エクアドルのバラ生産の概要
● エクアドル概要
エクアドルの人口は1300万人で、首都キト市(Quito)の周辺には総人口の15%にあたる200万人が集中して住んでおり、キト市内は常に車が渋滞した状態にあります。キト市は古代インカの時代から中心都市で、スペイン統治時代の名残を残す旧市街地も保存されています。
エクアドルの地形は、南北に5,000m級の2本のアンデス山脈が走っており、西側のオクシデンタル山脈(Cordillera Occidental)と東側のオリエンタル山脈(Cordillera Oriental)に挟まれた2,500mの盆地状の平地が発達しています。この東西の山脈に挟まれた広大な盆地状の平地は肥沃な火山灰で覆われており、牧畜、トウモロコシやジャガイモなどの畑作地帯が広がっています。
この盆地状の平地に沿って古代インカの街道が作られており、それに沿ってカナダからアルゼンチンまでの南北アメリカ大陸を貫くPan American高速道路(国道35号線)が南北に走っています。
このPan American高速道路の整備がエクアドルの切花輸出の重要な役割を果たしており、バラの産地もPan American高速道路の沿線にあり、マリスカル国際空港(キト空港)を中心にキト市北部のCayambe地方(ピチンチャ州:Pichincha)とキト市南部のCotopaxi山の麓に広がる地域(コトパクシ州:Cotopaxi)でバラ産地が発達しています。
切りバラ生産会社の温室はPan American高速道路を走ると至る所に見ることができます。マリスカル国際空港(キト空港)からコロンビアに向かう飛行機の中からもCayambe地方に点在する温室を見ることができました。
エクアドルの国土の特徴としては、国の名前「EQUADOR=EQUATOR(赤道)」に代表される赤道直下とアンデス山脈の標高にあります。キト市北部にも赤道記念碑があり、この赤道記念碑はメートル法の基準点となっています。エクアドル訪問は9月22〜25日で、ちょうど秋分の日を挟んでいました。12:00に撮影した写真です。同行した菅家博昭氏の足下の影をご覧下さい。真下に影があるのが判るでしょうか。
このように、エクアドルは赤道直下で四季がなく一年中一定の気温で推移し、さらに標高2,500mの盆地であることから(標高が1,000m上昇すると気温は6℃下がる)、年間を通じて毎月の平均気温が13.7±0.2℃という典型的な熱帯高地の特殊気候となっています【pdfファイル】。
キト市内から見えるピチンチャ山(Mt. Pichincha:4,675m)は活火山で、1999年に噴火してキト市内が5cmの火山灰で覆われました。また、南にあるコトパクシ山(Mt. Cotopaxi:5,897m)はエクアドル富士とも呼ばれる美しい山で、マリスカル国際空港で飛行機のバックにみえるコトパクシ山は日本の風景のような錯覚を覚えさせます。このように、5,000m級の山がいただく氷河は、切り花生産における良質の潅水用水の供給源となっています。
● エクアドルの水事情
南北に走るアンデス山脈には5,000m級の数多くの火山があり、山頂は年中雪で覆われています。4,000m以上の山には氷河があり、その豊富な雪解け水が潅漑用水として農地に供給され、切花生産の水源となっています。しかし、近年の生産施設の急増によって次第に水不足の現象がみられ始めており、大規模生産会社では用水からの水を溜め池で確保したり、雨水を貯水するための大きな貯水池を設置していました。生産会社によっては、潅水した養液を回収して使用するなどの取り組みも始まっていました。
エクアドルのバラ生産地は東西のアンデス山脈に挟まれた2,500mの台地状の盆地にあり緩やかな起伏のある土地に温室が作られています。また、その土壌は火山灰土で水はけが良く、養液土耕栽培に適しています。
一定の降雨と豊富な氷河の雪解け水で水量も確保されており、かつ山の傾斜は急峻で川の水の流れも速いため、結果としてバラ温室で施肥された肥料の余剰分は地下水などに蓄積することなく速やかに川に流れ込んでいると思われます。したがって、一見農業生産による環境汚染はみられない状況となっていますが、河川の下流域や河口部の海浜では深刻な水質汚染が広がっているのではないかと推察します。
急峻な地形、豊富な河川水量などの環境は日本と類似しており、「水に流す」ということわざに代表されるように、目の前に汚染がなければ気にしないという環境保護に無頓着なところも共通しているようです。
● エクアドルの産業
案内してくれた通訳のクイズです。「エクアドル産業の第1位はアマゾンの石油、第3位が農業です。第2位は何でしょう」。
アマゾンに石油があることはあまり知られていませんが、かなりの未開発埋蔵量があるといわれています。エクアドルの農業はバナナ(第4位)、ココア(第7位)、コーヒーなどが主体でしたが、まさに近年の切りバラ輸出は外貨獲得に大きな力を発揮し始めています。
さて、このクイズの解答は「第2位が海外出稼ぎ労働者からの送金」ということでした。海外への出稼ぎ労働者が250万人が居住しており、スペイン、アメリカ合衆国、イタリア、カナダなどで働いているといわれています。国内産業が貧弱なエクアドルでは自国内で職を探すことが難しく、海外で出稼ぎをして家族への仕送りがかなり普通に行われています。人口1,300万人のうちの250万人の出稼ぎ割合は異常といえますが、これが後進国に重要な外貨獲得の大きな力となっていることも事実といえます。
国内産業が貧弱で、農業がその大きな役割を担っている状況からみると、栽培面積40haの切りバラ生産会社Nevado
Ecuadorが一日で20万本の切花を収穫しており、採花、選花、梱包、病害虫管理、栽培管理、輸出業務などの業務を行うために600人の多数の従業員を雇用し、さらに切花輸出によって外貨を稼いでいることはエクアドル国家として高く評価せざるを得ない状況といえるでしょう。
切り花生産会社の従業員雇用は、栽培面積に対する従業員の割合でみると、バナナやココア、畜産などの他の農業に比べて格段に多くの雇用を確保していることになります。23ha のBella Rosa社では250人の従業員を雇用していることからみて、切りバラ生産会社は平均13人/haの雇用を行っており、エクアドル国内のバラの生産面積が4,000haであることからみると、切りバラ産業は外貨獲得だけではなく、45万人の国内雇用を作り出していることになります。そして、年間のバラの輸出金額は8億2,280万$(740億円)に達しており,エクアドルにとって国策としてバラ生産を奨励せざるを得ない状況であることが判ります。
ちなみに、キト市の中心部の露店の花屋での売っていた普通のバラ(日本のバラと同じくらいの品質)の価格は3$/10本(30円/本)でしたので、同じ品質のバラの生産価格は10円以下ではないかと思います。
40haの生産面積を持つバラ切花生産会社の年間収穫本数が4,000万本というデータから換算すると生産性は100万本/haで、エクアドルのバラ生産面積が4,000haですので生産本数は40億本で、1本あたりの平均輸出金額は0.2$(18円/本)です。
エクアドル全体で600社の切花生産会社があり、5,700haの面積で切花が生産されています(切花のうちバラが最も多く4,000haの面積でバラが生産されています)。このデータから判断して、エクアドルの切花生産会社の平均生産面積は10haと広大です。
● エクアドルの切りバラ生産
エクアドルの切りバラ生産の特徴は巨大輪で超長切花です。バラの花は、一日の最高気温と最低気温の差が大きいほど巨大輪となります。エクアドルの温室は当然無加温ですので、温室内の最低気温は外気温と同じ8℃まで下がります。一方、外気温の最高気温は21℃程度ですが、自然換気の機能しかない温室内の最高気温は30℃程度まで上昇します。切りバラ生産温室内の温度日較差が20℃以上という特殊な気候がエクアドルの巨大輪のバラを生み出します。
バラの収穫までの日数(到花日数)は一日の平均気温に反比例します。無加温温室の一日の平均気温が15℃程度であるため、エクアドルでの収穫までの栽培日数(到花日数)は90日といわれており、年間4回の採花サイクルとなります。日本の到花日数が平均して60〜70日といわれていることからみると、収穫効率はそれ程大きくはありません。
しかし、40haの生産面積を持つバラ切花生産会社の年間収穫本数が4,000万本というデータから換算すると坪当たり330本の収穫となり、それ程低いとはいえません。その原因の一つとして高い日射量と、年間安定して収穫できる周年生産性を挙げることができます。
(4,000万本÷400,000u=100本/u、330本/坪、100本/u÷8株/u=12.5本/株)
● 生産施設の特徴
下の写真は、飛行機から見かけたHILSEA Investments社(Esmeralda Farms inc.)の30haの農場の全景です。エクアドルの農場の特徴は、大農場であっても一カ所に集中しており、集荷・選別・出荷の効率が極めて優れていることです。栽培管理も含めて作業効率が高く、労働生産性が高いことが特徴です。
温室の基本構造はいわゆるイスラエルタイプで、側面が開放で、天窓が入れ違いで開放されている構造です。この構造はケニア、インドでも共通しています。間口6.8m、支柱は6.8mピッチで入っていますが、どうみても強度が高いとはいえませんが、日本のような台風が来る訳でもないので、これで充分な強度なのかと思います。温室の基本面積は1棟が6.8m×122m(17ピッチ)で、屋根の降雨を集水するために中央が高くなった構造をしています。
生産施設の建設費は23,000$/ha(230円/u)とのことです。被覆するビニルは4.5$/kg(100円/u)
床にコンクリートが貼られた鉄骨ハウスの建設コストは300,000$/ha(3,000円/u)で、鉄骨ハウスだけの建設コストは60,000$/ha(600円/u)です。想像以上に安く、日本の1/100程度でしょうか。
● エクアドルの切りバラ輸出
エクアドルの花き展示会Agriflor2008に出展していたバラ生産会社への質問から、最近の輸出相手国としてロシアが急成長していることが判ります。ロシアは切りバラ生産が不可能な寒冷地であるにもかかわらずバラの需要が増加しており、エクアドルに限らず、ケニアやインドからも大量のバラが輸出されています。
エクアドルのバラの最も有利な点として花の大きさを挙げることができます。ケニアはエクアドルと同じ赤道直下の熱帯高地ですが、標高が2,000m前後と少々低く、日較差が小さいため花の大きさがエクアドルのものに比べて小さくなります。また、インドの生産地のバンガロールは北緯12℃とやや北に位置しており年間の気温が一定という訳ではなく、さらに標高も1,500〜2,000mと低いため花の大きさは小さめです。
このような状況から現在のロシアのバラ市場ではエクアドルは極めて有利なマーケティング展開を行っています。
輸出産業としての課題としては、エクアドルの花産業としての方向性をコントロールできる組織がないことです。コロンビアではコロンビア花卉輸出業者協会(Asocolflores)が国としての方向性を探り、国家戦略としての花き輸出産業の発展を考えているのに対して、エクアドルでは一応エクアドル花き生産・輸出協会(ExpoFlores : Association of Flower Producers and Exporters of Ecuador)が立ち上げられているもののほとんど機能しておらず、各生産会社が高く売れる輸出国のブローカーと独自に直接交渉をしています。輸出国の経済が順調に発展している時には問題は出てきませんが、世界金融危機などの問題が発生した時には、長期的な展望を持っていることが今後重要な課題となってくるのではないかと考えます。
● 輸出産業としてのエクアドルの将来
エクアドルのバラ輸出相手国はアメリカ、ロシア、カナダなどです。2000年当初はそのほとんどがアメリカへの輸出でしたが、2000年以降はロシアへの輸出が急増し、それに伴ってバラ生産会社が雨後の竹の子のように乱立しています。輸出本数が急増したことによってバラの国際価格が低下し始めており、この数年間の原油価格の高騰を受けて農薬価格が高騰し始めており、特に2008年初頭から半年間で農薬が3倍に高騰しているとのことです。またこれに加えて最低賃金が法律で定められた結果、人件費が高騰し始めており、この数年間は倒産するバラ生産会社もみられ始めているとのことでした。
2008年8月に起きた世界金融危機と原油価格の低下によって、アメリカ経済は急速にしぼみ始めており、ロシア経済にも暗雲が立ち込め始めています。今後、ロシアのマーケットが縮小した時には新たな販売先を求めて日本を含む世界中にダンピングをかけてくる恐れも否定できません。あるいは、一斉にバラ生産から他の切花生産に雪崩を打って変化することも考えられます。
エクアドルの今後の動向は世界の切花産業に大きな影響を与えると考えられ、注視していく必要があると思います。私の推定では、エクアドルは、その隣国で切花生産先進国であるコロンビアの生産・輸出スタイルを目指して変化するのではないかと考えます。
エクアドルのバラの象徴として超長切りバラをあげることができます。超長切りバラは収穫までの栽培期間が20週と長く、1年に2本しか収穫できません。しかし、アメリカに年間10万本を輸出している実績やロシアでの需要を満たすには至っていないようです。
超長切りバラの需要は、アメリカのラスベガスのホテルに代表されるバブル景気での需要やロシアンマフィアなどの需要に支えられているものですので、2008年の世界金融危機の影響が極めて大きいものと推察します。
現在、日本へのバラの輸出はたいした量ではありません。むしろコロンビアからの輸出量の方が多いくらいです。その理由として、(1))既にインドとケニアが中輪、大輪系が輸入切花の主流となっており、輸出超大輪、超長切花は日本人の感性に合わなかったこと、(2)日本のバラ消費量はエクアドルの想定輸出量を下回っており輸出先としての魅力が小さいこと、(3)ロシアとヨーロッパは輸出のための航空便が共通しており、アメリカと同様に直行便が利用できるのに対して、日本向けの場合にはアメリカなどで中継する必要があり、輸送面でデメリットが大きいこと、などがあります。
エクアドルとしては、日本ではなく、消費量が大きく、豪華な花を好む傾向のある中国をターゲットとして狙いを定めているようです。日本は東洋の感性を習得するための予備的な対象国ということができるかもしれません。
● 輸出のためのマーケティング
キト市で宿泊したHotel Dann Carltonで、エクアドルのバラ輸出のためのマーケティング戦略を見ることができました。ホテルの玄関ロビー、エレベーターホール、フロントテーブル、バーなど至る所に豪華なバラの装飾(装花)が飾ってありました。3泊したうちの2日目にはすべてのバラが新しい品種に交換されました。バラの装花には「Valle Verde」のプレートが掲示されていましたが当初はその意味が良く理解できませんでした。花き展示会Agrifloraに参加してそのプレートの「Valle Verde」がバラ生産会社であることが判りました。
Hotel Dann Carltonはキト空港から近いこともあって、ロシアやアメリカなど海外からの宿泊客が多く、切花輸入バイヤーもたくさん宿泊すると思われます。輸入バイヤーが目にするロビーやフロントテーブルなどに大量のValle Verde社の豪華なバラが飾ってあれば、是非農場を訪問して輸出契約を結びたいと考えることでしょう。恐らくこのような観点から、広報宣伝としてHotel Dann Carltonに大量のバラが提供されているものと思われます。まさに新たな輸出先を開拓するための的確なマーケティングだと感心しました。
● エクアドルでのバラ生産の問題点
エクアドルの気候は、年間を通じて最高気温21℃、最低気温8℃です。太陽光線が強く昼間は暑いくらいですが、夕方からは気温が一気に下がります。朝方は下の写真にあるように朝霧がかかる気候です。
バラ生産温室の構造は、写真にあるように天窓が解放されているイスラエルタイプの構造で、温室内の換気は自然換気に頼っています。
温室内の昼間の気温は30℃以上になり、夕方から急速に低下して最低気温は外気と同じ温度まで下がります。当然、大きな問題となるのが夜間の高湿度で、さらに明け方には朝霧が温室内に入り込みます。夜間に湿度が上昇すると病害発生の危険性が高くなり、病害防除のための農薬散布が不可欠です。訪問したNevado EcuadorやPacific bouquetsでも頻繁に農薬が散布されており、病害虫の防除が大きな課題となっています。
これまでのバラの輸出先はアメリカとロシアが中心でしたが、今後は世界金融危機の影響が比較的少ないヨーロッパへの輸出が多くなっていくものと考えます。
ヨーロッパは近世の植民地時代の反省もあって、発展途上国企業の現地従業員に対する福利厚生に対する関心が高く、MPS-SocialやFairTrade、FFP (Fair Flowers and Plants)などの認証制度が発達しています。ヨーロッパは近世の大航海時代以降、アフリカ、アジア、アメリカへの植民地政策が大きな国力向上の原動力となってきた過程で、植民地国の従業員からの搾取が必然的に行われてきました。しかし第二次世界大戦を契機に多くの植民地国が独立し、人権問題に対する世界的な関心が高まりを受けて、後進国の住民に対する福利厚生を保証する制度が確立してきました。
エクアドルではスペインを中心とする営利企業的生産が主流を占めており、MPS-Social
やFairTrade、FFPなどの従業員福利厚生に関する認証制度が浸透しておらず、今後ヨーロッパへの輸出が増加するにつれてこれらの認証への取り組みが増加し始めると考えます。
● 番外編
コカ茶のティーパック。「コカ」ではありません、「コカ茶」です。
「これを燃やしたらコカイン?」と話題になりましたが、そのようなことはありません。ガイドも「高山病対策には良い」とお墨付きです。効用は元気回復、ダイエット、疲労回復、高山病回復に効果があるとのことです。
途中のドライブインの庭で見つけたピンクトケイソウ(Passiflora mollissima)です。Banana Passion Fruitともいい、ブラジル原産ですが世界中に広がっています。エクアドルでは2,000m付近に自生しています。耐寒性が強く氷点下の低温にも耐えますが、耐暑性は低いとのことで、岐阜では栽培は難しいかもしれませんが、日本ではまだ普及していません。レストランで食べた果実の種子を持って帰りました。
ギニアピッグと呼ばれるネズミの仲間は占い師のパートナー動物としても使われるが、食用としても評価が高く、1匹20〜50$で販売されています。あまり食べたいとは思えないですねぇ・・・。
ラマです。人間が珍しいのか、カメラを構えるとポーズをしてくれました。
イチゴの露地栽培圃場です。そういえばイチゴは南アメリカが原産です。熱帯高地の日長条件はイチゴにとっては短日条件です。しかも夜間の気温は5〜8℃で、まさに低温短日条件で花芽分化には十分な条件でありながら、昼間の気温もそこそこ確保できるため、年間を通じて収穫できるとのことです。