知能情報分野部門長
工学部電気電子・情報工学科

教授寺田 和憲

人が認知する概念をAIの技術に

現実世界と記号世界の接続の難しさ

私がAIの世界に入ったのは1995年ですが、当時はちょうど第2次AIブームの終わり頃でした。 第2次AIブームは、人の専門的な知識をコンピュータに搭載して問題解決するエキスパートシステムが主に研究されていました。エキスパートシステムは、記述されたルールの範囲では適切な答えを出してくれるのですが、ルールから逸脱したことには柔軟に対応できないという問題がありました。
この問題の本質はAIがルールの背後にある概念を本当に理解していないことにあります。
例えば、「椅子」という単語があります。AIは「ある高さに座面があって人が座るもの」といった、椅子についての辞書的な定義は知っています。 しかし、身体を持たないAIは「椅子」を実体験を伴った概念として持ちません。人は生まれてからずっと経験した椅子についての体験を脳内で抽象化して、その抽象表現に対して「椅子」というラベル(言葉)を割り当てています。ですから、実体験を持たないAIには椅子というものが本質的に何かを理解できないのです。

AIが椅子を概念として理解できない理由のもう一つは、どのようにして情報の取捨選択をすればよいかがわからないことです。例えば、椅子の材質や色は椅子の本質的な機能に影響を与えません。それどころか人は椅子として作られたものでないもの、例えば、登山中に見つけた木の切り株でさえ椅子として認識することがあります。
この場合、平面の高さや平坦度、角度が重要で、それ以外の情報、例えば木の種類は無視されます。情報の重要性は自分にとって価値があるかどうかで決まります。
椅子に座るとエネルギーの消費が抑えられますので価値が高いです。
しかし、座面が凸凹だと痛いし、斜めになっていると余計なエネルギーを消費するのでそういう平面は価値が低くなります。

概念とは何か

概念を考える上で重要なのは概念の階層性です。例えば、「人」の上位概念は「哺乳類」です。またその上には「脊椎動物」、さらにその上は「動物」があります。概念は階層を上るごとに情報が欠落し、曖昧になっていきます。動物とは何でしょうか? 犬や猫を見て「動物だ」と言うのは小さい子でもできますが、動物が何であるかを説明するのは難しいです。また、階層を上ると実在との関連が希薄になり、概念上だけでしか存在しなくなります。
動物園という場所がありますが、動物園には実は「動物」はいません。いるのは個体のライオンやトラや象です。人はそれらの個体に共通する特徴量を有する脳内の表現を持っているので個体のライオンやトラを見て「動物」であると認識するのです。
「動物」は概念上存在するだけで、「動物」の概念を唯一現す実体はどこにも存在しません。その他にも概念はたくさんありますが、そのうちの多くは人間関係や社会に関するものです。

「友達」や「悪者」「民主主義」などの概念がありますが、それらも階層性を持ち、また、価値に基づいて構成されます。しかし、椅子や動物といった物理世界の概念と社会的概念が大きく異るのは、価値が自分の中だけで決まるのではなく、自分と他者と間で相対的に決まることです。
例えば一般的に「悪者」は自分や仲間から価値を奪い取っていく他者です。大事な点は悪者は自分自身を必ずしも悪者だと思っていない点です。
むしろ、窃盗や詐欺は自己利益を増大する方法としてはとても効率的なので、窃盗犯や詐欺師にとってそれらの行為は合理的なのです。
しかし、正当性なく、誰かの富を減らし、自分の富を増加させるという点で社会からは全く容認されません。
このように、社会的概念では価値の相対性を考える必要があります。

概念をコンピュータで扱う

私達の研究室では概念をコンピュータで扱うことを目的として様々な研究を行っています。対象とする概念は椅子や机などの人工物に限らず、サルやシカなどの生物、ロボットなどの機械、感情や選好などの他者及び自分自身の心的状態、善悪や騙し、リーダシップなどの社会的概念、VR空間におけるキャラクタ、アルゴリズム、食品の外観や味、さらに、神、縁起などの空想的概念です。

全てに共通する方法は、人を対象とした心理実験によって大量のデータを集め、どのような目的のために、どのような特徴が取捨選択されるかについて統計解析を用いることです。研究の一つの特徴は、人と同等の認識ができるだけでなく、人がその認識によってどのように行動を変化させるかまでモデル化することです。
行動の変化までモデル化することによって、人をうまく動かすAIシステムが実現できると考えています。例えば、人が美味しさを感じる見た目や食感を明らかにし、見た目や食感の変化で人の購買行動がどのように変化するかが分かれば、購買行動を最大化する食品のデザインが可能になります。
製品やサービスの開発において、ユーザの要求とかけはなれたものが出てくることがありますが、これは開発側がユーザの認識と行動変化を正しくモデル化できていないからです。正確なモデル化ができれば、必ず売れるものを作ることが可能になります。また、そうして作られたものはユーザが真に欲しているものです。

人の概念と行動のモデル化は開発側とユーザ側がWin-Winになるための一つの方法だと考えています。

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