パネルディスカッション2 ML
多様性が生む患者・医療者パートナーシップ :回り道医師たちとともに考えよう
日  時  1月27日(土)13:00〜16:00 (3時間)
会  場   
回り道して外科医になった経験から
笠置真知子(松山笠置記念心臓血管病院副院長、稲門医師会)
早稲田大学では教育学部理学科生物学専修で植物生態学を大島康行教授の下で学んだ。大学4年の時は70年安保で大学は荒れており、考えることがあって、卒業後医学部に進むことを決めた。三年間浪人している間は、大島先生の個人助手と家庭教師、タイプライター売り場やドリル輸入会社のアルバイト等を行い、受験費用を貯めた。この間様々な人と接触があり、後で医師として患者と接する際に役に立った。一般社会に出てから医学部を受験し直すときは手助けしてくれる人はおらず、いかに自分の意志を持ち続けられるかが大切である。医学部卒業後、32歳で胸部外科に入局し、年下の同僚や年下の上司と良好な関係を保つ助けになっている、意志を持続する力と人と付き合うスキルについて議論したい。
日本IBM(株)社員から医師へ 〜『回り道医師』から見た営業研修と医療者教育〜
杉原正子(国立病院機構東京医療センター、精神科医、稲門医師会)
私は当初、数学を学び、日本IBM(株)でシステムズ・エンジニア(SE)として5年半勤務した。SEは、顧客の業務や経営を分析し、投資対効果を考えつつ、システム設計、売り込み、教育、保守等を行う。ハードウェアを扱う「技術」、金銭を扱う「営業」の業務以外の一切の顧客業務を行うという意味では、コンサルタントに近いかもしれない。MBA(経営学修士)の課程に酷似した研修は、座学と現場実習を交互に経験しつつ、上記の流れを学び、疑似顧客の契約をもって合格・卒業とするものであった。サービス業の何たるかを徹底的にたたき込むこの「営業研修」は、実に楽しく魅力的で、SE時代より、むしろ医師としての私に、はるかに影響を及ぼしている。「営業研修」の何が医師の教育に通じるのか、皆様と共に考えたい。
医療者教育に、がんサバイバーが果たせる役割とは
上野 創(朝日新聞記者、精巣腫瘍の経験者)
私は肺に転移した精巣腫瘍の闘病経験について、医学生や看護学生に話をするよう求められることがある。医療者を目指す人は、人体の構造や臓器のメカニズム、治療などの知識や手技を体系的に学ぶが、その究極の目標が、病む人を治し、苦痛を軽減するということである以上、当事者の言葉を聞いておくことは大きな意味がある。がんサバイバーが話す内容は、人によって異なるが、治療中に感じたことや、生活・人生観の変化、医師との関係で感じたことや要望など、未来の医療者にとって意義のあることを率直に話すことが効果的である。一方、語る側にも留意点がある。当日はこうした視点でお話ししたい。
回り道、多様な経験と緩和ケア
松田洋祐(聖路加国際病院緩和ケア科医師、稲門医師会)
私のキャリアは銀行マンとして始まった。バブル崩壊の真っ只中にも関わらず、何の仕事をしたいのか、自分なりの合点がいかない中、早稲田大学で経済、財務等を学んだ。国際政治にも関心があった私は、ある外資系の銀行に就職し、為替のディーリング、経理を経て、審査部に籍を置いた。大学時代に関心があった領域の現場に立ったことで、高揚感を持ちながら充実した時を過ごさせていただいた。社会人としての質の異なる厳しさ、プロフェッショナルな集団にいても結果主義だけではない関係性の重要性、他人を尊重すること、多様な文化背景の人と協働できた時の効果、そして人の役に立つ喜びを学びえた。人生のあらゆるものが凝縮される緩和ケアにおいて、これらがいかなる影響を及ぼしているのかを振り返りたい。
医師からの『回り道弁護士』が考える『回り道医師』の役割 :相違点、共通点、方向性
大磯義一郎(浜松医科大学医療法学教授、稲門医師会)
演者は医学部を卒業後、早稲田大学を経て弁護士資格を取得した。医学と法学の教育を受けた者として、両者の相違・共通点について述べた上で現在の医学部教育の方向性を探りたい。従来の医学部教育は、講義室での一方行的講義が主体だったが、法科大学院教育は、ケース・メソッドを取り入れた双方向性講義であった。医学部でも、ケース・メソッドを取り入れる動きはあるが、いまだ試行錯誤の段階である。ただ、医学部教育に法科大学院方式をそのまま当てはめることは妥当ではない。なぜなら受験勉強だけをやってきた18歳に対し、大学院生がするハードな予習・復習を含めたケース・メソッドを導入することは、人格形成上、負の側面が大きいと感じる。特に、近年は教養教育を排除し、初年度から専門教育をするようになっていることもあり、医学部教育に当たる演者としては大いに危惧するところである。本講演が、ややもすると教育する側の都合だけで横行しているようにもみえるコンピテンシー至上主義から脱却し、プロフェッショナル教育について考え直す機会となれば幸甚である。
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