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●早野邸パネル紹介2

第7代学長であられた、早野三郎氏のご自宅を「岐阜大学旧早野邸セミナーハウス」として、大垣市の昼飯にオープンしてはや5年近くが経ちました。センターではここにパネルを展示していますが、新しいパネルとして、「美濃国絵図」を展示しました。

 

 

江戸時代初期、正保2年(1645)に作成された美濃国絵図を写した図面です(原図は岐阜県歴史資料館所蔵)
 巨大な美濃国絵図(約5m×5.5m)は、江戸幕府が諸地域を把握するために作成されたもので、その当時、美濃国内にあった村名が全て記されております(参考:岐阜市歴史博物館編集・発行『企画展 古地図にみる江戸時代の美濃』2013年)。
 このパネルは、江戸時代の絵図の字を見易くしてあります。大きく印刷して展示してあります。美濃国は今も昔も川が一つの目印になります。今すんでいる地名は、この当時あったのでしょうか?一度、皆様がお住まい地域の地名を、探してみてください。 案外あったりするものです。 

 

 早野邸には、このほかに近隣の昼飯大塚古墳の出土品などを、大垣市教育委員会の御好意により、展示しています。早野邸付近には、昼飯大塚古墳のほか、粉糠山古墳というめずらしい前方後方墳(現在後方の方は共同墓地になっています)、などもあります。現在大垣市の小学校では、昼飯大塚古墳へ社会見学に来ることになっており、その際に、この早野邸にも立ち寄り、出土されたものを見ていくとのことでした。 

 そのほかにも、とりはずされた欄間、お仏壇の上の十六羅漢さん、建物の入口の天井、庭の木々等、見どころも沢山あります。秋にある、中山道赤坂宿まつりでは「皇女和宮と姫宮行列」の女性用の支度所として使用されていることから、この行列は、早野邸を出発点とするそうです。
大垣市の観光イベントの文化施設としても登録されています(500円で小さな升を買い、大垣市内をお得にまわる“ぷらっと大垣”、毎年4月1日から1年間です)
岐阜大学からは遠い爲、活用という点について中々難しい物があるかと思っていましたが、しっかりと地域に根付いた施設となっていました。

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