高潮や高波などによる沿岸災害問題のみならず,貧酸素水塊・赤潮の発生などによる環境問題の予測・対策に,気象変動,地球自転効果,成層効果などを考慮できる数値シミュレーションは不可欠な手段となりつつある.沿岸域では,外洋との海水交換の影響が大きいことに加え,風による吹送流,風波砕波による海水混合,日射による成層化,降水・蒸発等の気象場からの影響が支配的となる.また,その海面境界過程も重要であるが,とりわけ強風下吹送流の海面境界過程は,高潮や水質・生物環境の激変を引き起こす点で本質的である.そのため,沿岸域においてメソスケールの海水流動計算を高精度で行うには,気象場からの影響,外洋との海水交換および強風下海面境界過程を適切に評価できるモデルが必須となる.
本論文は,気象場が支配的となる沿岸海水流動の計算を精度良く行えるモデルの開発を目的とし,①外洋との海水交換を適切に扱うために大水深の外洋から浅海域である沿岸までを連続的に精度良く解くことのできる多重σ座標系沿岸海洋モデルCCMの開発,②気象場からの影響を精度良く評価するために,大気,海洋,波浪場を1つの系として一体的に扱う大気-海洋-波浪結合モデルの開発,③強風下吹送流の海面境界過程の解明とそのモデル化,を行ったものである.そして,これらを統合して数値シミュレーションを行うことにより,成層期や強風時を含めた多様な条件下においても沿岸域海水流動が精度良く計算できることを実証した.以下に主要な検討項目とその結論について述べる.
· 大水深の外洋から沿岸までの海水流動をσ座標によって連続的に計算する場合,鉛直差分精度の水深依存性が問題となることを指摘し,その解決のために計算領域を鉛直方向に多数に分割した上で各領域に対してそれぞれσ座標を適用する多重σ座標を提案した.そして,多重σ座標を用いた沿岸海洋モデルCCM(Coastal ocean Current Model)を新たに開発して,夏季伊勢湾においてモデルの動作確認および精度検証を行った.その結果,従来のσ座標モデルでは湾口部での海面温度や湾内での密度の鉛直分布の再現性に問題が見られた一方で,多重σ座標モデルを用いることにより,これらの問題が解決できることを明らかにした.また,冬季伊勢湾においてCCMと海洋モデルPOM(プリンストン大学)の比較計算を行い,CCMはPOMに比べて潮位,流速,水温および塩分を精度良く計算できることを明らかにした.
· 大気,海洋および波浪場を1つの系として一体的に扱うために,気象場の計算には気象モデルMM5,海洋場の計算には海洋モデルCCM,波浪場の計算には波浪モデルSWANをそれぞれ用いて,風速,摩擦速度,潜熱・顕熱フラックス,短波・長波放射,蒸発・降水量,気圧,海面水温,流速,水面変位,波浪による粗度高さ,波齢,有義波高を全て海面境界過程として扱える大気-海洋-波浪結合モデルを開発した.そして,伊勢湾および台風0416号下の海水流動において精度検証を行い,大気-海洋-波浪結合モデルの有用性を示した.
· 対数則を前提とした既存の乱流モデルでは強風下吹送流を正しく扱うことができないことを明らかにし,その解決のために水理実験を行い,強風下吹送流の乱流構造を明らかにするとともに,これを正しく扱えるバースト層モデルを開発した.そして,水理実験結果の再現計算を行い,モデルが適切であることを実証するとともに,大気-海洋-波浪結合モデルの海洋モデルCCMにバースト層モデルを組込み,冬季伊勢湾での吹送流および南太平洋上の台風0416号下での海水流動計算を行った.その結果,バースト層モデルを組込むことで強風下吹送流の流速,流向および密度分布の計算精度が改善されるだけでなく,その影響は気象場や波浪場にも及ぶことを明らかにした.
①~③を統合して春季,夏季,秋季,冬季における伊勢湾の数値シミュレーションを行った.その結果,従来の計算方法では精度良く計算できなかった沿岸域海水流動が,本研究で開発したモデルによって精度良く計算できることが明らかとなった.