辞書の世界 〜 17世紀の節用集 〜
17世紀の節用集

 17世紀は、江戸時代の節用集の典型ができあがっていく時期です。
 ポイントは、「真草二行」「頭書」「大型書の試み」です。

17世紀の節用集では、楷書(真字)と行書・草書で漢字を表示する「真草二行」が標準的な形式になります。
『真草二行節用集』寛永16(1639)年刊
 マウスオーバーで「以本」(仮称)に。

○当時の日常的な書体は行草書でしたが、目上の人への手紙などでは字を崩さずに書くのが礼儀でした。「真草二行」はこうした状況に対応したものなのでしょう。

○「真草二行」は「真草二体」とも、単純に「真草・二行・二体」とも言いました。
→富山市立図書館山田孝雄文庫の『真草二行節用集』(寛文5年刊)全画像  筑波大学の『ニ体節用集』
 京都大学谷村文庫の『広益二行節用集』
 神戸女子大学森文庫の二行節用集真草二行節用集同(寛文5年本)同(以本)

『頭書大益節用集綱目』(元禄3年刊)の改題本です

〇江戸時代の初期には、行草書だけのものもありました。また、真草二行のもっとも早い例は慶長16年本ですが、室町時代からの名残りか、振りがなは片仮名でした。
→香川大学の源太郎版『節用集』(PDF)
 筑波大学の慶長16年本PDFへ

○勢いで(?)三書体併記にしたものもありましたが、さすがに典型にはなりませんでした。ただ、のちに『篆字節用千金宝』(延享2(1745)年刊)が刊行されるので、篆字をも表示した節用集はそれなりに需要があったのかもしれません。
『大極節用国家鼎宝三行綱目』、元禄3(1690)年以降刊。

本文上欄に付録を載せる「頭書(かしらがき)」の形式も、ほとんどの縦型本に踏襲され、江戸時代節用集の典型的なレイアウトになります。

○この形式は『頭書増補二行節用集』(寛文10・1670年刊)から採用されました。
『頭書増補節用集大全』元禄4(1691)年刊

○頭書付録は、はじめ用語解説でしたが、18世紀以降、歴史年表や料理献立など言葉からはなれていきました。 なお、節用集の付録は、はじめは巻末にあり、ついで頭書に、そして17世紀の末には巻頭にもつくようになります。

→東京学芸大学望月文庫の 『頭書増補節用集大全』(木下版) 『頭書増補節用集大全』(貞享5年版) 『頭書増補節用集大全』(元禄頃版) 『頭書増補節用集大全』(貞享5年以降版)
 神戸女子大学森文庫の頭書増補節用集大全珠玉節用万代宝匣〔増益大字〕大国花節用集珍開蔵

○勢いあまって(?)、「三階版」も登場。いくつかの本屋が試みましたが、(辞書本文部分にかぎっては)大阪のある本屋が独占するよう、取り決められました。
『万宝節用集』元禄13(1700)年刊
→神戸女子大学森文庫の〔真草古文両点〕頭書大益節用集綱目

○当時でも本屋仲間という組織があり、そこでの話し合いで四階版・五階版を作らぬよう、申し合わされました。三階版の利点もはっきりしないのに、四階版・五階版まで想定しているのが面白い。それほどレイアウト開発が過熱気味だったのでしょう。

○本屋仲間の存在が、節用集を発展させたり、逆に発展をはばんだりしました。このあたりが、室町時代までと異なるところで興味がつきません。

引き方でも変わり種が生まれました。従来のものとは逆に、意義分類したなかをイロハ分けにした「合類型」です。
『合類節用集』延宝8(1680)年刊

〇当時、どちらかといえば学術的なものは楷書・片仮名で記すことがあったので、『合類節用集』もそれに習ったのでしょう。そういえば『詩経』『文選』や『順和名』*など出典が示されていて、厳密な感じもします。
  *源順(したごう)編『和名類聚抄』。平安期の辞書。

→ 神戸女子大学森文庫の合類節用集

○『合類節用集』は、真草二行・頭書を採用した『鼇頭節用集大全』や、小型で行草書表記にした『(大)広益字尽重宝記綱目』『三才全書俳林節用集』などを派生してバリエーションも増えました。が、合類型の検索法が主流になるには至りませんでした。
『大広益字尽重宝記綱目』(寛延2・1749年刊)。初版本は元禄6(1693)年刊。
→東京学芸大学望月文庫の『鼇頭節用集大全』(言語部)
 神戸女子大学森文庫の三才全書俳林節用集

1700年前後には、語数の多い節用集も編まれました。その点でも『合類節用集』は注目されます。ただこの傾向は、一部の例外を除けばすぐに終息します。こののち、大型の節用集が編まれるのは19世紀までまたなければなりません。
→京都大学谷村文庫の『新刊節用集大全』
 京都大学谷村文庫の『広益二行節用集』(再掲)

○『和漢音釈書言字考節用集』(享保2・1717年刊。「合類大節用集」とも)は例外的に何度か再版されています。
→京都大学谷村文庫の『和漢音釈書言字考節用集』
 南房総データベースの『和漢音釈書言字考節用集』
   


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