念を得ていくかを考えるために、初期状態の心を何の文字も書かれていない、何の観念をも持たない白紙と仮定することから始めている。
『トリストラム・シャンディ』ではしばしばロックが言及されており、ロックが『人間悟性論』で唱えた観念連合説は、『トリストラム・シャンディ』の構成(の欠如)に多大な影響を及ぼしている。
[朱牟田夏雄の訳文]
- 而して
- 【しこうして】
そして。
- 「トリム」大呼して杖を揮ふ
- 【とりむだいこしてつえをふるう】
第9巻第4章。叔父トウビーはウォドマン夫人に求婚するため彼女の屋敷に赴くが、その戸口でトリム伍長と語り合っているとき、トリムが独身生活の気楽さを杖の動きであまりに見事に表現したため、トウビーは求婚をためらってしまう。
この電子テキストではスターンの原著からの画像を用いたが、底本ではおそらく漱石自身が描いたと思われる画像が挿入されている。(国立国会図書館近代デジタルライブラリーに置かれた1918年版『漱石全集』の曲線画像を参照。)スターンの画像にない「9」の文字が書き加えられているのはおそらく、第9巻から引用したという意味だろう。
高山宏はトリムについてこう書いている。
『トリストラム・シャンディ』の主人公たちは肉体を忘れた左脳知性の戯画である。まさしく『猫』の先生さながらいろいろな典籍を駆使して小理屈をこねくり回すのだが、胃弱とそれ故のよだれに悩むこの先生そっくり、たまたま開かなくなったドアの掛け金ひとつ自分ではどうにもできない。肉体は哀しい!
小説中、トリムという伍長が出てくる。知性に煩わされることのない肉体派人間である。『猫』で言えばまさしく主人公の猫に当る、文字通り肉体の低い視点から世界を眺める男だ。彼が、自由というものはこんなものと言って杖で空裡に曲線を描き出す。漱石は感にうたれたようにこの曲線をそのまま「トリストラム、シャンデー」中に引用している。(高山 1995: 1013)
- 曲線
- 【きょくせん】
第6巻第40章。
[朱牟田夏雄の訳文]
この電子テキストではスターンの原著からの画像を加工して用いたが、底本ではおそらく漱石自身が描いたと思われる画像が挿入されている。漱石の画像には、スターンの画像にない「1) 2) 3) 4) 5)」の数字が書き込まれている。(国立国会図書館近代デジタルライブラリーに置かれた1918年版『漱石全集』の曲線画像を参照。)
「人に肉体あるように言語にも肉体がある。言葉で言えば駄洒落、物語で言えば脱線を生むのがこれである。そういう物語の非(反)直線的な進行をスターンはこれまた作中に一種の蛇状曲線として図示したが、漱石はこちらも嬉しそうに全て書写引用している。余程気に入っていたらしいのだ」(高山 1995: 1013)。
比較文学者のブローディもまた、『トリストラム・シャンディ』が、頭の中にごちゃごちゃと散らばった観念を一本の筋道によって整理してしまう、言語の「直線性」(linearity)を乗り越えようとした試みであることを指摘している。
「イギリス小説における最初の偉大な『蛇状曲線派』の一人であり、漱石が日本に『輸入』したスターンは、その作品の中で、まさにコンディヤックが述べたような意味での、[頭の中に同時に存在するさまざまな観念を筋の通った論述にまとめ上げる]言語の『直線性』を克服しようともがいている。とめどなく脱線したり、時間の流れを分断したり、凝った字面や視覚的な仕掛けを使ったり、ダッシュ、ハイフン、省略符号をおびただしく使ったり、ロックの観念連合説を援用したりすることで、スターンは小説というものに慣習的に備わっている直線性を突き崩しているのだ」(Brodey 1998: 201-2、訳および[ ]内の補足は私[内田])。
ブローディは、トリストラムの物語の進行を示す蛇状曲線を、18世紀のロココ美術や「英国式」風景庭園などに見られる蛇状曲線の流行に関連づけて捉えている。くねくねと複雑に曲がる散歩道を歩くことでさまざまに景観が変化し、非-直線性(non-linearity)もしくは脱線的連想性(sequentiality)に満ちた風景庭園は、その人工性にもかかわらず、直線的な散歩道が走る秩序立った庭園に比べてより「自然」で「本物らしい」と考えられていた。またブローディは、イギリス人が蛇状曲線のような「不定形の美」を享受し始めるきっかけになったのが、中国や日本の庭園であったことを指摘している。
なお、18世紀後半のヨーロッパにおける蛇状曲線の流行、およびその『トリストラム・シャンディ』との関連については、高山宏の『庭の綺想学』(ありな書房、1995年)『ふたつの世紀末』(青土社、1986年)『表象の芸術工学』(工作舎、2002年)などを参照。
- 満案の哺を噴せしむ
- 【まんあんのほをふんせしむ】
おかしさのあまり、食べていたものを机いっぱいに噴き出してしまう。
- 姓氏
- 【せいし】
ウォルターは、人が洗礼のときに与えられる名がその人の性格や行動を左右すると信じている(第1巻第19章)。
- 「ジヤック」と「ヂック」と「トム」
- 【Jack, Dick and Tom】
- 「アンドリユ」
- 【Andrew】
アンドルー。英語の "merry-andrew"(陽気なアンドルー)という語には「道化者」の意味がある。
- 「ウイリアム」
- 【William】
イギリス国王の名の一つ。トウビー・シャンディ大尉がフランドルで戦っていた当時の国王はウィリアム3世(在位1689-1702)である。
- 「ナムプス」
- 【Numps】
ナンプス。ハンフリー(Humphrey)の愛称の一つだが、18世紀には「愚か者」の意味もあった。
- 「ニツク」
- 【Nick】
英語の "Old Nick" には「悪魔」の意味がある。
- 然れども
- 【しかれども】
- 「トリストラム」
- 【Tristram】
ラテン語の tristis(悲しい、つらい)を語源とする名。アーサー王伝説に登場する円卓の騎士の一人トリストラム(またはトリスタン[Tristan])が誕生したとき、その母は難産がもとで死ぬが、生まれた子にトリストラム(悲しい生まれの子)と名付けるよう言い残していた。やがて大人になったトリストラム(トリスタン)は伯父マルク王の妃イゾルデとの激しい恋の末に非業の死を遂げる。
ウォルター・シャンディは生まれた息子を「トリスメジスタス」(Trismegistus, 「三重に偉大な」の意味)と名付けようとするが、洗礼の際に手違いがあって、音のよく似た「トリストラム」という名が付いてしまう。
ちなみに「トリスメジスタス」とは、学問や技芸をつかさどる神、ヘルメス・トリスメギストス(三重に偉大なヘルメス)にちなむ名である。ギリシア神話のヘルメスとエジプト古来のトートとがエジプトのヘレニズム的環境の中で習合し生まれた神で、この神の教えと信じられた「ヘルメス思想」は秘教として受け継がれ、古代からルネサンスに至るヨーロッパおよびイスラム圏で、占星術および錬金術の哲学として研究された。
ウォルター・シャンディは第2巻第19章で、珍妙な理論によって帝王切開の利点を主張しつつ、ヘルメス・トリスメギストスもまた帝王切開によって生まれたと言っている。
- 其妻懐胎して
- 【そのつまかいたいして】
第2巻第19章。
- 蘊奥
- 【うんおう】
奥義。極意。
- 前脳
- 【ぜんのう】
ここでは大脳を指す。「後脳」は小脳。
- 窘搾
- 【きんさく】
締め付けること。
- 死灰
- 【しかい】
火の気のなくなった灰。生気を失ったもののたとえ。
- 施こすに由なくして已みぬ
- 【ほどこすによしなくしてやみぬ】
施しようがないので中止になった。
- 真率
- 【しんそつ】
正直で飾り気のないこと。
- 「ウォルター」の子
- 【Bobby Shandy】
ボビー・シャンディ。トリストラムの兄。ロンドンのウェストミンスター校に寄宿している。トリストラムが語る物語にはほとんど登場しない。
ボビーの死はすでに第4巻第31章で予告されるが、第5巻第2章では、父のウォルターがボビーのヨーロッパ大陸旅行(グランド・ツアー)の計画を練っている最中に、ボビーがロンドンで死んだことを告げる手紙が届く。漱石が引用しているのはその直後の場面である。
「トリストラムの兄『ボビー』の……死は、ウォルターの縦横無尽のペダンティックな議論の向こうに追いやられて消失してしまう具合いであるが、この『死』の主題はじつは『トリストラム・シャンディ』全体に深い基調音として響いているものである。『出産』と『命名』と『死』の主題は、『トリストラム・シャンディ』のヒューマーの世界を支える三位一体[トリニティ]というべきであって、金之助の記述もこのあたりで質量ともに充実して熱がこもっている」(坂本 2000: 321)。
- 左も
- 【さも】
- 是免る可らざるの数なり
- 【これまぬかるべからざるのすうなり】
「数」は「運命」。以下の長い引用は第5巻第3章より。
[朱牟田夏雄の訳文]
ウォルターの演説は、大部分がバートンの『憂鬱の解剖』の、主として第2部第3章第5節からの引用ないしは「剽窃」である。ラブレーの『ガルガンチュアとパンタグリュエルの物語』の中の、巨人ガルガンチュアが妻の死を嘆くくだり(『第二之書』第3章)が影響している可能性もある。
なお、「知性派」のウォルターが奇妙な演説によってトウビーを混乱させるこの場面は、「肉体派」のトリム伍長が使用人たちの前でボビーの死を悼んだ演説を行い、一同を感動の渦に巻き込む場面(第5巻第6章〜第10章)と対照されている。
- 「マグナ、カータ」
- 【Magna Carta】
マグナ・カルタ(大憲章)。1215年、イギリスのジョン王が彼の失政を批判する貴族らに強いられて承認した勅許状。王と貴族との間の封建的主従関係の原則を規定したもの。
- 墓碣
- 【ぼけつ】
墓石。
書物もまた「永久に我等を伝ふ可き筈の墓碣」であろう。特に、作者スターンが語り手トリストラムの姿を借りて、自らの生きた精神の動きをまるごと保存しようとした『トリストラム・シャンディ』のような本には、そうした側面がある。そして『トリストラム・シャンディ』のような書物もまた、いずれは誰にも読まれなくなり、新しい版が出なくなることによって、「天に対して借銭を払ふ」ことになるのだろうか?
- 進化といふ語
- 【しんかというご】
スターンの原文は "evolutions" である。チャールズ・ダーウィン(Charles Darwin, 1809-82)はまだ生まれていないので、ウォルターは進化論的な意味でこの言葉を使ったのではなく、単なる言い間違いである。ちなみに『オックスフォード英語辞典』(OED)が、生物以外の事物の「内在する要因による成長」という意味で "evolution" を使った最初の例として挙げているのは、1807年の例文である。いずれにせよウォルターの言わんとしたのは「古いものが滅んで新しいものに取って代わられる」ということであって、 "evolutions" では通じない。
『トリストラム・シャンディ』の時代には "evolution" の基本的な意味は「展開すること、繰り広げること」であったはずで、また軍事用語としては「隊列を展開する形または展開する動作」の意味があった。おそらくそこに反応したトウビーに聞きとがめられたウォルターは、あわてて "revolutions"(変革)と言い直している。
- 然し
- 【しかし】
- 横合から口を入れる抔は
- 【よこあいからくちをいれるなどは】
この場面でのウォルター・シャンディは幸か不幸かすぐ元の話題に戻っているが、『トリストラム・シャンディ』の世界では、登場人物が何か話を始めようとすると、たいていは聞き手の誰かが「横合いから口を入れる」ことになり、そのままどこまでも話が逸れて肝心の話題がどこかに行ってしまうことが多い。
そのもっとも典型的な例は、第8巻第19章に登場する「ボヘミア王とその七つの城の話」である。トリム伍長はトウビー・シャンディに「ボヘミア王とその七つの城の話」を聞かせようとするのだが、話し始めるとすぐにトウビーが「横合いから口を入れる」ために本題になかなか入れず、何度か話し始めては脱線しているうちに、いつしか話題はトリムの恋の話に移ってしまい、ボヘミア王の物語がいったいどんなものだったのかは永遠に謎のまま残る。
なお、こうした「横合いから口を入れる」現象は登場人物どうしだけに見られるのではない。この本自体の語り手トリストラムに対して、読者たちが「横合いから口を入れる」場面すらしばしば現われる。たとえ作者自身が設定した架空の読者とはいえ、読者にまで発言の機会を与えてしまうこうした書き方は、「文章とは会話の別名に過ぎない」というトリストラム(というよりは作者スターン)の信念に基づくものだろう。第2巻第11章でトリストラムはこう語っている(朱牟田夏雄訳)。
「文章とは、適切にこれをあやつれば(私の文章がその好例と私が思っていることはいうまでもありません)、会話の別名に過ぎません。作法を心得た者が品のある人たちと同席した場合なら、何もかも一人でしゃべろうとする者はないように、——儀礼と教養の正しい限界を理解する作者なら、ひとりで何もかも考えるような差出がましいことは致しません。読者の悟性に呈しうる最も真実な敬意とは、考えるべき問題を仲よく折半して、作者のみならず読者のほうにも、想像を働かす余地を残しておくということなのです」(上巻、pp.182-183)。
- 猶々
- 【なおなお】
- 「トロイ」
- 【Troy】
トルコの小アジア(アナトリア半島)北西端にある先史時代の都市遺跡。ホメロスの叙事詩『イリアス』の舞台として有名。
- 「シーブス」
- 【Thebes】
テーベ。ギリシア中部の都市遺跡。ソフォクレスの悲劇『オイディプス王』で知られるオイディプス伝説など数々の神話の舞台の地として有名。
- 「デロス」
- 【Delos】
ギリシア南東部、エーゲ海のキクラデス諸島に含まれる小島。古代ギリシアにおけるエーゲ海の政治、宗教、商業の中心地。
- 「バビロン」
- 【Babylon】
イラクのユーフラテス河畔にある都市遺跡。古代バビロニアおよび新バビロニアの首都として繁栄した。
- 「ニネヴエ」
- 【Nineveh】
イラク北部にある都市遺跡。アッシリア帝国の都として栄えた。
- 「レヂナ」
- 【Ægina】
アイギナ。アテネの南西、サロニカ湾内の島にあった古代都市国家。海運で栄えたが、アテネとの争いに敗れて衰微した。
- 「メガラ」
- 【Megara】
ギリシア中東部、アテネとコリントの間にあった古代都市国家。商業都市として栄えた。
- 窃か
- 【ひそか】
- 「ピレウス」
- 【Pyræus】
ピレウス(ピレエフス)。アテネの近くにある港町。
- 「コリンス」
- 【Corinth】
コリント(コリンソス)。ギリシア南部の都市。古代ギリシア商業・芸術の中心地の一つ。
- 通邑大都
- 【つうゆうだいと】
道路が四方に通じている大都会。
- 落寞
- 【らくばく】
もの寂しいさま。
- 何条
- 【なんじょう】
どうして。
- 汝も男ならずや
- 【なんじもおとこならずや】
スターンの原文は "[R]emember thou art a man." であり、朱牟田夏雄訳では「忘るるなかれ、汝、ただ人の身に過ぎざるを」となっている。朱牟田は "man" を、はかない存在にすぎない人間として捉えているのに対し、漱石がこれを「男」と捉えているのは興味深い。
- 質直
- 【しっちょく】
素直で真面目なこと。
- 「サルピシアス」
- 【Servius Sulpicius Rufus】
セルウィウス・スルピキウス・ルーフス(?-前43)。古代ローマの政治家。哲学者キケロ(Marcus Tullius Cicero, 前106-43)の友人。キケロの娘の死に際して、ここで言及されている慰めの手紙を送った。
- 「タリー」
- 【Tully】
古代ローマの哲学者・政治家であるキケロ(Marcus Tullius Cicero, 前106-43)のこと。代表作は『国家について』など。雄弁家としても知られ、その修辞論は中世・近世を通じての修辞学に大きな影響を与えた。
ちなみにウォルター・シャンディは、『トリストラム・シャンディ』の最初の2巻では、キケロその他の弁論術を学んだことはない天性の雄弁家という設定なのだが、巻が進むに連れて、あらゆる学問に通じた生き字引的な人間として描かれるようになった。
- 所謂
- 【いわゆる】
- 「ベーコン」
- 【Francis Bacon】
イギリスの哲学者(1561-1626)。科学的方法と経験論との先駆者。代表作は『学問の進歩』(1605)『ノウム・オルガヌム』(1620)など。
- 学者にして愚物
- 【がくしゃにしてぐぶつ】
ウォルター・シャンディは膨大な知識を持ちながら、あまりに知性重視の頭でっかちな人間であるがゆえに、いつも生身の肉体の限界に直面して失敗するはめになる。
「[漱石の『トリストラム・シャンディ』論の]一番肝心な点は、明治三十年という時点で人と言葉における肉体性とでも言うべき猥雑な部分に執した点である。これこそ『シャンディズム』また『パンタグリュエリズム』などとよばれ、『トリストラム・シャンディ』を含む肉体礼讃文学の真諦ともなっている性格なのだ。『猫』中ぼくが一番気に入りの文句は『行住坐臥、行屎送尿』というのだが、要するに人はいくら頭を使い左脳的に威張ってみても、『猫』の先生みたいに胃弱を患い、『タカジヤスターゼ』の世話にならねばならず、食えば必ず便所にも行かねばならない、そういう肉体的物質的な存在なのだ」(高山 1995: 1011)。
なお、フランシス・ベーコンは『学問の進歩』のなかで学者が犯しうる過ちを指摘し、警告しているが、"learned ignorance" という表現は使っていない。"learned ignorance" という英語はむしろ、ドイツの神学者ニコラウス・クザーヌス(1401-64)の用語である「知ある無知」(docta ignorantia)の訳語として使われ、自らの無知を知ることによって学識を得た状態を指す。
- [参考]行屎送尿
- 【こうしそうにょう】
『吾輩は猫である』の「二」で、哲学者エピクテトスの本を読もうとして放り出し、芸者の容貌を批評する日記を書き始めた苦沙弥先生を眺めながら、猫がこう語っている。
「人間の心理ほど解(げ)し難いものはない。この主人の今の心は怒(おこ)っているのだか、浮かれているのだか、または哲人の遺書に一道(いちどう)の慰安を求めつつあるのか、ちっとも分らない。世の中を冷笑しているのか、世の中へ交(まじ)りたいのだか、くだらぬ事に肝癪(かんしゃく)を起しているのか、物外(ぶつがい)に超然(ちょうぜん)としているのだかさっぱり見当(けんとう)が付かぬ。猫などはそこへ行くと単純なものだ。食いたければ食い、寝たければ寝る、怒(おこ)るときは一生懸命に怒り、泣くときは絶体絶命に泣く。第一日記などという無用のものは決してつけない。つける必要がないからである。主人のように裏表のある人間は日記でも書いて世間に出されない自己の面目を暗室内に発揮する必要があるかも知れないが、我等猫属(ねこぞく)に至ると行住坐臥(ぎょうじゅうざが)、行屎送尿(こうしそうにょう)ことごとく真正の日記であるから、別段そんな面倒な手数(てかず)をして、己(おの)れの真面目(しんめんもく)を保存するには及ばぬと思う。日記をつけるひまがあるなら椽側に寝ているまでの事さ」。
- 「グレー」
- 【Thomas Gray】
トマス・グレイ。スターンとほぼ同世代のイギリスの詩人(1716-71)。代表作は『墓畔の哀歌』(1751)。貧しい農夫たちの墓畔にたたずんで人生のはかなさを嘆じたこの詩は、明治時代の日本でいち早く迎えられ、『新体詩抄』(1882)にも矢田部良吉訳で「グレー氏墳上感懐の詩」として紹介された。
漱石がここで引用しているのは『イートン校遠望の詩』("Ode on a Distant Prospect of Eton College," 1742)を締めくくる言葉。
- 築城学の研究
- 【ちくじょうがくのけんきゅう】
第2巻第3章。
[朱牟田夏雄の訳文]
スターンは、トウビー・シャンディが研究する築城学や弾道学についての知識を、チェンバーズ(Ephraim Chambers, 1680?-1740)が編纂した『百科事典』(Cyclopædia, 1728)の、「築城学(Fortification)」「投射物(Projectile)」「砲術(Gunnery)」といった項目から得ている。
チェンバーズの『百科事典』をフランス語に翻訳して刊行する企画が発展して生まれたのが、ディドロとダランベールの『百科全書』(1751-72)である。なお、スターンと同い年のディドロ(Denis Diderot, 1713-84)は、スターンを「イギリスのラブレー」と呼んで讃え、『トリストラム・シャンディ』に影響を受けた奇書『運命論者ジャックとその主人』(1796出版, 1771-78ごろ執筆)を書いている。
- 「マルタス」
- 【François Malthus】
マルテュス(?-1658)。フランスの砲術学者。
- 「ガリレオ」
- 【Galileo Galilei】
ガリレイ。イタリアの物理学者・天文学者(1564-1642)。近代科学の創始者の一人。『新科学対話』(1638)で砲丸の運動について論じた。
- 「トリセリアス」
- 【Evangelista Torricelli】
トリチェリ。イタリアの物理学者・数学者(1608-47)。投射体の運動についての研究がガリレイの目にとまり、晩年のガリレイの弟子となった。
- 截錐
- 【せっすい】
円錐曲線。直円錐の切り口。
- 時間を論ずる条
- 【じかんをろんずるじょう】
第3巻第18章。以下はウォルターの台詞。ウォルターの時間論に対して、語り手トリストラム(あるいは作者スターン)は「ロック参照のこと」という注を付けている。実際このあたりの文章は、ジョン・ロックの『人間悟性論』第2巻第14章第3節、第19節、および第9節に基づいている。
[朱牟田夏雄の訳文]
ウォルターは、人間が自分の頭の中の観念の経過によって時間を測るのでなく、時計の作り出す時間に縛られている状況を批判して、「このイギリスの王国中に時計なんてものが一つもなかったらどんなによいことか」と言っているが、そもそも時計はトリストラムの最初の不幸の原因であった。第1巻第1章で、ウォルターがのちにトリストラムとなる精子をまさに胎内に注入しようとするとき、妻のエリザベス(Elizabeth)は突然「あなた時計をまくのをお忘れになったのじゃなくて?」と口走る。気が逸れたウォルターはその瞬間に射精、「精子の小人」を守るべき「動物精気」はちりぢりバラバラになってしまう。
- 双絶
- 【そうぜつ】
二つともこの上なくすぐれていること。
- 「ジョンソン」
- 【Samuel Johnson】
スターンと同時代を生きたイギリスの作家(1709-84)。18世紀イギリス文壇最大の大御所的存在。その人となりはボズウェル(James Boswell, 1740-95)による伝記文学の傑作『サミュエル・ジョンソン伝』(1791)によって知られる。代表作は『英語辞典』(1755)、小説『ラセラス』(1759)、評伝『イギリス詩人伝』(1779-81)など。『英語辞典』は英語では最初の学問的辞書で、標準英語の確立に貢献した。
- 「ジェーナス」
- 【Janus】
ヤヌス。古代ローマの神。門の守護神で、前後を向いた二つの頭を持つ。ローマの建国者ロムルスに女たちを奪われたサビニ族がローマを襲撃しようとしたとき、ヤヌスが熱湯の泉を噴出させて敵を敗走させたことから、戦争中はヤヌスの神殿の扉が開かれるようになったが、平和な時にはその神殿の扉は必ず閉められている定めだった。
- なり了ぬ
- 【なりおわんぬ】
なってしまった。
- 財嚢
- 【ざいのう】
財布。
- 膝栗毛七変人抔
- 【ひざくりげ しちへんじん など】
「膝栗毛」は十返舎一九(じっぺんしゃいっく、1765-1831)の滑稽本『東海道中膝栗毛』(1802-09)。「七変人」は梅亭金鵞(ばいていきんが、1821-93)の滑稽本『妙竹林話 七偏人』(1857-63)のこと。
- 蓋し
- 【けだし】
まさしく。ほんとうに。
- 愛といふ情をいろは順で並べたらば
- 【あいというじょうをいろはじゅんでならべたらば】
第8巻第13章。
[朱牟田夏雄の訳文]
- Agitating . . .
英文の意味は次のようなもの。
Agitating,
[ドキドキさせる、]
Bewitching,
[うっとりさせる、]
Confounded,
[いまいましい、]
Devilish
[呪われた、]
affairs of life;
[人生の営み。]
--the most
[最も]
Extravagant,
[むちゃくちゃで、]
Futilitous,
[くだらない、]
Galligaskinish,
[ゆるい半ズボンみたいな、]
Handy-dandyish,
[物をどっちの手に握っているか当てる遊びみたいな、]
Irancundulous,
[怒りっぽい、]
(there is no K to it) and
[(「K」は飛ばして、)]
Lyrical
[叙情的なもの、]
of all human passions:
[人間のあらゆる感情のなかで。]
at the same time
[それと同時に、]
the most
[最も]
Misgiving,
[はらはらさせ、]
Ninnyhammering,
[バカみたいで、]
Obstipating,
[便秘の元になり、]
Pragmatical,
[もったいぶり、]
Stridulous,
[耳障りで]
Ridiculous
[不合理なもの。]
- 尊むべき悦喜の涙は
- 【たっとむべきえっきのなみだは】
第6巻第5章。叔父トウビーはトリストラムの家庭教師として、哀れな最期を遂げたル・フィーヴァー中尉の息子を推薦し、不遇をかこっていた中尉の息子に活躍の場が与えられたことに感動して涙を流す。
- 涙は彼の両頬を伝りぬ
- 【なみだはかれのりょうほほをつたわりぬ】
第2巻第17章。トリム伍長は著者不明の説教(実はヨリックの説教)をシャンディ兄弟の前で朗読することになるが、説教の著者が英国国教会とカトリック教会のどちらの人間であるかが話題にのぼったとき、トリムは彼の兄トムがカトリック国ポルトガルの異端審問所に監禁されていることを語り、涙をさめざめと流す。やがてその説教がカトリック教会を批判し、異端審問所での残酷な拷問の場面を描き出すに及んで、トリムは心痛のあまり先を読むことができなくなってしまう。
- 涕涙滂沱たり
- 【ているいぼうだたり】
涙がとめどなく流れ出る。
「涕涙滂沱」たる場面は『トリストラム・シャンディ』全編にわたって何度も出現し、とりわけ叔父トウビーとトリム伍長はしきりに涙を流している。
ただし『トリストラム・シャンディ』の文章はめったに一方的な感傷趣味に流れず、話が湿っぽくなってくると、なぜか感動的な雰囲気に茶々を入れるような事件が出来して滑稽な展開を見せるのが常である。
- 潸々
- 【さんさん】
涙をさめざめと流すさま。
- 閲して数葉を終らざるに
- 【えっしてすうようをおわらざるに】
読み始めて数ページも進まないうちに。
- 夫の
- 【その】
- 法印
- 【ほういん】
僧侶。
- 遷化
- 【せんげ】
位の高い僧侶が死ぬこと。ヨリックの最期については第1巻第12章で語られる。
- 「ユージニアス」
- 【Eugenius】
ヨリックの友人、および大人になったトリストラムの友人。「良い生まれ」を意味するギリシア語が語源。スターン自身の友人であったジョン・ホール=スティーヴンソン(John Hall-Stevenson, 1718-85)という人物がモデルとされる。
- 冠が、霰の如く繁く降るとも
- 【かんむりが、あられのごとくしげくふるとも】
漱石の訳では省略されているが、語り手トリストラムは、ヨリックのこの台詞がセルバンテスをもじっていることをほのめかしている。『ドン・キホーテ』前編第7章で、ドン・キホーテは、やがて自分が大きな王国を手に入れたあかつきには、その属領の国の一つをサンチョ・パンサに与えようと言うが、サンチョ・パンサはこう応じる。
「もし、お前様の言いなさった奇跡のひとつによって、おいらがどこかの王様になったとすりゃ、うちの女房のフアナ・グティエレスはさしずめ王妃で、せがれどもは王子様というわけですかい。」
「そのとおりじゃ。誰か疑いをさしはさむ者がいるかな?」と、ドン・キホーテがひきとった。
「おいらが疑いますだ」と、サンチョ・パンサが答えた。「どうしてかっていやあ、かりに神様が王冠を雨あられと地上に振りまいてくださったところで、マリ・グティエレスの頭にちゃんとのっかるようなのは、ひとつもねえと思うからですよ。まったくの話が、旦那様、あいつは王妃としては三文の価値もありゃしません。」
(セルバンテス作、牛島信明訳『ドン・キホーテ』前篇(一)[岩波文庫、2001年]p.140)
- 存候
- 【ぞんじそうろう】
- あはれ無邪気なる「ヨリック」よ
- 【あわれむじゃきなるよりっくよ】
以下の感慨は『トリストラム・シャンディ』の文章を引用したものではなく、漱石自身の感慨である。漱石がヨリックという人物像をいかに愛していたかが伝わってくる。
- 万斛
- 【ばんこく】
はかりきれないほど多い分量。
- 「嗚呼憐む可き「ヨリック」」
- 【あああわれむべきよりっく】
スターンの原文は "Alas, poor YORICK!" である。『トリストラム・シャンディ』に登場するヨリックは、シェイクスピアの『ハムレット』に登場する宮廷道化師ヨリックの末裔という設定だが、『ハムレット』第5幕第1場では、墓掘りが土中から拾い上げた髑髏が道化師ヨリックのものであることを知ったハムレットが、この台詞「ああ、可哀想なヨリック!」を口にする。
スターンの『トリストラム・シャンディ』ではこの台詞に続いて、ヨリックの死を悼むために真っ黒なページが1枚(2ページ)挿入されている。
ただしここで死んだはずのヨリックは、その後も『トリストラム・シャンディ』全編にわたって活躍し、次作『センチメンタル・ジャーニー』に至っては主人公としてルイ15世治下のフランスを旅することになる。
- 天命は忽ちにして復去りぬ
- 【てんめいはたちまちにしてまたさりぬ】
第6巻第10章。ただしこの文章は、ヨリックの最期ではなくル・フィーヴァー中尉の死を描いた場面である。
[朱牟田夏雄の訳文]
- 「ヂッキンス」
- 【Charles Dickens】
ディケンズ。イギリスの小説家(1812-70)。代表作は『デイヴィッド・コパフィールド』(1849-50)『クリスマス・キャロル』(1843)など。
- 猶
- 【なお】
- 局を結び
- 【きょくをむすび】
論を締めくくり。
- 夫
- 【それ】
- 「トビー」一日、食卓に着き
- 【とびーいちじつしょくたくにつき】
第2巻第12章。
[朱牟田夏雄の訳文]
なお、この「叔父トウビーと蠅」のエピソードは、スターンの死後、「ル・フィーヴァーの物語」などとともに『トリストラム・シャンディ』から切り離されて『スターン美文集』(The Beauties of Sterne)といったアンソロジーに入れられ、さらに「種々の文学書に引用せられ」、『トリストラム・シャンディ』自体の猥雑さを嫌った19世紀の読者にも親しまれた。日本でも、漱石がこの文章でスターンを本格的に紹介する25年前に、このエピソードだけは福沢諭吉が翻訳した教訓的童話集に収録され、紹介されていた。
- 思ひけん
- 【おもいけん】
思ったのだろう。
- 攫し去る
- 【かくしさる】
つかみ取る。
- 辞
- 【じ】
言葉。以下はトウビーの台詞。
- 蒼天黄土
- 【そうてんこうど】
青い空と黄色い土。大空と大地。
- 再生の恩を謝して
- 【さいせいのおんをしゃして】
命を救い更生の機会を与えてくれたことに感謝して。
- 「ヂスレリー」
- 【Benjamin Disraeli】
ディズレーリ。イギリスの政治家・小説家(1804-81)。イギリス首相 (1868, 1874-80)。小説家としての代表作は『コニングズビー』(1844)『シビル』(1845)など。
なお、ベンジャミン・ディズレーリの父アイザック・ディズレーリ(Isaac D'Israeli, 1766-1848)も文筆家で、その著作『文学雑文集』(Miscellanies of Literature, 1840)では、作家としてのスターンのユーモアを高く評価するとともに、その実人生にまつわる不名誉な逸話を紹介しているという(Alan B. Howes, Yorick and the Critics: Sterne's Reputation in England, 1760-1868 [New Haven: Yale Univ. Press, 1958] 136)。漱石がここで言及しているのは、こちらのディズレーリである可能性も高い。
- 「マッソン」
- 【David Masson】
イギリスの批評家(1822-1907)。ロンドン大学、のちにはエディンバラ大学で英文学の教授を務めた。スターンの文体への言及は『英国小説家とその文体』(British Novelists and Their Styles, 1859)にある。
- 豊腴
- 【ほうゆ】
豊か。
- 嫺雅
- 【かんが】
みやびやか。
- 「トレール」
- 【Henry Duff Traill】
イギリスのジャーナリスト・批評家(1842-1900)。以下の引用は『英国文人叢書』(English Men of Letters)というシリーズの一冊として書かれた『スターン』(Sterne, 1882)からのもの。
- 肯綮を得たる
- 【こうけいをえたる】
的を射ている。
- 怪癖
- 【かいへき】
風変わりなさま。
- 察する所此女は
- 【さっするところこのおんなは】
第1巻第7章。トリストラムの誕生に立ち会った産婆の経歴を語るくだり。スターンは、普通ならピリオド(.)を打って新たな文を始めるべきところでも、ダッシュ(——)やセミコロン(;)を使って延々一つの文を続けることが多い。この引用箇所も原文は一つの長い文で、初版ではほぼ一ページ分の長さにわたって続く。
[朱牟田夏雄の訳文]
- 故
- 【ゆえ】
- 旦那寺の妻君
- 【だんなでらのさいくん】
教区牧師ヨリックの妻を指す。
- 贔負
- 【ひいき】
- 抔
- 【など】
- 父は倚子を掻い遣りぬ
- 【ちちはいすをかいやりぬ】
第3巻第41章。トウビーに向かってスラウケンベルギウスの難解な鼻論を得意気に聞かせていたウォルターが、トウビーのあまりにとんちんかんな質問にショックを受け、思わず取った奇矯な行動が描かれている。
[朱牟田夏雄の訳文]
- 蝶※[金+交]
- 【ちょうつがい】
第3巻第21章〜第22章によると、シャンディ家の居間のドアの蝶番(ちょうつがい)は調子が狂っていて、誰かがドアを開くたびにギーギー耳障りな音をたてるので、ウォルターはゆっくり思索にふけることものんびりうたた寝をすることもできず、この蝶番が気になって仕方がない。しかし蝶番に油を注ぎさえすえばすぐに直せるものを、ついつい面倒で先延ばしにしてしまい、いまだに直せずにいる。
- 云々
- 【うんぬん】
- 一篇
- 【いっぺん】
一つの章。
- 左まで
- 【さまで】
それほど。
- 吾父独語して曰く、
- 【わがちちどくごしていわく】
第4巻第5章。この章はここに引用された一文だけから成る。
「一族が繁栄するためには、家長の鼻が大きくなければならない」と信じているウォルターは、生まれてきた赤ん坊の鼻が産科医スロップの手違いでぺしゃんこに潰されてしまったことを聞くと、あまりのショックに寝室に引きこもり、ベッドに突っ伏したままの姿勢で動かなくなってしまう。トウビーとトリム伍長はウォルターを慰めにくるが、第4巻第4章ではふとしたことから話題が逸れ、二人はウォルターそっちのけで「恩給や兵士」の話で盛り上がる。悲劇の主人公であるはずがすっかり話題から置き去りにされてしまったウォルターの心の叫びが、この第5章である。
ちなみに第6章以降でウォルターは会話の主導権を奪うことに成功し、鼻のダメージを埋め合わせるために特にめでたい名前を与えようと、赤ん坊を「トリスメジスタス」と名付けることを宣言する。
- 静粛は無声を随へて
- 【せいしゅくはむせいをしたがえて】
第6巻第35章。トウビー・シャンディの失望と落胆を描いた場面からの引用。朱牟田夏雄訳ではこうなっている。「『静けさ』が『沈黙』をあとに従えて叔父トウビーのさびしい居間に入って来、持ってきた紗のマントを叔父の頭の上からスッポリとかぶせました——『無気力』がしまりのない体つきとうつろな目をして、叔父のとなりの安楽椅子に音もなく腰をおろしました」(中巻、338-9)。
トウビーをそこまで落胆させたのは、スペイン継承戦争(1701-14)の終結である。トウビー・シャンディとトリム伍長は、包囲戦の舞台となる城郭都市を地図を参考に正確に再現したミニチュアを庭の芝生に作り、日刊新聞によって刻々と伝えられる情報に基づいて、現実の包囲戦を庭に作った巨大なミニチュアというバーチャル・リアリティの世界で再現する戦争ごっこに興じていた。二人の呑気な戦争ごっこの模様は、第6巻第21章〜第28章に詳しく描かれている。
しかし1713年にはユトレヒト条約が締結され、戦争ごっこの根拠を失ったトウビーは途方に暮れる。その落胆を描いたのがここで引用された場面である。やがてトウビーはユトレヒト条約に従ってダンケルクの町(のミニチュア)の防壁を破壊し終ったとき、隣に住むウォドマン未亡人に誘惑され(第8巻第16章、第23章〜第25章)、恋に落ちることになる。
- 幽斎
- 【ゆうさい】
奥まった物静かな部屋。
- 傍
- 【かたわら】
- 日に焦けたる労動の娘は
- 【ひにやけたるろうどうのむすめは】
第7巻第43章。トリストラムが南仏ラングドック地方を旅したとき、ワインの名産地であるニーム近郊の村で出会った若い田舎娘ナネット(Nannette)を描写した言葉。トリストラムは若者たちの踊りの輪に入ってナネットと踊り、生の喜びに浸る。
[朱牟田夏雄の訳文]
『トリストラム・シャンディ』の第7巻は全体がトリストラムによるフランス旅行記になっている。肺を病んだトリストラムは、追いかけてくる死神から逃れるためにイギリスを飛び出し、全速力で南に向かってフランスを縦断してゆく。
敢えて過剰に陽気に振舞うことで死神の魔の手を逃れようとするトリストラムは、やはり肺を病んで死神に取り憑かれていた作者スターンの分身にほかならない。スターンは、この道化的大作『トリストラム・シャンディ』を完結させた翌年の1768年に、ロンドンで病死した。
「『死』の主題はじつは『トリストラム・シャンディ』全体に深い基調音として響いている」(坂本 2000: 321)ことを思うとき、第1巻のロンドン初版(1760)に添えられた、時の有力政治家ウィリアム・ピット(William Pitt, 1708-78)への献辞の中でスターンが書いている言葉は意味深い。朱牟田夏雄訳ではこうなっている。
「……私は、健康の衰えやらそのほかの人の世の禍いなどから、何とか笑いの力で身を守ろうと、不断の努力を重ねながら生きている身でございます。私めがかたく信じておりますのは、人間は微笑を浮かべるたびに——いえ、哄笑ということになればいちだんとそうでございますが——それだけこのつかの間の人生には、何かが加えられるということでございます」(上巻、p.32)。
「このつかの間の人生」は原文では "this Fragment of Life"(この人生という断片)である。「どうせ短い人生なら、糞まじめな顔をして肩肘張らずに、笑って生きていこう」というメッセージが、『トリストラム・シャンディ』の根底には流れているように思われる。
- 「カメル」
- 【Thomas Campbell】
キャンベル。スコットランドの詩人(1777-1844)。ここに引用されている詩は『希望の喜び』(The Pleasures of Hope, 1799)。
- Hope for a season . . .
英文の意味は次のとおり。
Hope for a season bade the world farewell,
(「希望」はしばらく世界に別れを告げ、)
And Freedom shrieked
(「自由」は悲鳴を上げた——)
as Kosciusko fell!
(コシチューシコが倒れたのだ!)
「コシチューシコ」(1746-1817)はポーランド独立戦争の英雄。1794年、農民兵を含む部隊を率いてロシア軍と戦うが、同年10月マチェヨビツェの戦いで負傷してロシア軍の捕虜となる。
- 兎にあれ
- 【とにあれ】
ともかく。どうであっても。
- 法度
- 【はっと】
おきて。
- ※[女+尾]々
- 【びび】
長々と飽きずに続けるさま。
- 「スロップ」
- 【Dr. Slop】
トリストラムの誕生に立ち会う産科医。主要な登場人物の中では唯一のカトリック教徒であり、何かと諷刺の的にされる。産科学書の著者でありながら実際の分娩にあたっては無力であり、頭でっかちの役立たずという点でシャンディ家の人々と共通している。
スロップは自ら考案した「こよなく安全な分娩道具」である鉗子(かんし)を用いてトリストラムを胎内から引き出そうとするが、そのとき誤ってトリストラムの鼻を平たく押し潰してしまい、「一族が繁栄するためには、家長の鼻が大きくなければならない」と信じる父のウォルターに衝撃を与える。
- 倉皇
- 【そうこう】
あわてふためいて。
- 床上に臥したる吾父は、
- 【しょうじょうにがしたるわがちちは】
第3巻第29章。
[朱牟田夏雄の訳文]
- 臥床
- 【がしょう】
寝台。
- 戸帳
- 【とちょう】
寝台の四隅の柱に掛けたとばり。ベッドの垂れ布。
- 毫も
- 【ごうも】
少しも。
- 墓木已に拱す
- 【ぼぼくすでにきょうす】
その人を葬ったとき墓に植えた木が、両手で囲むほどの太さに生長するくらい長い時間が経った。
- 彼は泣べきか将た笑ふ可きか
- 【かれはなくべきかはたわらうべきか】
『トリストラム・シャンディ』の語り手トリストラム(あるいは作者スターン)自身は、自分の著作が後世の人間にも読まれ続けることを予想していて、第9巻第8章では後世の読者に向かって、この本の文章を好きなように解釈してもらって結構だと呼びかけている。朱牟田夏雄訳ではこうなっている。
「私の察しますところでは、母が言い出しました——だが待って下さい、読者の方々——母が今の場合何を察したか——また父がその時何を言ったかは——それにまた母が答えたこと、父がさらにやり返したことなどともども、いずれ別の章でとり上げることにしますから、後世の方々はそこで味読するとも熟読するとも、あるいはご銘々の解釈なり批評なり敷衍[ふえん]なりを加えるとも——一言で簡単に言ってしまえば手垢でよごれるまでいじくりまわしていただいて結構です——私は今、後世の方々と申しました——それはもう一度くり返しても一向かまいません——私のこの書物をたとえば『モーゼは神の使者』や『桶物語』にくらべて見て、これがあの二書とともに「時」の溝の中をフラフラ流れて行くわけにゆかないようなことを何かしでかしているでしょうか?」(下巻、p.230)
*注釈は私(内田勝)が各種辞典・事典を参考にして付けました。ご意見は uchida.masaru.m7@f.gifu-u.ac.jp までお寄せください。なお、事典類以外で参考にしたのは次の文献です。
- 安藤文人「「海鼠のような文章」とは何か——『吾輩は猫である』と〈アナトミー〉」『比較文学年誌』第34号(早稲田大学比較文学研究室、1998年3月)1-21ページ [ウェブ版はhttp://www.f.waseda.jp/fando111/namako.htm]
- 飯島武久「『吾輩は猫である』と『トリストラム・シャンディ』——類似的技法を中心として(その1)」『山形大学紀要(人文科学)』第9巻第1号(1978年2月)193-241ページ
- 伊藤誓『スターン文学のコンテクスト』(法政大学出版局、1995年)
- 坂本武「漱石のスターン論——『トリストラム、シャンデー』私注」『ローレンス・スターン論集——創作原理としての感情』(関西大学出版部、2000年)304-30ページ
- ロレンス・スターン作、朱牟田夏雄訳『トリストラム・シャンディ』全3巻(岩波文庫、初版1969年)
- 高山宏「明治三十年のシャンディズム」『ブック・カーニヴァル』(自由国民社、1995年)1008-13ページ
- 山内久明「注解(『トリストラム、シヤンデー』)」『漱石全集 第十三巻[英文学研究]』(岩波書店、1995年)597-607ページ
- Brodey, Inger Sigrun. "Natsume Sôseki and Laurence Sterne: Cross-Cultural Discourse on Literary Linearity." Comparative Literature 50. 3 (1998): 193-219.
- Ishii, Shigemitsu(石井重光). "Rorensu Sutahn: Sterne in Japan." The Shandean 8 (1996): 8-40.
- Sterne, Laurence. The Life and Opinions of Tristram Shandy, Gentleman. Ed. Melvyn New and Joan New. London: Penguin Books, 2003.
ファイル公開日:2003年1月8日
最終更新日:2003年11月12日[ただし2009年12月15日、1918年版『漱石全集』へのリンクを追加して文章の一部を改訂]
注釈者:内田勝
出典表示の一例:内田勝「夏目漱石『トリストラム、シヤンデー』注釈」(2003年)〈https://www1.gifu-u.ac.jp/~masaru/soseki/shandy.htm〉
(c) Masaru Uchida
2003
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