松田ラボ
国立大学法人 東海国立大学機構岐阜大学 高等研究院
One Medicineトランスレーショナルリサーチセンター
Matsuda Lab.
Gifu UniversityCOMIT (Center for One Medicine Innovative Translational Research)
News
- 2025/04/01
- PIの松田が、岐阜大学において研究室を立ち上げました。
- 研究員の呉 思遠さん、研究補助員の豊吉 亨さんが本研究室に参加されました。
- 2025/07/23
- PIの松田が執筆した総説が、Neuroscience Researchにおいて発表されました。
- 2025/07/25
- PIの松田が、日本神経科学学会において奨励賞を受賞しました。
- これまでご支援いただいた皆様に感謝申し上げます。
Research
“いつも通り”を守る脳のしくみ――生体恒常性の謎に挑む
私たちの体は、喉の渇きや空腹、気温の変化、ストレスなど、日々さまざまな環境の変化にさらされています。 しかし、生命はどんな環境においても「いつも通り」を保つために、驚くほど緻密な調整を繰り返しています。 たとえば、のどが渇けば水を飲み、お腹が減ればご飯を食べ、暑ければ汗をかく。 そうして、水分量、血糖値、体温などを一定に保てているのは、「生体恒常性(ホメオスタシス)」という仕組みが働いているからです。脳はこの仕組みの中心的な役割を担っています。 脳は、精密なセンサーを介して体内外の情報を常に感知し、あらゆる情報を統合・処理して、身体の各器官と連携しながら、絶えず体内環境のバランスを調整しています。 私たちの研究室では、体液を介した情報伝達と、それに応答する脳内の神経ネットワークの働きに注目して研究を進めてきました。 体液には、体の状態を反映した生理活性物質が含まれており、脳はその変化を読み取って必要な反応を引き起こします。
しかし、こうした調整機能がうまく働かなくなったり、病気によって調節能力が損なわれたりすると、高血圧や肥満、飲水障害、ストレス障害、睡眠障害など、様々な疾患の発症につながることが明らかになってきています。 つまり、生体恒常性の崩壊は多くの病気の原因に関わっているのです。
脳の仕組みは一見、複雑でつかみどころのないものに見えますが、私たちはむしろ、脳は本質的には非常に「機械的な論理」に基づいたシステムであると考えています。 ただ、その構造が大変に複雑化しているため、まだ全容が見えていないだけなのです。 私たちはこの基本的な神経メカニズムを分子レベルから個体レベルまで、あらゆる側面から解き明かし、病気の発症メカニズムの理解や新しい治療法の開発につなげたいと考えています。
「なぜ私たちは、今日も“普通”に過ごせているのか?」
「当たり前の毎日」を裏で支えている脳の論理的な仕組みに迫りたい。 私たちの研究室では、生体という“システム”の深層に挑む研究を日々続けています。
I. 水分/塩分欲求の制御機構
のどが渇いたり、しょっぱいものが食べたくなるのは、脳の“スイッチ”が入るから
私たち人間をはじめとする動物の体には、体の中の水分や塩分のバランスをいつも一定に保つ仕組みがあります。
たとえば、水分が足りなくなると「のどが渇いた」と感じたり、塩分をとりすぎたときには自然と塩気のある食べ物を避けたりします。
これは脳が体の状態を見て、水分や塩分をどれだけ欲しいかをコントロールしているからです。
体の中の水分や塩分の状態をチェックしているのは、脳の中でも特別な感覚性脳室周囲器官(Sensory Circumventricular Organs: sCVOs)と呼ばれる場所です(図1)。 これらは、「脳の窓」とも呼ばれていて、脳の中でも例外的に血液-脳関門と呼ばれる壁がない場所です。 そのため、普通は脳に入りにくい体液(血液など)中の情報を直接的にモニターすることができます。 これまでの私たちの研究によって、のどの渇きや塩分をとりたいという欲求が、どのような脳の仕組みで起こるのかが少しずつわかってきました1-5)。
体の中の水分や塩分の状態をチェックしているのは、脳の中でも特別な感覚性脳室周囲器官(Sensory Circumventricular Organs: sCVOs)と呼ばれる場所です(図1)。 これらは、「脳の窓」とも呼ばれていて、脳の中でも例外的に血液-脳関門と呼ばれる壁がない場所です。 そのため、普通は脳に入りにくい体液(血液など)中の情報を直接的にモニターすることができます。 これまでの私たちの研究によって、のどの渇きや塩分をとりたいという欲求が、どのような脳の仕組みで起こるのかが少しずつわかってきました1-5)。
体の中の水分や塩分が不足すると、血中のアンジオテンシン II(Ang II)というホルモンが増加します。
このホルモンは、のどの渇きや塩気のあるものを食べたいという気持ちを引き起こす働きがあります。
私たちの研究では、sCVOsである脳弓下器官(Subfornical Organ: SFO)に、Ang IIを感知するセンサーを持つ神経細胞が集まっていることを発見しました1)。
その中に、水を飲みたくさせる「水ニューロン」や、塩分をとりたくさせる「塩ニューロン」があり、それぞれが体の欲求をコントロールしていることが分かってきました。
動画は、光を使って「水ニューロン」を人為的に活性化させたことで、マウスが水を飲み始めることを確認した実験です(動画1参照)。
動画1. 光を用いて水ニューロンを人為的に活性化したマウス
水が足りないときは塩を避ける? 塩が足りないときは水を避ける? ― 脳による“賢い判断”
動物の体は、水分や塩分が足りなくなると、それぞれ必要なものをうまく選ぶようになっています。
たとえば、水が不足しているときは自然と塩分を避け、水を優先して摂るようになります。
私たちの研究によって、その理由が脳のしくみにあることが明らかになりました。SFOに存在している、Naxチャネルと呼ばれるNa+濃度センサーを持つグリア細胞が体内の塩分濃度の上昇を感じ取り、塩ニューロンの活動を抑えます4)。
これにより、塩分をとりたいという気持ちに“ブレーキ”をかけ、水ニューロンの活動が相対的に高くなることによって水分摂取を促す仕組みになっているのです1-3)(図2,3参照)。
逆に、体の中の塩分が足りなくなると、コレシストキニン(CCK)という物質を出すSFOの神経細胞が働きだし(動画2参照)、水ニューロンの活動を抑えて、塩ニューロンの活動が相対的に高くなることで塩分摂取を促します(図3参照)2)。
これは、In vivoカルシウムイメージングという脳内の神経活動をシングルセルレベルでリアルタイムに観察する手法によって明らかになりました(図4参照)。
このように脳は体液情報を読み取り、私たちの体がそのときに本当に必要なものを選んで摂るように、うまくコントロールしているのです。
動画2. 体液Na+濃度の低下を感知して活性化するCCKニューロン
脳が“塩分の変化”を感知して、水を飲むように指示している
私たちの体は、体内の塩分(ナトリウム)が多くなったとき、「水を飲まなきゃ」と感じるようにできています。
その仕組みのひとつが、sCVOsである終板脈管器官(Organum Vasculosum Lamina Terminalis: OVLT)という場所にあります。
OVLTでは、Naxを持つグリア細胞が体液中の塩分の増加を感知すると、エポキシエイコサトリエン酸(EETs)という物質を放出します(Sakuta et al., Neurosci.
Res., 2020)。
これがTRPV4というチャネルを介して神経細胞を刺激して、飲水行動を引き起こすことがわかってきました(図5参照)。
さらに、OVLTには「SLC9A4」というNaxとは異なるNa+濃度センサーを持つ神経細胞もあり、これも体液中の塩分の上昇を感じ取って水を飲むよう働きかけています(図5参照)3)。
この神経細胞は、先に紹介したAng IIにも反応し、水分摂取を促していると考えられます5)。
これらの研究に関連して、ヒトにおいて、Naxに対する自己免疫の発生によって無飲症を伴う高Na血症という疾患を発症することが報告されています(Hiyama et al.,
Neuron, 2010)。
「もう十分!」をどうやって感じるの? ― 水分・塩分欲求をストップさせる脳のしくみ
私たちはのどが渇いたり、しょっぱいものが欲しくなったりすると、水や塩分をとりますが、「もう足りた」と感じることで、それ以上とりすぎるのを防いでいます。
最近、私たちはこの“満足感”を生み出す脳のしくみに注目し、研究を進めました。
その中で、脳の後ろの方にある外側結合腕傍核(Lateral Parabrachial Neucleus :
LPBN)という場所に、水分をとったときにだけ反応する神経細胞の集まりと、塩分をとったときにだけ反応する神経細胞の集まりがあることを見つけました(図6参照)5)。
興味深いことに、塩分に対しては素早い応答が見られるのに対し、水分をとったときの反応は少し遅れて起こることもわかりました。
これは、塩分は口の中で味としてすぐに感じるのに対し、水分は腸で吸収されてから脳に伝わるためと考えられます。
さらに、これらの神経細胞は「GABAニューロン」と呼ばれるブレーキ役の神経に働きかけて、水分や塩分のとりすぎを一時的に防いでいることも明らかになりました5)。
また、この研究から正中視索前核(MnPO)には水分の、腹側分界条床核(vBNST)には塩分の欲求を制御する情報が集まっていることが分かり、ここで情報の整理が行われているのではないかと考えられます(図7参照)。
SFOにおける水分・塩分欲求を抑えるしくみは、主に体液状態にもとづいて持続的に働く一方で、LPBNにおける水分・塩分欲求を抑えるしくみは、 水や塩分を摂った刺激に応じて(体液状態が変化する前に)働いています。 こうした将来的変化を予測して制御する機構をフィードフォワード制御と呼びます。 フィードフォワード制御は、変化を感知してからの制御(フィードバック制御)に対して、正確性には欠けていますが応答速度の面で優れています。 水や塩分を適切に摂取するため、生物はフィードフォワード制御とフィードバック制御を巧みに組み合わせて用いることによって、非常に高度な制御機構を確立していると考えられます(図8参照)。
今後も、この“からだの声”を読み取る脳の仕組みをさらに明らかにしていきたいと思っています。
SFOにおける水分・塩分欲求を抑えるしくみは、主に体液状態にもとづいて持続的に働く一方で、LPBNにおける水分・塩分欲求を抑えるしくみは、 水や塩分を摂った刺激に応じて(体液状態が変化する前に)働いています。 こうした将来的変化を予測して制御する機構をフィードフォワード制御と呼びます。 フィードフォワード制御は、変化を感知してからの制御(フィードバック制御)に対して、正確性には欠けていますが応答速度の面で優れています。 水や塩分を適切に摂取するため、生物はフィードフォワード制御とフィードバック制御を巧みに組み合わせて用いることによって、非常に高度な制御機構を確立していると考えられます(図8参照)。
今後も、この“からだの声”を読み取る脳の仕組みをさらに明らかにしていきたいと思っています。
1. Matsuda T, Hiyama TY, Niimuara F, Matsusaka T, Fukamizu A, Kobayashi K, Kobayashi K and Noda M.(2017) Distinct neural mechanisms for the control of thirst and salt appetite in the subfornical organ.Nature Neuroscience. 20, 230-241.
2. Matsuda T, Hiyama TY, Kobayashi K, Kobayashi K and Noda M. (2020) Distinct CCK-positive SFO neurons are involved in persistent or transient suppression of water intake. Nature Communications 11, 5692.
3. Sakuta H, Lin C-H, Hiyama TY, Matsuda T, Yamaguchi K, Shigenobu S, Kobayashi K and Noda M. (2020) SLC9A4 in the organum vasculosum of the lamina terminalis is a [Na+] sensor for the control of water intake. Eur. J. Phys. 472, 609-624.
4. Noda M and Matsuda T. (2022) Central regulation of body fluid homeostasis.PJA Series B. 98, 283-324.
5. Matsuda T, Kobayashi K, Kobayashi K, & Noda M. (2024) Two parabrachial Cck neurons involved in the feedback control of thirst or salt appetite. Cell Reports, 43, 113619.
6. Matsuda, T. (2025) Neural mechanisms for the control of thirst and salt appetite in response to body fluid conditions and intake behavior. Neuroscience Research, 219, 104941.
II. 血圧制御の脳内機構
塩分摂取を控えると血圧が下がる一つの理由
食塩の過剰摂取によって血圧が上昇することは良く知られた事実ですが、そのメカニズムは長い間謎でした。
その原因は、体液中のNa+濃度の上昇を感知するセンサーの実体と脳領域、シグナルを伝達する仕組みが未解明であったことにあります1)。
私たちは、この塩分依存性高血圧発症の脳内機構を初めて明らかにした研究に携わりました2)。
OVLTのグリア細胞は、体液中のNa+濃度の上昇をNaxチャネルを介して感知しており、
これに端を発したシグナルが神経細胞によって室傍核(Paraventricular nucleus: PVN)を介して交感神経制御中枢である延髄吻側腹外側野(Rostral ventrolateral medulla: RVLM)
へ伝えられ、交感神経活動の活性化が誘導されることが明らかになりました。
この交感神経の活性化による末梢血管の収縮が血圧の上昇を引き起こします(図1)。
肥満やストレスによっても血圧が上昇することが知られています。これも脳内の交感神経制御中枢が活性化することが原因と言われていますが、詳細は不明です。
血圧を制御する脳の仕組み
肥満やストレスによって、血圧上昇因子であるレプチンやAng II、アルドステロン等の血中濃度が上昇しますが、
これらが脳内のどこで感知され、そのシグナルがどのような経路で血圧制御に繋がるのかよくわかっていません。
私たちは、血液-脳関門を欠くsCVOsがこれらの因子を感知しているのではないかと推定しています。
今後、これらの因子の脳内における受容部位を同定するとともに、それぞれのシグナルの伝達経路を明らかにしたいと考えています。
今後、これらの因子の脳内における受容部位を同定するとともに、それぞれのシグナルの伝達経路を明らかにしたいと考えています。
1. Noda M. and Sakuta H. (2013) Central regulation of body-fluid homeostasis. Trends Neurosci. 36, 661-673.
2. Nomura K, Hiyama TY, Sakuta H, Matsuda T, Lin C-H, Kobayashi K, Kobayashi K, Kuwaki T, Takahashi K, Matsui S, and Noda M. (2018) [Na+] increases in body fluids sensed by central Nax induce sympathetically mediated blood pressure elevations via H+-dependent activation of ASIC1a. Neuron 101, 60-75.
Member

松田 隆志
Takashi Matsuda, Ph.D.
特任准教授
Designated Associate Professor
matsuda.takashi.e2★f.gifu-u.ac.jp (★ → @)


豊吉 亨
Toru Toyoshi, Ph.D.
研究補助員
Research assistant
Publication List
-
Matsuda, T.
Neural mechanisms for the control of thirst and salt appetite in response to body fluid conditions and intake behavior
Neuroscience Research, 219, 104941. 2025. -
Matsuda, T., Kobayashi, K., Kobayashi, K., & Noda, M.
Two parabrachial Cck neurons involved in the feedback control of thirst or salt appetite.
Cell Reports, 43, 113619. 2024. -
Noda, M., Matsuda, T.
Central regulation of body fluid homeostasis.
Proceedings of the Japan Academy. Series B, Physical and biological sciences. , 98, 283-324. 2022. -
Matsuda, T., Hiyama, T.Y., Kobayashi, K., Kobayashi, K., Noda, M.
Distinct CCK-positive SFO neurons are involved in persistent or transient suppression of water intake.
Nature Communications, 11, 5692. 2020. -
Sakuta, H., Lin, C.-H., Hiyama, T. Y., Matsuda, T., Yamaguchi, K.,Shigenobu, S., Kobayashi, K., & Noda, M.
SLC9A4 in the organum vasculosum of the lamina terminalis is a [Na+] sensor for the control of water intake.
Eur. J. Phys., 472, 609-624. 2020. -
Nomura K, Hiyama TY, Sakuta H, Matsuda T, Lin CH, Kobayashi K, Kobayashi K, Kuwaki T, Takahashi K, Matsui S,
Noda M.
[Na+] Increases in Body Fluids Sensed by Central Nax Induce Sympathetically Mediated Blood Pressure Elevations via H+-Dependent Activation of ASIC1a.
Neuron 101:60-75. doi: 10.1016/j.neuron.2018.11.017. 2018. -
Matsuda T., Hiyama TY, Niimuara F, Matsusaka T, Fukamizu A, Kobayashi K, Kobayashi K and Noda M.
Distinct neural mechanisms for the control of thirst and salt appetite in the subfornical organ.
Nature Neurosci. ,20, 230-241, 2017. -
Doura T, Kamiya M, Obata F, Yamaguchi Y, Hiyama TY, Matsuda T, Fukamizu A, Noda M, Miura M and Urano
Y.
Detection of LacZ-positive cells in living tissue with single-cell resolution.
Angewandte Chemie International Edition , 55, 9620-9624, 2016. -
Hiyama TY, Yoshida M, Matsumoto M, Suzuki R, Matsuda T, Watanabe E, and Noda M.
Endothelin-3 Expression in the Subfornical Organ Enhances the Sensitivity of Nax, the Brain Sodium-Level Sensor, to Suppress Salt Intake.
Cell Metabol. 17, 507-519, 2013.
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