植物分子生理学研究室
Lab for Plant Molecular Physiology, Fac Appl Biol Sci, Gifu University
機能を推定する2
2.二重の機能をもつもの
写真はテニスコート兼駐車場である。曜日によって機能が切り替わる。単にテニスコートだと思っていると車が並んでいることが理解できない。
地元長良川の話。河川敷にマラソンコース(「高橋直子ロード」)や迷路、散歩道などがあるが、大雨の増水時にはすべて水面下に沈む。が、堤防があるので洪水にはならない。マラソンコースや散歩道は、増水時においては増えた水を引き受ける機能を持っている、ということである。平時の土地の機能(マラソンコースとか)だけを見ていては河川敷のしくみを理解したことにはならないのではあるが、 大雨専門家ならいざ知らず 平時に非常時の状況を想像するのは難しい。ということもあるが、ひとつの機能がわかっているときに別の機能があると想像すること自体が難しいものである。
という河川敷の話は私の中では光合成の電子伝達を連想させることになっている。増水的な状況は光合成の世界ではわりと頻繁に起こる(直射日光があたるときや低温のとき、乾燥しているとき、肥料不足のとき)。増水した川をイメージしながらストレス下での光合成の状況を推測していくと理解しやすいことがある。
ちなみに、長良川のマラソンや散歩コースには大きな木はまばらで木陰がほとんどない。岐阜の夏はとても暑く日差しは厳しく、木陰がないと歩いているだけで焦げてしまう。どうしてここに木を植えないのか、と私は疑問に思っていた(なじみの京都鴨川の河川敷には多数の大木がある。「公園」なら木陰の提供は必要なはず。)。真相は増水時に木が流されて橋を痛めるのを避けていた、ということらしい。 やはり、平時に非常時の状況を想像するのは難しい。
河川敷に大木がない話は光合成的には対応する状況はあるのだろうか。
光合成電子伝達鎖がオーバーフローを起こすとき、電子の主な行き先は酸素分子である。酸素分子(O2)が電子を受けてスーパーオキシドラジカル(O2-)という危険な分子(いわゆる危険分子)になるが、植物細胞中には解毒酵素一式が揃っているので、ビタミンCやグルタチオンを消費しつつ速やかに解毒され無害な分子に代謝される。言いかえれば、スーパーオキシドラジカル経由の電子漏出経路は増水時の臨時排水溝として整備されている、ということになる。臨時排水溝が堤防の内側にあるのか外側にあるのかは直感的にはわからないのではあるが(堤防の定義による)。
橋を痛める木というのは、スーパーオキシドラジカルではなくて別の、電子を受け取るともっと手に負えない分子になるものということになる。しかしこれはあらかじめ生成の可能性を排除されているので、植物を観察しているだけでは(原理的に)わからない。ないものの認識は難しい。こういうときは鴨川の河川敷にあたるようなぬるい光合成生物を調べて「木」を探すのが定法である。ただし、見つかるとは限らない。
さらに増水して堤防が決壊することもある。数十年に一度の危機であるが、このまさかのときのために堤防は非対称に作ってあり、長良川でいえば都心側の南側は丈夫に、郊外である北側(私の住んでいる側)は弱くなっている。決壊時においても被害を抑えるための仕組みである。
これについても光合成で似た話がある。光合成電子伝達鎖には光化学系IIと光化学系Iがある。ややこしいがIIが入り口でIが出口である。直射日光により光合成電子伝達が過剰になってくると、入り口側のIIの方がすぐに壊れる。すると、電子のフロー自体が低下するのでオーバーフローは起こりにくくなる。もしIの方が先に壊れだすなら、電子フローは下がらず出口で詰まってしまうので一気にオーバーフローから細胞死、葉の白化という大惨事である。これは決壊後の被害を抑えるというよりは決壊そのものを抑えるので違う話になるが、片方をわざと弱くしておく、という点ではよく似ている。
以上をまとめると、ものには二重の機能を持つものもある、ということ(力技)。
(すこしは充実してきたかも、さらにつづく)
2020. 5. 15
Highly Cited Researchers of Gifu University