研究内容
Diamond-like carbon (DLC)膜の成膜
DLC膜とは、ダイヤモンドに代表されるsp³構造と、グラファイトのsp²構造の中間的な特性を併せ持つ非晶質炭素膜である(1)。この膜は、一般的に高硬度・耐摩耗性・低摩擦係数に加え、化学的安定性や高い電気絶縁性などを有することから、金型、電子・電気部品、光学部品、医療機器など多岐にわたる分野で応用されている。DLC膜は、その構造に含まれるsp³結合(C–C, C–H)とsp²結合(C=C)の割合により特性が左右される。一般的に、これらの結合がランダムに分布した非晶質構造を呈し、成膜条件によって物性が大きく変化する。
参考論文
(1)Erdemir, A., & Donnet, C. (2006). Tribology of diamond-like carbon films: recent progress and future prospects. Journal of Physics D: Applied Physics, 39(18), R311.
【超高速コーティング】
機械の摺動部においては、低摩擦性または高耐摩耗性を有する硬質膜、特にDLC(Diamond-Like Carbon)膜をコーティングすることで、耐久性の向上やエネルギー消費の低減が広く図られている。近年、DLC成膜の低コスト化に対する要求が高まる中、従来の大型装置によるバッチ式の量産処理に代わり、小型装置による単品・単体処理型の成膜技術の確立が求められている。本研究では、従来の約100倍に相当する100μm/h以上の高速成膜が可能なDLC成膜装置を開発した(1) 。この装置では、マイクロ波を基材表面に沿って伝播させることにより、基材表面近傍に高密度のプラズマシースを形成する技術(Microwave Sheath-Voltage Combination Plasma)を用いており、高硬度かつ厚膜のDLC成膜を可能としている。また、真空排気・クリーニング・中間層成膜・メイン成膜・ベントといった一連の工程が分単位で完了するため、DLC成膜のジャスト・イン・タイム化が実現可能となる。さらに、本手法はDLC膜に限らず、SiO2、Al2O3、TiN、TiCなどの他の硬質膜を低コストで成膜可能であり、将来的には硬質膜の適用範囲をさらに拡大する技術として期待される。
参考論文
(1)Kousaka, H., Okamoto, T., & Umehara, N. (2013). Ultrahigh-Speed Coating of DLC at Over 100 μm/h by Using Microwave-Excited High-Density Near Plasma. IEEE Transactions on Plasma Science, 41(8), 1830-1836.
【地熱発電プラントへのスケーリング付着防止のための内面プラズマ成膜技術の研究 】
地熱発電で用いる蒸気や熱水にはシリカなど地下由来の不純物が多量に含まれる。これらの不純物が発電設備内で付着・堆積(スケール)することで, 蒸気・熱水の流路閉塞などが生じ,発電出力の低下をもたらす(1)。炭素の非晶質構造であるDLC( Diamond-Like Carbon )は、特に低sp2結合比で、水素含有量が多い場合に、効果的にスケーリングを抑制することが報告されている(2,3)。さらに、フラッシュ方式の発電機タービン表面へのスケーリング抑止の効果が実証されている。そこで今後、そのようなDLC膜を大小さまざまな管内面に適用し,地熱発電の各種プラント部材(例:バイナリ方式の熱交換器)や温泉設備における流路閉塞防止に役立てることが望まれている。我々は、これまで培ってきた細穴内面への高密度プラズマによるDLC成膜技術(図1、(4))や、大径長尺配管そのものを容器として内面にDLCを製膜するためのプラズマ成膜技術(図2)を,それらに適用する研究を進めている。
参考論文
(1)Kousaka, H., Okamoto, T., & Umehara, N. (2013). Ultrahigh-Speed Coating of DLC at Over 100 μm/h by Using Microwave-Excited High-Density Near Plasma. IEEE Transactions on Plasma Science, 41(8), 1830-1836.
(2)Nakashima, Y., Umehara, N., Kousaka, H., Tokoroyama, T., Murashima, M., & Mori, D. (2023). Carbon-based coatings for suppression of silica adhesion in geothermal power generation. Tribology International, 177, 107956.
(3)Nakashima, Y., Umehara, N., Kousaka, H., Tokoroyama, T., Murashima, M., & Murakami, K. (2023). Influence of defects in graphene-like network of diamond-like carbon on silica scale adhesion. Tribology Letters, 71(1), 17.
(4)Matsui, R., Mori, K., Kousaka, H., & Umehara, N. (2013). Observation of source gas depletion in narrow metal tube during internal diamond-like carbon coating with microwaves. Diamond and related materials, 31, 72-80.
トライボロジー
エネルギー危機と気候変動の加速により、世界的に環境規制が強化される中、エネルギー効率に関する研究の重要性が一層高まっている。特に、摩擦による膨大なエネルギー損失やCO2排出、摩耗による資源の浪費は、トライボロジー技術の必要性を際立たせている。本研究室では、産業界が直面する環境規制の克服に貢献することを目指し、機械の効率および耐久性の向上に関するトライボロジー課題に取り組んできた。
【エンジン油中におけるクロム添加DLC膜を用いた低摩擦トライボフィルムの形成】
高効率エンジンの開発における重要な課題は、境界潤滑領域における低摩擦化である。従来は、有機モリブデン系添加剤であるモリブデンジチオカルバメート(MoDTC)を用い、摩擦面上に二硫化モリブデン(MoS2)のトライボフィルムを形成することで、摩擦係数0.06~0.08を実現してきた。しかし近年、さらなる自動車の低燃費化が市場から求められており、その実現にはMoDTCの効果を最大限に引き出すトライボケミカル反応の確立が急務となっている。本研究では、境界潤滑領域における低摩擦化を達成するために、クロム添加DLC(Diamond-Like Carbon)膜を成膜し、そのトライボケミカル反応を解明することで低摩擦のメカニズムを明らかにした。X線光電子分光法(XPS)によるトライボフィルムの分析の結果、クロムの酸化により、高摩擦を引き起こす酸硫化モリブデン(MoS2-xOx)の生成が抑制されることが明らかとなった。
【大気中・無潤滑条件下における超潤滑特性を有するDLC膜の開発】
DLC膜は、真空または不活性ガス雰囲気下において、摩擦係数が0.01未満となる超潤滑性を示すことが知られている。しかし、超潤滑性を産業界に広く応用するためには、大気環境下での発現が不可欠である。大気環境下では、摩擦界面に水分子が吸着し、高い表面力が発生するため、超潤滑状態の実現が困難である。潤滑油条件下においては、ベースオイルの種類に応じて、摺動界面での潤滑油の吸着特性や、添加剤のトライボケミカル反応性などが課題となる。本研究テーマでは、潤滑油が供給されない状態においても超低摩擦特性を発揮できるDLC膜の開発を行った。その摩擦特性を調べた結果、潤滑油を用いない大気中においても、超潤滑レベルの摩擦係数を達成することに成功した。