井坂 健司「波浪のエネルギー生成・散逸過程と発電への適用に関する研究」

波浪は海洋や沿岸域の生態系等と深く関わりを持つばかりでなく,強風時には驚異的な破壊力を持って海岸に来襲する.そのため,波浪は海洋や沿岸域での災害や環境に関わる諸問題を扱う上で重要であるが,同時に,そのエネルギーは,風力や太陽光等と同じように再生可能な自然エネルギーでもあり,島国である我が国にとっては貴重である.それゆえ,波浪エネルギーの有効活用は環境やエネルギー問題を考える上でも重要な課題となる.しかしながら,波浪エネルギーは時間的な変動が大きく,実用的な利用にまで至っていないのが現状である.この問題の解決策の一つとして,波浪推算モデルにより得られた面的な波浪情報を基に複数の発電施設間のネットワークを構築し,発電された電力を共有・補完することにより時間的な変動を抑制する手法が挙げられる.それには,風から波へのエネルギー輸送および風波砕波による散逸における不明な点を明らかにし,それを基に波浪推算を行い,波浪エネルギーの賦存量や波浪特性を把握し,波浪エネルギーを有効に利用する手法を考える必要がある.  本論文では,波浪推算モデルで用いられている風から波へのエネルギー輸送項や風波砕波によるエネルギー散逸項で表現が不十分となっている点について述べ,この事を明らかにするため,数値実験により海面上の気流特性で不明な点が多く残る風波砕波上の気流とその乱流特性について検討するとともに,水理実験により風波砕波と水面表層の乱流境界層の乱流特性についても検討を加えている.ついで,この結果に基いて,波浪推算モデルにより日本列島周辺の波浪特性を把握し,得られた波浪諸量を用いて波力発電シミュレーションを行っている.そして,波力発電の時間的変動を抑制する波力発電施設の配置最適化手法を提案し,冬季1ヶ月間に適応して,その手法の妥当性を検討している.以下に主要な結果を述べる. ・ 室内実験により得られた風波波形を用いて,数値実験により風波上の気流場を再現し,風波上の気流・乱流構造について検討した.その結果,海面に作用するせん断力は波峰部分に強く作用しており,これが波形の前傾化や室内実験で発見されている風波内部の高渦度領域の生成に寄与している可能性が明らかになった.風波上の気流場については,波形の前傾化が著しくなる砕波時の波頂付近から下流にかけて気流の剥離と大規模な剥離渦が確認出来るものの,白波砕波が進行し,波高が減衰すると気流の剥離は見られなくなった.また,圧力の空間分布特性は気流の剥離の有無に大きく影響する事が分かった.これらから,風波上の気流場を扱う場合,砕波による影響を考慮する必要がある事がわかった ・ 風洞水槽を用いた実験により,風波砕波と水面表層に生成される乱流境界層の乱流特性との関係,乱流境界層の生成・発達過程における砕波の役割について検討した.その結果,砕波を伴う強風下の水面表層に強い乱流エネルギーを伴うバースト層と呼ばれる乱流境界層が生成される事が分かった.また,各風速の流速スペクトルについて検討した結果,バースト層を特徴づける高周波乱流エネルギーの生成に風波砕波が深く関わっている可能性が示された.さらに,バースト層内ではレイノルズ応力や渦粘性係数が著しく増大する事が明らかとなり,バースト層が海洋表層での拡散・混合過程に密接に関わっていることがわかった. ・ 風の吹き始めから定常状態に至るまでの過程での水粒子速度場の変化を検討した結果,水面下の大規模渦が砕波の発生に伴って生じており,風波下の乱流境界層の生成・発達に砕波が本質的な役割を果たしている事が分かった.また,うねり等に風が作用する場合,砕波により生成する乱流エネルギーは純粋な風波時のそれよりも大きく,この様な波浪条件の場合,乱流特性量は純粋な風波で扱う方法では不可能であり,気流場と同様に砕波による影響を陽に評価する手法が必要になる事が分かった. ・ 波浪推算モデルにより日本列島周辺の波浪特性を検討し,得られた有義波緒量を用いて波力発電シミュレーションを行った.その結果,冬季の日本海側の地点では,冬季季節風の影響のために太平洋側の地点よりも発電量が多く,定格60kWを仮定した場合の平均発電量はその約50%にも達していた.しかし,いずれの地点において発電量の時間変動は大きく,出力は不安定であった.この不安定性を改善するため,発電量の時間変動を抑制する発電施設の配置最適化手法を提案した.これを冬季1ヶ月間に適用した結果,波浪特性の異なる地点同士を組み合わせる事により,時間変動が効率的に抑制できることが分かった.そして,この手法により最適な地点の選定や発電規模の算出が可能となり,波力発電の施設計画に有効である事が分かった.