19世紀の節用集

節用集の成熟期です。18世紀の変化であった付録の増大と新案の検索法が引き継がれつつ、展開・整理されていきました。

◆付録の増大に加え、語数も多くなり、3万語ほども収載するものが現れました。

『都会節用百家通』(寛政13=享和元・1801年刊)。19世紀の大型本の嚆矢。大坂の本屋の共同出版でした。文化8(1811)年・文政2(1819)年・天保7(1836)年に再版されました。
→某氏の『都会節用百家通』
 福島県歴史資料館の『都会節用百家通』 リンク切れ
〇京都からは『倭節用集悉改袋』(文政元)・『倭節用集悉改大全』(文政9)、さらに『永代節用無尽蔵』(天保2)・『大日本永代節用無尽蔵』(嘉永2・1849、文久4・1864)が刊行されました。
→富山市立図書館山田孝雄文庫の『倭節用集悉改大全』(文政9)全画像
→早稲田大学の『永代節用無尽蔵』(天保2?(同3年補刻?))ほぼ全画像
 滋賀大学の『永代節用無尽蔵』
 牧野植物園『永代節用無尽蔵』

○江戸からは『江戸大節用海内蔵』が出されました。このタイプの極致とでもいうべきものでした。
黒川さん『江戸大節用海内蔵』

大型本4種。上から
 『都会節用百家通』(寛政13。1冊)
 『倭節用集悉改袋』(文政元。3冊)
 『永代節用無尽蔵』(天保2。2冊)
 『江戸大節用海内蔵』(文久3。2冊)
『倭節用集悉改袋』(3冊)が厚さ約7センチ。

○こうした大型本について、面白いアプローチで、当時の言語生活に迫る研究者もいます。
 横山俊夫「日用百科の使われ方」


◆新案の検索法では、イロハ・仮名数引きの早引節用集が生き残り、次々にバリエーションを増やしていきます。

→東京学芸大の『字宝早引節用集』
 とんび岩通信さんの増字百倍早引節用集』

『いろは節用集大成』(文政13・1830序)。
 はじめて意義分類を採用した早引節用集で、イロハ→仮名数→意義分類の順に引いていきます。実は『和漢音釈書言字考節用集』を改編したもので、名古屋の出版社が版権を無視して刊行したものです。

大型化の波は早引節用集をも襲いました。右から左奥・手前へ
『万世早引増字節用集』(文久3・1863)
増補音訓大全早引節用集』(嘉永4。2冊)
『いろは節用集大成』(文政13・1830序)
早引万代節用集』(慶応3・1867。2冊)
早引万代節用集』(嘉永3・1850)

○上の『早引万代節用集』のように普通紙版と極薄紙版を用意したり、『万世早引増字節用集』のように付録付き2冊本と付録無し1冊本とを用意することもありました。

 

○さらに横長になる「三切本」の早引節用集も作られました。
→ 神戸女子大学森文庫の懐宝 数引節用集

手形証文用文早引節用集』慶応2(1866)年刊。ここまで小さいと、語数も少ないし、扱いにくい気もします。

○ともあれ、規模の大小、付録の有無などなど、さまざまな早引節用集が作られたことは、早引節用集だけですべてのバリエーションを整備できたことを意味します。つまり、他の辞書の占める場が小さくなっていくことでもあります。こうした状況は明治になると一層はっきりしてきます。

○18世紀にあったイロハ+意義分類の節用集で、語数も付録もほどほどのものも、細々と続いていたようです。
→東京学芸大学の『字宝節用集千金蔵』
 京都大学谷村文庫の『字会節用集永代蔵』

『蘭例節用集』文化12(1815)年刊。19世紀の節用集のなかでは変わり種です。
→京都大学谷村文庫の『蘭例節用集』

○検索法は、意義分類のまえにイロハ二重検索をします。書名の「蘭例」も、西洋語辞書のアルファベット多重検索からの影響を明示しています。とすると、イロハ多重検索にして意義分類を廃しそうなものですが、「節用集には意義分類があるものだ」との通念もあったのでしょう。

○イロハ二重検索の節用集は、すでに18世紀の段階で作れないことになっていました。が、『蘭例節用集』は、京都のお医者さんが知人に配るために少しだけ出版したものでした。したがって、本屋の組合も、営業妨害にならないと判断したのでしょう。

◆明治になると、「節用」の語は、便利な日用教養書の書名に現れるようになり、節用集の方は「字典・字引」等を称することが多くなりました。

○二極化した節用集のうち、付録の増大したタイプが教養書に発展・解消し、早引節用集(イロハ×仮名数)が辞書として生き残ったと考えるべきかもしれません。付録にも力をそそいだものと、辞書(=字を引く)であることに忠実であったものとの差が、書名に反映したように思うのです。

内外懐中節用』(明治27年刊)。このほか、『明治節用大全』『明治少年節用』『家庭節用』『園芸節用』等々があります。



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◆明治に入ると欧米の辞書に触発された国語辞典が現れます。語釈をそなえ、五十音多重検索になります。が、これらは高度なものとして、節用集は手軽なものとして併存したそうです。

○近代国語辞典といえば大槻文彦の『言海』。
『本とコンピュータ』『言海』の草稿
岡島昭浩さんが電子化した
   「ことばのうみのおくがき」

○手軽と言っても、のべ6万語以上を収載した節用集もありました。
正宝普通伊呂波字引大全』(明治22年刊)の表紙見返しと本文1丁め。

◆また、検索はイロハ順ながら、語釈を備えた辞書もありました。新旧融合ということでしょう。イロハ順の勢力はなかなか衰えません。

『いろは辞典』明治26年刊。


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