研究内容
■ 多成分分子理論の開発
近年のコンピュータ性能の向上により、量子化学計算はその適用範囲を広げ、これまで未解明であった様々な化学現象・物理現象の本質を次々と明らかにしています。一般的な量子化学計算では、電子に比べて重い原子核の運動は考慮せず、固定された原子核が作る場の中での電子状態のみを取り扱います。このBorn-Oppenheimer近似に基づいた量子力学計算は、様々な化学現象・物理現象の解明に素晴らしい業績を挙げていますが、一方で原子核の量子効果が重要となる現象を取り扱うことは得意ではありません。
近年我々は、分子軌道の概念を原子核にまで拡張した、多成分分子理論(Multicomponent component molecular orbital: MC_MO法, Multicomponent density functional theory: MC_DFT法)の開発を行ってきました。多成分分子理論を用いることで、従来の量子化学計算では取り扱うことが難しかった幾何学的同位体効果を簡便に表現することが可能になったり、従来の量子化学計算では全く取り扱うことができない、陽電子化合物のようなエキゾチック分子までもが取り扱えるようになります。近年では、計算精度を向上させるための拡張や、多数の分子を含んだ大きな系を少ない計算時間で計算するための拡張、化学反応を解析するための拡張などを行っており、多成分分子理論の適用範囲を広げ、より実用的なものとするための研究を行っています。
- [参考文献]
- M. Hashimoto, T. Ishimoto, M. Tachikawa, T. Udagawa, Int. J. Quantum Chem., 116, 961-970 (2016).
- T. Udagawa, T. Tsuneda, M. Tachikawa, Phys. Rev. A, 89, 052519 (2014).
- T. Udagawa, M. Tachikawa, Review of Multi-component Molecular Orbital Theory, in Progress in Quantum Chemistry Research, 123-162 (2007).
- T. Udagawa, M. Tachikawa, The Journal of Chemical Physics, 125, 244105 (2006).
■ H/D同位体効果の理論計算による解析
水素原子と重水素原子は、中性子1つ分の質量が異なるだけですが、質量比では重水素原子は水素原子の2倍の重さを持つことになります。この大きな質量比により、重水素置換はしばしば顕著な同位体効果を引き起こすことが知られています。しかしながら前述のように、一般的な量子化学計算は、原子核の質量差-量子性の違いに起因する現象を表現するのは得意ではありません。我々はこれまでに、多成分分子理論を用いて様々な系中のH/D同位体効果を明らかとしてきました。
特に近年では、Climbing image-nudged elastic band(CI-NEB)法と多成分分子理論を組み合わせたMC_QM-CI-NEB法を確立したことで、原子核の量子効果を考慮した化学反応解析までもが可能となり、多成分分子理論による応用計算の適用範囲を劇的に広げることに成功しました。このMC_QM-CI-NEB法を用いた、様々な化学反応の解析も、本研究室の最近のHot topicsの1つになっています。
- [参考文献]
- H. Sugimoto, M. Tachikawa, T. Udagawa, Int. J. Quantum Chem., 119, e25895 (2019).
- R. Ishibashi, M. Tachikawa, T. Udagawa, Bull. Chem. Soc. Jpn., 92, 592-599 (2019).
- K. Sugiura, M. Tachikawa, T. Udagawa, RSC Advances, 8, 17191-17201 (2018).
- T. Udagawa, K. Sugiura, K. Suzuki, M. Tachikawa, RSC Advances, 7, 9328-9337 (2017).
- T. Udagawa, M. Tachikawa, The Journal of Chemical Physics, 145, 164310 (2016).
- T. Udagawa, K. Suzuki, M. Tachikawa, ChemPhysChem, 16, 3156-3160 (2015). など