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    気になることば
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    「ことばとがめ」に見えるものもあるかもしれませんが、背後にある「人間と言語の関わり方」に力点を置いています。
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    特集・鳥の名前

    20050307
    ■シジュウカラガン
    タヒバリ。
見づらくてすみません。
クリックで拡大  セキレイの仲間なのですが、タヒバリという鳥がいます。ヒバリが、どちらかといえば草原や畑に多いので、「田にいる(ことの多い)ヒバリ」として名付けられたのでしょう。全体に茶色っぽいのもよく似ています。もう少しいうと、羽毛が根本から先にいくにしたがって茶色からクリーム色へのグラデーションしていきますが、それが集まって羽となり、組み合わさって翼となった全体の色合いも似ています。
    イソヒヨドリのメス。
オスをみたいことです。
クリックで拡大  イソヒヨドリも、ヒヨドリとは名ばかりで、ツグミの仲間です。この名前が付けられたのは、どうしてでしょうか。ヒヨドリといえば、名前の語源にもなったピーヨという、ともするとうるさく耳に立つ鳴き声が特徴ですが、イソヒヨドリもうるささはともかく、声がなかなか美しい。少々強引ですが、声に特徴があるという共通点はありそうです。

     タヒバリにしても、イソヒヨドリにしても、もとのヒバリ・ヒヨドリと大きさも近いことも、この際、注意してよいでしょう(ただ、タヒバリはヒバリより一回りは大きいのですが、もとのヒバリが小鳥の部類ですから、よいことにしましょう)。名前を借用するのですから、色や鳴き声だけでなく大きさの上でも、というより、一つでも多く共通するのが自然でしょう。種を超えての借用であれば、なおのことです。
    シジュウカラ。スズメ大です。クリックで拡大  そう考えてくると、シジュウカラガンという名前は少々気になります。ガンの一種ですから、それなりに大きく、アヒルかそれ前後の大きさはあるものです。それがなぜ、スズメ大のシジュウカラの名を冠されたのか…… 大きさの異なりを超える類似点があることになります。
    カナダガンの一種。
多分、クリックで拡大  左図、いかがでしょうか。頭部は黒いけれど、頬から下顎にかけて大胆な白斑があります。これは本家シジュウカラにも共通する「意匠」ですね。種も大きさも異なる二つの鳥に、これほどの類似点があるとはちょっと意外ですし、それだけに印象的です。シジュウカラを知っている人にとって「シジュウカラガン」の名は「なるほど!」と思わせる、一度聞いたら忘れられない命名ではないでしょうか。

     補注。シジュウカラガンという名は、カナダガンの一亜種名とするのが現在では普通です。日本には亜種シジュウカラガンだけが渡ってくるので、カナダガン自体をシジュウカラガンと総称することがあったようです(詳しい解説はこちらをご参照ください)。上に掲げたシジュウカラガンの画像も、正確には亜種シジュウカラガンではなく、カナダガンの一亜種(チュウカナダガン?)のようです。


    20050228
    ■鳥の「ゴイ」

    幼鳥ながら、羽の一枚一枚に
白い縁取りがあるのが分かる
でしょうか。これがササ(笹)型に
見えます。  鳥の名前で面白いのはいろいろありますが、一つのパターンとして省略があります。右のササゴイ(画像)もその例。

     野鳥への興味がない人にとって、ササゴイなる音韻の連続は、まずは鯉への連想を呼ぶのではないでしょうか。唱歌「こいのぼり」でおなじみのヒゴイ・マゴイ、日本庭園に付き物(?)のニシキゴイなどの具体例がすぐに思い浮かぶでしょうから。だから、ササゴイが鳥の名だと知れば、ちょっと違和感があるかと思います。

     ササゴイ同様、○○ゴイという名の野鳥は多く、要素が1つ付いたものにミゾゴイ・ヨシゴイ・サンカノゴイがあります。さらに要素を重ねたズグロミゾゴイ・オオヨシゴイ・リュウキュウヨシゴイもあります。こんなにあると、野鳥の方がゴイの本家かと見紛うばかりです。

    配色がはっきりしているので見やすい。
シックではあるかな。  ただし、このゴイは、何かがかぶさったためにゴイと濁ったのではなく、もともとゴイなのです。もっといえば、ゴイサギという鳥の名を省略したものなんです。

     では、そのゴイとは何ぞや。語源説として有名なのが『平家物語』巻五の「朝敵揃」にある醍醐天皇(885〜930)説話。勅命に素直に従ったサギがいたので五位に叙した、というものです。これにちなんでゴイサギと呼ばれるようになったと言われています。たしかに、それにふさわしい気品があるかもしれません。

     サギの一種とはいえ、ずんぐりしているのが少々残念(?)ですが、大雑把に言って、ずんぐり系のサギ類を「○○ゴイ」というのは、このゴイサギのゴイ(五位)によるのです。

     とすると、ゴイは、もともとサギを修飾する要素だったのが、ミゾゴイ・ヨシゴイ……などでは修飾される本体に格上げ(?)されたことになりますね。

    20040720
    ■大中小
    チュウダイサギ(多分)。
工学部前の水路にて。
クリックで拡大  私たちが白鷺と一括りに言っている鳥、実は大きく分けて三種類あります。
     まずはダイサギ。白鷺中最大です。繁殖期には嘴が黒く、目元が綺麗な青緑になります。嘴の切れめ(口角)が目の位置よりもさらに奥にあるのが特徴。左の画像だと首を縮めてますが、伸ばすと心細くなるくらい細いです。
    岐阜県川島町のチュウサギ。
クリックで拡大  ちょっと小さいのがチュウサギ。遠目で見るとダイサギと紛れますが、口角が目より奥に入っていないことをまず確認します。ついで、頭部の割に嘴が短いのに注目。嘴の根元から先がとがるまでが急と言いますか、嘴の上と下とで平行的な部分が少ないように見えます。そうそう、嘴、普段は黄色ですが、繁殖期には黒くなります。
    京都鴨川葵橋付近に住まうコサギ。
識別標が両足に付いている子。
クリックで拡大  コサギは小さいのですぐに分かります。遠目だとチュウサギと紛れなくもありませんが、嘴が一年中黒く、足指が黄色(イエロースリッパ)なので分かるでしょう。夏羽なら、レースのような飾り羽がカールするのと、二本の冠羽が特徴。繁殖期には目元が茜色になります。こう並べると、コサギが一番お洒落な(?)恰好をしているようです。
     このように、白鷺は「ダイ・チュウ・コ」と分かれています。音読み系列の「ダイ・チュウ・ショウ」に近いのですが、コサギで惜しくも破調。ならばショウサギにしてしまえ! としたくなりますが、さすがに違和感があるでしょう。それにくらべれば、ダイサギ・チュウサギはまだ「許せる」。不思議ですけれど。

     訓読みの系列はどうか。残念ながら現代語では「オオ・チュウ・コ」が普通ですね。音読みがまぎれこむ。自動車は「オオ型車・チュウ型車・コ型車」、食堂の御飯も「オオ盛り・チュウ盛り・コ盛り」です。とすると、三種の白鷺も、ダイサギを改めて「オオサギ・チュウサギ・コサギ」としても、これはこれで筋の通った言い方になるかもしれません。

     実は、ダイサギには亜種があって、普段いるダイサギは冬になると南下し、代わりにシベリア方面からか、わずかに大きい亜種がやってきます。亜種なのでどちらを呼ぶにも「ダイサギ」でいいのですが、区別するときにはわずかに小さい方をチュウダイサギ(中大鷺)と呼びます。大より小さいから中(チュウ)なんでしょう。

    アマサギ。嘴の短さはチュウ
サギに似てます。クリックで拡大  わずかに大きい亜種は、単にダイサギと言いますが、特に区別してオオダイサギということもあります。ここで訓読み系列が出てくるのが、面白い。ダイダイサギでも良さそうですが、ダイの繰り返しに拙いものを感じたのでしょうか。

     夏羽が橙色のアマサギと紛れるから?


    20040719
    ■ムギマキ2

     それにしても、なぜ「麦播き」なんでしょう? いや、別の時期名でもよいはずなのに、なぜ農作業名なのかということです。もちろん、よくムギマキを見かける人が農民だったから、というのが自然そうではあるのですが。

     私たちが、語源・語構成を考えるとき、本来のものにたどり着くとはかぎりません。たとえば、スリコギはスリコ・ギ(擂粉・木)という語構成ですが、スリ・コギと意識する人も多いことでしょう。しかも「擂り・漕ぎ」と語源解釈して。かく言う私も高校生のころまではそう思ってました。それはそれで仕方なくもありますね。特に4拍語の場合、2+2に考えたくもなりますし。こうした、本来の造語法と異なる分析をすることを「異分析」と呼びます。

     「ムギマキ」も、この異分析に端を発しているのではないかと思うんです。この言葉の出発点だったキビタキにもどって考えてみましょう。

     キビタキはキ・ヒタキ(黄鶲)ですが、四拍語なのでキビ・タキと異分析しそうです。それを裏付ける意味も思い浮かびます。たとえば「黍焚き」とか。本当にそういう作業があるのかどうか分かりませんが、夏から秋にかけて収穫されるという黍の藁を焼いて、秋の麦播き(ムギマキ!)の肥料したりしないだろうか…… そんな農作業が一連のものとして想起されます。
     キビタキ(黍焚き)とムギマキ(麦播き)。同じ農作業というくくりの中に収まります。しかも、夏から秋への移り変わりに行われた。これは、夏から秋に入れ替わる、似たような外見の鳥を言い分けるのに具合よく符合します。こうしてムギマキに落ちついたのではないか。

     こう考えてくると、ムギマキといういささか変わった命名の理由がうまく説明できるように思います。が、本当のところはどうなんでしょうか。学名 Ficcedula mugimaki、英語名 Mugimaki Flycatcher。なかなかに重い名前だけに気になることです。


    20040718
    ■ムギマキ1

    これはキビタキ♂
クリックで拡大  ムギマキというヒタキ類の小鳥がいます。頭から背・羽・尾が黒く、喉から腹にかけては鮮やかな黄色。主翼の元の方には白い部分があります。そう、キビタキによく似ている。黄色く太い眉毛がキビタキ、白いくて微かな眉毛がムギマキ。

     麦撒き時(10月から11月)に来るから「ムギマキ」なんだそうです。ただ、たいていの冬鳥はこの時期に渡来するので、ムギマキだけ「ムギマキ」と呼ばれるのは腑に落ちません。なぜこうなったのでしょうか。

     推測。キビタキに似ているのがミソ?
     夏鳥のキビタキは4月から10月ごろまでいます。これとほぼ入れ代わるのがムギマキ。だから、麦播き時に来るキビタキ(に似たヤツ)をいい分けるために「ムギマキ」とした。ムギマキドキキビタキ(麦蒔時黄鶲)のつもりだったのではないか。そんな風に考えています。

     とりあえず、キビタキとの区別ができればよかった。狭い範囲での言い分けなので、これはこれでよかった。でも、それを野鳥全体のなかに置いてみると変なことになる…… そんなところではないのでしょうか。

     子どもに名をつける。もちろん、家族内で同名にならないようにするでしょう。紛らわしいですから。いや、そんなこと、意識にのぼせることすらしないほどに当たり前の配慮ですね。そうした配慮をしても、同名の別人はいるわけです。こんな状況とちょっと似てますね。


    20040717
    ■ジョウビタキ

     さて、そのジョウビタキ。もう一つ面白い問題を抱えています。それは「ジョウ」の意味なんです。何なんでしょうか、このジョウは。まず、漢字表記から見ようとしたら、私が常用する3冊の図鑑では、なんと、三者三様でした。

        尉鶲(野鳥282・小学館)
        上鶲(日本の野鳥590・平凡社)
        常鶲(色と大きさでわかる野鳥観察図鑑・成美堂出版)

     ん〜、かえって気持ちがいい。解決してみようじゃあ〜りませんか。
     現代、ジョウと発音されるものは、昔の発音では何種類かに分かれていました。上の三字の場合どうかというと、歴史的仮名遣いで表せば、尉はジョウ、上・常はジャウです。オ段長音の開合だけの差ですね。
     *口が開き気味の(=開)ジャウと、閉じ気味の(=合)ジョウ

     となるとまず引くのが『日葡辞書』。室町時代最末期の日本語がローマ字書きされてます。が、ヒタキは出ていてもジョウビタキまでは…… 幸便にもありました。

        Iôbitaqi(144葉裏)

    ジョウビタキ♂
クリックで拡大  oの上に、ヘの字のような記号があります。これは口を閉じ気味にするオ段長音の印です。そう、ジョウビタキは、上鶲でも常鶲でもない、尉鶲だったのです。

     あとは「尉」の意味ですが、これ老人のことです。ジョウビタキのどこが老人かって? 見事な銀髪なんです。ジョウビタキは「お爺さんびたき」なわけです。


    20040716
    ■ヒタキ

     行きがかりがあって、いくつかの言葉の語源を調べています。最近はじめたバードウォッチングの関係もあって、やはり鳥名の方に関心が傾きます。

     ちょっと面白いなと思ったのがヒタキ。語源はどうやら「火焚き」のようです。地鳴きの「チッチッ」が、火打ち石を打つ音に似ているからというのですが、ちょっと食い足りない。「チッチッ」なら他の鳥でも鳴きますし、「チッチッ」くらいで火打ち石を打った音に聞こえるかどうか。

     踏み込んだものではジョウビタキに注目します。「チッチッ」とも鳴きますが、嘴をたたくように「カチカチ」という音も出します。これなら、火打ち石をたたく音と言っていいでしょう。納得できる話です。
    ジョウビタキ♀。今期も工学部駐車場に
帰って来ました。クリックで拡大
     ジョウビタキのカチカチ、晩秋から初春の里山でよく聞かれます。振り向くと彼らがいますね。音と同時に尾を振るので、枝をたたく音かと思ってました。縄張りに入った敵を威嚇してるのでしょうか。けっこう、近くまでやっててきて人懐っこいとも言えますが、追い払おうとしてるかもしれません。

     さて、ヒタキ類と俗称される鳥は、大きく二つに分かれます。一つはスズメ目ヒタキ科に属するもの。もう一つはスズメ目ツグミ科の小型鳥です。で、語源を提供したジョウビタキですが、なんとツグミ科なんです。なんだか「庇を貸して母屋をとられる」みたいですが、そんなことは知らぬげに、晩秋になるといつもの縄張りに帰ってきます。



    ・岡島昭浩さん(福井大)の 「ことばについての会議室」