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気になることば 第3集
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19960923
■私の『新明解』その1
一昨日から風邪をひいて、普段以上に頭が回らない。そこでお手軽に『新明解国語辞典』でお茶を濁したい。
『新明解』といえば、従来の国語辞書観を破る語釈が有名である。「国語辞書観」というのも大げさかもしれないが、どんな文脈にでも合うようにあたりさわりのない、優等生的な語釈を付す傾向が強い、ということである。その点で『新明解』はやはり異質なものを含む。先行の本と重出しないように(といっても『新解さんの謎』は立ち読みしただけ。4年たてば文春文庫にはいるだろうから)いくつか挙げてみよう。まずは、自由闊達編(細かい記号などははぶく。第4版第1刷による)。
せんずるところ【詮ずる所】ああでもないこうでもないといろいろ考えてみた、その結論(としては)。要するに。
【嘘をつけ!】嘘をつくならついてみろ、お前のつく嘘の限界などは当方にはすっかりわかっているのだぞ、という意味で相手の言い分をとがめる表現。
自由闊達の名に恥じないが、文末の「その結論」「とがめる表現」などには辞典の語釈らしさがかぎとれる。
が、次のはそれもない。
【今に見ろ】現在は自分をばかにしているが、その考えのまちがっていることは将来すぐ分かるだろう。
【それ見たことか】以前自分の言ったことを無視しなければよかった、と思い知ったことだろう。
続いて新鮮編社会部。『新明解』の面目躍如(?)といったところか。
じっしゃかい【実社会】実際の社会。[美化・様式化されたものとは違って複雑で、虚偽と欺瞞とが充満し、毎日が試練の連続であると言える、きびしい社会を指す]
せけんち【--(世間)知】おとなとして世の中をうまく渡って行く上での判断と身の処し方。[正直ばかりでは通用しないとか、世の中には裏が有るとか、事を成功させるためは根回しや付け届けが必要であるとかの、学校では教えてくれない種類の常識を指す]
ぜんしょ【善処】うまく処理すること。[政治家の用語としては、さし当たってはなんの処置もしないことの表現に用いられる]
のうり【能吏】役所の内部から見れば有能と認められる、腕ききの役人。
本日はこれ切りこれ切り。
お願い。伊奈かっぺいさんのホームページを以前みたことがあるのですが、いま探してみるとなかなか行き当たりません。ご存じの方、ご一報いただけると幸甚です。
19960924
■『ことばの泉』の書誌
一応、江戸時代の辞書のことを表看板に掲げているが、明治以降のこととなると途端に弱くなるのはどうしたことだろう。どうも、こう、力が入らないのだ。
今日、風邪が少し良くなったようなのでリハビリも兼ねて、近くの古本屋に行ってみた。と、「言泉」との金文字が目に入った。かなり大きな一冊本である。まさかとは思いつつも、奥付をみると「明治三十一年十二月四日印刷/仝三十一年十二月廿五日発行」とある。初版らしい。念のため、となりにあった『広辞苑』第四版で引いてみると
ことばのいずみ【ことばの泉】百科事彙を兼ねた国語辞書。五冊。落合直文編。一八九八~九九年(明治三一~三二) 刊。ほかに補遺一冊、一九○八年刊。芳賀矢一が改修して「言泉」。
とある。うううむ。明治三十一年の奥付はどの奥付なのか。よくみれば「ことばの泉奥付 /はよりをまで」とある。つまりは第五冊目の奥付を全体の奥付にしたらしいのだが、『広辞苑』の(明治三一~三二)は気になる。が、3000円とのことなので、買ってしまいました。しめしめ。
しかし、この本、もと五冊であったことは明らか。ページの色がわずかずつ異なっているので。合本のとき、各冊にあったであろう奥付も一緒に綴じ込んでいてくれればよかったのに。そうすれば、たとえば、巻頭にきている索引編が実は明治32年にできたのだ、などとわかるかも知れない(いや、これはあくまで仮定のことです。仮定の)。
ただ、それはやはり無い物ねだりだろう。蔵書票には「佐藤文庫/86/国語/二ノ一/明治45.5.19」とある。当時なら、一五年ほど前の書籍についてどれだけ書誌情報が必要なものであるか、さほど意識されなかったのが普通であろう。同姓の誼みで許そう。
『国語学大辞典』では「明治三十一年(一八九八)刊」と明記してあってこれなら納得。しかし、『広辞苑』が(明治三一~三二)としたのか。やはり気になるところ。どなたかこのあたりの経緯をご存じありませんか。
19960925
■『小公子』
ここ5・6年、ときどき演習でとりあげるのが若松賤子訳『小公子』である。明治23年8月23日から、『女学雑誌』に連載された。本邦初訳である。早期の口語文の例として引かれることが多いので、先刻ご承知かも知れませんね。
4年ほど前、車で市内を流していると、信号待ちで、黒い大型車の後ろについた。みれば、トランクの右上に「小公子」というステッカーが貼ってある。妙な暴走族だなとトランク左に目を移せば「Cedlic」。セドリックは『小公子』の主人公。妙に嬉しくなったことでした。
さて、授業で扱うからにはそれなりの下準備が必要。『近代文学大事典』で若松賤子の項を見ると、我が目を疑いました。それは、[小公子]の項の内容が杜撰だったため。
[小公子](略)英国のドリンコート侯爵の遺児セドリックは、母がアメリカ人というだけで侯爵家を継ぐことができなかったが、母の死後、ドリンコート家に引取られ、強情で驕慢な祖父の老侯爵とともに暮らすようになる。(以下略)
これだけで3点誤りがある。
1)セドリックの父は侯爵になっていない。これは、アメリカ人の奥さんと勝手に結婚したのが、老侯爵の怒りに触れたため。
2)したがって、セドリックが「母がアメリカ人というだけで」云々というのも不可。
3)「母の死後」とあるが、『小公子』の最後までセドッリクの母は生きている!これは、セドリックの父の死後、とあるべきところ。
こんな杜撰な紹介をよく書けるものだ。いや、杜撰の域を超えている。学者と活字には用心しなければいけない。
19960926
■私の『新明解』その2
今日は「誤用ぎりぎり」と題して書く予定でしたが、資料を忘れたので、また『新明解』でお茶を濁します。
赤瀬川の『新解さんの謎』は、まぁ、不満もありますが、複数の版にあたっているのが取り柄でしょうか。また、現行の4版もどうやら初刷を使っているらしいのも好感が持てます。「動物園」のあの過激な語釈は、少なくとも4版6刷以降では「自然に疎い都会人のための施設」のような形に改まっていますので。
そう、この語釈の改訂が他書にくらべて頻繁なのが『新明解』の特徴でしょう。小回りが効くということでしょうが、なかなか他ではお目にかかれない芸当ではないでしょうか。
んとすの用例も有名になりましたが、子細にみると版によってわずかに異なります。
われら一同、現代語辞典の規範たらんとする抱負を以て、本書を編したり。乞ふ読者、微衷を汲み取らんことを(3版27刷)
これ、4版になると「汲み取られんことを」と敬語形に改まります。愛くるしいですね。もっとすごいのもありました。次の二つをよく比べてください。私のミスタイプではありません(ただし、細かい記号などは省きました)。
ろうば[老婆]年をとり過ぎて、年輪の古さだけが目に立つ婦人。⇒老女 ←→老爺(ロウヤ)[--心]不必要なまでに人の事について気をつかい、世話をやくこと。(3版27刷・1984年3月20日)
ろうば[老婆][--心]不必要なまでに人の事について気をつかい、世話をやくこと。(小型版3版21刷・1985年10月1日)
「老婆」の語釈がないんです。思い切ってますね。たしか遠藤枝織さんだったかの差別的用語の摘発運動か何かで「老婆」が取りざたされていたので、それへの対策だったのではないかと思っていますが。
19960927
■連濁の調査
河竹登志夫「黙阿弥作品の言葉」(『中くらいの妻 '93年版ベスト・エッセイ集』文春文庫)を読んでいたら次のような指摘に出会った。
たとえは、いまはだれでも「熱燗」はアツカンだが、父の世代は「アツガン」だった。字引きでも『大言海』まではガンである。
おやおや熱燗よ、おまえもか。
国語学のなかで有名で厄介なテーマというのがいくつかあるが、やはり連濁(複合語の後部要素の第一拍が濁音化する現象)はその最たるもの。一応、原則らしきものがあるのだが、例外も少なくない。また、単語ごとに見ると時代によって方言によって様々で(といっても濁音になるかならないかだけだが)連濁の原則を立てるより、不連濁の原則を立てた方が早いというくらいのもの。アクセントも絡んでくるらしい。
そこで、なるべく挟雑物の少ない環境での調査も意味があるかも知れないと考えた。つまり、アクセントを排除するなら、1型アクセント・無アクセント地帯で用例を収集するかたわら、未知の複合語を無理やり作ってもらい、規則性を導きだそうとするもの。これは行けるかも知れません。特に後者のアイディアはいい。既存の用例では歴史的な背景がつきまとう。それがもう挟雑物になりかねないのだ。方言学者の方、だれかご協力いただけませんか。
とはいえ、相応の道のりであることはたしか。たとえば、北関東・南東北の無アクセント地帯に含まれる仙台市では、マンガホン(漫画本)・シタシキ(下敷き)などと若い世代が言っています。仙台にいるころに、遊び半分でいいからもっと例語を集めておけばよかった。
19960928
■こんぺいとう
子供のころ、地蜘蛛(土蜘蛛)のことをコンペートーと言っていた。というより、コンペートーと言うのだと教えられたことがあった。子供心にも、お菓子の名だなんて可笑しな名だと思った。反面で、納得していた部分もある。たしかに袋から取りだした蜘蛛は、足が縮こまって鋭角があちこちにできる様は、金平糖に似ていなくもない。それを間違ってつけちゃったんだ。
大学で言語地理学に触れてしばらくしてから、コンペートーの背後にもう少しだけ複雑な事情があることに気づいた。埼玉県南東部でも地蜘蛛の方言形が少なくないが、そのなかにハラキリカンペーとかカンペーグモとかいうのがある。長尾勇氏「地蜘蛛考」を読了の方にはいらぬ話だが、このカンペーは『忠臣蔵』の早野勘平に由来する。義父を誤射して死なせてしまったと勘違いし、切腹するあの人物である。地蜘蛛も掌で転がしているうちに、屈した足で腹を自ら切ってしまう。この類似に注目した命名である。
村芝居も含めて歌舞伎を見る機会が減少するにつれ、ハラキリカンペー・カンペーグモという興味をそそらずにはおかない語源が揺らいでいく。そのときに語源解釈が発動する。なぜ、カンペーというのか。もしかしたらコンペートーが本当の名なのではないか。形も似ている。そうだ、それに違いない。ということで地蜘蛛がコンペートーになったのだろう。
19960929
■その後の「拙者」
「拙者」の用例を昨年発売されたオンラインソフト集『PACK8000』のCD-ROMにて調査した。とても全部は見られないので、WINディレクトリィ下のソフトに限定した。さらに、テキストが本体となる確率が高い*.TXT・*.DOC・*.HLP・*.MEのファイルに限定した。総数は2999ファイルで、用例数は延べ5例・異なり3例であった。
VB はとても素晴らしいプログラム開発言語で、拙者もたいへん重宝しております。(M.O氏。同梱他ファイルに2例あり)
下記一覧に載せたうちの最初の3枚の壁紙は、オンラインマガジンであるうっぱち屋マガジン第13号「今号のうっぱち屋ソフト」のコーナーに載ったものの中から、拙者のお気に入りのものを集めました。(M.O氏)
また、後半の2つの壁紙は拙者の作ったものです。(同)
氏名はイニシャルにした。ソフト名も示さないでおく(関心のある方はお知らせください。また、そんなことをする必要はない、詳報せよとのご意見があれば佐藤まで)。この例は、二つのソフト分かれるが、開発者は同一人。したがって、まだまだ「拙者」は市民権を獲得していないようである。
さて、LZHで圧縮されたファイルをどうやって検索したか。一つ一つ手作業で解凍してgrepするほど暇はない。そこで、LZHを一時解凍しつつ検索できるソフトがないかと考えていたら、昔使ったことがあるFileDiverというオンラインソフトを思い出した。16ビット版では対応してないが、32ビット版ならこの芸当ができることがわかった。そこで、こんな調査をしてみたのである(あるいはこういうソフトは他にもあるのでしょうか。御存じの方は御一報ください。FileDiver32も優秀なのですが、惜しいことに検索結果をカット・コピーできないのです)。
現在、420MBのハードディスクをドライブスペース3で1GBまで対応できるよう圧縮した可哀相な愛機(愛してないけど)では今後とも重宝しそうだ。こういうソフトがあると、ますますウィンドウズから離れられなくなってしまう。関心のある方は、こちらへアクセスを。