細胞中では、すべての分子の相互作用が同期して起こるわけではなく、ばらばらのタイミングで起こります。
さらに、個々の分子の相互作用時間は1秒以下ということも多いです。
相互作用する分子の割合が10%以下ということも多々あります。
そのため、細胞中の多数の分子の平均を計測していると、分子が“はたらく仕組み”を見出すことは極めて困難です。
そこで我々は、細胞中のタンパク質や脂質分子を1分子ずつ観察し(ときには、10,000フレーム/秒という世界最高速で!)、起きている事象の時間や頻度などの統計をとることで、分子のはたらく仕組みの解明を目指しています。
(もちろん、多数分子の同時観察時の平均値と1分子観察で得られた結果との整合性がなければなりません)
細胞膜上の情報伝達のプラットフォームとしてラフトという概念が、Kai Simonsらにより提案されて(Simons and Ikonen, Nature, 1997)から久しいですが、
ラフトは光学顕微鏡でみることはできないほど小さいことや、分子の出入りが激しい(可塑性が高い)ために「ラフトとは何か?」いまだに議論が続いています。
初期のラフト研究では、界面活性剤を用いたり、免疫染色法が利用されていましたが、いずれもアーチファクトを誘導してしまうことが明らかになっています(Tanaka and Suzuki, Nature Methods, 2011)。
我々は、上記の問題を避けるために、できるだけ摂動を加えずにラフトを調べる必要があると考え、代表的なラフトマーカーであるGPI-アンカー型受容体(CD59やDAFなど)を生細胞膜上で1分子観察する実験手法を取ることにしました。
試行錯誤と様々な実験結果から、図1に示しますように、GPIアンカー型タンパク質は、まずは、タンパク質相互作用によりホモダイマー(同種の2量体)を形成し、続いて脂質相互作用がホモダイマーを安定化している(図1左)ことを見出しました。
このホモダイマーは、さらに大きな会合体のラフトを形成するための、最も基本的なユニットのひとつであると提案しています。現在、この説の検証を進めています。
さらに、細胞質側ドメインを持たないGPIアンカー型タンパク質が、どのようにして細胞の外から内へシグナル伝達を引き起こすのかについて研究を進めています。
図1.GPIアンカー型タンパク質 CD59は、タンパク質相互作用によって二量体が誘起され、それはラフト相互作用により安定化された。タンパク質相互作用がなく、ラフト相互作用のみでは、寿命の長い二量体は形成されなかった。
プレスリリース2010 [Tanaka and Suzuki et al., 2010 Nat. Methods]
プレスリリース2012 [Suzuki et al., 2012 Nat. Chem. Biol.]
極めて重要ですが、まだ不明な部分が多い「糖鎖」の細胞膜上での動態に注目し、その機構の解明を目指しています。
例えば、すでに、安藤先生、木曽先生のグループ(元京都大学物質細胞統合システム拠点サテライトラボ、現岐阜大学生命の鎖統合研究センター)との共同研究により、世界で初めて糖脂質のガングリオシド蛍光プローブ4種(図2)の開発に成功しました。
ガングリオシドは代表的な「脂質ラフト」のマーカーであると考えられています。
しかし、ラフトマーカーとなりうるガングリオシド蛍光プローブが存在していなかったため、今まで、ガングリオシドの生細胞膜のラフト中での動態はほとんど研究されていませんでした。
我々が開発したガングリオシド蛍光プローブは、ラフトマーカーとなりうる初めてのものとなりました。
ガングリオシド蛍光プローブの1分子ずつの挙動を観察した結果、ガングリオシドは、定常状態では極めて小さいラフトに非常に短期間出入りするのみですが、
GPIアンカー型受容体の2量体や、受容体をリガンド刺激後にできる安定化4量体ラフトには、より長期間滞在することを見出しました(図3)。
言い換えると、GPIアンカー型受容体は、その会合と同時に他のラフト親和性脂質をリクルートし、ラフトを安定化していることを見出しました。
また、このことは、大阪大学・村田研、九州大学・松森研との共同研究で開発しましたスフィンゴミエリン蛍光プローブを用いた実験でも裏付けることができました(Kinosita and Suzuki et al., JCB, 2017)。
以前の報告によりますと、ガングリオシドは、細胞膜上の受容体活性を制御していることがよく知られていますが、実際に生きている細胞膜上では、どのように制御しているのかは、ほとんど研究されていません。
現在、我々は、特に糖鎖相互作用に焦点を置き、この課題に挑戦しています。
図2.人工膜系で、天然のガングリオシドと同様に挙動した蛍光標識ガングリオシドの構造
図3.ガングリオシドは、コレステロールがあるときにだけ、CD59単量体、二量体、そして安定化された四量体へ12~48ミリ秒間という短い間、リクルートされた。
我々が今まで行ってきました、生細胞膜上の受容体とシグナル分子の2色同時1分子観察実験の結果や1分子FRET観察によりますと、シグナル分子は、わずか1秒以下の時間でリクルートされたり、活性化されていることが示唆されてきました(図4)。
一方で、western blottingなどにより観察される細胞全体のバルクシグナルの変化は、数分~20分程度続いていました。
これらの実験結果から、我々は「細胞膜上の受容体をリガンド刺激後、数分以上続く細胞全体のアナログシグナルは、1分子レベルで見ると1秒以下の時間しか続かないパルス状の短期間シグナルから積算されて作られる。」とするディジタル式シグナルシステム仮説を提案しました。
シグナルがディジタル式ですと、細胞全体のシグナル強度を変化させる際に、ただ単位時間あたりのパルスの数を変えて行けばいいので、複雑な制御を要せずノイズにも強いというメリットが考えられます。現在、この仮説を検証しています。
図4. PLCγのCD59会合体への短期間のリクルートの2色同時1分子観察の連続画像(上)、両者の軌跡(下左)と模式図(下右)。
プレスリリース2007 [Suzuki et al., 2007a, J. Cell Biol.] [Suzuki et al. 2007b, J. Cell Biol.]
研究内容