岐阜市内から高山へ行く時、今は東海北陸自動車道が延びて、飛騨清見ICを利用することが多くなりましたが、
それまでは郡上八幡で降りて、せせらぎ街道を上がって行くということが多かったと思います。
木々の間を新緑の季節から紅葉の季節まで、気持ち良くドライブできた、このせせらぎ街道が通っている場所に明宝村があります。
今は、「明宝ハム」などで有名なこの村に、廃校を利用した、「明宝歴史民俗資料館」があります。御覧になられた方も多いと思いますが、古い校舎一杯に集められた、この土地の人々が実際に使っていた道具の数々は、いつ見ても飽きることなく見事なものです。
この資料館と関係の深い 金子貞二先生の「奥美濃よもやま話1~5」を紹介したいと思います。
著者とされる金子貞二先生は、戦後すぐから21年8か月にわたって、明方村で校長として勤められ、退職後はこの資料館の収蔵品の整理に尽力された方です。
このよもやま話の始まりは、昭和45年に村の有線放送が開通したのを機に、毎週水曜日の夜に語ってこられたものをまとめたものです。有線放送自体は、電話機の自動化にともない昭和50年の5月に終止符が打たれ、このよもやま話も232話をもって終わりとなりました。けれど金子先生はその後も、村をまわって聴き取りは調査を続けられました。全部で304話にわたる聴き取りは、昭和51年の秋に全5巻の刊行をみることになりました。
この聴き取りは、誰もが言われるように、金子先生であったからできた事です。聴き取り調査というのは、相手を信頼して、初めて生の声が聞こえてきます。特に目立った存在でもない明方村の人々にとって、その人々の生きてきた歴史は何物にも代え難いものであるのは当然ですが、その当事者はそのようには考えていないはずで、取るに足りないと思っていた事ではないかと思います。それを長年この村の教育に尽力され、人望も厚かった金子先生だから、問われるまま、各々の人生を曝け出すように話されたのだと思います。
話し手と聴き手の信頼関係と阿吽の呼吸があり、又金子先生は聴き上手の引き出し上手だったのだろうと思います。この5冊を手に取る時、先生御自身が語られるように、奥美濃の山村に、明治・大正・昭和と生きた方々の息吹を感じ取ることができます。第1巻の冒頭で、吉岡勲先生が述べて見えるように、民俗学的にみても一級の資料です。
今回、これを紹介するに当たり、この5冊を所々ですが読んでみました。
始めの方は時代も古く、言葉もよくわからないものもあります。けれどそれは当時の暮らしを生き生きと伝えています。行事についての記述は、「明宝村史」等にも書かれていることと共通していますが、何をどんなふうに用意して、どんな気持ち食べたということが、事細かに語られています。
その昔、明方村にあった鉱山の話、各地を転々としていた木地師の話、戦争中の話、満州開拓の話も感慨深く読みました。少し読んだだけですが、圧倒的な迫力をもって、当時の明方村の暮らしが目の前に広がるような錯覚を受けます。
これを買い求めに、「明宝歴史民俗資料館」へ出向いた時に、先に言いました様に、沢山の民具を目にしてきましたが、これを読み進めていくと、あの民具はこんな使われ方をしたのだなぁと、大変よくわかります。これだけのボリュームものものを全部読むことは、中々時間のかかることだと思いますが、全部読んだら、再び(実は四度目になりますが)この資料館を訪ねたいと思います。
事務員の独断と偏見で少し内容を紹介したいと思います。
「奥美濃よもやま話」第3巻の冒頭の「新四郎さ」その一、その二は、金子信一さんに新四郎さんが語られた、自身の一代記です。奉公に行っていた娘が、あらぬ嫉妬から奉公先で濡れ衣を着せられ、死にたいと訴え、息子と自分の三人で既に亡くなっている母親ももとへ行こうと無理心中を図ったけれど自分だけ助かってしまい、刑に服し、出所した後、行商やら、人工仕事やらをしながら、僅かな儲けを貯え長野の善光寺に寄進をしていたというようなことが、書かれています。この新四郎さの、自分の罪ゆえに、その晩年の慎ましやかな生活ぶりと信仰の厚さには、涙します。
第4巻の「満州移民」石田峰義さんのお話、あるいは第5巻の「三十三年目の帰国」橋詰時雄さんのお話は、実際彼の地で開拓に入られた時の体験、ソ連侵攻から帰国までの事、又橋詰さんは帰国を選ばず、そのまま中国に残られた話、寒村であるが為に、はるばる満州まで出向く決心をしたものの、“楽土”ではなかった顛末には、これまた涙を禁じ得ません。
そういった話ばかりでなく、先に紹介した年中行事の話から、嫁入りの話、木地師という定住地を持たない人々話等、時に懐かしく、時に興味深く、読めるものになっています。
ここ地域資料・情報センターだけでなく、大学図書館にも全巻揃っています。どこからでも読める本です。一度手にとって頂きたいと思います。
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