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校正用温度測定法は何が良いか?
The best Temperature
Measurement Method for the Calibration.
今まで何度も述べたが、検定用に最も良いのは Na D-line Reversal Method である。これは、測定法ではゼロメソッドあるいは Null
Method
と言われる方法である。質量測定にバネばかりと天秤ばかりが比較されるが、天秤法である。しっかりわかっている温度と比較するわけである。
校正用電球
そのわかっている温度は、この場合光高温計を検定する標準電球である。東芝から以前は発売されていたが、一つ購入すれば一生ものなので、その後のことを知らない。ただし、聞くところによれば
1995年頃にはまだ市販されていた。価格であるが、私が購入した精度が低い(校正精度=20℃) 方で当時 15万円。(私の初任給が
45,800円だったころ)。精度の高い (同10℃)
ものはその倍以上したと思う。上述、1995年頃入手できたものは精度の低い方で、100万円程度だったそうで、大変な値上がり。販売数が圧倒的に少ないため止むを得ないところ。


上の写真は、その電球である。右はフィラメントを拡大して見せている。こんなものを購入しないと検定できないというのでは、意気込みが削がれると言うかもしれない。でも、これが現実なのである。いくら高くてすごいレーザを使って革新的な温度測定法を開発しようとも、その精度を確認する方法がずさんであれば、すべて台無しであることをしっかりと理解していただきたい。そういう意味で、今流行のように種々のレーザ法が試みられているが、一体どれだけの人がしっかりした校正法をマスターしているのだろうか?私のような貧乏人が、恥を忍んで(もっとお金があればもっと良いデータを提供できる)このような記事を公開せずとも、リッチな人たちがあるべき姿を見せられるべきと思う(おっと、早速新しいページでも毒を吐いてしまった)。さて、これを読んだ皆さんが一斉に東芝に大量発注すれば、安くしてもらえるかもしれない。単品生産なので、高額なのは当然。
さて、これで温度測定できるとしても標準電球のタングステンが輝度温度をずっと安定して使えるためには、通常の白熱電球のようには温度を上げられない。私の電球では校正温度(供給する電流と輝度温度との関係が校正表として添付されてくる)は
1800℃(2073K)までだから、量論比近くのメタンの断熱火炎温度は測定できない。
測定原理
測定原理は、是非 Lewis&Elbe
の本で理解していただきたい。それで十分。方法の要点は、火炎に Na 蒸気を含ませて、炎色反応を起こさせるところ。

図のように、フラットな温度分布の中央で発光させる。もし、周囲まで発光すると、発光部分のある種の(光学的)平均温度になる。
Na 発生器 そのように中央だけに Na をシードするには、Lewis&Elbe
の方法では大変難しいので、私は我流のものを考案した。これは Lewis&Elbe
の方法と比較すると圧倒的に楽。バーナーをほぼ大気圧にして検定しよう、と提案しているのは、こういうところでも利いて来る。Lewis&Elbe
法を使う場合、焼結合金をフレームホルダーに使うなら、圧倒的に困難さが増加すると予測する。私の方法ならまだ堪えられる。前者は低圧でもコントロールが大変だと思われるが、私の方法は低圧なら一層楽になる。

Na蒸気(発生時点では
NaCl微粒子)を発生するのに、Lewis&Elbe
は高電圧のアーク放電を利用している。これは私も利用させてもらった。しかし構造は全く違う。まず2g程度の広口瓶を用意する。その中に飽和した食塩水をふたから10cm
程度の深さまで入れる。広口瓶の蓋に空気導入口と排出口をガラス管などで作り、コンプレッサーからの空気を導き、出口を混合容器に導く。また、その蓋には二つの電極を差し込む。電圧は
1万ボルトを超えるので、絶縁をしっかりしなくてはならない。それらの電極の先は白金が好ましく、白金部分以外は何らかのシールをして食塩水がつかないようにする。露出している二つの白金電極のひとつを飽和食塩水に潜らせて、先端をほぼ表面近くにセットする。水面から出てはいけない。もう一方の白金電極は、その水面から約
1cm 程度上で、水面方向に先端を向けてセットする。その二つの電極の先は、 1万5千ボルト程度の Neon Transformer
の高電圧側に接続する。そのトランスの100Vの
1次側は、直接コンセントに接続しない。当然ヒューズを使うが、さらにそのネオントランスの許容出力から計算される、過大電流防止用抵抗を介する。スイッチを入れると、上の電極から放電する。そのアークが飽和食塩水に落雷する。その表面は、たちどころに蒸発し、その食塩水に含まれていた
NaCl は一瞬のうちに微粒化する。そこに導かれている空気流に混入されてその微粒子は、バーナーに導かれるのである。


シード位置の制御
さて、この NaCl の微粒子は中央だけにシードされなくてはならない。
Lewis&Elbe 法は綿のフィルターを通すことで外周部への混合気から NaCl
微粒子を取る。だが、これがなかなかとれない。綿を一生懸命圧縮しても、水分を含ませても全く効果がない。そこで以下のようなものを考案した。
実にこれも簡単である。混合気にから出る予混合気を二つに分ける。ひとつはそのままバーナー中央の導入口に導く。ここを通った混合気は、バーナー中央に達することになる。途中には流量調整用バルブを設ける。他方は、流量から計算する適当な体積の長い配管(私は内径
4cm程度の水道用塩ビパイプを数本使う)を通してから、バーナーに導く。こちらは、基本的に流量調整用バルブは不要。中央を流れる前述の流れの外をこの混合気は流れることになる。いわゆる、ディレイ回路である。
バーナーに点火し、測定するときにネオントランスを ON にして
NaCl微粒子を発生させる。中央に向かう混合気は早く到達し、周囲はディレイ回路を通り抜けるまで NaCl
微粒子が入っていないので、炎色反応を示さない。すなわち、設定したディレイ時間の間は中央だけに Na がシードされることになる。周囲に Na
が到達する前に測定を終わるのである。慣れれば10秒で測定できるからディレイ時間がその程度になるようにディレイ配管体積を決める。



このような装置により、何もないふつうの火炎に最初中央にナトリウムの炎色反応が発生、しばらくするとディレイ回路を通ってきたナトリウムが周囲にも入り込むため、測定不可能になる。この方法を利用すれば、半径方向に直線上に発光部を作ることもできる。
光学系
これでバーナー側は、必要な条件がそろった。あとは、光学系のセットである。いずれ、時間の余裕ができたらそれについても、記述をしたいが、再三述べるように、Lews&Elbe
や Gaydon のテキストを読んだいただければ、十分理解できる。
精度
さて、このようにして構成した Na D-line Reversal Method
の光学系が本当に正しくセットされているのかどうかを確認したい。そのためには、種々の当量比の断熱火炎を作り、その温度を測定することで可能である。下の図はその例である。

濃い場合一点を除いて、良好な一致を見ている。断熱火炎は、当量比を一定に保ちながら徐々に混合気流速を上昇させてゆき、浮き上がる、あるいは吹き消える直前の条件の温度を測るのである。この測定で、流量計の妥当性もチェックできる。すなわち、流量計が一定方向にずれている(実質流量より少な目に目盛られているとか、多めとかの場合)なら、温度測定結果のピーク温度が断熱火炎温度のそれからずれる。
この測定法の測定精度は
2000K 近くで 4K
ほどであり、熟練者でなくても達成できる。事実私の実験室では、ほとんど学部生がこの測定に携わるが、熟練者としてはちょっと要領を教える程度で、すぐにその程度の読みとり精度を達成する。この
4K は実は、比較用の校正用電球のタングステンランプの輝度温度を附属の検定表から電流値で読みとるのであるが、その電流計の最小の読みとり誤差がその値なのである。
ただし、忘れてならないのは、校正用電球の真の温度からの保証が
20℃であること。いくら読みとり誤差が小さくても、もともと持っている誤差は隠しようがない。良い精度で測定したいなら、高額な校正用電球を手に入れる以外にない。 これに用いる分光器は学生実験に使われるような可視域のできあいのもので良い。ただし、実は問題が有る。平面火炎は水平であり、温度分布は上下方向にできている。分光器で作るスペクトルの波長方向はその流れ方向=上下方向に拡がり、水平方向には同じ波長で幅を持つものでなくてはならない。ところが、物理学実験で使われる分光器はプリズムを簡単に置くよう設計されているので分光方向が水平方向になる。すると、反転条件を見極めるべきスペクトルの幅方向は垂直に立ち、その垂直方向の輝線、暗線の判断をする線自体が予混合帯から反応帯を通り、再結合帯を経て熱放射による温度効果域へとすべてが一本のその線に入り込むことになる。反転条件は最も温度の高いところで判断すれば良いといえばそうであるが、やはりスペクトルの幅方向は水平に置いて反転条件を探すのが精度を高める。そういう改造は必要かもしれない。さて、プリズムもその物理実験用の分光器に附属しているもので良い。フリントガラス(鉛入り)製だと分散が大きく、D-line
が D2
と言われるゆえんとしての数Å離れた二本のラインスペクトルが分解できる。しかし、それが分解できなくても、フラットフレームの場合は問題なく測定可能である。私は、自家製の分光器を作って使用している。校正用電球には一枚レンズがついてくるが、同じ規格のものを複数校正電球の製造元から入手しておくと、光学系の構築が楽である。
蛇足であるが、食塩の微粒子を発生させるために飽和食塩水を放電アークで蒸発させたため、それが空気中に含まれるから空気の成分が変わる可能性がある。それが校正用火炎温度を変化させると、意味がない。それで熱電対でモニターしながら放電した空気が来ているときと来ていないときの温度の変化を調べたが、全く変化が無かった。すなわち、ここで蒸発する程度の水蒸気量では、燃焼温度を変化させることは無いということである。実は、これはヒートシンクバーナーの長所でもある。たとえ水分が入っても、火炎の発熱と放熱の差し引きで火炎温度が決まる。バーナーの章で述べたように、発熱量は流入するガスの流量に依存するが放熱量はむしろ燃焼温度に依存する。その温度は流入流量に強く依存する。少々水蒸気が入っても発熱量にほとんど変化が無く、少々の発熱量の変化で燃焼温度が変われば消炎距離が変化して放熱量を減らすようにコントロールすることになり、結局燃焼温度はほとんど変化が無いのである。
以前、このヒートシンク型バーナーを用いて、酸素を添加して火炎温度を変えるという論文が有った。しかし、上述の視点から、あまり、燃焼温度は変わらなかったであろうと察する。断熱火炎温度までなら、むしろ流入ガス流量が温度を支配する。これは当量比を変えても同じである。当量比を変えるといかにも発熱量が変わり、温度も変わるように思うが、断熱火炎でない限り(ヒートシンク状態にあれば)期待するほどに燃焼温度は変わらないのである。
わかっていただけたであろうか?
結論
以上、まとめると、
- 最も精度の高い温度測定法は Na D-line Reversal 法である。
- 精度を維持するためには平面火炎を用意すべきである。
- Na をシードするためには、塩水に放電するのが良い。
- 中心に Na をシードするためにはディレイ回路が簡便である。
この記事の最初のページへ
- どんなバーナを使うのが良いか?
- バーナーの構造は?
- 配管は?
- バルブは?
- 圧力調整弁(レギュレーター)は?
- 流量計は?
- 混合容器は?
- バーナー本体は?
- フレームホルダーは?
- 結局?
- 本章
- 次善の策として簡便な熱電対
- 熱電対の溶接
- コーティングの実際
- 触媒作用の確認
- 熱電対の劣化
- 軸方向熱伝導の影響
- ふく射損失補正法
- まとめ
執筆・編集責任者:若井和憲
ページ管理担当者:高橋周平