[1]. 新しいコレステロール代謝改善ペプチド(IIAEK:ラクトスタチン)の媒介する新しい コレステロール代謝調節系
(牛乳乳清 β -ラクトグロブリン由来の新しいコレステロール代謝改善ペプチド)

 

 一般に、カゼインなどの動物性タンパク質は大豆タンパク質などの植物性タンパク質と比べて、血清コレステロール( CHOL)値を上昇させると考えられてきた(図2参照)。
しかし、長岡らは高CHOL血症生成時に、乳清タンパク質やその主要構成タンパク質であるβ-ラクトグロブリン、それらのトリプシン加水分解物の摂取により、血清・肝臓CHOLが低下するとともに、糞中CHOL・胆汁酸排泄量が上昇することをした。さらに、ヒト腸由来細胞Caco-2培養細胞において、β-ラクトグロブリン由来IIAEKなどの4種類をCHOL吸収抑制ペプチドとして同定した(図3参照)。これまで、どの起源のタンパク質からも、in vivoで機能するCHOL代謝改善ペプチドは発見されていなかった。我々は動物実験により、CHOL代謝改善ペプチド(IIAEK)を世界に先駆けて初めて発見した。我々は、IIAEKを「lactostatin:ラクトスタチン」と命名した。ところで、脂質代謝系に影響する内因性オリゴペプチド(10残基以下)は、enterostatin(VPDPR)以外にはこれまで知られていない。

 一方、外因性オリゴペプチドに関する研究は IIAEK以外にはほとんどない。したがって、外因性オリゴペプチドの媒介するCHOL代謝調節系は、未開拓の研究領域である。我々のIIAEKの発見は、タンパク質のアミノ酸配列には、未知のCHOL代謝調節シグナルが潜在している可能性(新仮説)を示すものである(図4参照)。今回紹介する研究成果は、上記の新仮説に従って行われたものである。ラットにおいて、放射性CHOLを用いて測定したCHOLの吸収はIIAEK摂取で30%減少し、CHOL吸収の抑制が示唆された。マウスではIIAEK摂取によりCHOL分解系の律速酵素の肝臓CHOL 7α-hydroxylase (CYP7A1)mRNAが減少した。さらに、腸のCHOL吸収との関連性が示唆されているCHOL輸送担体のABCA1 mRNAは増加した(図5参照)。ヒト肝臓由来培養細胞HepG2(図6参照)では、IIAEKによりCYP7A1 mRNAレベルが上昇し、胆汁酸生合成能も増加した。CYP7A1遺伝子プロモーターにルシフェラーゼ遺伝子(Luc)を導入したCYP7A1-Lucプラスミドを用いた実験から、IIAEKによるCYP7A1 mRNAの上昇は、CYP7A1遺伝子の転写活性化に起因することを明らかにした。IIAEKがCYP7A1遺伝子発現に転写レベルで関与していることが発見された(3)。これまでオリゴペプチドがCYP7A1遺伝子の転写調節に関与するという報告はない。現在、さまざまなシグナル伝達系の阻害剤を用いた解析により、IIAEKの媒介するCYP7A1遺伝子転写活性化経路(新しいCHOL代謝調節系)を特定中である。IIAEKは、このようなCHOL代謝関連遺伝子発現の変化を介してCHOL代謝を改善することを発見した。IIAEKの改変ペプチドなどを用いた実験から、IIAEKは、N末端が疎水性アミノ酸に富みC末端は親水性アミノ酸に富む特徴的な両親媒性の性質を有しており、この点がCHOL代謝改善作用の発現に重要である可能性が示唆された。

 上記のIIAEKの標的遺伝子の特定結果や改変ペプチドなどの解析から導かれた、これらの新規な法則性の発見はCHOL代謝改善ペプチドの新しい効率的スクリーニングにも道を拓くものである。今後はこの新規な法則性に従って、IIAEKを「鍵ペプチド」としてCHOL代謝を調節する新しい外因性オリゴペプチドを他の起源の食品タンパク質(卵、牛肉、小麦、スピルリナなど)から探索・発見するとともに、それらの新しい外因性オリゴペプチドがどのような情報伝達系を介してCHOL代謝を調節するのかを人間・動物・細胞・分子・遺伝子レベルでさらに詳細に解明したい。また、CHOL代謝改善作用を有する「特定保健用食品」や「医薬品」の研究開発に得られた情報が役立つものと期待している。

 

(1)長岡 利:日本栄養食糧学会誌、 49、303-313 (1996)
(2) Nagaoka, S. et al. : Biochem.Biophys.Res.Commun., 281, 11-17 (2001)
(3)森川健正、近藤一男、金丸義敬、長岡 利:第58回 日本栄養食糧学会講演要旨集、p.66(2004)