(以下の内容は、学会誌「脂質栄養学」vol.8, N0.2, 128-133 に掲載したものを転載した。)

ω3およびω6系必須脂肪酸の必須性と推奨摂取量に関するワークショップ

Artemis P.Simopoulos 1),MD, Alexander Leaf,MD 2), Norman Salem,Jr,PhD 3)
1) The Cennter for Genetics, Nutrition and Health, Washington, D.C.
2) Massachusetts General Hospital, Charlestown, MA
3) National Institute of Alcohol Abuse and Alcoholism,National Institute of Health, Rockville, MD, USA
 

ISSFAL NEWSLETTER Vol.6, No.2, p.14-16


 ω3およびω6系必須脂肪酸の必須性と推奨摂取量に関するワークショップが1999年4月7−9日に米国メリーランド州ベセスダのNIHで開催された。このワークショップはNational Institute of Alcohol Abuse and Alcoholism‐NIH,The Office of Dietary Supplements‐NIH,The Center for Genetics, Nutrition and Health, The International Society for the Study of Fatty Acids and Lipids による後援、ならびに数企業の協賛により行われた。
本ワークショップには、オーストラリア、カナダ、デンマーク、フランス、イタリー、日本、ノルウェイ、スイス、英国、米国からの学術、政府、国際機関や、企業の研究者が参加しており、国際性の高い会議である。このワークショップの参加者は、乳児栄養、心臓血管系疾患および精神医学の領域での必須脂肪酸の研究者である。乳児栄養と心臓血管疾患領域を選んだ理由は、ω6、ω3系必須脂肪酸に関する動物実験や臨床研究、生化学的・生理学的機構と機能の研究が広く行なわれてきたからである。必須脂肪酸の精神面における役割に関する研究はまだ新しいが、今後の有望な研究領域である。

 ワークショップのはじまの2日間は、各研究者による発表と討論が行なわれた。個々の研究者の発表および各セッションの終了後に討論が行なわれる円卓会議形式がとられた。初日はセッション1として「必須性と準拠摂取量の設定の原則」、セッション2として「必須脂肪酸と中枢神経系の機能」について議論された。
 第2日目はセッション3「心臓血管疾患」に始まり、セッション4「必須脂肪酸と飽和、一価脂肪酸、トランス型脂肪酸との関連」 と続いた。第3日目の午前には、セッション5「必須脂肪酸の推奨摂取量とω6系/ω3系(リノール酸、α‐リノレン酸、アラキドン酸,エイコサペンタエン酸、ドコサヘキサエン酸)比において、各企業の代表者がそれぞれの企業における研究結果や臨床介入試験、商品開発の面から意見を述べた。また米国農務省(USDA)、世界保健機構(WHO),国連食品農業機構(FAO)の代表者らが、これらの機関が参入した摂取必須脂肪酸とその活性に関する研究や方針を述べた。ここで注目すべき点は、検討を重ねた末に以下のことが合意されたことである。ω6系不飽和脂肪酸の摂取を減らすとともに、ω3系不飽和脂肪酸の摂取を増やすことが、成人および新生児の正常な脳の発達と、心臓血管の機能の維持に重要である。これは過剰なアラキドン酸エイコサノイドの有害性を減じるのに必要である。アラキドン酸とエイコサノイドの過剰は必要以上のリノール酸とアラキドン酸を摂取することと、ω3系脂肪酸の摂取が少ない場合に生ずる。過剰のアラキドン酸とエイコサノイドの有害性は、以下のような2つの相互に関連する食事改善により抑えることができる。第1にω6系不飽和脂肪酸の前駆体であり、アラキドン酸に体内で変化するリノール酸を多く含む植物油の摂取量を減らす。第2にω3系不飽和脂肪酸の摂取を同時に増やすことである。リノール酸がアラキドン酸に変換されるときに必要な△6 desaturaseは、α‐リノレン酸が変換される場合にも必要である。すなわち、この酵素反応において、ω3系とω6系間で競合しているといえる。
 α‐リノレン酸を摂取すれば、欧米先進国で多く摂取されている植物油(コーン油,サフラワー油や大豆油)の中に含まれるリノール酸のアラキドン酸への変換を阻害できる。α‐リノレン酸とともにエイコサペンタエン酸とドコサヘキサエン酸の摂取を増やすことと、リノール酸を多く含む植物油の摂取を減らすことが、これからの国における健康増進に必要といえる。第3日目の午後はω6系およびω3系必須脂肪酸とその他の脂肪酸との関連について討論した。ここでは健康成人、妊婦、授乳期の母親に対する推奨摂取量と、母乳児と同様の成長・発達を維持するための幼児用人工乳の必須脂肪酸組成を中心に議論された。

1.成人
参加者はDietary Reference Intake を決定する十分なデータはないが、成人の適正摂取量(AI)を表1のように推奨する十分なデータがあると認めた。

表1  成人における適正摂取量(AI)◎
 
エネルギー%  g/日 (2000Kcal 食)
リノール酸(n−6) 4.4
                   (上限 )1) 3  (6.7)
α‐リノレン酸(n−3) 1 2.22
EPA +DHA(n−3) 0.3 0.65
DHA下限 2) 0.1 0.22
EPA下限 0.1 0.22
トランス型脂肪酸 3) 1.0
飽和脂肪酸 4) <8 .0  −
一価不飽和脂肪酸 5)  −  −

1)適正摂取について推奨されているが、リノール酸摂取量の上限として3エネルギー%、2000Kcal /日食として6.67gとする十分な科学的根拠があると考えた。
2)妊娠・授乳期の女性は、300mg/日のDHAを摂取すべきである。
3)乳製品を除いて、自然状態での他の食品はトランス型脂肪酸を含まない。したがって、不飽和脂肪酸の水素添加や高温調理(フライ油の再利用)の結果としてのトランス型脂肪酸が食品供給に含まれることを勧めない。
4)飽和脂肪は8エネルギー%以上にすべきではない。
5)脂肪酸の大部分は一価不飽和脂肪酸として摂取することが勧められる。総脂質摂取量は世界各国の文化、食習慣によって決まるが、体重コントロールと肥満の重要性に特に留意すべきである。

◎適正摂取量(AI,Adequate Inakes)
健康人の群で観察された平均栄養素取量の概算値あるいは実験的に求められた摂取レベルに基づく値。子供と成人のAIは、ある健康な群のほぼ全員での定義された栄養状態あるいは適正とする基準を維持するのに必要な量に合うか越えることが期待されている。

1.妊娠と授乳期
DHAの摂取量として300mg/日を確保し、他は成人の適正摂取量の内容と同じとする。
2.乳幼児用人工乳/食事
世界的に未熟児の出生数が多いこと、母乳で乳児を育てる母親が少ないこと、疾患を有する乳児の適正な栄養を考える必要などを考慮すれば、乳児用人工乳の組成が最重要項目として注目されるべきである。乳児用人工乳および乳児の食事の組成は、母乳で育てられた乳児と同じ成長と神経系の発達とを達成することを示した研究結果をもとに設定された(表2)。

表2 乳幼児人工乳/食事における適性摂取量(AI)◎
 
リノール酸 1) 10 %
α‐リノレン酸 1.5 %
アラキドン酸 2) 0.5 %
DHA 0.35%
EPA 3) (上限) <0.10%

1)日本では母乳中のリノール酸は総脂肪酸中の6%であり、DHAは約0.6%である。ここに示した乳幼児粉ミルク/食事の組成は、欧米における研究結果にならった。
2)主な多価不飽和脂肪酸であるアラキドン酸、DHAをすべての乳児粉ミルクに加えるとした。
3)EPAは通常母乳に含まれているが、乳幼児粉ミルク中のその濃度が0.1%を越えるとアラキドン酸と競合して、乳児の成長を妨げる可能性がある

◎適正摂取量(AI,Adequate Innakes)
健康人の群で観察された平均栄養素取量の概算値あるいは実験的に求められた摂取レベルに基づく値。子供と成人のAIは、ある健康な群のほぼ全員での定義された栄養状態あるいは適正とする基準を維持するのに必要な量に合うか越えることが期待されている。

 上記の推奨摂取量に関する決定事項に対して、ワークショップの参加者**が同意した。
なおこれらの参加者から成るワーキンググループが、この決定事項を世界各国に向けて出版する際の著作権を有する。ただし本決定事項における見解は、米国 Dept. Health and Human Services での公式な立場を反映したものではない。
**Eileen Birch, Ph.D. (Retina Foundation of the Southwest, Dallas, Texas, USA), Jacques Boudreau (Ocean Nutrition Canada, Ltd., Bedford. Nova Scotia. Canada), Raffaele De Caterina, M.D,, Ph.D, (CNR Institute of Clinical Physiology, Pisa, Italy), William Clay, Ph.D, (Food and Agriculture Organization of the United Nations, Rome, Italy), S. Boyd Eaton, M.D. (Emory University, Atlanta, Georgia, USA), Claudio Galli, M.D. (University of Milan, Milan, Italy). Tomohito Hamazaki, M.D., Ph.D. (Toyama Medical and Pharmaceutical University, Toyama, Japan), William S. Harris, Ph.D. (St. Luke's Hospital, Kansas City. Kansas, USA), Joseph R. Hibbeln, M.D. (National Institute on Alcohol Abuse and Alcoholism, NIH, Bethesda, Maryland, USA), Peter R.C. Howe, Ph.D, (University of Wollongong, Wollongong, New South Wales, Australia), David J. Kyle, Ph,D. (Martek Biosciences Corporation. Columbia, Maryland. USA), William E. Lands, Ph,D. (National Institute on Alcohol Abuse and Alcoholism. NlH. Bethesda, Maryland, USA), Dominique Lanzmann-Petithory, M.D, (Groupe Danone, Athis Mons, France), Aiexander Leaf, M.D, (Massachusetts General Hospital, Charlestown, Massachusetts, USA), Roberto Marchioli, M.D. (Consorzio Mario Negri Sud, Santa Maria Imbaro, Italy), Reto Muggli, Ph.D. (F. Hofiimann-La Roche Ltd,, Basel, Switzerland), Gary J. Nelson, Ph.D. (U,S. Department of Agriculture, San Francisco, Califomia, USA), Sandra Ohnesorg (BASF Health & Nutrition. Ballerup, Denmark), Harumi Okuyama, Ph.D. (Nagoya City University, Nagoya, Japan), Manuel Pena, M.D. (Pan American Health Organization, Washington, D.C.. USA), Serge Renaud, M.D. (INSERM, Bordeaux, France), Bjorn Rene, Ph.D. (Pronova Biocare. A. S., Sandefjord, Norway), Ray Rice, Ph.D., (Fish Foundation/Issfal, Tiverton,United Kingdom), Norrnan Salem, Jr., Ph.D. (National Institute on Alcohol Abuse and Alcoholism, NIH. Rockville, Maryland, USA), Artemis P. Simopoulos, M,D. (The Center for Genetics, Nutrition and Health, Washington, D,C., USA), Andrew Sinclair, Ph.D. (RMIT, Melbourne, Australia), Arthur A. Spector, M.D. (The University of lowa, Iowa City, Iowa, USA), Paul A. Stitt, Ph.D. (Essential Nutrient Research Company, Manitowoc, Wisconsin. USA), Andrew L. Stoll, M. D, (McLean Hospital, Belmont. Massachusetts, USA), Peter Willatts, Ph.D, (University of Dundee, Dundee. United Kingdom), and Herbert Woolf, Ph.D. (BASF Corporation, Mount Olive, New Jersey, USA).

現時点では、この報告はISSFALの公式の推奨ではない。理事会に提出し、認められれば、ISSFALの公式の声明が発表されるであろう。(文責 渡辺志朗、浜崎智仁、奥山治美)