岐阜大学の「トリとカエルと伴侶動物の生化学」の研究室

「鳥の目」で見るホルモン

 
 
孵化1日目のヒヨコ
 
 

 「鳥の目」で見るホルモン(研究紹介)

 鳥は一般に繁殖,産卵と子育てが終わると換羽(羽の生えかわり)をして,(渡り鳥の場合は)渡っていく,というライフサイクルを持っています(図1)。このような鳥の生活は,さまざまなホルモンに支えられています。私たち人間は鳥の美しい姿やさえずりを愛でますが,このような美しい鳥の姿も声もホルモンの働きがあってのことと言えます。
 


図1 鳥のライフサイクル

 
 当研究室では,多様な鳥の世界を体内から支えているホルモン作用の共通性をさぐることを研究テーマのひとつにしています。研究は家畜(家禽)化された鳥であるニワトリを主な対象にしていますが,野鳥のライフサイクルの解明や,鳥類を含めた生態系における生物多様性の保全にも貢献することを念頭に置いて研究を行っています。
 以下では,鳥のライフサイクルを支えるたくさんのホルモンのうち,脳下垂体(下垂体)で生産・分泌されるLH,FSHとTSHについて,これまでの研究結果を含めて概略を説明します(主に学部の2~3年生の方を対象にしていますが,1年生や高校生の方も,わかりにくいところは飛ばしてお読みください)。

(1)LHとFSH 

 
 いずれも下垂体前葉から分泌される性腺刺激ホルモンです。哺乳類ではFSHは卵胞の発育を刺激し,LHはFSHによって発育した卵胞の排卵とその後の黄体化を引き起こします。一方,鳥類におけるFSHの役割は必ずしも明確ではなく,卵巣(図2)に対する作用はLHの方が顕著です。また,LHには黄体化作用はありません(鳥類の卵胞は黄体化しないため)。このように,同じ名前のホルモンでも,哺乳類と鳥類では若干働きに違いがあります。
 

図2 ニワトリの解剖模型。
○で囲んだ部分が卵巣で,一個一個の黄色いものが卵胞。


 LHとFSHは共通のαサブユニットと,それぞれのホルモンに特異的なβサブユニットが会合したタンパク質(ヘテロダイマー)です。βサブユニットの方は,LHβとFSHβでのアミノ酸配列の共通性はヒトの場合で41%と高く,共通の祖先タンパク質から分化したものと考えられています。これほど似ていても性腺で間違って働くことがないのは,LHはLHレセプターに,FSHはFSHレセプターに特異的に結合するからです。つまり,LHβとFSHβはアミノ酸の相同性は高いのですが,レセプターと結合する部分のアミノ酸配列は互いに異なっているので,間違って結合することは生理的には起こらないのです。
 
 ところが,(自然界ではあり得ないことですが)ニワトリのLHをラットの卵巣に加えてみたところ,ラットのFSHと同様の作用(FSHレセプター結合活性,エストロゲン生産活性)を示すことがわかりました。
 
 ホルモンは動物個体の外に出て働いたりすることはありませんので,長い脊椎動物の歴史の中で,LHはその動物のLHレセプターと結合するように,またFSHはその動物のFSHレセプターと結合するように,それぞれ共進化してきたと考えられます。ところが,LHとFSHはもともとアミノ酸の相同性が高いために,たまたまトリLHの配列がラットのFSHレセプターに結合できる配列になってしまったのだろうと考えています。
 
 ちなみに,ウマの尿から大量に抽出されるPMSGというホルモンは,ウマの体内ではLH作用が強いのですが,ヒトやラットに投与するとFSH作用を強く発揮するため,貴重なFSHの代わりに治療薬として使われることがあります。

この項目に関連した論文:
Iwasawa et al. Comparative Biochemistry & Physiology Part C 120: 83-89, 1998.

(2)TSH 

 
 LHやFSHと同じく下垂体前葉から分泌されるホルモンですが,甲状腺を刺激して甲状腺ホルモン(T3やT4)を合成・分泌させるホルモンです。LH,FSHと共通のαサブユニットと,TSHに特異的なβサブユニットが会合したヘテロダイマーのタンパク質です。
 TSHは,甲状腺濾胞細胞の細胞膜にあるTSHレセプターに結合して,甲状腺ホルモンの合成と分泌にかかわるいくつかの反応を促進します。ニワトリのTSHはラットの甲状腺細胞(FRTL-5という株化細胞)にも作用できます。
 甲状腺ホルモンはいつもT3とT4の2種類が登場しますので,なぜいつも二人組なのかと疑問に思われる方がいるかも知れません。ヒトの甲状腺からはT4:T3=10:1(重量比)くらいの割合でどちらのホルモンも分泌されますが,実際に末梢組織(肝臓や腎臓など様々な組織)の甲状腺ホルモンレセプターに結合するのはT3の方で,T4(図3)は分子にヨウ素がT3よりも1つ余計に付いているため,受容体に対する結合親和性はT3の10分の1程度です。T4は約8割が末梢組織の細胞膜にある「脱ヨウ素酵素(deiodinase)」によってT3に変換されますので,最近では,T4はT3の低活性前駆体(T3が本当の甲状腺ホルモン)と位置付けられています。
 

図3 T4の分子模型。
紫色がヨウ素。矢印のヨウ素が水素になっているものがT3。その他の原子は黒が炭素,白が水素,青が窒素,赤が酸素。

 
 いろいろな生理的状態における血液中の甲状腺ホルモン濃度の変動を実際に測定してみると,T4の動きとT3の動きとはしばしば一致しません。これは,末梢組織でのT4からT3への変換が,TSHによる甲状腺ホルモンの分泌調節とは関係なく起こっているためと考えられます。視床下部-下垂体-甲状腺系は,甲状腺ホルモンが分泌された後に,さらにもう一つの制御系(脱ヨウ素反応による制御)が存在するわけです。
 以上に述べたような甲状腺ホルモンの制御機構は,主としてヒトやラットを始めとする哺乳類でのしくみがよく知られています。しかし,鳥類では血液中の甲状腺ホルモンの変動は解析(測定)でき,脱ヨウ素酵素についても研究が進んできましたが,TSHの簡便な測定法(イムノアッセイなど)はいまだに開発途中です。これらの手法を組み合わせて解析できれば,鳥類における甲状腺ホルモンの制御機構は次第に明らかになってくると思います。
 甲状腺ホルモンの働きは代謝促進や両生類などの変態への作用がよく知られていますが,発生,分化,成長,細胞死など,動物の基本的な活動を制御するホルモンです。鳥類では,換羽を促進する作用が古くから知られているほか,渡りの前に脂肪を蓄積することに関与するという報告もあります。卵(胚)では卵黄嚢の退縮,肺の発達や孵化にも関与すると言われています。「鳴き卵」といって,孵化前の卵の中でひよこが鳴いていることがありますが,この際にニワトリのひよこの血液中の甲状腺ホルモン濃度はたいへん高くなっており,孵化するとすぐに減少します。
 野鳥の甲状腺ホルモンを測定した文献はいろいろありますが,結果がさまざまであることから,気温,一日の間の時刻,生活史における時期,栄養状態,雌雄差,捕獲によるストレスなど,一定した結果を出にくくしている要因の存在が予想されます。飼育下のニワトリや孵卵中の卵など,比較的条件の一定した動物での基礎研究も重要だろうと思います。
 また,甲状腺組織は,円口類のヤツメウナギから存在が知られています。動物の体制が複雑になり,外界の情報を中枢神経系に集めて処理する必要性が高まると,出力側である視床下部-下垂体-内分泌腺系の制御機構の発達も重要になります。この統合の際に,既存の甲状腺ホルモン作用の自律性がどのように影響を受けたかは,鳥類を始めとするいろいろな動物種でのTSHの作用と脱ヨウ素反応の調節機構を調べることで次第に明らかになるものと考えられます。
(注)T3,T4の3と4は通例下付き文字で書きます。

この項目に関連した論文:
Iwasawa et al. Poultry Science 77: 156-162, 1998.
Iwasawa et al. J. Reproduction and Development 48: 197-204, 2002.
Iwasawa et al. J. Reproduction and Development 48: 489-496, 2002
 

 以上のように,鳥類のホルモンを調べることは鳥のライフサイクルを体内で支えている化学的なしくみを明らかすることにつながります。また,これを手がかりにして,ホルモンという観点から動物のたどった歴史を「鳥瞰」することにもつながると考えられます。