研究内容

私達の研究分野

私達ヒトは数十兆個の細胞から構成されており、その細胞の表面は「糖鎖」で覆われています。糖鎖は核酸(DNA、RNA)、タンパク質、脂質と並ぶ四大生体高分子の一つで、第三の生命鎖と呼ばれることもあります。
糖鎖は単独で存在する他、タンパク質や脂質と結合した複合糖質として存在しています。糖鎖はタンパク質に修飾し、タンパク質のフォールディング(折り畳み)や細胞内輸送、安定性、活性調節に寄与しています。細胞表面の糖鎖は他の細胞とのコミュニケーションに使われたり、その細胞が何者であるかを表す目印として使われたりします。一方、いくつかのウイルスやバクテリア、毒素は細胞表面に存在する糖鎖をターゲットにして、細胞内に侵入します。また、癌細胞では細胞表面の糖鎖が変化し、癌細胞の増殖や増悪化に寄与していることが知られています。
このような性質を持つ糖鎖は、抗体医薬品のような生物医薬糖タンパク質の生産において品質管理や機能面で重要な因子であります。また癌や感染症などの疾患をターゲットした治療薬や診断マーカーの開発が進められています。私達は、糖鎖および糖タンパク質の生合成や輸送に関わる因子の同定および機能解析を進める中で、上述のような分野に貢献できるよう研究を行なっています。

研究テーマ

1. 糖タンパク質の生合成、細胞内輸送

私達がターゲットとする糖タンパク質の一つに、GPIアンカー型タンパク質があります。細胞表面にはグリコシルホスファチジルイノシトール(GPI)と呼ばれる糖脂質によって修飾された一群のタンパク質(GPIアンカー型タンパク質)が存在しています。GPIによるタンパク質の修飾は酵母や原虫から昆虫、植物、哺乳動物まで真核生物で広く保存された翻訳後修飾です。ヒトでは受容体、細胞接着因子、加水分解酵素、プリオンタンパク質など150種類以上のタンパク質がGPIアンカー型として存在しています。これまでの私達の研究から、GPIはタンパク質を単に細胞表面へ繋ぎ止めるだけでなく、修飾されたタンパク質の細胞内輸送や局在を制御する機能分子であることがわかってきました(Fujita et al. (2006) Mol. Biol. Cell; Fujita et al. (2009) Cell; Fujita et al. (2011) J. Cell Biol.; Liu et al. (2018) J. Cell Biol.、など)。現在、私達はGPIアンカー型タンパク質の生合成や細胞内輸送に関わる遺伝子、タンパク質について研究を行なっています。

通常、分泌タンパク質や膜タンパク質は小胞体上で合成され、ゴルジ体を経て、細胞外あるいは細胞表面へ輸送されます。近年、この典型的な分泌経路を使わない、あるいは部分的に利用する輸送経路が報告されています。私達も、特殊な糖タンパク質についてどのような経路で輸送されているのか、それに必要な分子は何なのか、解析を行なっています。

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2. 糖鎖改変や糖鎖予測を目指した糖鎖代謝経路可視化ツールの開発

目的の細胞でどのような糖鎖が合成されているのかを知ることは糖鎖改変だけでなく、細胞の性質を知る上でも重要な情報です。現在、糖鎖構造解析は質量分析装置や液体クロマトグラフィーを主に用いて行われていますが、分子量の大きな糖鎖、電荷のある糖鎖、異性体のある糖鎖の解析には熟練の技術が必要です。私達は遺伝子発現情報から目的の細胞における糖鎖代謝経路を可視化し、合成されうる糖鎖構造を予測するツール「GlycoMaple」を開発しました(Huang et al. (2021) Dev. Cell)。このツールは、糖鎖構造解析の補助となるのみでなく、糖鎖改変や糖鎖の生合成調節機構の解析、疾患糖鎖マーカー候補の同定などに貢献できると考えています。現在、GlycoMapleの改良に取り組んでいます。
私達はGlycoMapleの情報をもとにピックアップした糖鎖関連遺伝子をノックアウトした細胞ライブラリーを構築しています(Huang et al. (2021) Dev. Cell; Liu et al. (2021) Commun. Biol.)。これらを基盤研究資源として、生物医薬糖タンパク質の生産に適した宿主細胞の構築を行なっています(Jin et al. (2018) J. Biol. Chem.、など)。

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3. ヒトミルクオリゴ糖の生合成、機能の解明

母乳中には、ヒトミルクオリゴ糖(HMOs)が含まれています。ヒトの初乳では約20 g/L、常乳で12~13 g/LのHMOsが存在し、ラクトース、脂質に次ぐ固形成分です。HMOsは、母乳栄養児の腸内フローラの形成・維持や抗感染、抗炎症、栄養改善、脳機能発達に効果があると知られています。さらに近年、HMOsによる免疫活性化や腸内環境改善や脳機能の活性化は、乳児だけではなく、成人にも役立つことが示唆されています。
HMOsは乳腺上皮細胞で合成され、分泌されます。このHMOsの合成経路については不明な点が多く、どのような酵素群が働いているか理解が進んでいません。私達はGlycoMapleを作成した経緯から、HMOsの合成経路に関わる全糖転移酵素の同定と性状分析を行っています。また、HMOsの合成を培養細胞内で再構築する試みも行っています。さらに、細胞や動物モデルを用いて、特定のHMOsの役割を明らかにしようとしています。HMOsの合成機構や機能を理解することで、人類の健康増進に貢献していきます。

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