岐阜大学工学部機械工学科
 
植松研究室

 Department of Mechanical Engineering
 UEMATSU Laboratory




















  【疲労(Fatigue)現象とは?】
   皆さんも疲労破壊(Fatigue fracture)という言葉をテレビや新聞などで耳に
  されたことがあると思います.これは,健全に使用していた機械や構造物を構成
  する部材が,ある日何の前触れもなく突然破壊する現象です.疲労破壊は時には
  人命を危険にさらし,重大な経済的損失を引き起こす恐ろしさを有しています.
  では,疲労破壊の引き金となる疲労現象とはどのようなものでしょうか.話を金
  属材料に限りますが,1回の外力によって材料が壊れてしまうような荷重(静的荷
  重)よりも十分低い荷重が作用しているにもかかわらず,その外力が数万回,数
  十万回と繰り返されることによって,材料に損傷が発生,徐々に蓄積し,最終的
  に破壊に至る現象です.この繰返し作用する荷重を疲労荷重と呼びます.図1は
  疲労荷重によって材料に発生したき裂(損傷)の例ですが,その寸法は結晶粒
  レベル(数十ミクロン,1ミクロンは千分の一ミリ)です.このように,疲労に
  よる損傷はきわめて局所的であるため,損傷が進行していく過程での発見が
  困難で突然の破壊をもたらすことが多いのです.
   
                         
       図1 マグネシウム合金に発生した疲労き裂

  【疲労の歴史】
   疲労破壊の歴史は,機械類が飛躍的に発展,複雑化した18〜19世紀の産業
  革命時代にさかのぼります.この時代に,疲労破壊という現象が工学的に大変
  重要な意味を持つようになりました.例えば,19世紀初頭には鉱山で利用して
  いた巻き上げ機の鎖の破断が続発して問題となり,鉱山技師のJ.Albertは繰返
  し曲げの外力によって鎖が破断したと推測しました.そこで水力の簡単な試験機
  を考案し,疲労試験を実施して静的荷重よりも低い外力の繰返しによって材料が
  破壊することを突き止めました(1829年).さらに,当時馬車に替わって新しく
  登場した最新の機械が蒸気機関車でしたが,その車軸が折損する事故が続発し
  ました.それに伴い,W.J.M.Rankinは鋼材が使用中に劣化する,すなわち疲労す
  ることを指摘しています(1843年).このように,部材に対して外力が繰り返
  されるとの危険性は,産業革命時代にはすでに認識されています.牧歌的な産業
  革命以前の時代には特に注目されなかった疲労現象が,何故産業革命後の社
  会に対して大きな影響を及ぼすようになったのか?それは,機械の発明,そし
  て時代と共に機械が複雑化,高機能化,高性能化,さらに大型化が進んだこと
  に起因しています.
   では,産業革命時代に存在が突き止められた疲労現象は,その後の科学技
  術の発展と共に解明され,疲労破壊による事故は後を絶ったのでしょうか?残
  念ながら答えはNoです.疲労破壊事故は,20世紀,そして現在の21世紀にお
  いても我々を苦しめ続けています.例えば,20世紀後半だけでもイギリス製ジェ
  ット旅客機コメットの空中分解・墜落事故(1954年),北海海底油田切削リグ
  Alexander Kielland号の転覆事故(1980年),ドイツ高速鉄道の脱線事故(199
  8年)などが発生し,事故原因究明作業によって疲労現象が主因であったこと
  が突き止められています.いずれも尊い人命が失われた大事故であり,紙上で
  ニュースをご覧になり,ご記憶のある方もおられると思います.日本でも,日航
  ジャンボ機墜落事故(1985年),H-IIロケット打上げ失敗事故(1999年),新交
  通システム「ゆりかもめ」の脱線事故(2006年)など,疲労現象による事故は発
  生しています.このような機械・構造物の破壊事故では,約8割が疲労に関連し
  たものと考えられています.

  【疲労研究の今】
   19世紀に存在が発見された疲労現象が,何故21世紀でも問題となっているの
  でしょうか?まず,疲労現象の複雑さがあります.疲労現象では,残留応力や実
  働荷重などの力学条件,温度や腐食などの環境条件,形状や表面処理などの
  加工条件など,数多くの影響因子が存在するだけでなく,それらの影響因子が
  相互に絡み合って作用することがメカニズムの完全な理解を難しくしています.
  さらに,機械の高機能化や使用環境の苛酷化が今でも着々と進んでいること,
  機械は大型化だけでなく,例えばマイクロマシンのように極小化も同時に進ん
  でおり,疲労現象を考慮すべき機械システムが日進月歩で複雑化していること
  も原因のひとつです.また,産業革命時代は,いわば鉄の時代でした.しかし,
  第二次世界大戦頃には非鉄金属であるアルミニウムが航空機に多用されるよう
  になりました.現在はどうでしょうか?チタン,マグネシウム,セラミックス,
  複合材料や超微細結晶粒材など,機械の高性能化を達成するために種々の新
  材料が開発され,市場に投入されています.以上のような状況下では,産業革
  革命時代から蓄えられてきた疲労に関する知識は通用せず.新たな研究が必要
  とされるのです.
   そこで,当研究室では,種々の機械構造用材料の疲労強度を評価するととも
  に,疲労現象そのものを解明することによって,機械・構造物が疲労破壊しない
  安全で快適な社会の実現に貢献することを目的として研究を行っています.

  【疲労研究による安全社会の確立】
   研究内容の具体例を紹介しましょう.まず,マグネシウム合金や複合材料など
  の新材料,あるいは接合継手などについて,どの程度の疲労強度を有している
  のかを大気中や腐食環境中,あるいは高温下で評価しています.これには図2
  に示すように,負荷応力(Stress)と破壊までの繰返し数(Number of cycles
  to failure)の関係(S-N曲線)を用います.この関係を実験的に確立しておけ
  ば,利用する材料では設計荷重が何回繰り返されるまで安全に使用できるかの設
  計指標になるわけです.すなわち,この図の細粒材では,応力振幅で表された
  外力が130MPa以下であれば,疲労破壊せずにいつまでも使用可能であること
  を示しています.ただし,実際には使用限界をそれよりももう少し低負荷の
  安全側とします.

                    
           図2 マグネシウム合金のS-N曲線(細粒材と祖粒材)

   このように,実験的に得られる各種材料の疲労強度データは大変重要な知的
  財産になります.さらに,単なる評価だけでなく,新材料や苛酷環境中でどのよう
  に疲労損傷が発生して蓄積されていくのか,などのメカニズムの解明も行ってい
  ます.疲労破壊には静的破壊と異なる特有のメカニズムがあり,材料ごと,ある
  いは各環境中でどのようにそれらが作動するのかを突き止めれば,繰返し荷重
  下でも容易に損傷しない材料,すなわち耐疲労性に優れる材料を開発すること
  も可能になります.例えば,図3は当研究室で作製した結晶粒寸法の異なる2種
  類のマグネシウム合金であり,(a)よりも(b)で結晶粒が微細化していることがわ
  かります.この2種類の材料のS-N曲線を前掲の図2に示していますが,結晶粒
  の微細化している材料のほうが高い疲労強度を示しています.すなわち,結晶
  粒微細化という改質によって,従来のマグネシウム合金よりも疲労強度を向上さ
  せることに成功した一例です.この他にも,表面処理や時効,複合化など,疲労
  現象のメカニズムに基づいた各種の疲労強度向上手法を研究しています.

           
   図3 マグネシウム合金の組織:(a)粗粒材,(b)細粒材((a)を改質した材料)

  【安全という名の宝物】
   疲労の研究は基礎的な科学技術研究であり,その成果が皆さんの目に直接
  触れることはほとんどありません.我々の研究成果が社会で活かされるというこ
  とは,疲労事故のない安全な生活を皆さんにご提供できると言うことなのです.
  つい最近新聞紙上をにぎわせたように,原子力発電所のタービンの羽根が設計
  ミスにより疲労破壊し,補修費用がおよそ370億円であるとの試算が行われまし
  た.このような事故を防いで安全を確立することは経済的にもきわめて重要です.
  ですから,我々の研究は皆さんに安全という宝物を陰ながら提供しているのだと
  自負しています.

 最終更新日:2011/4/1


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