ルビ部分を石丸憲子(佐藤ゼミ・4年生)が入力したもの。協力、多謝。
佐藤の検閲は経ていない。
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小公子 第三回(上)若松しづ子

其日(そのひ)ハブシヤム氏(し)は彼(か)の走(はし)り競(くらべ)の大関(おほぜき)と稍(やヽ)暫(しばら)く話(はなし)をしてゐる其間(そのあひだ)幾度(いくど)か吝(を)しそうな笑(えみ)を傾(かたむ)けながら骨(ほね)つぽい手(て)であとを撫(な)てることが有升(ありまし)た。折(をり)しもエロル夫人(ふじん)は処用(しよよう)あつて暫時(しばし)座敷(ざしき)を離(はな)れ跡(あと)は代言人(だいげんにん)とセドリツク丈(だけ)でしたが、始(はじめ)にハ氏(し)は何(なに)を云(い)わふかと思案(しあん)いたし升(まし)た。何(いづ)れ祖父(そふ)なる老侯(ろうこう)と対面(たいめん)する心■(こヽろかまひ)もさせねばならず、又(また)、セドリツクの身分(みぶん)にとつて大変革(だいへんかく)のことも心得(こヽろえ)させて置(をか)ねばなるまいと思(をも)ひ升たが、セドリツクはまだ着英(ちやくエイ)の後(のち)どの様(やう)な物事(ものごと)に接(せつ)するものか又(また)どふいふ家(いへ)に迎(むか)へられるかといふことも一向(こう)夢中(むちう)でゐた様子(やうす)でした。
自分(じぶん)の母(はヽ)が自分(じぶん)と同(をな)じ家(いへ)に住(すま)わぬのだといふことさへまだ知(し)らずにゐたのでした。
是(これ)は驚(をどろ)かせることが余(あま)り多(をほ)いので、先(まづ)段々(だん\/)にいふて聞(きか)せる方(ほう)が好(よ)いとはたで注意(ちうい)したからのことでした。
此時(このとき)ハ氏(し)は開(あい)た窓(まど)の方(かた)の安楽椅子(あんらくいす)に倚(よ)つて居(を)り升たが、是(これ)と対(たい)して向(むか)ふにも一つそれより大(おほ)きな安楽椅子(あんらくいす)の有(あ)つたのにセドリツクは座(ざ)を占(しめ)て、ハ氏(し)を見(み)て居(を)り升(まし)た。
此(この)大椅子(おほいす)に深(ふか)くチョンボリ腰(こし)を据(す)へ、ちゞれ頭(あたま)を布団(ふとん)の着(つい)た椅子(いす)の背(せ)へ寄(よ)せ掛(か)け、脛(すね)を叉(さ)の字(じ)にして、両手(りようて)をポツケツトの中(なか)へズツト突込(つきこ)んだ様子(やうす)はよくもホッブスに擬(ぎ)して居(を)り升(まし)た。
母(はヽ)が座敷(ざしき)に居(を)る間(あいだ)からハ氏(し)に頻(しき)りに眼(め)を注(そヽ)いで居(を)り升(まし)たが、母(はヽ)の席(せき)を立(た)つた跡(あと)も矢張(やは)り、仔細(しさい)有気(ありげ)に其顔(そのかほ)を見詰(みつ)めて居(を)り升(まし)た。
エロル夫人(ふじん)が外(そと)へ行(ゆ)かれた後(のち)は暫(しばら)く談話(だんわ)が途絶(とだ)へ升(まし)て、セドリツクはハ氏(し)の様子(やうす)を伺(うかヾ)ひ、ハ氏は又(また)セドリツクの様子(やうす)を考(かんが)へて居(を) りました。
ハ氏(し)は自分(じぶん)の如(ごと)き老成人(ろうせいじん)が、走(はし)り競(くらべ)に勝(か)つたり、又(また)椅子(いす)に深入(ふかい)りもすれば足先(あしさき)が下(した)へ届(とヾ)かない位(くらひ)の脛(すね)へ短(みじ)かい膝切(ひざきり)ヅボンと赤(あか)の靴足袋(くつたび)を穿(は)く年恰好(としかつかう)の子供(こども)に、何(なに)を云(い)つて好(よ)いものか、一寸(ちよつと)思付(をもひつき)ませんかつた。
然(しか)るにセドリツクの方(ほう)から急(きう)に話(はなし)をしかけられ、漸(やうや)くホツトしました。


おぢさん、僕(ぼく)は侯爵(こうしやく)といふものはどんなものだか知(し)らないんですが、おぢさんそれを知(し)つてゐ升たか?

サヤウか?


とハ氏(し)に云(いわ)れて、


ゑー、知(し)らないんです、ですが、僕(ぼく)の様(やう)に侯爵(こうしやく)になる人(ひと)は知(し)つてなくつちやいけませんのか?
どふでせう?

左様(さやう)サ、マアそんなものでせう。


とハ氏(し)が答(こた)へ升(まし)た。
セデーはいんぎんに、


おぢさん、僕(ぼく)にセイメイ(説明)して下(くだ)さいな、(折々(をり\/)長(なが)い言葉(ことば)を遣(つか)ふ時(とき)は少(すこ)し誤(あやま)ること有(あ)り)全躰(ぜんたい)誰(だれ)に侯爵(こうしやく)にされるんです?

ハ氏(し)は此問(このとひ)に対(たい)して、


最初(さいしよ)は王(わう)とか女王(じよわう)とかゞ其(その)侯爵(こうしやく)を授(さづ)け玉ふので、大抵(たいてい)は何(なに)か主君(しゆくん)に対(たい)して勲功(くんこう)が有(あ)つたとか、大事業(だいじぎやう)を起(をこ)したとかの為(ため)に侯爵(こうしやく)に挙(あ)げられるのです。

と答(こた)へましたら、


アヽヽそうですか?
そんなら大統領(だいとうりよう)も同(をな)じものですね?

とセドリツクが申(まう)し升た。


左様(さやう)か?
お国(くに)の大統領(だいとうりよう)の撰挙(せんきよ)されるのは全(まつた)く左様(やう)な訳(わけ)ですか?

エイ、大変(たいへん)な好(よ)い人(ひと)で、色々(いろ\/)なことを知(し)つて居(を)れば大統領(だいとうりよう)に撰(えら)ばれるんです。
それから松火(たいまつ)で行列(ぎやうれつ)をしたり楽隊(がくたい)が出(で)たり、皆(み)んなが演舌(えんぜつ)をしたりするんです。
僕(ぼく)も先(せんツ)にはヒヨツトスルト大統領(だいとうりよう)になるかも知(し)れないと思(おもつ)ていましたがね、侯爵(こうしやく)ナンカになるナンテ知(し)らなかつたんです。
(此時(このとき)侯爵(こうしやく)になり度(たく)なかつたのだと思(をも)はせて、ハ氏(し)の気(き)を損(そん)じてはと心配(しんぱい)して言葉忙(ことばせわ)しくいひ替(がへ)て)アノ僕(ぼく)だつて侯爵(こうしやく)といふもの知(し)つてたら、なりたかつたかも知(し)れませんよ、
ダケド知(し)らなかつたからね。

といひ升た。


それは大統領(だいとうれう)になつたとは少(すこ)し訳(わけ)が違(ちが)ひ升。

とハ氏(し)が説明(せつめい)いたし升(まし)た。


そうですか?
ソンナラどんなに違(ちが)うんです?
松明(たいまつ)の行列(ぎようれつ)なんかないんですか?

ハ氏(し)は今度(こんど)は自分(じぶん)の脛(すね)を叉(さ)の字(じ)‥‥‥右(みぎ)の手(て)の指先(ゆびさき)を左(ひだり)の手(て)の指先(ゆびさき)へ一本(ぽん)ヅヽ順(じゆん)にゆる\/と合(あわ)せ升(まし)て、さて此子供(このこども)に委細(いさい)の事訳(ことわけ)を云聞(いひきか)せる時期(じき)が来(き)たと思(をも)ひ、先(ま)づ説出(ときいだ)してこふ云升(いひまし)た。


第(だい)一、侯爵(こうしやく)といふものは大(たい)した人物(じんぶつ)です。

と聞(き)ゐて、セデーは話(はなし)の鋒先(ほこさき)を突込(つきこ)んで、


大統領(だいとうれう)もそうなんですよ、松明(たいまつ)の行列(ぎやうれつ)は二里(り)も続(つヾ)くんです、そうして花火(はなび)を挙(あげ)たり、楽隊(がくたい)がなつたりするんです、ホッブスおぢさんが連(つ)れてつて見(み)せて呉(くれ)たんです。

ハ氏(し)は説明(せつめい)の腰(こし)を折(を)られて、少(すこ)し手持不沙汰(てもちぶさた)に感(かん)じつヽ、


侯爵(こうしやく)といへば大抵(たいてい)は極(ご)く旧(ふる)い門閥(もんばつ)なんです。

と跡(あと)をつゞけ升(まし)た。


エー、それは何(なん)のことです?

とセデーが問(とひ)升た。


大層(たいそう)旧(ふる)い家(いへ)がらのことです、甚(はなは)だ旧(ふる)いのです。

と聞(き)いて、セデーは両手(りやうて)を尚(なほ)深(ふか)くポツケツトの中(なか)へ突込(つきこ)みながら、


アヽ、そう、そんならアノ公園(こうゑん)の側(そば)の林檎屋(りんごや)のお婆(ばあ)さんとおなじことですナ、あの人(ひと)はキツトその旧(ふる)いもん‥‥‥もんばつでせう。
ダツテどふも年(とし)をとつて\/どふして歩(ある)けるかと思(をも)ふ様(やう)です、キツトモウ百位(くら)いでせう。
ですけれど雨(あめ)が降(ふ)る時(とき)でもヤツパリ彼処(あそこ)へ出(で)てゐるんです。
僕(ぼく)は大変(たいへん)可愛(かあい)そうだと思(をも)ふんです、そうして僕(ぼく)の友(とも)だちも気(き)の毒(どく)がるんです、先(せんツ)にネ、ビレイが一円(ゑん)ほど金(かね)を持(も)つてましたから、僕(ぼく)がネ、其(その)お金(かね)がみんなになるまで毎日(まいにち)五銭づヽ林檎(りんご)を買(か)つて遣(や)り玉(たま)へつて云(い)つたんです。
そうすると廿日になるんです、デスケド、一週間(しゆうかん)たつとビレが林檎(りんご)が厭(あい)つちまつたんです 。
それでもその時(とき)は大変(たいへん)好(よ)い塩梅(あんばい)でネ、僕(ぼく)が丁度(ちようど)余処(よそ)のおぢさんに五十銭(せん)貰(もら)つてネ、其代(そのかわ)り に僕(ぼく)が買(か)つたんです、だれだつてあんなに貧乏(びんぼう)で、旧(ふる)いもん‥‥‥もんばつの人(ひと)は可愛(かあい)そうですはネ、其(その)おばあさんのもんばつなんかは骨(ほね)の中(なか)に這入(はい)つちまつたんだそうで、雨(あめ)が降(ふ)れば尚(なほ)わるくなるんです。

こヽに及(およ)んでハ氏(し)は対坐(たいざ)してゐる合手(あいて)のあどけない、まぢめ顔(がほ)を眺(なが)めても、又(また)手持不沙汰(てもちぶさた)で、暫(しばら)く言葉(ことば)を続(つヾけ)ませんかつた。


あなたは此老人(このろうじん)の云(い)ふことがよく分(わか)らなかつたのでせう。
旧(ふる)い門閥(もんばつ)といへば、年(とし)をとつたといふことではないのです。
旧(ふる)い門閥(もんばつ)といへば、其(その)家(いへ)の名(な)が昔(むかし)から世(よ)の人(ひと)に知(し)られてゐるのです。
大抵(たいてい)何百年(なんびやくねん)といふほど其名(そのな)が人(ひと)に知(し)られ、国(くに)の歴史(れきし)に乗(の)つてゐるものヽことです。

それじや、ワシントンの様(やう)なんですな、僕(ぼく)なんか生(うま)れた時(とき)から聞(きい)て知(し)つてゐ升。
そうして其前(そのまへ)も先(せん)ッから人(ひと)が知(し)つてるんです。
ホッブスおぢさんがいつになつても人(ひと)が忘(わす)れやしないつて云(い)いました。
それはアノ独立宣告(どくりつせんこく)や何(なに)かのせいです、それから七月四日の祭(まつり)りもあります、大変(たいへん)ヱライ人(ひと)なんですもの。

抑(そも\/)第(だい)一世(せい)ドリンコート侯爵(こうしやく)は四百年(ねん)の昔(むか)しに位爵(いしやく)を授(さづ)けられたお人(ひと)です。

とハ氏(し)は巌格(げんかく)に又(また)説(と)き始(はじ)めました。


オヤ\/それは大変(たいへん)な昔(むか)しのことですね。
おぢさんそれを僕(ぼく)のかあさんに話(はな)し升(まし)たか?
キツト面白(おもしろ)がり升(ます)よ。
ダツテ珍敷(めづらしい)もの聞(き)くのが大好(だいすき)ですもの。
今(いま)にこつちへ来(き)たら、二人(ふたり)で話(はな)して聞(きか)せませう。
侯爵(こうしやく)は授(さづ)けられてから、それからどふするんです。

其中(そのうち)で英国(エイこく)の政事(せいじ)をとつたものも多(おう)くあり升(ます)。
又は豪傑(ごうけつ)で、昔(むか)しの大戦争(だいせんそう)に出(で)たのも有升(あります)。

僕(ぼく)もそふいふことがして見度(みたい)んです。
僕(ぼく)のとうさんは戦人(いくさにん)だつたんです。
そうして大変(たいへん)な豪傑(ごうけつ)だつたんです。
ワシントン見(み)た様(やう)な豪傑(ごうけつ)なんでした。
ダカラ、死(し)なヽければ侯爵(こうしやく)になつたのかも知(し)れませんね、僕(ぼく)は侯爵(こうしやく)が豪傑(ごうけつ)なら大変(たいへん)嬉(うれ)しひ んです。
豪傑(ごうけつ)では大層(たいそう)な利(り)イキ(益)です。
僕(ぼく)は先(せん)はね、こわがつたんです。
暗(くら)い処(とこ)なんかね‥‥‥ダケレド革命(かくめい)の時(とき)の戦(たヽかひ)のことや、ワシントンのことなんか考(かんが)へたら、モウ直(なを)つちまつたんです。


ハ氏(し)は例(れい)のゆる\/した調子(ちようし)で、妙(みよう)な顔付(かほつき)をして、鋭(するど)い眼(め)をセデイに注(そヽ)ぎながら。


侯爵(こうしやく)になればまだ他(た)に利益(りえき)が有(あ)り升。
侯爵(こうしやく)は大抵(たいてい)は大金持(おほかねもち)です。

と云(い)つて、此童児(このどうじ)が金(かね)の勢力(せいりよく)といふものを知(し)つて居(を)るか居(を)らぬかと、眼(め)を聳(そば)だて、様子(ようす)を 伺(うかヾ)ひみたのを、セドリツクは何気(なにげ)なく、


お金(かね)が有(あ)れば大変(たいへん)好(いヽ)ものですネ、僕(ぼく)もお金(かね)が沢山(たくさん)ある方(ほう)が好(すき)です。

左様(さやう)か?
それは又(また)何故(なぜ)です?


とハ氏(し)は態(わざ)と問(と)ひ升(まし)た。


ダツテ金(かね)が有(あ)れば色(いろ)\/なことが出来升(できます)もの、あの林檎(りんご)やのおばあさんに、僕(ぼく)が金(かね)が有(あ)ればあの露店(ろてん)を入(い)れる天幕(てんまく)と火鉢(ひばち)を買(か)つてやり、そうして雨(あめ)が降(ふ)る日(ひ)には毎(いつ)でも一円(ゑん)ヅヽ遣(や)り升(ます)ワ、そうすれば店(みせ)を出(だ)さずと家(うち)にゐられ升(ます)もの、オツトそれから‥‥‥アノ腰掛(こしかけ)一ツ遣(や)り升(ます)ワ、それがありさへすれば、骨(ほね)がそんなに痛(いた)くはないんです。
アノネあのお婆(ば)アさんの骨(ほね)は僕(ぼく)たちのとは違(ちが)つて、動(うご)けば痛(いた)いんですからネ、骨(ほね)がそんなにいたければ大変(たいへん)困(こま)るでせう、あなたや僕(ぼく)たちだつて。
僕(ぼく)がお金(かね)が有(あ)つて、それ丈(だけ)みんなして遣(や)れば骨(ほね)がよくなるか知(し)らんと思(おも)ふんです。

ハ氏(し)は、


エヘン(と咳謦(しわぶき)し)、それからお金(かね)が有(あ)ればまだ何(なに)をする積(つも)りです?

と問(と)ひました。(以上、『女学雑誌』二三二号)
  小公子
 第三回(下)   若松しづ子

まだ\/色々(いろ\/)なことをし升(ます)は。
第一(だいいち)かあさんに色々(いろ\/)奇麗(きれい)な物(もの)買(か)つて上升(あげます)。
お針(はり)ざしだの、扇(おふぎ)だの、金(きん)むくの腕貫(うでぬき)や指環(ゆびわ)だの、大字引(だいじびき)だの、それから馬車(ばしや)だの買(か)つて上(あげ)升。
自分(じぶん)の馬車(ばしや)が有(あ)れば乗合(のりあい)が来(く)るの待(まつ)てゐなくつても好(よいん)ですもの。
それから桃色(もヽいろ)の絹(きぬ)の着物(きもの)が好(すき)ならば買(か)つて上(あげ)るけれど黒(くろ)のが一番(いちばん)好(すき)なんです。
それだから大(たほ)きな店(みせ)へつれて行(い)つて、色々(いろ\/)な物(もの)を見(み)てかあさんの一番(いちばん)好(すき)なものなんでもおとんなさいつて云升(いヽます)。
それからヂツクネ‥‥‥

ヂツクとは誰(だれ)のことです?

とハ氏が問(と)ひ升(まし)た。


ヂツクといふのはネ、靴磨(くつみが)きで、そうして大変(たいへん)好(よ)い靴磨(くつみが)きなんです。
いつでも下町(したまち)の角(かど)に立(た)つてゐ升(ます)よ。
そうして僕(ぼく)はモウ幾年(いくねん)か前(まへ)から知(し)つてたんです。
先(せん)にネ、僕(ぼく)がまだ少(ちい)さかつた時(とき)、僕(ぼく)がかあさんと一処(いつしよ)に外(そと)あるいてゐてよ、かあさんが僕(ぼく)にポン\/飛(と)ぶ奇麗(きれい)な鞠(まり)を買(かつ)て下(くだ)すつてネ、僕(ぼく)が持(も)つて歩(あ)るいてたら、馬車(ばしや)だの馬(うま)だのゐる通(とほ)りの真中(まんなか)へ飛(と)んでつちまつたでせう、ダモンダから僕(ぼく)が大変(たいへん)失望(しつぼう)して泣(ない)てたんです‥‥‥僕(ぼく)、まだ少(ち)いさかつたもんですからネ、まだ女(おんな)の子(こ)の着(き)る着物(きもの)なんか着(き)てたんですもの。
其時(そのとき)に、ヂックが人(ひと)の靴(くつ)を磨(みが)いて居升(ゐまし)たつけが「イヤアー」と云(い)いながら、馬(うま)の歩(あるい)てる中(なか)へ駈(か)け込(こ)んで其鞠(そのまり)を取(と)つて来(き)てネ、そうして自分(じぶん)の着物(きもの)で拭(ふ)いて「ソレ坊(ぼつ)ちやん何(な)んともないよ」つて僕(ぼく)に呉(く)れたんです。
だもんだからかあさんが大変(たいへん)感心(かんしん)して、僕(ぼく)も感心(かんしん)して、それからつていふものは僕(ぼく)たちが下町(したまち)へ行(い)くたんびにヂツクにものをいふんです。
ヂツクが「イヤアー、」つていふから、僕(ぼく)も「イヤアー、」つていつて、それから少(すこ)し話(はな)しをして、ヂックが商買(しようばい)がどふだつていふんですが、近頃(ちかごろ)は不景気(ふけいき)だつていひ升(まし)たよ。

と若侯(わかこう)は面白(おもしろ)い計画(けいくわく)を熱心(ねつしん)になつて述立(のべた)て升た。


左様ならばあなたは其(その)ヂックとやらに何(なに)かして遣(や)り度(たい)と仰(おつ)しやるのです?

と頤(おとがひ)を撫(な)でながら、片頬(かたほ)に笑(ゑみ)を含(ふく)みながらハ氏が問(とひ)升た、


エー、僕(ぼく)は金(かね)でジェークの方(かた)を付(つ)けて仕舞(しま)ひ升。

ハヽア、其ジェークとは又(また)誰(だれ)のことです?

ジェークつていふのはね、ヂックの商買(しようばい)中間(なかま)なんです。
そうしてどふも大変(たいへん)わるい中間(なかま)なんです。
ヂックがそういふんです、チツトモ正直(しやうじき)でなくつて、あヽいふ人(ひと)がゐると商買(しようばい)の為(ため)にわる いつて。
よく人(ひと)を欺(だま)かしては、ヂックを怒(おこ)らせるんです。
あなただつて一生懸命(いつしやうけんめい)に靴(くつ)を磨(みが)いてゐて、始終(しじゆう)キチヤウメンにしてゐて、あなたの中間(なかま)が チツトダツテキチヤウメンでなくつてズルイ事(こと)斗(ばか)りすりやあゝおこるでせう。
ヂックは人(ひと)に好(す)かれるんで、ジェークは嫌(きら)われるんです。
ダカラ二度(にど)とジェークの処(とこ)へは来(こ)ないんです。
デスカラ僕(ぼく)がお金(かね)が有(あ)れば、お金(かね)を遣(や)つてジェークの方(かた)をつけて、ヂックには眼(め)だつ看板(かんばん)を買(か)つて遣(や)り度(たい)んです、ヂックが看板(かんばん)があれば大変(たいへん)都合が好(いヽ)んだつて云升(いひます)もの、それから新(あたら)しい着物(きもの)と新(あたら)しい掃(はけ)を買(か)つて遣(や)つて、とりつかせて遣(や)り度(たい)んです、ヂックが何(な)んでも始(はじ)めのとりつきが出来(でき)さへすれば好(よい)つていつてるんです。


と聞覚(きヽおぼ)へたヂックの鄙語(ひご)を其(その)まヽ堂々(どう\/)と雑(まじ)へての若侯(わかこう)の話(はな)し振(ぶ)りは、誠(まこと)にあどけなしとも 可愛(かあい)らしとも申様(やう)のないほどでした。
其心(そのこヽろ)の中(うち)には自分(じぶん)の老成(ろうせい)な話(はな)し合手(あいて)が、矢張(やつぱり)自分(じぶん)と同(おな)じ様(やう)に其話(そのはな)しに身(み)を入(い)れるだろうといふことに、一点(いつてん)の疑(うたがひ) をも入(い れない様(よう)でした。
ハ氏は実際(じつさい)、其話(そのはな)しに身(み)を入(い)れて居(お)つたことは居(お)り升たが、どちらかといへば、ヂックや林檎売(りんごうり)のことよりも、友人(ともだち)を思(おも)ふ情(じよう)の濃(こま)やかな此若侯(わかこう)が、己(おのれ)を忘(わす)れて、細々(こま\/)と人(ひと)の為(ため)に謀(はか)ることに、注意(ちゆうゐ)して居(お)つたのでした。
やがて、


あなたは何(なに)か……………金持(かねもち)になつたらあなたは御自分(ごじぶん)の物(もの)に買度(かひたい)ものは有(あり)ませんか?

と尋(たづ)ね升(まし)た。
フォントルロイ殿(どの)は早速(さつそく)に、


それは沢山(たくさん)有升(あります)、デスガそれよりメレの妹(いもと)にお金(かね)を遣(や)り升。
ダツテ子供(こども)が十二人有(あ)つて亭主(ていしゆ)が仕事(しごと)がないんですもの。
いつでもこヽへ来(き)ては泣(なく)んです。
そうしてかあさんが篭(かご)の中(なか)へ入(い)れてなんか遣(や)るとまた泣(な)いてどふも奥(おく)さま、お礼(れい)は申切(もうしき)れません」つていふんです。
それからホツブスおぢさんに金(きん)の時計(とけい)と鎖(くさり)とミヤシヤム製(せい)の煙管(きせる)を置士産(おきみやげ)に上度(あたい)と思(おも)ふんです。
それから、こんどは僕(ぼく)が‥‥度(たい)ものが有(あ)るんです。

と云(い)ふのを聞(きい)て、さてはとハ氏が、


それはまたどふいふことです。

僕(ぼく)はネ、共和党(きようわとう)の時(とき)の様(よう)に行列(ぎようれつ)がして見度(みたい)んです。
僕(ぼく)の友(とも)だちみんなと僕(ぼく)の制服(せいふく)を拵(こし)らへて、そうして行列(ぎようれつ)をして調練(ちやうれん)するんです。
僕(ぼく)が金持(かねもち)ならば、こういふことを一(ひと)つ遣(や)つて見度(みたい)んです。


セドリツクがます\/イキセキと話(はなし)をしてゐる所(ところ)へ戸(と)が開(あ)いて、エロル夫人(ふじん)が座敷(ざしき)へ這入(はい)り升(まし)た。


拠(よんどころ)ないことでひどく手間(てま)どりまして、誠(まこと)に失礼(しつれい)いたしました
只今(たヾいま)大層(たいそう)困窮(こんきう)をして居(ゐ)る女(をんな)が逢度(あいたい)と申(まふ)して参(まい)つたので、

と氏(し)に会釈(ゑしやく)して申しました。


ハヽ左様(さやう)で御座り升たか、イヤ只今(たヾいま)御子息(ごしそく)がさま\゛/御朋友(おともだち)のことや、金満家(きんまんか)と為(な)つた上(うへ)は朋友(ほうゆう)の為(ため)にこふ\/して遣(や)ろうなどヽ、お話(はな)し最中(さいちゆう)の所(ところ)でした。

矢張(やは)りセデーが友(とも)だちと申(まうす)人(ひと)で御座り升が、只今(たヾいま)台所(だいどころ)で夫(おつと)の病気(びやうき)彼是(かれこれ)で、ひどく困難(こんなん)いたす様(よう)に申升て。


此時(このとき)セドリツクは彼(か)の大倚子(ゐす)の上(うへ)から滑(すべ)り下(を)り、


僕(ぼく)、ひとつ行(い)つて、逢(あ)つて来(き)ませう。
そうしてあの人(ひと)の病気(びようき)を尋(たづ)ねて遣(や)りませう。
病気(びようき)でないときは、いくら好人(いヽひと)だか。
いつか僕(ぼく)に木(き)の刀(かたな)を拵(こしら)へて呉(く)れましたよ。
大変(たいへん)な才子です。

いひながら、座敷(ざしき)を駈(かけ)出し升た。
ハ氏は此時(このとき)少(すこ)し座(ざ)を正(たヾ)して何(なに)かエロル夫人(ふじん)に改(あらた)めて云出(いひいづ)る様子(やうす)でした。(以上『女学雑誌』二三三号)
小公子
  第三回(中)(*回数はママ−−佐藤注)  若松しづ子
ハ氏(し)は尚(なほ)暫(しばら)く躊躇(ちゆうちよ)して、エロル夫人(ふじん)の様子(ようす)を窺(うかヾ)ひ、さて申升(まうします)に、


愚老(ぐらう)がドリンコート城(じやう)を出立(しゆつたつ)致(いた)す前(まへ)、老侯(ろうこう)にお眼通(めどほ)り致(いた)して、取斗(とりはか)らひ方(かた)に付(つ)き種々(いろ\/)御指図(おさしづ)を蒙(かうむ)りましたが、御嫡孫(ごちやくそん)に於(おゐ)て此度(このたび)英国(ゑいこく)へ御移住(ごいじゆう)相成(あいなる)こと、并(ならび)に初対面(しよたいめん)のことなども成(な)る可く歓(よろこ)んで御待(まち)うけ相成(あいな)る様(よう)、注意(ちゆうゐ)いたせといふ仰(あふせ)で御座(ござ)り升(まし)た、それ故(ゆへ)、御一身上(ごいつしんじやう)大変動(へんどう)の起(おこ)つたに付(つい)ては、幼者(えうしや)の悦(よろこ)ぶものは何(なに)に限(かぎ)らず整(とヽの)へて差上(さしあぐ)る様(よう)、又(また)お望(のぞみ)のものは何(なに)に依(よ)らず御満足(ごまんぞく)ある様(よう)致(いた)して、総(す)べて老侯(ろうこう)の賜(たまもの)ぞと申上る筈(はづ)に御座(ござ)り升(ます)れば、貧民(ひんみん)を補助(ほじよ)するなどのことは或(あるひ)は老侯(ろうこう)の御意中(ごゐちゆう)に無(な)かつたこととは存升(ぞんじます)れど、是(これ)とてフオントルロイ殿(どの)の御懇望(ごこんもう)とあれば、是非(ぜひ)ないこと、矢張(やは)り、御満足(ごまんぞく)ある様(よう)取斗(とりはから)らひ申さずば御勘気(かんき)を蒙(かうむ)るは必定(ひつじやう)で御座(ござ)り升(まし)う。

此時(このとき)にも老侯(ろうこう)の言葉(ことば)のまヽは憚(はヾか)つて述(のべ)ませんかつた。
老侯(ろうこう)がセドリツクの望(のぞみ)のものを買与(かひあた)へよ、又(また)金子(きんす)もとらせよと命(めい)ぜられたは、全(まつた)く純粋(じゆんすい)な好意(こうゐ)より出(いで)たものではなく、皆( )な為(ため)にする処(ところ)が有(あ)つたのでしたから、若(も)しセドリツクにして優愛(ゆうあい)、温和(おんわ)なる性質(せいしつ)を有(も)つて居(お)りませんかつたならば、多少(たしやう)人(ひと)となりを害(がい)された事(こと)でせう。
セドリツクの母(はヽ)も亦(また)極(きわ)めて温柔(おんじゆう)なたちでしたから、悪意(あくゐ)が有(あ)りしなどとは努(ゆ)め推(すい)さず、只(たヾ)子供(こども)を悉(こと\゛/)く失(うしな)ふた心淋(こヽろさみ)しい、不幸(ふこう)な考(かんが)へがセデーに優(やさ)しくして、其愛(そのあい)と信用(しんよう)を得(え)やうとして居(をら)るヽことヽ計(ばか)り思(おも)ひ、今(いま)セデーが彼(か)の貧困(ひんこん)な母(はヽ)を救(すく)ひ助(たす)けることが出来(でき)るとは、何(なに)よりのことと喜(よろこ)び、自分(じぶん)の息子(むすこ)に向(む)いて来(き)た不思議(ふしぎ)な好運(こううん)が、人(ひと)に慈善(じぜん)を施(ほどこ)す手術(てだて)になるとは、誠(まこと)に幸福(さひはひ)なこととおもひ、今(いま)しも其奇麓(そのきれい)な、若々敷(わか\/しき)顔(かん)ばせに嬉(うれ)しさがホンノリと桜色(さくらいろ)に顕(あら)はれて居(お)り升(まし)た。


それは\/侯爵(こうしやく)さまの御深切(ごしんせつ)誠(まこと)に有(あり)がたう御座(ござ)り升。
セデーもさぞマア悦(よろこ)ぶことで御座(ござ)りませう。
ブリジェツトと申す其女(そのをんな)と、つれあひは、大層(たいそう)セデーの気(き)に入(い)りで御座(ござ)りまして、一躰(いつたい)誠(まこと)に実直(じつちよく)な好人(よいひと)たちなので御座(ござ)り升(ます)。
私(わたくし)も始終(しじゆう)モツト何(どう)か致(いた)して遣(や)り度(たい)と思(おも)つて居(お)り升(ます)が、兎角(とかく)そうもなりませんで。
其(その)つれあいと申(もう)は、乎常(へいぜい)丈夫(ぢやうぶ)な時(とき)は誠(まこと)に実貞(じつてい)に働(はたら)く方(かた)で御座(ござ)り升が、久敷間(ひさしきあひだ)煩(わづら)つて居(お)り升(まし)て、高価(こうか)な薬(くすり)や、温(あたヽ)かい着物(きもの)、又(また)滋養物(じようぶつ)などもなくてならぬので、大層(たいそう)困難(こんなん)をして居(お)るのです。
両人(りやうにん)とも頂戴(てうだい)したものを麁末(そまつ)にいたすことは必(かなら)ず御座(ござ)り升(ます)まい。

と申(まう)し升(まし)た。
ハ氏(し)は此時(このとき)痩(やせ)た手(て)を胸(むね)のカクシへ入(い)れて、大(おほ)きな紙入(かみいれ)を取(とり)出し升(まし)たが、其(その)鋭敏(えいびん)な容貌(ようぼう)には、何(なん)とも一寸(ちよつと)勘定(かんじやう)のつかぬおもいれが現(あら)はれて居(お)り升(まし)た。
其実(そのじつ)ハ氏(し)は心(こヽろ)の中(うち)にフォントルロイ殿(どの)が先(まづ)第一(だいヽち)に処望(しよもう)されたことの趣(おもむき)は斯々(かく\/)と老侯(ろうこう)へ言上(ごんじやう)致(いた)したら、何(なん)と仰(あふ)せらるヽだらう、生来(せいらい)癇癖(かんぺき)ある、俗才(ぞくさい)に長(た)けた、気随(きずい)な老侯(ろうこう)のおもはくは、如何(どう)あらうかと不審(ふしん)を抱(いだ)いたのでした。
今(いま)エロル夫人(ふじん)に向(むか)ひ、


まだ御承知(ごしようち)にはなり升(ます)まいが、ドリンコート侯爵(こうしやく)は、至極(しごく)御富祐(ごふゆう)で、フォントルロイ殿(どの)の御処望(ごしよもう)とあらば、多少(たしやう)御気随(ごきずい)な向(むき)も、決(けつ)して躊躇(ちうちよ)せず、御満足(ごまんぞく)ある様(やう)取斗(とりはから)ふて差支(さしつかへ)は御座(ござ)りません。
却(かへつ)て老侯(ろうかう)のお気(き)に叶(かな)ふことゆえ、只今(たヾいま)フォントルロイ殿(どの)をおめし寄(よ)せ下(くだ)さらば差(さし)むき五ポンド丈(だけ)お話(はな)しの貧民救助(ひんみんきうじよ)としてお渡(わた)し申(まう)すで御座(ござ)りましやう。

と聞(き)く、エロル夫人(ふじん)は嬉(うれ)しげに、


五ポンドと申(まう)せば廿五円(ゑん)に当(あた)り升(ます)、両人(りやうにん)にとつては大金(たいきん)で御座(ござ)り升(ます)。
思(おも)ひ掛(がけ)ないことで、私(わたくし)までが夢(ゆめ)の様(やう)に存(ぞんじ)られます。

氏(し)は例(れい)の冷々(ひや\/)としたる笑顔(ゑがほ)になりて、


イヤ、御子息(ごしそく)の御生涯(ごしやうがい)…‥は既(すで)に大変動(だいへんどう)が有(あ)つたので、今後(こんご)大(たい)した権力(けんりよく)をお握(にぎ)りなさることで御座(ござ)る。

そう仰(おつ)つしやればホンニそうで御座(ござ)り升(ます)。
まだあの通(とほ)り頑是(ぐわんぜ)ない子(こ)で……誠(まこと)に頑是(ぐわんぜ)ないので御座(ござ)り升(ます)に私(わたくし)がマアなんとして其(その)権力(けんりよく)をよく用(もち)ゐ升(ます)やう教(をし)へたら宜(よろ)しう御座(ござ)りませう、私(わたくし)は子供(こども)の為(ため)に誠(まこと)に気遣(きづか)はしく御座(ござ)り升(ます)。
アノ様(やう)にあどけないので御座(ござ)り升(ます)もの!


流石(さすが)、ハ氏(し)の冷淡(れいたん)、世才的(せさいてき)の心(こヽろ)も夫人(ふじん)の茶勝(ちやがち)な眼(め)に溢(あふ)れた優愛(ゆうあい)と気遣(きづか)はしげの眼付(めつき)とに動(うご)かされた躰(てい)で、又(また)少(すこ)し咽喉(のんど)を払(はら)ひ、


イヤ、今朝(けさ)フォントルロイ殿(どの)にお眼通(めどほ)りして、お話(はなし)いたしたことより愚考(ぐかう)いたし升(ます)るに、ドリンコート侯爵位(こうしやくのくらゐ)に登(のぼ)らるヽ上(うへ)も人(ひと)を忘(わす)れて、己(おのれ)の為(ため)に謀(はか)るなどヽいふお挙動(ふるまい)は夢(ゆめ)あるまいかと存升(ぞんじます)。
只今(たヾいま)はまだ御幼年(ごえうねん)では在(あ)らせられ升(ます)が、決(けつ)して御心配(ごしんぱい)には及(およ)ぶまいかと愚考(ぐかう)いたし升(ます)。

(以上『女学雑誌』二三四号)    小公子
第三回(下)(*回数はママ−−佐藤注)若松しづ子
此時(このとき)夫人(ふじん)は、セドリツクを迎(むか)ひに行(ゆか)ふとして座(ざ)を立ち、つれ帰(かへ)る道(みち)すがら、セドリツクが何(なに)か頻(しき)りに母(はヽ)と話(はなし)をする声(こゑ)が、聞(きこ)へました。


かあさん、アノきん‥‥‥きんさうリヤウマチだつてネ、大変(たいへん)なリヤウマチなんですよ、それから家賃(やちん)が払(はら)へないことなんか考(かんが)へると、其(その)きん‥‥きんさうが尚(なほ)わるくなるんだつて、ブリジェツトが言(い)ひましたよ。
それから、パツト(息子(むすこ)の名(な)なるべし)も着物(きもの)さへ有(あ)れば、小僧(こぞう)に行(ゆか)れるつてネイ、かあさん。

といふ声(こえ)聞(きこ)へて、さて坐敷(ざしき)へ這入(はい)つた時(とき)の面(かほ)は、大層(たいそう)に心配(しんぱい)らしく、頻(しき)りにブリジェツトを気(き)の毒(どく)がつて、ハ氏(し)に向(むか)ひ、


かあさんが、あなたが僕(ぼく)、呼(よ)んで入(いら)つしやるつていひ升た。
僕(ぼく)はアノブリジェツトと話(はな)しをしてゐたんです。

ハ氏(し)は暫(しば)しセデーを見詰(みつ)めてゐましたが、少(すこ)し度(ど)を失(うし)なつた気味(きみ)で、躊躇(ちうちよ)しながら、セデーの母(はヽ)が今(いま)も云(い)つた通(とほ)り、まだ\/何(なに)をいふも頑是(がんぜ)ない子供(こども)であるよとおもひ、


ドリンコート侯(こう)が‥‥‥

と云(い)ひかけて、跡(あと)はお頼(たの)み申(まう)すといはぬ許(ばか)りに、エロル夫人(ふじん)の方(かた)に知(し)らず\/眼(め)を放(はな)ちました。
母(はヽ)は我子(わがこ)の側(そば)に急(きう)にすり寄(よ)り、さも可愛(かあい)といはぬ許(ばか)りに両手(りやうて)でセデーを抱(かヽ)へ、


セデーや侯爵(こうしやく)さまは、おまへのお祖父(ぢい)さまナノダヨ、おまへのとうさんのほんとうのおとつさまナノダヨ。
其(その)お方(かた)は、大層(たいそう)御深切(ごしんせつ)で、おまへの様(やう)な御自分(じぶん)のお子(こ)たちはみんなおなくなりなさつたもんだから、おまへを大変(たいへん)可愛(かあい)く思召(おぼしめ)して、おまへがおぢいさんを敬愛(けいあい)する様(やう)に、又(また)それからおまへを楽(たの)しませ人(ひと)を助(たす)けることも自由(じゆう)にさせて遣(や)り度(たい)と思召(おぼしめし)て、御自分(ごじぶん)は大層(たいそう)お有福(いうふく)で、おまへの欲(ほ)しい物(もの)は何(なん)でも遣(や)り度(たい)とつて、ハヴィシヤムさまにそう仰(おつしや)つて、おまへのに沢山(たくさん)お金(かね)をおよこしなすつたのだよ。
今(いま)其(その)お金(かね)をいくらかブリジェツトに遣(や)つても宜(よろ)しいのだよ。
アノ家賃(やちん)を払(はら)つたり、亭主(ていしゆ)に何(なに)もかも買(か)つて遣(や)られる丈(だけ)。
セデーや、好(よい)だろう、嬉(うれ)しいだろう、好(よ)いおぢいさまじやないか?。

と云(い)つて、子供(こども)の丸(まる)\/した頬(ほう)にキツスをしましたが、其頬(そのほう)は今(いま)おもひ掛(がけ)なく聞(き)ゐたことに仰天(げうてん)して、逆上(のぼ)せたと見(み)へて、ボツト赤(あか)らんでゐました。
母(はヽ)をヂツト見(み)てゐた眼(め)をハ氏(し)の方(はう)へ外(そら)せ、いきなり、


今(いま)、頂戴(てうだい)な、僕(ぼく)、直(す)ぐと遣(や)つて来(き)ても好(い)いですか?
モウぢきに行(い)つてしまい升(ます)もの。

ハ氏は件(くだん)の金(かね)をセデーに渡(わた)し升(まし)たが、青色(あおいろ)の新(あたら)しい紙幣(しへい)で、奇麗(きれい)に揃(そろ)へて捲(ま)いて有升(ありまし)たがセデーはそれを持(も)つて坐敷(ざしき)を駆(か)け出(だ)し升(まし)た。
イキセキ台所(だいどころ)へ飛(と)び込(こむ)か飛込(とびこ)まぬに、聞(きこ)へた声(こゑ)は、


ブリジェツトや、一寸(ちよつと)お待(まち)ようサア、お金(かね)を遣(や)るんだよ。
お前(まへ)のだから家賃(やちん)も払(はら)ふんだよ。
僕(ぼく)のおぢいさんが僕(ぼく)に下(くだ)すつたんだよ。
おまへとマリイに遣(や)れつて。

ブリジェツトは仰天声(げうてんごえ)、


アレ、セデーさま、どふし升(ます)べイ。
廿五円(にじうごえん)ジヤ御座(ござ)りましねいか?
奥(おく)さま、マアどこにゐさつしやるだんべイ。

これを聞(き)ゐてヱロル夫人(ふじん)は坐(ざ)を立(たち)ながら、


ドレ、私(わたくし)が一寸(ちよつと)行(い)つてよく訳(わけ)を云(いつ)て聞(きか)かせて参(まい)りませう。

跡(あと)には氏(し)は独(ひと)り残(のこ)されて、窓(まど)ぎわへ立寄(たちよ)り、つく\゛/思案貌(しあんがほ)、外(そと)を眺(なが)めてゐました。
心(こヽろ)の中(うち)に考(かん)がへて居(お)つたは、今(いま)ごろドリンコート城中(じやうちう)の壮麗(そうれい)を極(きは)めた書斎(しよさい)の中(なか)に、身(み)は奢侈(しやし)と華美(くわび)とに囲(かこ)まれてこそ居(い)れ、痼疾(こしつ)に患(なや)み、心(こヽろ)より愛敬(あいけい)するものとては一人(ひとり)もなき彼(か)の淋(さび)しき老侯(らうこう)のことでした。
人(ひと)に敬愛(けいあい)されぬといふは、元(も)と自分(じぶん)がこれ迄(まで)に誰(た)れ一人(ひとり)人(ひと)に愛(あい)を施(ほどこ)したといふことがない故(ゆゑ)で、誠(まこと)に気(き)まヽで、傲慢(ごうまん)で、性急(せいきう)な人物(じんぶつ)で有(あ)つたのでした。
一生涯(いつしやうがい)ドリンコート侯爵(こうしやく)なる己(おのれ)と己(おのれ)の楽(たの)しみのこと耳(のみ)をおもふて、人(ひと)の上(うえ)を考(かんが)へる遑(いとま)なく、己(おのれ)の富(とみ)も権勢(けんせい)も、己(おのれ)の高名(こうめい)、尊位(そんい)に基(もとづ)く一切(いつさい)の利益(りえき)も、皆(み)な己(おの)が恣(ほしいまヽ)に用(もち)ゐて安逸(あんいつ)と歓楽(かんらく)に供(けう)す可(べ)ときものと斗(ばか)り考(かんが)へて居(を)り升(まし)たが、さて歓楽(かんらく)と放蕩(ほうとう)を極(きは)めた結局(けつきよく)は、今(いま)の老人(らうじん)となつて、疾病(やまひ)に患(なや)み、癇僻(かんぺき)はます\/募(つの)り、世(よ)を忌(い)み、世(よ)に忌(い)まるヽものになつたことでした。
斯(か)く斗(ばか)り栄耀(えいよう)ある尊位(そんゐ)を占(しめ)ながら、ドリンコート侯爵(こうしやく)ほど人望(じんぼう)のない、寂(さび)しさうな老人(らうじん)はない位(くらい)でした。
固(もと)より招待状(せうだいじよう)を送(おく)つて城中(じやうちう)喧(かまびす)きまでに来客(らいかく)を充満(じうまん)させることは、心(こヽろ)のまヽで、立派(りつぱ)な夜会(やくわい)や、盛(さかん)な遊猟(ゆうりやう)の宴(えん)を催(もよ)ふすことも自由(じゆう)でした。
然(しか)るに己(おの)れの招待(しようだい)に応(おう)ずる人々(ひと\゛/)は、何(いづ)れも心(こヽろ)の中(うち)密(ひそ)かに己(おのれ)の余(あま)り愛想(あいそう)好(よ)からぬ面相(めんそう)と、嘲弄(てうらう)、刺戟的(しげきてき)の物(もの)いひとを忌(い)み恐(おそれ)て居(お)るてふことを承知(しやうち)して居(お)り升(まし)た。
老侯は残忍(ざんにん)な性質(せいしつ)に酷薄(こくはく)なる物言(ものいひ)を并(あは)せ用(もち)ゐて、人(ひと)が神経質(しんけいしつ)だとか、高慢(こうまん)だとか、怯懦(ひきやう)だとかいへば、好(この)んで嘲笑(てうしやう)して、不愉快(ふゆくわい)にさせる僻(くせ)が有(あ)り升(まし)た。
ハ氏(し)は老侯(らうこう)の無情(むじやう)、残虐(ざんぎやく)なる性質(せいしつ)を見貫(みぬ)いて居(お)り升(まし)て、今(いま)しも狭隘(けうわい)な、静(しづ)かな町(まち)を眺(なが)めながら、頻(しき)りに考(かん)がへて居(お)つたことは、最前(さいぜん)彼(か)の大椅子(おほいす)に腰(こし)かけて、優(ゆう)に、無邪気(むじやき)に、打開(うちあ)けて自分(じぶん)の友(とも)といふヂックや林檎売(りんごうり)の話(はな)しをして居(い)た、気軽(きがる)な、器量(きりやう)よしな童児(どうじ)と老侯(ろうこう)との大懸隔(だいけんかく)のことでした。
それから深(ふか)くポツケツトの中(なか)へ突込(つきこ)んだフォントルロイ殿(どの)の少(ちい)さなポチヤ\/した手(て)に追(おつ)つけ握(にぎ)らる可(べ)き莫大(ばくだい)な歳入(さいにふ)や、美麗(びれい)、壮厳(そうごん)なる産業(さんげう)や、善(ぜん)にも悪(あく)にも用(もち)ゐらる可(べ)き権力(けんりよく)のことを思(おも)ふて、独(ひと)り言(ごと)に(イヤ大(たい)した変動(へんどう)だろう、大(たい)した変動(へんどう)になるに違(ちがひ)ない)と申(まうて)て居(を)り升(まし)た。
セドリツクと其母(そのはヽ)は間(ま)もなく座(ざ)へ戻(もど)り升(まし)た。
セドリツクは大勢(をほいきほひ)でした。
ハ氏(し)と母(はヽ)との間(あひだ)の自分(じぶん)の椅子(いす)へ腰(こし)かけて、膝(ひざ)の上(うへ)へ手(て)を乗(の)せて妙(めう)な位置(いち)になり、ブリジェツトを助(たす)けて悦(よろ)こばせたといふ嬉(うれ)しさを、満面(まんめん)に溢(あふ)れさせてこふいひ升(まし)た。


マア、泣(な)いてましたよ!
そうして嬉(うれ)しくつて泣(な)くんだつて云(い)ひましたよ。
僕(ぼく)は嬉(うれ)しくつて泣(な)く人(ひと)始(はじ)めて見升(みまし)たよ。
僕(ぼく)の祖父(ぢい)さんは大変(たいへん)な好(よ)い人(ひと)なんですよ、僕(ぼく)はそんなに好(よ)い人(ひと)だつて知(し)らなかつたんです 。
それからネ、侯爵(こうしやく)になるのはアノ……‥僕(ぼく)が思(おも)つたよりはよつぽど好(よい)もんですネイ。
僕(ぼく)は侯爵(こうしやく)になるの…‥…アノ随分(ずいぶん)……‥大変(たいへん)嬉(うれ)しくなつて来(き)ましたよ。

(以上『女学雑誌』二三五号)