近隣諸国の爆発的な経済発展や石油産油国の情勢悪化によるエネルギー需要の逼迫,温暖化問題をはじめとする環境問題の顕在化に伴い,化石燃料に替わる環境負荷の少ない新エネルギーの導入促進が求められている. 風力発電は数ある自然エネルギーの中でも経済性に優れたエネルギーであり,大気汚染物質を排出しない環境負荷の少ないクリーンなエネルギーとして注目されている.しかしながら,風力発電においては,風力エネルギーの密度が風速の3乗に比例するため,風力発電設置候補地の検討を行う際には,いかに精度良く風を算出するかが決定的に重要になってくる. 論文は,今後,更なる風力発電の発展が期待されるなかで,取得可能エネルギー量の評価や年間の発電量の推定を行う上で欠くことのできない,信頼性の高い風況シミュレーション手法の開発を最終目的として行ったものである.具体的には,メソ気象モデルMM5を用いて風況シミュレーションを行う際の数々の問題点を改善することで高解像度計算手法を確立し,その手法を用いて伊勢湾沿岸域における解像度1kmの高解像度風況マップの作成と山岳部における解像度333mまでの超高解像度計算を行い,その有用性を実証したものである. 以下に主要な検討項目とその結論について述べる.
1.最小解像度約1kmのMM5のオリジナル地形データセットに対して,国土地理院発行の50mメッシュ標高データと100mメッシュ土地利用データからなる国土数値情報を元にした地形データセットを使用できるようにすることで,解像度1km以下の高解像度計算が行えるようにした.
2.伊勢湾沿岸域を対象に地表面データセットの高解像度化と水平格子解像度の高解像度化が風況計算精度に与える影響について検討を行った.その結果,メソ気象モデルMM5の地形条件をオリジナル地形データセットから国土数値情報に変更することにより,計算精度が大幅に改善することを明らかにした.
3.地表面付近の風況計算精度に直接的に影響する大気境界層(PBL:Planetary Boundary Layer)スキームに着目し,MM5に実装される5つのスキームの風況計算精度について比較・検討を行った.この結果,各スキームで計算された計算期間内の平均風速には,風車ハブ高度周辺の風速バイアスが最大で1.5m/s(平均風速比27%)もの大きな差が現れることを明らかにし,気象モデルによる風況計算において大気境界層スキームの選択が非常に重要になることがわかった.さらに,各PBLスキームの特長について明らかにし,各スキームの特徴を考慮した上で,計算の目的や場所,時期に合ったスキームの選択の必要性があることを示した.
4.気象モデルの問題点および改善点の検討結果をもとに,計算条件を設定して伊勢湾沿岸域における解像度1kmの新風況マップを作成し,旧風況マップとの比較から計算手法の変更が風況計算精度に与える影響について比較・検討を行った.その結果,旧風況マップに対して新風況マップでは,沿岸部において風況計算精度は全ての統計値において向上することがわかった.
5.複雑地形を計算対象とし,水平解像度を3kmから333mへと超高解像度化させた場合の計算精度に与える影響について検討を行った.その結果,微地形に対応した風速コントラストが明確になり,解像度3kmから333mへの高解像度化に伴い,風況計算精度は全ての統計値において向上する傾向があることがわかった.また,MM5による風況計算では,計算精度,計算コストの両面から,333m程度が高解像度化の実質的な上限であることを示した.
6.新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の風況シミュレーションの評価手法を用いることにより,伊勢湾沿岸部や洋上でのオフショア風力発電や洋上風力発電については解像度1kmの風況マップで十分に適用可能であることを示した.また,山岳部においてウィンドファームスケール(数km四方)の風況を把握するのであれば,解像度333mの超高解像度計算を行うことで同様に適用可能であることを示した.