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『大成無双節用集』の成立


 佐 藤  貴 裕


はじめに

 本稿では、まず、鶴峯戌申編『大成無双節用集』(暁鐘成補闕。嘉永二〈一八四九〉年刊。以下『大成無双』)の本文が、基本的に『和漢音釈書言字考節用集』(享保二〈一七一七〉年刊。以下『書言字考』)に依ることを示そうと思う。このことにより、『書言字考』が近世節用集におよぼした影響を証する例を新たに加えることになるが、また、佐藤(一九九六)で提起した「型と系」による位置づけとして、『大成無双』が、検索法上はイロハ・意義分類型ながら、『書言字考』系の本文を採ることを証することになろう。
 ついで、『大成無双』の編集のありようを検討することで、本書の性格を明らかにしていきたい。『大成無双』は、巻頭・頭書の絵入り付録の存在や、真草二行表示などからして、一九世紀節用集の一つの典型的な姿をもつので、普通の節用集として刊行されたものと思われる。が、そうした節用集が『書言字考』からどのような編集を経て成ったかについては、はなはだ興味深く思うところであって、本稿をなしたゆえんでもある。

一 『大成無双』の原拠と関係の概要

 右に先取りして『大成無双』本文の原拠を『書言字考』に求めたが、改めて『大成無双』の原拠を特定することからはじめよう。筆者の単なる恣意でないことを示すためである。
 まず、原拠本の候補に、収載語数が『大成無双』と同等以上のものを選んだ。これは、『大成無双』の本文が、原拠本の収載語を取捨選択して成ったことを想定している。ある本文に増補していく編集も考えられるが、相応の労力なり教養なりが必要となる。ことに多数の語を組織的に増補するには、原拠資料の整備、増補に足る語の精選、重複語の調整などなど、わずらわしい作業が必要となる。それだけに、現実に行われる可能性は小さいと考えられよう。が、語数の豊富な節用集から取捨選択するなら、原本に直接、墨消するだけでも最低限の原稿が完成する。この容易さゆえに、取捨選択だけの編集が採られやすいことになるのである。実際、『大成無双』の収載語数は推計で約一八〇〇〇語ほどだが、これは同時代の節用集において決して多い部類ではない。その点からも、まずは、大部の節用集から当たることが必要でもあるのである。
 調査の結果、次の二本が『大成無双』との一致度が抜きんでて高かった。書名に続けて、ア部乾坤門(『書言字考』では「乾坤門ア部」)の語数、『大成無双』との一致数を示す。用字・語形の一部が異なったり欠けたりする場合でも一致するとみたものを広義の一致とし、用字・語形まで一致する場合を狭義の一致として示した。なお、『大成無双』のア部乾坤門は八七語である。
  『書言字考』(享保二年初版、明和三年再版)     語数二三五 一致数(広義)八五 (狭義)六六
  『都会節用百家通』(寛政一三年初版。以下『都会節用』) 二六二        八二     六四
 両書のうち、どちらが『大成無双』の原拠としてふさわしいかを見るために、語順の異同を検討しよう。『大成無双』のア部乾坤門の最初の部分は次のようである。
  天地 乾坤 宇内 天原 蒼天 天漢 油雲 旭 残月 啓明 暖 温 暑 乾風 冷風 悪風 嵐 雨 
  淋漓 潦 霤 霰 沫雪 阿鼻 滄溟海 碧海 碧潭 奔濤 浅瀬 泡 阿伽水 灰汁(下略)
 これらの諸語は、『書言字考』『都会節用』でそれぞれ次のように現れる。「天地・乾坤」が一番め・五番めに現れれば「15」と記す。なお、当該語がない場合は、『大成無双』収載の語を記す。
  『書言字考』1511161721222427293435374246444749515254556064666869 奔濤 浅瀬 727078
       *『大成無双』、17は右訓アヲソラではなく左訓を採り、2142は注中の「天漢・乾風」を採る。
        『書言字考』、64「阿鼻地獄」、66「蒼溟海」、78「●灰汁」。
  『都会節用百家通』1313679252151549798009438(39)0341238930265532 阿鼻 2926302734378757
       *7「碧空」、38(39)「秋風(金風)」、32「泡雪」、29「滄溟」、26「滄海」 
 『大成無双』が『書言字考』に依拠することは明らかであろう。『書言字考』の語順が乱れるのは「46冷風・
72泡」の二語の部分だけであって、高度な一致が認められるのである。これは、依拠した本文のありようを残すことであり、もっとも簡単な、それだけにありえやすい、自然な編集過程が想像されるのである。もし、これでもなお『大成無双』が『都会節用』に依るとするならば、『書言字考』の語順と一致することを合理的に説明しなければならないが、それは極めて困難なこととなろう。
 ただ、必ずしも全体的に『書言字考』の語順が残されるわけではない。ことにト部までは、語の一致数はともかく、かなり独自の語順になっている。それが、チ部以降、すなわち『大成無双』の大半にあたるが、『書言字考』の語順をのこすようになっていく。ともあれ、以下においては、『書言字考』から『大成無双』が改編されたものとして、両者の比較・考察を進めていく。
 まず、『書言字考』の各門ア部と『大成無双』のア部各門の収載語を比較してみる。ただし、『書言字考』の「本朝通俗姓氏」は、『大成無双』では頭書付録にまわされるので、辞書本文から離れたものと見ることも考えられるが、いま、本文相当とみて比較した。なお『書言字考』と『大成無双』とで収載語が一致するかどうかの判定は、右の、広義の一致にあたる基準によった。まとめると表一のごとくである。『書言字考』の立項一四一八語に対し、『大成無双』は五九六語だが、その内訳は『書言字考』から五五三語を採り、四三語を増補してのものである。四三語は多いようだか、『大成無双』ア部語数の七・四%に過ぎないので、『大成無双』は基本的に『書言字考』の本文に依存すると見るべきであろう。
 ただ、『書言字考』の六割の語が『大成無双』には採られなかったわけで、何を採らないかに『大成無双』編者の関心も集中したことであろう。そこで、不採用の理由をたずねることから詳細な検討に入ろうと思う。

二 不採

 ある語を採らない理由を検討することが、裏返せば何を採ったかを問うことになればよいが、齟齬をきたす場合もある。たとえば、のちに見るように『大成無双』には固有名詞を排除する傾向があるが、少数の固有名詞は採られるのである。おそらく、何らかの特徴があるものは採られるのだろうが、そうした数語の特異性を明らかにするよりも、より多くの語が当てはまる理由の検討を優先しようと思う。
 以下、具体的な検討に入る。まず、乾坤門を中心に見、のちに他門での事例を参照することとしたい。
 乾坤門の不採例は一五二だが、その多くは、いくつかの主要な理由にまとめられそうである。
 まず、常識的に思い浮かぶのは、同訓異表記の整理である。たとえば、『書言字考』でアメツチと訓ずるものに「天地・天壌・玄黄・堪輿・乾坤」があるが、『大成無双』では「天地・乾坤」のみを採っている。また、アラシと訓ずるものに「嵐・荒風」があるが「嵐」のみを採るのである。アメツチ・アラシとも、使用頻度の低いものや馴染みの少ないものは不採となったのであろう。
 が、逆の例もある。『書言字考』でアメガシタと訓ずるものに「普天率土・天下・八紘・国家・宇宙・宇内」があるが、『大成無双』は「天下」ではなく「宇内」を採る。また、アキカゼと訓ずるものに「秋風・冷風」があるが、『大成無双』では「冷風」を採るのである。これにはおそらく、語形と用字との対応が極めて分かりやすいものは採らない、とする基準があるのであろう。それはそれで、見識のある態度であろう。
 一見、相反する基準が働くようにみえるが、容易に思いつく用字と見慣れぬ用字とを切り落とすもので、フィギュア・スケートなどの採点法に似て、最高と最低を捨て、中庸を採って確からしさを高めるものとも見られる。もちろん、わずかな例を見ただけでのことなので、今後、他の例も広くみ、正確なところを記したく思う。
 こうした同訓語の整理の応用として、類訓類義語の整理とでもいうべきものがある。『書言字考』は「曠野」のほかに「荒野」を立項するが、『大成無双』が「荒野」のみを採るのがそれである。さらに複雑な例もある。『書言字考』は「蒼天」に右訓アヲソラ、左訓アマツソラを付すが、他にアヲソラを右訓とする語に「穹蒼」があり、アマツソラを右訓とする語に「碧空・碧落・雲漢・天津空」がある。これら全六語のうち、『大成無双』は「蒼天」だけを採るのである。両訓併記される「蒼天」を二つの訓による二つの語群の接点と見なして代表させるかのようである。もちろん、単なる偶然の可能性もあるが、効率が高いことは確かで、興味深い例である。
 また、注中の表記を採ったため、立項語が不採となった例も認められる。たとえば、注中の表記「天漢」「乾風」を採ったために立項語「天河・銀漢・銀■」「不周風」の四語は不採となったと考えられる。
 このように同訓異表記の整理をめぐっては、いくつかのバリエーションが確認された。この種の理由によって不採となったのは乾坤門中の五七語におよび、同門での削除一五二例のうちの三七・五%と高率であった。
 ついで注目されるのは固有名詞の整理である。ア部乾坤門末尾に外国名「粛慎国」以下「足利学校」にいたる地名七〇語があるが、このうち『大成無双』は実に五五語を採らないのである。ほぼ八割に近いことから、地名、さらに拡大して固有名詞を採らない傾向が強いようである。また、五五語とは、不採例一五二中の三六・二%をも占めるのである。これには、やはり固有名詞が固有であるからこそ、他に転用しにくいということがあろう。語数を大幅に減らして、辞書としての有用性を確保するなら、やはり、固有名詞は不採とせざるをえないだろう。その意味で、この方針もありうるものであり、それだけに分かりやすいものといえよう。
 さて、残る不採例四〇語については、統一的な方針を導き出すのはむずかしいようである。ただ、右に挙げた同訓語や固有名詞の整理が不採の理由として当を得たものならば、理論的には、それらに準ずることがらのなかに新たな方針なり傾向なりがひそんでいるものと思われる。
 まず、同訓異表記語の整理からの派生で考えてみる。当該字が分かりやすい場合には不採とする方針があったが、形態素のレベルまで降りることも考えられようか。すなわち、「網代」を採れば「網代木」は採るにおよばないと判断するわけである。この種の例として次の六例を認めた。採用語を丸括弧内に示す。
  網代木(網代) 行在所・行殿(行宮) 編敷(編墻・編戸) 荒地・荒田(荒野)
 分かりやすい用字である場合、さらに右例のような採用語がなくても採らないことが考えられる。ただ、この原則を適用するあたっては恣意にならぬよう注意が必要である。この例として想定するのは次の六例である。
  ■・■・新田(分かりやすい「新田」を不採としたため、他二語も不採) 明障子 歩板 足代
 ついで、固有名詞の整理からの派生で考えてみよう。固有名詞を不採とするのは転用・応用が効かないためと解釈した。この点は、句や連語・対語さらに特殊な複合語などにも当てはまろう。一般に、語・要素を連ねるほどに、表される意味・情報は詳細になるが、絞り込まれることにもなって、一種、固有度が増すことになるからである。ただ、一見、連語の姿をしていても一単語として振る舞うものもあるので判断に迷う部分もあるが、いま次の一七例を想定している。枕詞・仏教用語・禁中用語などの用語でくくった方が分かりやすいものもあるが、句・連語として見られることを優先して含めておく。
  茜刺 暴風 聳雪 現難地 安養世界 足曳 天離夷・天放鄙 垤・■ 両辺・東西・那辺這辺・左右 
  白馬陣 朝餉間 朝寐床
 以上のように不採の理由を考察していって、最終的に説明のつかぬものとして残るのは「尾宿 谷風・東風 彼辺・以往 花瓦 藍澱・■ ■花 降臨・■」の一一語となる。このなかには「尾宿 谷風・東風」のように句・連語として扱えそうなものがあるが一単語と見るべきか。また、「藍澱・■ ■花」は、本来、乾坤門にふさわしくない語なので不採となったことが考えられる。これに準ずるものに、「降臨」が神釈門に採られたため、乾坤門としては不採になったものがある。いずれにしてもこれらのケースは比較的少ないと思われるので、以上一一語を一括して、右に見てきた理由に当てはまらぬものとしておく。
 さて、右のように乾坤門で認められた不採の理由を、他門にあてはめ、一覧にしたのが表二である。どの門においても同訓異表記語を採らないケースがもっとも多い。このことは、逆に『書言字考』に異表記を多く採る傾向があることを示していよう。また、固有名詞の不採は乾坤門が随一であって、他はそれほどでもない。これも、『書言字考』の乾坤門の性格を現していよう。言語門では、句並みの語句の不採も目立つ。これは、『書言字考』の言辞門に「悪事千里・雨衝篠・往左来左」のような諺・成句・対語などが多いためである。

三 増補

 削除についで、増補を見ておきたい。増補とは、『書言字考』に立項されない項目を『大成無双』において立項することと捉えた。したがって、『書言字考』で注中に見える語・用字を『大成無双』が立項するものも増補と考えた。次の七例がそれである。『書言字考』で立項する用字を山括弧に入れて示す。
  乾坤:天漢〈銀■〉・乾風〈不周風〉  神釈:祷雨〈■〉  衣食:油単〈雨覆〉  気形:苗蝦〈醤蝦〉
  言語:飽倦〈案倦〉  姓氏:安藤〈安東〉
 なお、『書言字考』に立項される「価直」(言辞)を分割してできた「価・直」も、便宜、ここに含めた。これらは『書言字考』に由来することになるので、増補とは見ない立場もありえよう。が、山括弧で示した立項字が採られず、注の字の方が採られたことの意味を重く見たい。右の諸例に共通する傾向として、まずは、その訓(語形)によってより喚起されやすい用字が選ばれていると見られようか。さして目にしない字・字面は採らないという傾向である。その点、「油単」はまったくの例外だが、逐字的な「雨覆」を俗字と見、正字のつもりで「油単」を採ったものとも考えられる。
 さて、ある語の所属する門が、『書言字考』と『大成無双』とで異なる場合がある。この種の例も、門別に見るときには語の出入りに関わることになる。次の八例がそれである。なかには『大成無双』で一部の字(形態素)を欠いたり転倒したりするものがあるが、その点は後述する。
  乾坤↓神釈:降臨  言辞↓人倫:唖方  言辞↓支体:■  人倫↓言語:字・押領使・押柄者 
  器財↓草木:藜杖  気形↓器財:鈿螺 
 意義分類は、その語の属性のうち、何を重視するかで所属させる範疇がゆれることがある。周到な基準があれば別だが、そうでない場合、あるいは基準があっても容易に理解されない場合には、修正の対象となる。したがって、右のような修正例を多く見ることで、『書言字考』なり『大成無双』なりの基準を発見することができるように思うが、いま、指摘するにとどめる。
 さて、右の諸例を除いたものが純粋の増補、すなわち、『書言字考』以外から補われたものになる。
  乾坤:奔濤・浅瀬  時候:明晩・朝夕・前月  支体:腮・口吻瘡・中暑  衣食:和交 
  草木:紫羅蘭花・甜茶  気形:■馬・海鷂魚・方頭魚・■・辛贏  言語:安意・安心・安置・在・仰・
  強・游・浮名   姓氏:粟津・青井・芦屋
 二七例に共通する傾向は見いだしがたいが、まず、草木・気形・支体に属する語・用字には、単なる思いつきとは考えにくいものがある。本草学・医学など、大陸の学問の影響が背景にあるのであろう。これ以外は、さして珍奇なものとも思えない。逆に言えば、比較的馴染みのある語・用字が多いように思われる。
 増補といえば原拠本の特定に注意が向く。第一節で紹介したように、『都会節用』は『書言字考』にない「奔濤・浅瀬」を収載する点、注目された。そこで、試みに純増語二七例を検索したところ、実に二一語が収載されることが知られた。他の増補についてみても、注中用字の立項では八例中五例が、他門からの移動では八例中三例が『都会節用』にも認められた。このように、『都会節用』の収載語と比較的高い率で一致することから、やはり少なからぬ影響を受けたと見るべきであろう。したがって、『大成無双』は、語順や基本的な語などの骨格部分を『書言字考』により、補助的な部分では『都会節用』を参照した可能性が考えられることになろう。

四 改変

 ついで、用字の改変を見ておきたい。不採や増補のように直接語数の増減に関わらず、その意味では目立ちにくい部分でもあり、検討すべき例も多いわけではないが、種々含みを持つ例もあるので検討してみる。
 まず、『書言字考』と『大成無双』とで、用字のうちの一字、あるいは一字の偏旁冠脚の異なるものが一三例認められた。もとの字を山括弧に入れて示せば次のとおりである。
  乾坤:滄〈蒼〉溟海・浅〈青〉茅生  人倫:庵〈菴〉主・後嗣〈胤〉  支体:沸〈■〉瘡  衣食:
  脚〈足〉革  草木:紫〈甘海〉苔  器財:麁〈■〉礪・螺鈿〈鈿螺〉  言語:微笑〈哂〉・誨〈謾〉
  ・編〈■〉・併〈并〉
 「誨・編」は単なる誤解であろう。「浅茅生・微笑」はより通じやすい用字に、「滄溟海」は海の青さにふさわしい用字として草冠ではなく三水の方を採ったのであろう。「紫苔」はより正字らしいものを当てたと解せようか。ただ、この基準は興味深い。『書言字考』はアマノリに「神仙菜・甘海苔」を掲げるが、「甘海苔」に「俗字」と注する。ならば、『大成無双』は俗字ではない「神仙菜」を採りそうだが、これではあまりに馴染みがないと判断して、「紫苔」をもってきたのであろう。一種のバランス感覚がうかがえるように思えるのである。
 また、用字のうちの一・二字を欠くものが二九例認められた。多くの場合、形態素に対応する字が欠ける。
  乾坤:阿鼻(地獄)・〈■〉灰汁・粛慎〈国〉・安南〈国〉・朝熊〈山〉・愛宕〈山〉・浅間〈嶽〉・安漕
  〈浦〉・安宅〈湊〉・飛鳥〈川〉・阿武隈〈川〉・足利〈学校〉  神釈:天神〈地祇〉  人倫:兄〈弟〉
  ・姉〈妹〉  支体:脳蓋〈骨〉・欠〈伸〉・〈熱〉沸瘡   衣食:浅黄〈色〉・泡盛〈酒〉  草木:
  藜〈杖〉・〈青〉海苔  器財:〈粗〉簟  言語:哀愍〈納受〉・価〈直〉・〈無〉愛想・〈不別〉黒白
  ・押領〈使〉・押柄〈者〉
 前々節で、不採の理由に、転用・応用のしにくい語・用字というものを設定した。その変種として、これら形態素の削除を見ることができようか。特に地名の場合、語末の形態素を削ることで、指示する範囲を広げることが期待できるし、「無愛想・押柄者」などもそうであろう。また、「兄弟・姉妹」は単に冗長なので削られたということもあろうか。ア部なのだから「兄・姉」さえ示せればよく、「弟・妹」まで示すにおよばないからである。
 さて、削除とは逆に、「扇・足」(器財)を「扇子・料足」とするような字の補足もあった。これは、俗語のアシ(オアシ)を表すには「足」で十分なのだが、あまりに俗に付きすぎるとでも判断したのであろう。やはりここにも、一種の平衡感覚が働いているように思われ、興味深い。
 これらの改変でも、前節のように『都会節用』との関係が指摘できるだろうか。用字の変更では一三例中八例が、用字の削除では二九例中一〇例が、用字の補足では二例中一例が『都会節用』でも認められた。用字の削除の例が少ないが、これは、地名などでの省略が『都会節用』に認められいことによるのである。逆に、このあたりに『大成無双』固有の改変意図がうかがわれるわけだが、全体としては、『都会節用』からの影響を無視できないものと思われる。

五 『大成無双』の性格

 右に検討してきたことから、『大成無双』とはどのような節用集であるかをまとめてみよう。
 まず、『書言字考』の縮約版であるとの位置は動かないところである。立項数からいえばほぼ半分程度にまで絞りこみつつも、辞書としての有用性を損なわないことが求められようから、どうしても効率を追求することが必要であった。そのための具体的な編集方針として、同訓異表記を不採としたり、固有名詞や句並みの語句・対語など、応用範囲が狭いものなどが不採となるなどのことが認められたのであった。このことは、固有名詞などの応用範囲を広げる方向でも流用され、形態素の削除という形で実現したと考えられた。
 縮約を旨とした『大成無双』において、増補という編集過程をどれほど重要なものと見積もるかは難しいところである。実際、『大成無双』の収載語数の一割に満たないのである。が、それはそれとして、増補語の有力な原拠として『都会節用』が想定されることとなったのは興味深いことであった。
 また、用字の採不採や用字の改変では、単純に正字を採るのではなく、かといって俗字をとるのでもない、平衡感覚のよさがうかがわれた。このことは、用字を一部補う例にも認められ、数の上では必ずしも多くはないが、編者のセンスの良さがしのばれたのであった。ただ、それらの個々の例は、先行する『都会節用』に認められるものがあり、かならずしもすべてが『大成無双』編者の独創によるものとは言い切れなかった。もちろん、そうだとしても、的確な選択眼があったことにはなるであろう。
 このようにみれば、『大成無双』は、中庸を重んずる編者が手際のよい編集ぶりで、近世節用集の異端『書言字考』をもとに、『都会節用』を適宜参照しつつ、バランスよく編み上げたものとの見通しが得られそうである。
 ただ、そのバランスをどう評価するかは、微妙な点がある。そのバランスゆえに、使用者を選ぶことがあるかと思うからである。たとえば、アキカゼを引いて「冷風」しかないことに何の疑問も持たないような人では、よき利用者たりえない。それが『大成無双』の特色であると見抜ける人でなければ使いこなせないのではなかろうか。必ずしも、万人向きの節用集ではないのである。もちろん、そうした使いにくさは『書言字考』にもあることであろうし、『大成無双』は縮約・改変の結果として、まだこなれているのかもしれない。あるいは、『書言字考』系の節用集は、多かれ少なかれ、そうした傾向を持つのであろうか。この点は、他の『書言字考』系節用集を検討する必要があり、今後の課題とするところである。

おわりに

 『大成無双』のように縮約を旨とする節用集において、何から削っていくかは大きな問題であるが、その点については、一応の方針をさぐりだすことが出来たように思う。今後は、そうした方針が、『大成無双』だけでのことなのか、それとも他の節用集にも認められる、普遍的なことなのかを確かめたく思う。
 その場合、まずは、同じ『書言字考』系の節用集で考えるのが、論を緻密に展開できて有利であろう。さいわい、適した節用集に心当たりがある。まず、『書言字考』系節用集の代表的な存在として早引節用集E類があるが、そのなかの縮約版と位置づけられるものに『数引節用集』(嘉永七年刊)がある。また、『大成無双』の原拠候補を検討していて目を引かれたのが『宝暦節用字海蔵』(宝暦六年刊)である。語順上はさほどでもないが、収載語数の割に『大成無双』との一致度が高いことが注目され、その背景には『書言字考』を原拠とするなどの理由が考えられる。また、『俳字節用集』(文政六年刊)なども『書言字考』の縮約本的な性格をもっていそうである。
 これらについて、それぞれの縮約のさまを見ることで、『大成無双』での編集の質や傾向を知ることになるであろうし、そこで得た知見は、広く近世節用集の編集の有りようの確かな例となるはずである。あるいは、これら縮約本の編集方針を集約するとき、それは、裏返せば『書言字考』の本文の評価になるのではないだろうか。もちろん、『書言字考』の本文を直接に検討しても相応の評価はできるが、我々の目から見るだけでは限界があり、過誤も起きかねない。当時の節用集を介するとき、当時の節用集観に裏付けられた的確な評価にいたるようにも思うのである。
 ともあれ、こうしたことは今後に期すほかないが、本稿が、そのささやかな一歩となればと思う。

  注

(1)このことから、これら二書間の関係が深いこと、すなわち『都会節用』も『書言字考』の本文に依拠することが予想される。また、これに準ずる一致数を示す節用集も同様である。もちろん、それぞれに『書言字考』と直接に比較する必要があることである。なお、所掲書以外の候補本と検討結果は以下のとおり。『永代節用無尽蔵』(天保二年刊。ア部乾坤門二五四語、一致数(広義)六六、同(狭義)四〇)、『倭節用集悉改嚢』(文政元年刊。二三一、六五、四二)、『宝暦節用字海蔵』(宝暦六年刊。一四七、六三、五六)、『字引大全』(文化三年刊。一〇七、四四、二八)、『万宝節用富貴蔵』(天明八年刊。一〇七、四四、二五)、『合類節用集』(延宝八年刊。一八九、四〇、二二)、『広益二行節用集』(貞享三年刊。一一三、三八、二一)、『新刊節用集大全』(延宝八年刊。一九四、三八、二四)、『絵引節用集』(寛政八年刊。九三、三三、一九)。
(2)中田・小林(一九七三)によれば、『書言字考』享保版に立項される「七重花」の部分を、明和版では「玉蘭花」に差し替えているという。『大成無双』は後者のみ立項するので、明和版に依ったものと思われる。以下、『書言字考』は、高梨信博(一九七八)にいう明和三年版B類にあたる架蔵本による。
(3)ト部まででは他にも独自性が認められ、たとえば、ヘ部では「瓢箪・人魚骨・舳艫」などに長大な注があったり、「偏冠」に部首尽くしが続くなど、明らかに変調が認められるのである。あるいは、『大成無双』は、鶴峯戌申が編みさしたのを暁鐘成が補ったものだが、その境界がヘ・ト・チ三部のあたりになるのかもしれない。
(4)編者の指向がうかがわれるが、「本朝通俗姓氏」は『書言字考』でも数量門とともに最終巻に収められるので、元来付録的に扱われていたとも言える。また、後の例になるが、架蔵する『書言字考』万延元年版三冊本の下巻題簽には、書名の直下に「言辞数量/附/日本姓氏」とあって付録であることが明記されている。なお、「本朝通俗姓氏」だけをイロハ・意義分類の節用集本文に組み入れなかったことで、『大成無双』の組織は徹底を欠き、合類型(意義・イロハ分類)の痕跡を残すことになった点は注目される。
(5)この数値は、次に述べる固有名詞での不採例と重複する一例を含まない。
(6)『大成無双』に採られた地名でも、形態素を欠くなどするものが多い。詳しくは第四節を参照。
(7)これらの例についても、また別の判断基準も考えられよう。たとえば、「垤」などは、単純に、語としても用字としても使用頻度の低いことを、理由として優先すべきかもしれない。
(8)他に、神釈門の「阿蘇宮・粟島社・蟻通社・朝夷名社」が不採となったが、これらは『大成無双』の頭書付録「諸国神社記」中に見えるのが注目される。付録に流用したか、付録中に当該語が本来あったかしたために、辞書本文には採られなかったのだろうか。この可能性は、『大成無双』に物尽し風の付録が「大日本国図」以下一七種あることから注意が必要である。が、それらの付録中の語は多く固有名詞であり、固有名詞との理由で不採となったこととは矛盾しないので、とりあえずは考えないでおく。
(9)「紫苔」は『書言字考』には載らないが、『都会節用』にあるので、それを参照して採ったのであろう。


  参考文献

佐藤貴裕(一九八六)「東西方言対立語からみた『書言字考節用集の性格』」『国語学』一四七
────(一九八八)「冒頭に『意』字を置く早引節用集二種」『文芸研究』一一八
────(一九九二)「『書言字考節用集』の一展開」『国語学研究』三一
────(一九九六)「近世節用集の記述研究への視点」『国語語彙史研究』一五
高梨信博(一九七八)「『和漢音釈書言字考節用集』の考察──版種を中心として──」『国文学研究』六四
中田祝夫・小林祥次郎(一九七三)『書言字考節用集研究並びに索引』風間書房
山田忠雄(一九七四)『節用集天正十八年本類の研究』東洋文庫

『国語語彙史の研究』22(2003年刊行予定)