金属錯体は、電子状態の多様な金属イオンと、設計性に富んだ有機配位子で構成され、2つをうまく組み合わせ規則的に配列された集積型金属錯体は、無機物や有機物を超える物性や機能が期待されています。我々は、基本単位となる金属錯体を合成し、それらを固体中で上手に並べ、新しい物性を開拓しようとしています。

(1)常磁性異種金属一次元鎖錯体の磁気物性
(2)ポリオキソメタレートと白金多核錯体の混合原子価集積体
(3)多孔性配位高分子

(1)常磁性異種金属一次元鎖錯体の磁気物性

導電/磁気物性の対象化合物であるd-バンドを形成する一次元鎖錯体は、KCP、マグナス塩、ハロゲン架橋のMXやMMXなどの、単一種金属が並んだ化合物があります。しかし、直接の金属結合を有する一次元鎖錯体は少なく、その理由の1つに、一次元鎖錯体の合理的な合成法が確立していないことが挙げられます。また、扱われる金属は、白金(Pt)、ロジウム(Rh)、イリジウム(Ir)、パラジウム(Pd)と非常に限られています。そのような中、私は、2種類の金属錯体同士のHOMO-LUMO相互作用を利用して、複数種類の金属が並んだ新しいタイプの一次元鎖錯体の合成に成功しています。様々な金属を自在に数珠繋ぎに並べ、そこでの新しい物性発現を狙っています。

Review: Dalton Trans.2017, Coord. Chem. Rev.2022

〔具体的な内容〕

 2005年に、アミダート架橋白金複核錯体(= [Pt2])と白金-ロジウム複核錯体(= [Pt-Rh])が連なった、異種金属白金一次元鎖錯体の単結晶を、偶然に得て、その結晶構造を明らかにした(Angew. Chem., 2005)。この一次元鎖錯体は、-[Pt-Rh]-[Pt2]-[Pt2]-[Rh-Pt]-Cl-と、白金とロジウムが非架橋の金属結合を形成し、一次元状に多核化していた。また、この一次元鎖錯体は、ESR測定と帯磁率測定から、-[PtIII-RhIII]-[Pt2II,II]-[Pt2II,II]-[RhII-PtIII]-Cl-の混合原子価状態を有し、HOMOは白金-ロジウム複核錯体のδ*軌道で不対スピンを有していた。また、温度に対するESRシグナル先鋭化より、不対スピンが、隣接δ*軌道間を、109Hzオーダーで高速にホッピングをしていることを明らかにした(Inorg. Chem., 2010)。
 偶然の結果ではあるが、非架橋の白金-ロジウム結合は、異種金属結合を利用した新しい一次元伸長化法を提示してくれた。すなわち、ある金属錯体のHOMO σ*軌道と、別の金属錯体のLUMO σ*軌道を、z軸方向で重ね合わせれば、金属結合によって合理的に一次元多核化できる、という発想である。そこで、HOMO σ*軌道をもつアミダート架橋白金複核錯体(= [Pt2])と、LUMO σ*軌道をもつランタン型ロジウム複核錯体(= [Rh2])を混合してみた。すると、直接の金属結合で連なった一次元鎖錯体を合成できた(Inorg. Chem., 2011)。この一次元鎖は、-[Pt2II,II]-[Rh2II,II]-[Pt2II,II]-の金属配列と酸化状態をもつ。DFT計算と拡散反射スペクトルから、この一次元鎖のHOMOは[Rh2II,II]にあり、ロジウム部位の配位子を、CF3CO2-、CH3CO2-、CH3CONH-と替えて、HOMOをπ*、δ*軌道と可変であることがわかった。また、金属配列を[Pt2II,II]-[Rh2II,II]-[Pt2II,II]と維持しながら、白金複核錯体の補助配位子を替えることもでき、合成の汎用性を確認している(Polyhedron, 2012)。
 さらに、σ*軌道のHOMO-LUMO相互作用を利用して、常磁性一次元鎖錯体の合成を試みた。酢酸ルテニウム(= [Ru2])は、[Ru2II,III]もしくは[Ru2II,II]の酸化状態をもち、縮重したπ*、δ*軌道に、3つもしくは2つの不対スピンを有することが知られている。酢酸ルテニウムのLUMOもσ*軌道である。この酢酸ルテニウムと白金複核錯体を混合すると、-[Pt2II,II]-[Ru2II,II]-[Pt2II,II]-の金属配列と酸化状態をもつ一次元鎖錯体を合成できた。ESR測定と帯磁率測定から、この一次元鎖のHOMOは、[Ru2II,II]のπ*軌道上にあり、2つの不対スピンが存在することがわかった。また、一次元鎖内の隣接[Ru2II,II]と、比較的強い反強磁性的相互作用を示すことがわかった(Inorg. Chem., 2016)。
 さらに、白金-銅三核錯体(= [Pt-Cu-Pt])と、ランタン型ロジウム複核錯体から、-[PtII-CuII-PtII]-[Rh2II,II]-の金属配列と酸化状態をもつ一次元鎖錯体の合成に成功した(Inorg. Chem., 2013)。これは、3種類の金属が規則的に並んだ初めての例である。この一次元鎖錯体も常磁性であり、ESR測定から、HOMO(SOMO)は、Cu dx2-y2軌道であることがわかった。原料錯体の白金-銅三核錯体のSOMOもCu dx2-y2軌道で、軸対称のESRシグナルにおいて、Cu (I = 3/2)による4本に分裂した超微細構造が観測されるが、一次元鎖内では、隣接不対スピンとの交換相互作用の為、微細構造は消失しシグナルは先鋭化していた。また、類似体として、[PtII-CuII-PtII]-[Rh2II,II]-[PtII-CuII-PtII]八核錯体の合成にも成功しており、このESR測定では、7本に分裂した軸対称シグナルが観測された。これは、不対スピンがCu dx2-y2軌道のみならず、Pt上にも存在することを意味し、白金と銅が確かに金属結合していることを明らかにした。
 以上より、従来の単一種金属からなる一次元鎖錯体に対して、2種類の金属錯体のHOMOとLUMOを考慮して、複数種の金属からなる、合理的な一次元鎖錯体の合成法を開発できた。この方法を用いれば、電子構造制御を指向した、多くの類似化合物を合成できるだけでなく、従来、一次元状に並ばないとされてきた金属も、一次元鎖内に組み込められる可能性があり、幅広い物質群への成長が期待できる。

(2)ポリオキソメタレートと白金多核錯体の混合原子価集積体

ポリオキソメタレート(POM)は、高酸化状態の金属が酸素で連結された球形のアニオン性多核金属錯体です。球の中には様々なアニオンを取り込め、金属種と金属核数が変わることで、性状の異なるPOMが合成されています。固体酸化物を切り出した分子構造をもつPOMは、一電子還元すると、その不対電子は球上を非局在化しますが、POM同士の電子的な相互作用が弱く、バルク固体では絶縁体です。我々は、これらPOMを、固体中で確かな相互作用をもって配列し、アニオン性のPOMと、カチオン性の一次元状多核金属錯体から多彩な分子性導体を合成しています。
 

(3)多孔性配位高分子

多孔性配位高分子とは、金属の配位方向とデザインされた有機配位子からなる、細孔を有する金属錯体であり、活性炭やゼオライトと同様に細孔性材料として期待されています。下図のように、様々なトポロジーをもつネットワークが形成可能で、この多孔性配位高分子の新たな機能性を模索しながら、新規物質の創製を進めています。

Review: Chem. Soc. Rev., 2005

〔具体的な内容〕

これまでに、両ピリジン間にアミド基を有する架橋配位子を用いて、分子の形状と水素結合サイトを認識して、選択的に有機分子を取り込める2次元配位高分子の合成に成功した。この選択的吸着能は、結晶構造が柔軟であることに由来し、有機分子を吸着した状態と脱着した状態の結晶構造が異なり、可逆的に構造変換することに起因する。また、大きな細孔を有する3次元ジャングルジム型多孔性配位高分子で、段階的に吸着する挙動を見出し、それは骨格が吸着質分子を高度に認識し、収縮するためであることを明らかにした。一方で、アミド基を有する架橋配位子を用いて、1次元配位高分子を系統的に結晶化し、蛋白質のモチーフであるβ-シートや螺旋構造に類似した配位高分子の結晶化に成功している。

 研究助成(本人代表分) 

これらの研究に支援して頂き、厚く御礼申し上げます。

文部省科学研究費補助金など公的資金
・2005-06年度 科研費補助金 若手研究(B)
 「非局在電子スピンを有する白金ブルーの一次元拡張化と導電物性評価」
・2007-08年度 科研費補助金 若手研究(B)
 「異種金属混合原子価一次元鎖錯体の電子構造制御と導電物性評価」
・2012-14年度 科研費補助金 基盤(C)
 「異種金属結合を利用した混合原子価一次元錯体の合成とスピンダイナミクス」
・2015-17年度 科研費補助金 基盤(C)
 「二重交換相互作用に基づく異種金属一次元多核錯体での強磁性発現」
・2015-16年度 新学術領域研究 元素ブロック「公募研究」
 「疎水性相互作用を利用した一次元状ヘテロ金属オリゴマーの合成とスピンダイナミクス」
・2018-20年度 科研費補助金 基盤(C)
 「異種金属一次元鎖錯体におけるパイバンドの創成」
・2021-23年度 科研費補助金 基盤(C)
 「ポリオキソメタレートと白金多核錯体からなる混合原子価一次元集積体の導電物性」

財団などからの研究助成金
・2005年度 三菱化学研究奨励基金
 「一次元金属錯体内の電子スピン高速ホッピング運動評価」
・2006年度 池谷科学技術振興財団
 「常磁性白金-ロジウム混合原子価一次元錯体の電子構造制御」
・2007年度 花王芸術・科学財団
 「ゲル結晶化法を利用した多孔性配位高分子分離膜の合成」
・2007年度 近畿地方発明センター
 「白金一次元鎖錯体の異種金属による合理的伸張化法の開発」
・2007年度 向科学技術振興財団
 「多孔性有機無機複合材料MOFによる分離膜と触媒活性場の創製」
・2007年度 実吉奨学会
 「柔軟な疎水性多孔性配位高分子での2段階アルコール吸着機構の解明」
・2008年度 矢崎科学技術振興記念財団
 「複数の不対スピンを有する一次元多核錯体の磁気物性評価」
・2009年度 遠藤斉治朗記念科学技術振興財団
 「配位子置換による白金-ロジウム混合原子価一次元鎖錯体のフロンティア軌道制御」
・2010年度 小川科学技術財団
 「配位子置換による[Rh2][Pt4]型一次元鎖錯体の導電性制御」
・2012年度 日本板硝子材料工学助成会
 「レドックス活性配位子を導入した異種金属一次元鎖錯体の合成と物性評価」
・2013年度 倉田記念日立科学技術財団
 「白金-ロジウム-次元鎖錯体における骨格制御に基づく誘電性の向上」
・2016年度 宇部興産学術振興財団
 「異種金属結合を介した一次元多核錯体内での強磁性発現」
・2017年度 越山科学技術振興財団
 「高い電気伝導性をもつ異種金属一次元鎖錯体の電解酸化合成」
・2017年度 住友電工グループ社会貢献基金
 「異種金属一次元鎖錯体の電解酸化と導電物性評価」
・2018年度 徳山科学技術振興財団
 「非整数酸化数をもつ異種金属一次元鎖錯体の合成と導電物性評価」
・2019年度 泉科学技術振興財団
 「3種類の金属が規則的に並んだ異種金属一次元多核錯体での強磁性発現」
・2019年度 カシオ科学振興財団
 「非整数金属酸化数をもつ異種金属一次元鎖錯体の合成」
・2019年度 島津科学技術振興財団
 「異種金属一次元鎖錯体の合成と高圧下での導電物性評価」
・2019年度 東電記念財団
 「異種金属一次元鎖錯体の電解酸化と導電物性評価」
・2020-22年度 小川科学技術財団
 「異種金属一次元状多核錯体の逐次的な伸長化法の開発」
・2020年度 松籟科学技術振興財団
 「異種金属結合による第一遷移金属の一次元配列化と磁気物性評価」
・2020年度 東京応化科学技術振興財団
 「マンガン-ルテニウム強磁性異種金属一次元鎖錯体の合成」
・2020年度 双葉電子記念財団
 「太陽電池利用を目指したPOM 伝導体の開発」
・2020-21年度 旭硝子財団
 「金属結合で介した単一次元鎖磁石の創製」
・2020年度 加藤科学振興会
 「多核金属錯体からPOMへの電荷移動を伴う集積構造構築と太陽電池への応用」
・2021-22年度 中部電気利用基礎研究振興財団
 「二次元POM集積体のキャリア移動度評価と太陽電池電荷分離相への応用」
・2021年度 豊田理研スカラー
 「ポリオキソメタレートを基盤とした新しい分子性導体の開発」
・2021-22年度 立松財団
 「金属架橋されたポリオキソメタレート二次元集積体の物性評価と太陽電池への応用」
・2021年度 豊田理研スカラー共同研究
 「金属錯体を基盤とした一次元状物質の電気物性の実測および予測」
・2022年度 熊谷科学技術振興財団
 「d 軌道が直交した異種金属一次元状四核錯体での強い磁気的相互作用発現」
・2022年度 豊田理研スカラー共同研究(Phase2)
 「金属錯体を基盤とした一次元状物質の電気物性の実測および予測」
・2022年度 藤森科学技術振興財団
 「太陽電池利用を目指した酸化チタン上への二次元POM集積体の成膜化」
・2022年度 越山科学技術振興財団
 「近赤外光を吸収する混合原子価ポリオキソメタレートを含む太陽電池の開発」
・2022年度 日本産業科学研究所
 「二重交換相互作用による混合原子価一次元状六核錯体の強磁性化」
・2023年度 池谷科学技術振興財団
 「局在スピンと伝導電子を併せもつ異種金属一次元鎖錯体の創製」
・2023-24年度 高橋産業経済研究財団
 「ポリオキソメタレートのバンド構造制御と金属化」
・2024年度 シーシーアイ研究財団
 「単分子磁石を目指したトランス架橋三核錯体の金属結合を介した強磁性化」
・2024年度 天野工業技術研究所
 「ポリオキソメタレートと白金多核錯体による混合原子価三次元集積体の合成と電子物性開拓」

学内の支援
・2010年度 岐阜大学 平成22年度大学活性化経費
 「フロンティア軌道制御された2種類のランタン型複核錯体の一次元多核集積化」

国際会議等海外派遣助成
・2005年度 Young Scientist Travel Award for IUPAC-2005 in Beijing
・2008年度 財団法人山口大学教育研究後援財団 教職員海外派遣助成事業