知能機械分野
機械工学科 知能機械コース
教授伊藤 和晃
AIによる作業工程の自動化で少人化対策を
制御分野の研究の必要性
“機械やロボットの性能を上げて行く為にどうするべきか?”という事を日々研究しています。私自身は電気工学の出身で、モーターの運動をいかに高速かつ精確にするか?というところからスタートしました。
現在、私の研究対象は、電子回路基板の製造装置やロボットなどモーター制御が重要なアプリケーションが多くを占めています。これら機械やロボットによる作業の正確性というのは実際どれくらいだと思いますか?
では産業用ロボットとしてよく知られるアーム型ロボットの例でお話しします。産業用ロボットは、物流倉庫での商品の出し入れや、工場での部品や製品の移動などによく使われますが、このように同じ場所へ行ったり来たりする作業においては、メーカー各社のロボットの誤差は10ミクロン〜20ミクロンという精度の高い正確性を保っています。
しかし一方で、研磨だったり、複雑な動きをするような動作、例えば円を描くような動きをロボットにさせた場合、円の軌跡の誤差は1ミリほどにもなり、正確性は大きく下がります。まだ物を運ぶ程度ならさほど大きな問題はないかもしれませんが、研磨などの精密な作業になってくると、この1ミリの誤差は命とりになるほど非常に大きな問題となってくるのです。
AIを使ったパラメーターの調整
ロボットの各関節には、モーターや角度センサーのほか、ロボットが大きな力を出せるように減速機が備わっています。この関節部分の剛性があまり高くないために、重さなどによって変形する“たわみ”が発生してしまいます。また、モーター制御の性能にも限界がありますので、関節の角度センサーを使ってロボットの手先位置を正確に知ろうとしてもできません。
そのため、ロボットに何らかの作業を行わせるためには、距離を数値でプログラムするのではなく、例えばA地点からB地点といった場所を実際にコントローラーでアームを動かして座標を教え込む「ティーチング」という作業で教えています。
しかし、このティーチングという作業には、スキルなどが必要で時間もかかる為、出来るだけ減らしていきたいというのが各社共通する望みです。
そこで各社機械が正確に動く様に、様々なパラメーターを調整しています。その調整を自動的に行う手法の一つとして「遺伝的アルゴリズム」を活用しています。
遺伝的アルゴリズムは、生物の進化の過程を工学的に表現したものですが、これを使うことで、沢山あるパラメーターの中で、どのパラメーターが良いのかというのを評価関数で評価して選別し、掛け合わせて最適なパラメーターを作るといったことができます。この遺伝的アルゴリズムは1970年代に提案されたものですが、計算が非常に簡単なため「ディープラーニング」よりも計算速度は速いという特性を持っています。ですので、制御パラメーターをどう最適化するか?という課題においては、現在でも遺伝的アルゴリズムを使用し研究しています。ただ、機械そのものの性能も上げていかなければならないので、最新のAI技術なども投入してより簡単にする工夫も欠かせません。
様々な複雑な動きを正しく行う為の制御パラメーターの管理にAI技術はなくてはならない技術です
AIが繋ぐ技術の伝承
今、日本が直面している問題は、少子高齢化に伴う“労働力人口の急速な減少”です。そのため、工場などの現場では人の代わりにロボットを導入して補う動きが加速しています。現在の作業工程を自動化出来れば、少ない人員でも生産性を落とす事なく、効率的な運用が可能となります。その為に重要なのが「技術の伝承」です。では、その技術をデジタル化するにはどうすれば良いのか?
昔の職人さんは、“見て覚えろ”でした。この見て覚えろは、何十年もかけて技術を習得する為、とても時間がかかります。少人化がすでに始まっている現代において、とても非効率です。その大事な技術が伝承されぬまま途切れてしまう可能性すらあります。
この“見て覚えろ”の「位置」「姿勢」「動き」は、現在の画像解析技術によって既に再現出来る状態です。ただ、それだけだけでは技術をデジタル化する事は出来ません。では、何が足りないのか?
答えは「力の情報」です。
同じ手の動きをしても、力加減が違えば同じ物は出来ません。正確な力加減の情報をコピーして保存し、機械やロボットに再現させる必要があります。ですので、職人さんの作業そのものから、正確な力情報を抽出しなければなりませんが、実はこの技術、10年以上も前に慶應義塾大学の大西公平先生によって開発され「リアルハプティクス」として確立しているのです。
この技術により、人間の動きや力加減を抽出し、コピーして保存して、ロボットにより再現する事が可能になりました。しかし、多様な動きに対応するにはまだまだ技術開発が必要ですので、少人化が深刻化する社会に、最新のAIの技術と制御パラメーターの研究を絡めて、作業の自動化と技術の伝承を繋いでいく開発を進めています。