18世紀の節用集
 節用集の大転換期です。二つの大きな変化が節用集の運命を決定します。ポイントは「付録の増加」「検索法の開発」。特に後者は、行くところまで行った感じがします。また、このほかにもいろいろな工夫がありました。その意味で18世紀は爛熟期でした。

◆変化の一つは、言葉とは関係のない付録が充実したことです。歴史年表・日本地図・大名名鑑・茶道・華道・将棋・占い・作法などなど多様です。これらが、巻頭・本文頭書・巻末に配され、辞書部分以上に目立つようになりました。

◆挿絵も多くなり、極端な話、ただ眺めるだけでも楽しめるようになりました。また、思わぬ使い方も出てきました。


『倭漢節用無双嚢』(天明4・1784年刊)。こうした付録は、18世紀前半から見られます。

〇上段「中興武将伝略」、中段「囲碁之法」、下段「改正御武鑑」。各段ごとに記事が展開していきます。節用集にはよくあるレイアウトで、一見して、いろいろ(ごちゃごちゃ?)書いてあるとの印象があって、「内容充実!」と訴えるには好都合だったのでしょう。

→東京学芸大学望月文庫の『四海節用錦繍嚢』 『錦字節用無窮成』 『万国通用要字選』 『宝林節用字海大成』 『万花節用字林大成』 『万海節用和国宝蔵』 『頭書増補節用集大成』 『大豊節用寿福海』 『大大節用集万字海』 『倭節用悉改嚢』 『大栄節用福寿蔵』 『増続字海節用大湊』
 古河歴史博物館の『大増字宝節用連玉』

◆この結果、節用集は、教養書的な側面が強くなった反面、辞書としての進歩がなおざりにされました。

○たとえば、従来の引き方には意味分類が含まれますが、節用集の分類と使用者の意識とがくいちがうことがあります。「鎧」は身につけるものなので〈衣服・衣食〉になりそうですが、道具・財宝をあつめた〈器財〉にあるのが普通だったりします。

◆もう一つの変化は、新しい検索法の開発です。『宝暦新撰早引節用集』(宝暦2・1752年刊)が口火を切りました。大胆にも伝統的な意義分類をやめ、代わりに仮名数(声)で分類しました。「白鷺」ならシ部4声を引くことになります。

文庫本の横幅を1センチほど詰めたくらいの小型本です。付録はごくわずかで、漢字も実用的な行草体だけで示します。検索法とあいまって、実用辞書に徹する体裁でした。
→東京学芸大学望月文庫の宝暦新撰早引節用集』
 神戸女子大学森文庫の増補改正早引節用集』

○仮名数引きは、言葉の形の特徴で引く点で、現代の五十音引きと同じ範疇にはいる近代的なものでした。

増字百倍早引節用集』宝暦10年刊。B6ほどの横本で、真草二行表示。このように、早引節用集は着々とバリエーションをそろえ、広く流布していきました。
→東京学芸大学望月文庫の『大全早引節用集』 世用万倍早引大節用集』
 広島文教女子大の増字百倍早引節用集』
 神戸女子大学森文庫の〔増字百倍〕早引節用集

◆早引節用集に触発されて、いろいろなタイプの検索法が考案されました。

『早字二重鑑』嘉永6(1853)年再刊。初版は宝暦12年刊。イロハを二回繰り返す近代的な検索法です。

○宝暦12年版は、『早引節用集』の出版社が版権侵害だと決めつけて絶版にしたため、現存しないようです。天保の改革で本屋仲間が解散させられ、版権管理機構が失われたため、嘉永ごろには再刊できたのでしょう。

『急用間合即座引(推定)』安永9(1780。推定)年再刊。イロハの下は語末の仮名の特徴で分類します。「ふ・う」なら〈ひく〉、「ん」なら〈はねる〉、濁音仮名なら〈にごる〉、それ以外なら〈すむ〉。さらに、それぞれを意味で分類する三重検索でした。

『大成正字通』享和2(1802)年再刊。〈イロハ→意義分類→濁音仮名の有無〉の三重検索です。『急用間合即座引』よりシンプルに。

○右端の「天神仏国地家」は、この紙面にある意義分類を示します。検索をめぐる工夫の一つ。

『大成正字通』の目次の一部。
○「ハ」の行は「ハ廿四 ハウ五十四 ハフ五十四 ニ四十一」。イロハ順ですが、ハウ・ハフはニよりも後に回されました。

○「ホ」の行は「ホ四十八 ホウ五十四 ホフ五十四 へ五十八」。ピンと来ましたか? そう、ホウと発音する「ハウ・ハフ・ホウ・ホフ」を一まとめにしてるんですね。分かりやすい。

○こうした周到な目次を活かすには、丁数(紙の枚数)をはっきり見せることも必要。一つ上の図版で、右端に「三百六十九」ときちんと見せています。普通は、袋とじの折り目が丁数のまんなかに来るのですが、わざとずらしたんです。ここまで考えぬかれていたんですね。

『増補広益好文節用集』(天保3・1832年刊)。初版『広益好文節用集』は明和8(1772)年刊なので、ここに掲げました。紙面を上下に分け、それぞれ仮名数の偶数・奇数で分類してあるんです。
→神戸女子大学森文庫の長半仮名引節用集


○ただ、仮名数が偶数になるか奇数になるかは字数を全部数えないと分からないので、遠回りのような気もします。当時の検索法をめぐる工夫は、こうした無駄もしかねないほど、過熱気味だったようです。

○『広益好文節用集』は仮名数を利用するので、早引節用集の出版社に了解を得て再版することになっていました。


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