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The United Graduate School of Veterinary Science Gifu University

TEL. 058-293-2997

〒501-1193 岐阜市柳戸1-1

研究概要CONCEPT

研究概要

抗菌性物質(抗生物質)は、人や動物の細菌感染症を治すための薬として使われてきました。とくに畜産の分野では、家畜の健康を守り、安全な畜産物を安定して生産するために重要な役割を果たしてきました。一方で、抗菌性物質を人や動物に使うことで、薬の効かない「薬剤耐性菌」が現れたり増えたりしてきたことが、これまでの歴史からもわかっています。薬剤耐性菌が増えると、感染症の治療が難しくなり、医療や獣医療の現場で大きな問題となっています。こうした状況を受けて、2015年に世界保健機関(WHO)は「One Health(ワンヘルス)」の考え方に基づく『薬剤耐性に関する世界行動計画(Global Action Plan on Antimicrobial Resistance)』をまとめました。これを踏まえ、日本でも2016年に「薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン2016–2020」が策定され、2023年には新たに「薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン2023–2027」へと引き継がれました。新しいアクションプランでは、家畜由来の大腸菌について、畜種ごとに耐性率の目標が設けられています。また、動物用抗菌薬の使用量を減らすための目標も設定され、持続的な対策が進められています。


(1)薬剤耐性菌の分布に与える抗菌剤の影響

動物に使われる抗菌性物質には、大きく分けて2つの種類があります。
1つは、動物の細菌感染症を治すために使われる「動物用医薬品(動物用抗菌剤)」、もう1つは、家畜が飼料中の栄養を効率よく利用できるようにする目的で使われる「抗菌性飼料添加物(海外では成長促進目的で使用)」です。動物医療で使われる抗菌剤の多くは、人の医療で使われる薬と種類が共通しているため、これらの薬で治療された動物から排泄される薬剤耐性菌が、人の健康にも影響を及ぼすおそれがあります。
動物に分布する薬剤耐性菌は、畜産動物の場合は食品を介して、愛玩動物(ペット)の場合は飼い主との直接的な接触を通じて、人に伝わる危険性があります。私たちは、抗菌剤を投与された動物の糞便中にどのような薬剤耐性菌が、どのくらいの期間にわたって存在するのかを調べるとともに、抗菌性物質の使用状況と薬剤耐性菌の分布との関係について研究を進めています。

Yossapol M, Suzuki K, Odoi JO, Sugiyama M, Usui M, Asai T. Persistence of extended-spectrum β-lactamase plasmids among Enterobacteriaceae in commercial broiler farms. Microbiol Immunol. 64(10):712-718, 2020.

Suzuki, K., Yossapol, M., Sugiyama, M., Asai, T. Effects of antimicrobial administration on the prevalence of antimicrobial-resistant Escherichia coli in broiler flocks. Jpn. J. Infect. Dis. 72(3):179-184, 2019.

Kimura A, Yossapol M, Shibata S, Asai T. Selection of broad-spectrum cephalosporin-resistant Escherichia coli in the feces of healthy dogs after administration of first-generation cephalosporins. Microbiol Immunol. 61(1):34-41, 2017.


(2)自然界における薬剤耐性菌の伝播・拡散様式に関する研究

薬剤耐性菌は人だけでなく、動物や環境にも広がっていることがわかっています。こうした問題に対応するため、「One Health(ワンヘルス)」の考え方に基づき、ヒト・動物・環境の3分野を一体的に調べる体制が整えられました。日本では2017年から「薬剤耐性ワンヘルス動向調査年次報告書」が発行され、国内での薬剤耐性菌の分布状況が明らかにされています。
野生動物に見られる薬剤耐性菌は、人間社会との関わりが深いことが知られています。1970年代の調査では、スズメ、カラス、ムクドリなど人の生活圏に近い野鳥から薬剤耐性菌が報告されました。一方で、1980年代に行われた山奥に生息するニホンカモシカの調査では、耐性菌がほとんど検出されませんでした。これらの結果から、野生動物の薬剤耐性菌は人間の社会活動が関係している可能性が指摘されています。しかし、薬剤耐性菌がどのような経路で自然界に広がるのかは、まだ十分には分かっていません。そこで私たちは、耐性菌が検出された野生動物の生息環境を詳しく調べ、薬剤耐性菌がどのように伝わっていくのかを研究しています。
2013年から2017年にかけて、国内の野生哺乳類から分離した大腸菌の薬剤感受性を調べたところ、シカ、イノシシ、小型哺乳類などに薬剤耐性菌が存在することが分かりました。特に、観光地のシカや畜産農場周辺のネズミのように、人と近い環境に生息する動物ほど耐性菌を多く持つ傾向が見られました。ただし、身近な昆虫からはほとんど耐性菌が検出されなかったため、人との距離だけでは説明できない複雑な要因もあると考えられます。
最近では、抗菌薬を加えた培地を使って、より効率的に耐性菌を分離しています。観光地のシカ、大学構内のキツネ、狩猟や有害鳥獣捕獲で得られた野生動物の糞便から分離した菌を解析した結果、地域や動物種によって違いはあるものの、一部の集団で高い割合の耐性菌が確認されました。2018~2021年に収集した野生動物の糞便を用いて、抗菌薬の入った選択培地で積極的に薬剤耐性菌 を検索しました。すると、シカの他、ハクビシン、キツネ、アライグマなどの中型野生動物が第三世代セファロスポリンやキノロ ン剤に対する耐性菌が低率ですが保菌することを明らかにしました。このように、抗菌性物質が使用されない野生動物にも薬剤耐性菌が分布しますが、薬剤耐性菌の伝播ルートは、よくわかっていません。そこで、薬剤耐性菌が分離された野生動物の生息環境に関する情報を多面的に解析して、薬剤耐性の伝播ルートについて研究しています。

Asai T, Usui M, Sugiyama M, Andoh M. A survey of antimicrobial-resistant Escherichia coli prevalence in wild mammals in Japan using antimicrobial-containing media. J Vet Med Sci. 84(12):1645-1652, 2022.

Odoi JO, Yamamoto M, Sugiyama M, Asai T. Antimicrobial resistance in Enterobacteriaceae isolated from arthropods in Gifu city, Japan. Microbiol Immunol. 2021 (印刷中)

Ikushima S, Torii H, Asano M, Suzuki M, Asai T. Clonal spread of quinolone-resistant Escherichia coli among Sika Deer (Cervus nippon) inhabiting an urban city park in Japan. J Wildl Dis 57 (1): 172–177, 2021.

Asai T, Usui M, Sugiyama M, Izumi K, Ikeda T, Andoh M. Antimicrobial susceptibility of Escherichia coli isolates obtained from wild mammals between 2013 and 2017 in Japan. J Vet Med Sci. 82(3):345-349, 2020.

(3) 環境への薬剤耐性菌の放出とその拡散に関する研究

私たちは、環境の中で薬剤耐性菌がどのように存在し、どのように広がっていくのかにも関心を持って研究しています。
最初の調査では、大学のすぐそばを流れる川の水から、医療や獣医療で使われる「第三世代セファロスポリン系抗菌薬」に対して耐性をもつ菌(ESBL産生菌)が見つかりました。その中には、日本では報告例の少ない**VEB-3型ESBLを産生するAeromonas(アエロモナス)**という珍しい菌も含まれていました。次に、この川の周辺に生息する野生動物についても調べました。対象としたのは、大学周辺を行き来しているキツネと、水辺に生息する外来哺乳類のヌートリアです。調査の結果、キツネからはESBL産生大腸菌が検出され、その中にはCTX-M-14遺伝子をもつO25:H4-ST131型大腸菌も見つかりました。この菌は世界各地で人やペットから報告されており、「パンデミッククローン」と呼ばれる代表的な薬剤耐性大腸菌の系統です。一方、ヌートリアからはESBL産生菌は検出されませんでした。さらに、ヌートリアの腸内では、他の動物に比べて腸内細菌の種類が少なく、特に腸内細菌目(Enterobacterales)に属する菌が少ないという特徴があることもわかりました。
また、河川水の調査では、大学周辺だけでなく、琵琶湖や木曽三川の下流域からも同様に第三世代セファロスポリン耐性菌が分離されています。これらの薬は農薬としては使用されていないため、こうした耐性菌は人の生活や医療活動から環境へ放出された可能性が高いと考えられます。

このように、人間の生活圏で使われる抗菌薬が、環境中の水や野生動物を通じて広がっていることが少しずつ明らかになってきています。私たちは、こうした耐性菌の発生源と拡散経路を明らかにすることで、環境中の薬剤耐性菌の制御につなげたいと考えています。このように、薬剤耐性菌による環境汚染は少しずつ進行しています。私たちは、人間の生活からどのように耐性菌が環境へ放出されるのか、自然環境の中でどのように生き残るのか、そしてそれが野生動物へどのように伝わっていくのかを明らかにし、薬剤耐性菌の拡大を防ぐ手がかりを探っています。

Nakatsubo T, Nakamura K, Omatsu T, Sugiyama M, Asai T. Low potential of persistence and dissemination of antimicrobial-resistant Enterobacterales by wild nutria (Myocastor coypus) in a local river of Gifu Prefecture. J Vet Med Sci. 2023 (印刷中) doi: 10.1292/jvms.23-0042

Asai T, Sugiyama M, Omatsu T, Yoshikawa M, Minamoto T. Isolation of extended-spectrum β-lactamase-producing Escherichia coli from Japanese red fox (Vulpes vulpes japonica). Microbiologyopen. 11(5):e1317, 2022.

Aratani T, Koide N, Hayami K, Sugiyama M, Minamoto T, Asai T. Continuous prevalence of VEB-3 extended-spectrum β-lactamase-producing Aeromonas hydrophila in a local river in gifu city, Japan. Microbiol Immunol. 65(2):99-100, 2021.

和文記事等
(最近5年間、その他はresearch map (https://researchmap.jp/7000014330)をご覧ください)

1.浅井 鉄夫 畜産分野における薬剤耐性菌の対策と課題 感染と消毒 27(1) : 29-35, 2020.
2.浅井 鉄夫 野生動物における耐性菌の保有状況 Modern Media 66(8): 219-225, 2020.
3.浅井鉄夫 動物や食品に由来する薬剤耐性菌の人への影響 感染制御と予防衛生 3(1): 29-34, 2019.
4.浅井鉄夫 薬剤耐性(AMR)対策、抗菌薬に関するデータの活用-臨床現場で考慮すべきこと- 動薬研究 74: 13-22, 2019.
5.浅井鉄夫 家畜への抗菌剤使用の問題点 大阪保険医雑誌 665:24-28, 2018. 査読なし
6.浅井鉄夫 畜産農場における食中毒菌汚染低減に向けた野性動物の侵入防止策および衛生害虫まん延防止策の確立 畜産技術 757: 2-5, 2018.
7.浅井鉄夫 One Healthの視点から見た耐性菌の問題点 最新医学 72(4):528-533, 2017.
8.浅井鉄夫 薬剤耐性(AMR)対策アクションプランで注目される耐性菌-動物- 臨床と微生物 44(4):303-308, 2017.
9.浅井鉄夫 輸入される畜産物を生産する国における家畜への抗菌薬の使用と耐性菌の現状 化学療法の領域 33(5):1001-1009, 2017.
10.浅井鉄夫 獣医療分野における抗菌薬の慎重使用の推進 公衆衛生 81(10):822-826, 2017.
11.浅井鉄夫 豚における薬剤耐性菌対策 ALL about SWINE 50:2-6, 2017.
12.浅井鉄夫 One Healthと薬剤耐性 ALL about SWINE 51:24-26, 2017.
13.浅井鉄夫:耐性菌とは?養豚の課題は何? Pig Journal 19(12):15-17, 2016.

総説

1.原田和記, 浅井鉄夫 動物に由来するCTX-M型基質拡張型β-ラクタマーゼ産生大腸菌 日化療会誌 63 (2): 181-186, 2015
2.Asai T, Hiki M, Ozawa M, Koike R, Eguchi K, Kawanishi M, Kojima A, Endoh YS, Hamamoto S, Sakai M, Sekiya T. Control of the Development and Prevalence of Antimicrobial Resistance in Bacteria of Food Animal Origin in Japan: A New Approach for Risk Management of Antimicrobial Veterinary Medicinal Products in Japan. Foodborne Pathog Dis. 2014, 11(3):171-6.
3.Harada, K, Asai, T.: Role of antimicrobial selective pressure and secondary factors on antimicrobial resistance prevalence in Escherichia coli from food-producing animals in Japan. J. Biomed. Biotechnol. 2010: 180682, 2010.




バナースペース

岐阜大学大学院連合獣医学研究科
浅井 鉄夫

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