小角散乱測定の原理

小角散乱の基礎式

小角散乱の実験セットアップは単純で、寄生散乱を低減するよう整形されたX線を溶液状態の サンプルセルに照射し入射光近傍の散乱を測定する。

../_images/setup.png

小角散乱はサンプルを含んだ溶液の散乱から溶媒の散乱を差分して得られるものである。

../_images/SAXS_principle.png

溶液散乱では入射光に対して等方的に散乱するので一次元化し散乱強度 \(I\) を散乱角の関数 \(q\) の関数とする。ここで、 \(q=4\pi\sin\theta/\lambda\) 、( \(2\theta\) 散乱角、 \(\lambda\) 波長) 一次元化するには

  • 一画素と散乱角の関係
  • サンプル-検出器面距離(カメラ長)
  • 入射強度の散乱画像における位置(中心座標)

などが必要となるが、あらかじめビームライン担当者の方で決定してくれているのでユーザーは意識する必要はない。パラメータは *.xml のファイルに記録されている。 サンプルを含んだ溶液からの散乱 \(I_{sample}(q)\) から溶媒の散乱 \(I_{buffer}(q)\) を差分して我々が得るべきサンプル自身 の散乱 \(I_{exp}(q)\) を得る。

(1)\[I_{exp}(q)=\dfrac{I_{sample}(q)}{MON\cdot Time}-\left( 1-\nu c/1000\right)\times\dfrac{I_{buffer}(q)}{MON\cdot Time}\]

である。ここで \(\nu\) は偏比容( \(\rm{cm^{3}\, g^{-1}}\) )、 c は重量濃度( \(\rm{mg\, cm^{-3}}\) )、 Time は露光時間、 MON は入射X線強度のモニター値であるが通常はBeam Stopの出力値(BS値)を用いる。 \(\left( 1-\nu c/1000\right)\) はほとんど1である補正項で無視されることもある。

入射強度モニターシステムの説明

入射モニターは通常BS値を信じればよいが、単独ではなく複数の強度モニターシステムを有している。

../_images/monitor_system.png

以下にそれぞれの特徴をまとめる。

モニター 設置場所 測定強度の種類
RIGI 実験ハッチ上流 ビーム整形前の元の入射強度
MIC_up サンプル直前 ビーム整形後の入射強度
MIC_down サンプル直後 サンプル透過直後の入射強度
BS ビームストップ位置 サンプル透過後の入射強度

MIC_downBS は入射強度のみならず吸収の変化にも値が反映される。 SEC-SAXS実験の場合には、 MIC_down が無いので対応する値は意味が無い。

注釈

BS値とfluxの関係 (引間孝明博士)

BL45XU-SAXSにおけるBS( \(\rm{\mu A/V}\) )とflux( \(\rm{10^{-12}\, photon/sec}\) )の関係は

\[ \begin{align}\begin{aligned}y=2.064x-0.0105 \hspace{2cm}\rm{for\, 1.0 A}\\y=2.8621x+0.0341 \hspace{2cm}\rm{for\, 1.2 A}\\y \rm{:flux\, (10^{12}\, photon/sec)}\\x \rm{:BS\, (\mu A/V)}\end{aligned}\end{align} \]

注釈

SEC-SAXS系のOD検知器の校正

方法

BSA溶液の nanodrop によるOD値とOD検知器からの値とを比較する。 BSA(c:3.27mg/ml)溶液を直接キャピラリーセル(セル径約2ミリ)に空気で押し込み、薄まっていない状態で測定した。

結果

NanoDrop OD検知器
2.18 平均値が1.82

OD検出器の値は実際の 0.839 倍 、すなわち、 1.19 倍 (補正係数)すれば良い。

散乱強度 \(I(q)\) の違い

\(I(q)\) の標準形(単分散の場合)

標準測定で得られる場合、 (1) 式における \(I_{exp}(q)\) は同一のタンパク質でも濃度が高くなると大きくなる量である。 通常は重量濃度 c (mg/ml)でわったものを散乱強度 \(I(q)\) としている場合が多い。そうすれば、同一タンパク質ならば相互作用がない場合は 同一となる。

(2)\[I(q)=I_{exp}(q)/c\]

今、観測値である \(I(q)\) が単成分からの散乱だとすれば、 それとタンパク質1分子の形状散乱曲線(形状因子) \(P_1(q)\) との関係は、

(3)\[I(q)=n(\Delta\rho V_1)^2P_1(q)=c\Delta\rho^2 \nu^2 M_1P_1(q)\]

と表すことができる。ここで n は数密度、 \(\Delta\rho\) は溶媒とタンパク質の電子密度差(コントラスト)、 \(\nu\) はタンパク質ではほぼ一定な偏比容で実効上は \(\nu=0.7425 \rm{cm^3g^{-1}}\) とみなせる。(Mylonas, 2007) また、 \(V_1\)\(M_1\) はそれぞれタンパク質1分子の体積と質量である。 具体的には全てのモノマーがダイマーになったとして、数濃度が半分になり1分子の体積が2倍になるので (3) 式から \(\rm{(1/2)\times 2^2 =2}\) となり2倍の強度になることがわかる。

原点での散乱強度では、 (3)

(4)\[\dfrac{I(0)}{c}=(\Delta\rho\nu)^2\dfrac{M}{N_A}\]

となり、分子量に比例する。逆にいえば、 \(I(0)\) が一定であるならば分子量も一定であると言え、SEC-SAXSでは 常にモニターする重要な量である。

重要

BL45XU-SAXSで計算されるSEC-SAXSでの \(I(q)\)c で割っていない量であることに注意!!

SEC-SAXS \(I(q)\) の形(多分散の場合)

SEC-SAXSで扱うサンプルは複数の成分からなる多分散系のサンプル(混成系とも言う)である。 今、サンプル溶液中に K 成分存在し、k-番目の成分散乱強度を \(I_k(q)\) とすれば ( \(I_k(q)\)c で割っていない量)観測される散乱強度 \(I_{exp}(q)\) は 各成分散乱強度とそれぞれの数密度 \(n_k\) との線型結合となる。 (2) 式は

(5)\[I_{exp}(q)=\sum_{k=1}^K n_kI_k(q)\]

実際には、各成分の数濃度はわからないことが多いので \(I_k(q)\) を知るには \(n_k\) を知らなくてはならない。

SEC-SAXS実験の概要

SEC-SAXS実験の原理

SEC-SAXS実験の原理は単純明快で、混成系のサンプル溶液をサイズ排除カラムクロマトグラフィーにinjectionして、 分離された溶出プロファイルから単分散である分画を使用して溶液中の構成成分の成分散乱曲線を得ようとするものである。 以下は、BL45XU-SAXSのSEC-SAXS装置の概要である。

../_images/sec-saxs-setup.png

理研引間孝明博士が開発したBL45XU-SAXSのSEC-SAXS装置の特徴は

  • 日本で唯一挿入光源に設置されたSEC-SAXS装置なので強度が強い。
  • サンプルセル(キャピラリーセル)を全て真空中に設置しているので寄生散乱が低い。

ことが挙げられる。 サンプルをSECにinjectionすると大きい分子の方が先に流れ、小さな分子が後に続く。 条件をうまく設定してやると溶出ピークが単一の構成成分の分画に対応し構成成分の 成分散乱を得ることができる。キャピラリーセルには紫外領域の吸収を3波長で計測することができる。 厳密にはX線が照射する場所と紫外吸収をモニターする場所が違うので時間的にずれが生じるが、 ビームライン担当者によって補正が行われている。

SEC-SAXSで得られるデータ

SEC-SAXSデータはサンプルが溶出する前から出きったところまで連続して \(I(q)\) を測定する。 その数およそ400から800本、時系列に測定される。各 \(I(q)\) は散乱角の関数なので 散乱角の関数、時間、散乱強度の3つの軸からなる3Dデータが得られる。

../_images/sec-saxs-data.png

ちなみに、固定の \(q\) で時間変化を見れば \(I(q,t)\) の時間依存性が見られる。しばしば \(q=0\) である、 \(I(0,t)\) でプロットされ、SAXS溶出プロファイルと言われる。 \(I(0,t)\) の代わりに \(\sum_q I(q)\) の時間変動である積分強度 \(\sum I(q,t)\) も使われる。 一方、各時間軸で切り取ると、各時間軸における \(I(q)\) を得る。 SEC-SAXS実験の最中では特に、前者のSAXS溶出プロファイルが重要となり、成分分離がうまくいっているか? を判断する材料となる。

SAXS溶出プロファイルと吸光データの関係

SEC-SAXSの実験中では、吸収計の値の時系列の変化もモニターすることとなる。 混成系の場合、吸収(重量濃度)は重量平均であり散乱はz-平均となるので 予備実験の溶出プロファイルとSAXS溶出プロファイルの見え方が変化する。 簡単なモノマー・ダイマー混合系で見てみると、

数濃度 重量濃度 散乱強度
../_images/mix_mol.jpg ../_images/mix_conc.jpg ../_images/mix_I.jpg
平衡定数 吸光度、電気泳動のバンド 散乱強度

これらの図では黒線が実際に観測される混合量で、その内訳がダイマー(赤)、モノマー(緑)としている。 早く溶出するピークの方が大きい分子を含んでいるので、吸光度あるいはPAGEのバンドで見えている以上に 高分子量の寄与が大きくなるのがわかる。

希釈効果

例えば、複合体の構造を調べるためにSEC-SAXSを使用して解離している成分を除くことを想定しよう。 SECを通すと濃度が薄まるため(10〜40倍)欲しい複合体の分画が十分得られない場合がある。

具体的な例で考えてみよう。母液が5mg/mlで、モノマーの分子量15kDaで、SEC-SAXSによる希釈が20倍だとして あるモノマー/ダイマーの平衡を考える。

\[\rm{D {\overset{K_D}{\leftrightarrows}} 2M}\]

母液の平衡状態とSEC-SAXSの際の平衡状態を散乱の寄与で示すと以下の表のようになる。

平衡定数 母液 SEC-SAXS
\(10^{-5}\) ../_images/KD-5.jpg ../_images/KDC-5.jpg
\(10^{-6}\) ../_images/KD-6.jpg ../_images/KDC-6.jpg
\(10^{-7}\) ../_images/KD-7.jpg ../_images/KDC-7.jpg

となり、 \(K_D\sim 10^{-6}\) レベルの解離定数だとSEC-SAXSを使用しても 純粋な複合体の成分の分画を得ることが難しいかもしれない。

重要

SEC-SAXSのSAXS溶出プロファイルは必ずしも母液の分子量分布を反映しない。

注釈

SEC-SAXSカラムによる希釈率の評価

方法

injection時の濃度と溶出ピーク位置における濃度の比較を行った。 サンプル:BSA(2017開封) 濃度:9.46mg/ml

結果

  太いカラム 細いカラム
  ../_images/column_big.png ../_images/column_small.png
injection volume 0.05 mL (通常は0.2mL) 0.02 mL
母液 OD 6.3 6.3
peak OD 0.28 0.82
補正後 0.33 0.98
peak/母液 0.053 約20倍 0.155 約6.5倍
ピーク体積換算 40 倍 13 倍
流速による推測 ピーク体積=ピーク時間(5分)×流速0.5 = 2.5ml 2.5mL/injection (0.05mL9)= 50 50倍 ピーク体積=ピーク時間(4分)×流速0.075 = 0.3ml 0.3mL/injection (0.02mL9)= 15 15倍