[トム・ジョーンズ] [ノーサンガー・アビー] [ダーバヴィル家のテス] [荒涼館]
放送大学岐阜学習センター 平成26年度第2学期 面接授業 内田勝(岐阜大学地域科学部)
テレビドラマで読むイギリス小説 第3部 (2014年011月1日 13:35-15:00)
オースティン原作『ノーサンガー・アビー』
引用文中の[…]は省略箇所、[ ]内の文字は原文のルビ、【 】内は私の補足です。
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[1]オースティンの小説はたいてい、英国の田舎を舞台として、お金の話と結婚の話だけで読者をぐいぐい引っ張っていきます。作中、人生の大きな、あるいは小さな選択を迫られるたびに、【『分別と多感』の】エリナーや【『マンスフィールド・パーク』の】ファニーはほとんど間違えませんし、【『説得』の】アンは遠回りを強いられますし、【『高慢と偏見』の】エリザベスはちょっと間違えますし、【『ノーサンガー・アビー』の】キャサリンと【『エマ』の】エマは何度も失敗します。けれど、最終的に正しい選択——しかるべき男に手を「取らせる」——をするのでした。
何度も読んで、内容をよく知っているのに、新しい訳が出るたびにまた新鮮な気持ちで読めてしまう。なんなんでしょうね、この魔力は。(千野『世界小娘文學全集』p.69)
[2]オースティン Jane Austen(1775-1817) イギリスの女流小説家。12月16日、ハンプシャーの小村スティーブントンに牧師の娘として生まれ、文学好きの家庭の雰囲気にはぐくまれ、少女時代からS・リチャードソン風の書簡体小説や風刺的なパロディーを試みていたが、しだいに本格的な小説を書くに至った。1801年に父の隠退とともにバースに移り、さらに父の死後、母姉とともにサウサンプトンに移った。その間二、三の断片的な作品を除いてあまり創作はしなかったが、09年故郷に近いチョートンへ移ってからふたたび創作活動に専念した。まず以前の原稿に手を加えて、11年に『分別と多感』を、ついで13年には若いころ『初印象』の題で想を練っていたらしい小説に手を加えて『自負と偏見』を出版した。以後14年には『マンスフィールド・パーク』、15年には『エマ』が出版され、油ののった創作活動がなされた。しかし翌16年より健康の衰えがみられ、17年5月にはウィンチェスターへ行き病気治療に専念したが、同年7月18日、生涯独身のまま同地で没した。翌年遺作『説きふせられて』と、初期の作で出版の機会がなかった『ノーザンガー寺院』が同時に出版された。
彼女の小説は18世紀の多感な(女)主人公の苦悩を扱った小説やゴシック小説などに対する批判から出発して、そうした小説に多い、型にはまった筋書きや人物と意識的に異なったものとなっている。彼女の作品では、田舎[いなか]の数家族を中心とした上・中流の男女の恋愛と結婚の物語を通じて、やがて女主人公が多くの間違いから目覚めていく過程が中心となっている。題材も狭く、同時代のスコットの華やかな表現もないが、18世紀特有の道徳意識を根底にした人生の批評と、限られた世界を描きながら、鋭い批判を含んだ優れた人物の創造、物語の劇的展開を可能にしている叙述の方法などによって、イギリス小説史上一流の地位を占めている。(榎本「オースティン」)
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【『ノーサンガー・アビー』という小説をおおざっぱにまとめると、「虚構の小説ばかり読んでいる妄想女子に現実のモテ期が訪れ、ついでに現実的な危機も訪れる」という話である。】
[3]【小説の冒頭。主人公は、ゴシック小説にありがちな不幸な設定とはかけはなれた、平凡な娘である。】
子供のころのキャサリン・モーランドを知っている人は、彼女が小説のヒロインになるように生まれついたなんて絶対に思わないだろう。彼女の境遇、両親の人柄、彼女自身の容姿と性格など、どこから見てもヒロインとしては完全に失格だった。父親は牧師だが、世間から冷遇されてはいないし、貧乏でもないし、[…]残念ながら美男子でもなかった。かなり高収入の二つの聖職禄【聖職者として担当する教区から収入を得る権利】のほかに、かなりの額の独立財産を持っており、自分の娘を秘密の部屋に監禁するようなこともなかった。そして母親も、[…]きわめて善良な性格であり、[…]キャサリンの前にすでに三人の男の子がいたが、キャサリンを産んではかなくこの世を去ったと思いきや、なおも生きつづけてさらに六人の子供をもうけ、全員が立派に成長するのを見守り、自分もすばらしい健康に恵まれた。[…]これはもうすばらしい家族と言うほかないだろう。ところがモーランド家は、それ以外は何の取り柄もない一家だった。家族全員が不器量だったからだ。(オースティン『ノーサンガー・アビー』pp.8-9)
[4]そしてキャサリンも、生まれてこのかた誰にも負けないくらい不器量だった。みっともないほど痩せっぽちで、青白い肌でひどく血色が悪いし、髪も美しい巻き毛ではなくて、まっすぐな黒い貧弱な髪で、目鼻立ちもすごくきつい感じだった。[…]。十五歳になると、顔立ちも体つきもだんだん良くなってきて、髪をカールして舞踏会を待ちこがれるようになった。顔色が良くなり、ふっくらして血色が良くなったので、きつい感じが取れてやさしい顔つきになり、目も以前より生き生きして、体つきもずいぶんしっかりしてきた。[…]。最近では両親も、キャサリンの器量が良くなったことをときどき話題にするようになり、「キャサリンは最近とてもきれいになりましたね」「もう美人と言ってもいいんじゃないかな」などという両親の会話を、キャサリンはときどき耳にした。なんといううれしい響きだろう! 生まれてから十五年間ずっと不器量だった娘にとって、「もう美人と言ってもいいんじゃないかな」と言われることは、赤ん坊のときから美人だった娘には想像もつかないほどうれしいことなのだ。
(オースティン『ノーサンガー・アビー』pp.9-11)
[5]こうしてオースティンはいかにキャサリンが当時読まれていた小説のヒロインとは違うかということを、何度もくりかえすのであるが、じつはキャサリンも実際はヒロインらしく、恋を成就するまでに、さまざまな困難と苦悩を経験しなければならない運命にあるのだ。ただし、その困難の性質は、かなり「現実的」なものではある。
(新井『自負と偏見のイギリス文化』p.73)
[6]【キャサリンは小説を読むのが何より好きで、特に好きなのが「ゴシック小説」というジャンルである。】
『ノーサンガー・アビー』がパロディの対象としたのは、ゴシック小説と呼ばれる類の小説で、一八世紀の終わり頃、特に女性の読者の間で大きな人気を得た。ゴシック小説は[…]基本的には恋愛小説であるが、美しく、感受性の強いヒロインが、容姿、社会的地位、経済力ともに申し分ないヒーローとめでたく結ばれる前に、必ず悪党にさらわれ、どこかの城に幽閉されて、さまざまな危険にさらされた挙句、最終的にヒーローに助けられるという筋書きである。舞台はイタリアやフランスといった異国であり、ヒロインが経験する事柄も、当時の読者の現実とはかけ離れていたものだというのが特色であった。(新井『自負と偏見のイギリス文化』p.66)
【当時の小説の登場人物たちは小説を馬鹿にして読まない傾向がある中、あえてキャサリンを小説好きな人物に設定したことについて、作者が(まるで『トム・ジョーンズ』の作者フィールディングのように)前面に出てきて熱く語り出す。】
[7]私たち小説家は、虐げられた者たちなのだから、お互いに仲間を見捨てないようにしようではないか。小説家が生み出した作品は、ほかのどんな文学形式よりも多くの真実と喜びを読者に提供してきたのに、小説ほどひどい悪口を言われたものはない。プライドや無知や流行のおかげで、小説の敵は、小説の読者の数と同じくらい存在するのである。[…]。[…]小説とは、偉大な知性が示された作品であり、人間性に関する完璧な知識と、さまざまな人間性に関する適切な描写と、はつらつとした機知とユーモアが、選び抜かれた言葉によって世に伝えられた作品なのである。(オースティン『ノーサンガー・アビー』pp.46-7)
【小説を読むのが大好きなキャサリンは、やがて十七歳になり、近所の大地主であるアレン夫妻とともに行楽地バースへ出かけることになる。恋と結婚につながる出会いを夢見てワクワクするキャサリンだが、アレン夫妻には知り合いが少なく、かっこいい男性にはなかなか出会えない。】
【全国からバースに集まってくる若い男女は、それぞれ流行の服装に身を包んでいるため、見かけだけでは大金持ちなのかどうかが分からない状況である。少しでも経済的条件の良い相手を見つけるため、彼らはおのおの自分たちの情報収集能力を駆使して、交際相手の財産の規模をめぐる腹の探り合いを行なっている。情報の錯綜からさまざまな誤解が生まれ、それらの誤解が『ノーサンガー・アビー』という物語を動かしていく。】
[8]【ついにキャサリンは、彼女の理想どおりの男性であるヘンリー・ティルニーと出会う。】
アレン夫人とキャサリンはロウアー・ルームズ【舞踏会などの社交が行われる「社交会館」(アセンブリー・ルームズ)の一つ】にも姿を現したが、われらがヒロインはここで幸運に恵まれた。社交会館の司会進行役である儀典長が、彼女のダンスのお相手として、とても紳士的な青年を紹介してくれたのである。青年の名前はヘンリー・ティルニー氏といい、年齢は二十四、五歳で、かなり長身で、とても感じのいい顔立ちで、知的な生き生きとした目をし、絶世の美男子とまではいかないが、かなりそれに近い美男子だった。それに態度も申し分ないし、こんなすてきな人を紹介されて、自分は最高に運がいいとキャサリンは思った。踊っているあいだは言葉を交わす暇はなかったが、お茶の席について話をすると、思った通りの好青年だった。(オースティン『ノーサンガー・アビー』pp.27-8)
【ある日キャサリンとアレン夫人は、アレン夫人の学生時代の友人だったソープ夫人に出会い、ソープ夫人の娘で派手な美人のイライザ・ソープや、ソープ夫人の息子であまり知性を感じさせないジョン・ソープと交際するようになる。オックスフォード大学に通うジョン・ソープは、キャサリンの兄ジェイムズの学友でもあり、どうやらキャサリンに気がある様子だ。】
【一方でキャサリンは、ヘンリーの姉妹のエリナー・ティルニーと親しくなり、ヘンリーやエリナーと一緒に田園の散歩を楽しむ約束をする。ところが当日になるとキャサリンの前にジョンとイザベラのソープ兄妹が現れ、ヘンリーたちは散歩を取りやめて出かけたので、代わりに自分たちと馬車で遠出をしようと言う。渋々ジョンの馬車に乗ったキャサリンだったが、馬車から見ると、ヘンリーとエリナーが彼女を迎えに来たところが見える。ジョンは嘘をついていたのだ。】
[9]「とめて! お願い、とめて! ここでおりてふたりのところへ行きます」
だが何を言っても無駄だった。ジョン・ソープは馬に鞭を当てて速度を速めただけだった。[…]。
「お願い、ソープさん、お願いだからとめてください! 私は行かれません。行きたくありません。ミス・ティルニーのところへ戻らなくてはなりません」
だがジョン・ソープは笑いながら馬に鞭を当てて、ますます速度を速め、奇声を発して馬車を走らせつづけた。(オースティン『ノーサンガー・アビー』pp.126-7)
【次にヘンリーとエリナーのティルニー兄妹(または姉弟)に会った時、キャサリンは騙されて約束を破った自分の無礼な振舞いを心から詫びる。おかげで彼らとキャサリンの仲は深まり、一緒にたびたび散歩を楽しむことになる。】
【イザベラ・ソープはキャサリンの兄ジェイムズと婚約するが、ジェイムズの財産が予想より少なかったことに失望する。】
[10]現在モーランド氏【キャサリンとジェイムズの父】は、年収約四百ポンド【1ポンド2万円とすれば800万円】の聖職禄を持っており、その贈与権も持っているのだが、息子ジェイムズが十分な年齢に達したら、その聖職禄も譲るというのである。これでモーランド家の収入はかなり減ることになるし、子供はほかに九人もいることを考えると、これはけっしてケチくさい額ではない。そのうえ、少なく見積もっても四百ポンドの値打ちのある土地も、将来ジェイムズに譲るというのである。[…]。キャサリンは[…]兄と同じように満足し、イザベラにも、すべて解決しておめでとうと祝福の言葉を述べた。
「そうね、ほんとにありがたいわ」とイザベラは、ひどく暗い顔で言った。
「モーランド氏はほんとに気前がおよろしいわ」とやさしいソープ夫人が、心配そうに娘のイザベラを見ながら言った。「[…]モーランド氏にこれ以上のことを期待するのは無理ですよ。[…]。新婚生活を始めるには、四百ポンドでは少なすぎるかもしれないけど、ね、イザベラ、あなたの望みはとても控えめでしょ? お金なんてそんなに必要ないんじゃない?」(オースティン『ノーサンガー・アビー』pp.202-3)
【やがてイザベラはキャサリンやジェイムズをなおざりにするようになる一方、ヘンリー・ティルニーの兄で大邸宅ノーサンガー・アビーを相続するティルニー大尉に急接近する。】
【ヘンリーたちの父ティルニー将軍が、キャサリンをノーサンガー・アビーに招待する。ゴシック小説に出てきそうな古い大邸宅で暮らせることに興奮したキャサリンは、自分の寝室としてあてがわれた部屋の飾り箪笥の中から、謎の古文書を発見する。キャサリンはそれを読もうとするが、ろうそくが消えて部屋が真っ暗になる。】
[11]不可解にも古文書が発見され[…]たのだが、これを一体どう説明したらいいだろう? 一体何が書かれているのだろう? 誰に書かれたものなのだろう? なぜこんなに長いあいだ隠されたままになっていたのだろう? […]。朝日が昇ったらすぐに読もうと彼女は決心した。[…]。嵐はまだ狂ったように吹き荒れ、風の音よりも恐ろしいさまざまな物音が、ときおり彼女をぎょっとさせた。あるときは、寝台の垂れ幕が揺れたように思われ、またあるときは、誰かが部屋に入ってこようとしているかのように、ドアの鍵ががちゃがちゃいう音が聞こえた。長い廊下から、うつろなつぶやき声が聞こえてくるような気がし、遠くからうめき声まで聞こえてくるような気がして、何度も血の凍る思いがした。(オースティン『ノーサンガー・アビー』p.258)
[12]【夜が明けて、さっそくキャサリンは呪われた古文書を読み始める。】
キャサリンはむさぼるように一枚の紙に目を走らせたが、内容を見てぎょっとした。こんなことがありうるだろうか? 私の目の錯覚だろうか? どうやらそれは、現代的な下品な字で書かれたリンネル類の明細書らしいのだ! 目の錯覚でないとしたら、彼女が手に持っているのは、洗濯屋の請求書なのだ! つぎの紙に目を走らせたが、同じような品物の名前が書かれていた。三枚目も四枚目も五枚目も同じようなものだった。
(オースティン『ノーサンガー・アビー』pp.259-60)
【キャサリンは、ノーサンガー・アビーに開かずの間があることを知り、ヘンリーの母は夫のティルニー将軍によってその部屋に監禁されているか、あるいはその遺体が部屋に隠されているのではないかと疑う。将軍とヘンリーが留守の間に問題の部屋にこっそり忍び込んだキャサリンだったが、そこは何の変哲もない部屋だった。しかもその時ヘンリーが帰ってきて、勝手に部屋に忍び込んだキャサリンを見つけてしまう。自分の愚かさを恥じるキャサリン。】
[13]【ヘンリーがキャサリンを詰問する。】
「ぼくの理解が正しければ、あなたは、ぼくがとても口にできないような恐ろしいことを考えていたんですね。ねえ、ミス・モーランド、自分がどんなに恐ろしい疑惑を抱いていたか、考えてごらんなさい。いったい何を根拠にそんなことを考えたんですか? ぼくたちが住んでいる国と時代を思い出してください。ぼくたちはイギリス人でキリスト教徒です。あなたの知性と理性と観察能力に相談してごらんなさい。そんなことがあり得ると思いますか? 自分のまわりでそんなことが起きると思いますか?[…]。今のこの国で、そんな残虐行為が誰にも知られずに行われると思いますか? 社交も郵便もこんなに発達し、[…]道路網と新聞の発達のおかげで、何でも明るみに出てしまう今のこの国で、そんなことがあり得ると思いますか? ねえ、ミス・モーランド、なぜそんな恐ろしいことを想像したんですか?」
ふたりは大廊下の端までやってきた。キャサリンは恥ずかしさに涙があふれ、自分の部屋へと駆け戻った。
(オースティン『ノーサンガー・アビー』pp.299-300)
[14]同じヒロインの苦悩でも、キャサリンが味わう苦悩は、【ゴシック小説のヒロインが味わう】悪党に純潔を奪われそうになったり、不貞の疑いをかけられたりといった苦悩と比べるとはるかに小規模なものである。しかしオースティンは[…]、キャサリンの「非ヒロイン性」を強調するだけでなく、当時の若い女性にとって、本当の苦悩とは何かということも明らかにしているのである。(新井『自負と偏見のイギリス文化』pp.79-80)
【傷ついたキャサリンに追い打ちをかけるように、兄のジェイムズから、イザベラ・ソープとの婚約が解消されたという報せが来る。原因はイザベラが彼を捨てて、ヘンリーの兄のティルニー大尉と付き合い始めたことにあるらしい。ところが、すぐにティルニー大尉に捨てられたらしいイザベラから、今でもジェイムズを愛しているので力を貸して欲しいという手紙がキャサリンに届く。イザベラの厚かましさに呆れ果て、こんな欲深い嘘つきと親しく交際していたことを恥じるキャサリン。】
【ヘンリーの父のティルニー将軍がロンドンから帰ってくる。なぜか将軍はキャサリンに対して激怒しており、キャサリンは直ちにノーサンガー・アビーを立ち去ることを命じられる。たった一人で乗合馬車に乗って遠い道を帰らされることになったキャサリンは、深く傷つく。】
【つらくみじめな一人旅を終えて自宅に戻ったキャサリンのもとを、ある日ヘンリーが訪れる。ヘンリーはティルニー将軍の無礼な行為を詫び、なぜ将軍がキャサリンに対して怒ったかを説明する。】
[15]つまりキャサリンの罪は、「将軍が思っていたほどの金持ちではなかった」という一点だけなのだ。将軍は、彼女が大金持ちだと勝手に誤解して、バースで彼女に近づき、ノーサンガー・アビーに招待し、息子の嫁にしようとたくらんだのである。そして自分の誤解に気がつき、彼女がただの牧師の娘だとわかると、ただちに彼女を屋敷から追い出したのだ。(オースティン『ノーサンガー・アビー』p.372)
[16]「お嬢さまとの結婚をお許しください」とヘンリー・ティルニーから言われたときのモーランド夫妻の驚きは、それはもうたいへんなものだった。キャサリンがヘンリーを好きになることも、ヘンリーがキャサリンを好きになることも、夫妻は考えたこともなかったからだ。でも考えてみれば、キャサリンが若い男性から愛されるのはきわめて自然なことなので、夫妻はうれしい驚きと、感謝に満ちた誇りをもって、すぐにその事実を受け入れ、モーランド家としては何の反対もしなかった。(オースティン『ノーサンガー・アビー』pp.378)
[17]【キャサリンの財産について正確な情報が伝わり、ようやく将軍も息子とキャサリンの結婚に同意する。】
ジョン・ソープが最初に吹聴した言葉、つまり、モーランド家は大金持ちだというのは事実と違っているが、彼が悪意によって前言を否定した言葉、つまり、モーランド家は非常に貧乏な一家だというのは、それ以上に事実と違っていた。モーランド家はお金にはまったく困っていないし、ぜんぜん貧乏ではないし、キャサリンは三千ポンド【1ポンド2万円とすれば6千万円】の持参金をもらえるという事実を、将軍は知ったのである。
(オースティン『ノーサンガー・アビー』p.382)
[18]【小説を締めくくる作者の言葉。】
二十六歳と十八歳という年齢で、申し分のない幸せな結婚生活を始めることができたのだから、ともかくもめでたい話である。さらに私はこう思う。将軍の不当な干渉は、ふたりの幸せを邪魔したどころか、むしろその助けになったのではないだろうか。つまり、将軍の不当な干渉のおかげで、ふたりはより一層お互いを知ることができ、より一層お互いの愛を深めることができたのではないだろうか。では、この小説は、親の横暴な干渉を推奨しているのだろうか? それとも、子供の断固たる反抗を褒めたたえているのだろうか? それは、読者の皆さまのご判断にお任せしたいと思う。(オースティン『ノーサンガー・アビー』pp.383)
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【講義で使用した資料】
●ジェイン・オースティン作、中野康司[こうじ]訳『ノーサンガー・アビー』(ちくま文庫、2009年)[原著1818年]
●ジェイン・オースティン原作、アンドリュー・デイビス脚本、ジョン・ジョーンズ監督『ノーサンガー・アベイ』(ITV、2007年)
●新井潤美『自負と偏見のイギリス文化——J・オースティンの世界』(岩波新書、2008年)
●榎本太[えのもと・ふとし]「オースティン」『日本大百科全書』ウェブ版(ジャパンナレッジ、2001年)
●千野帽子[ちの・ぼうし]『世界小娘文學全集——文藝ガーリッシュ 舶来篇』(河出書房新社、2009年)
(c) Masaru Uchida
2014
ファイル公開日: 2025-8-24
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