短寿命¹¹C放射性核種を含有する化学プローブ合成のための高速C-[¹¹C]メチル化反応の一般化

本研究では、長年の共同研究者である鈴木らが独自に開発した「高速C-[¹¹C]メチル化反応」において、最も困難とされていた飽和アルキル炭素同士の高速クロスカップリング反応を実現しました。

薬剤分子で応用範囲が広いベンジル位およびシンナミル位への[¹¹C]メチル基導入条件を確立しました。第一選択肢であったベンジルトリブチルスタナンでは副反応が確認されたため、トリブチルスタナン基質の代わりにボロン酸エステル基質を採用しました。
さらに、塩基性が高く嵩高いホスフィン配位子をパラジウム(0)錯体に導入することで顕著な反応加速効果を見出し、反応温度がベル型の収率曲線を示すことから温度設定が重要な促進因子であることを明らかにしました¹。開発した条件は、実際の¹¹C標識化に有効であることを実証しました。また、¹¹C標識が困難とされていたヘテロ芳香環への¹¹C標識化にも成功し²、多彩な短寿命¹¹C含有PETプローブの迅速合成が可能となりました。これらの成果は、総説として体系的にまとめています³⁴。

図1. [¹¹C]CH₃Iとベンジルホウ素化合物とのクロスカップリングと推定反応機構
  1. H. Koyama, Z. Zhang, R. Ijuin, Siqin, J. Son, Y. Hatta, M. Ohta, M. Wakao, T. Hosoya, H. Doi, M. Suzuki, RSC Advances 3(24), 9391–9401 (2013).
  2. M. Suzuki, K. Sumi, H. Koyama, Siqin, T. Hosoya, M. Takashima-Hirano, H. Doi, Chem. Eur. J. 15, 12489-12495 (2009).
  3. M. Suzuki, H. Koyama, 他4名略, Pd⁰-mediated rapid cross-coupling reactions, the rapid C-[¹¹C]methylations, revolutionarily advancing the syntheses of short-lived PET molecular probes, Chem. Rec. 14, 516–541 (2014).
  4. 古山 浩子,鈴木 正昭、他3名略:分担執筆:「先端の分析法 第2版」,第9章,2. 生体トモグラフィー,3. PET,(株)エヌ・ティー・エス,896–919 (2022).

アルキル化抗がん剤感受性に関わるMGMT不活化剤 O⁶-ベンジルグアニンの¹¹C標識化

O⁶-メチルグアニン-DNA-トランスフェラーゼ(MGMT)は、悪性脳腫瘍の標準的治療薬テモダール(TMZ)が誘発するメチル化DNAを修復し、TMZ耐性を誘起することから、治療予後不良因子として着目されています。本研究は、リアルタイムで標的分子を3次元画像化するPETイメージング技術を活用し、MGMTを標的とした診断用分子プローブの創出をめざすものです。
本論文では、MGMT阻害剤であるO⁶-ベンジルグアニン(O⁶-BG)の¹¹C標識PETプローブの創製を報告したものです⁵。

独自の高速カップリング反応を適用したone-pot合成により、O⁶-BG構造母格の効率的¹¹C標識化に成功しました。当初は、高速カップリング反応の基質として無保護スズ前駆体を選択しましたが、目的とする¹¹C標識体はほとんど得られませんでした。そこで、グアニン部位を複合保護した標識用前駆体を新たに設計し、以前に¹¹C標識合成法の一般化において確立したパラジウム触媒によるヘテロ芳香環上への高速C-[¹¹C]メチル化法を適用したところ、¹¹C標識化が順調に進行しました。さらに、強塩基を用いた高速脱保護反応と組み合わせることで、O⁶-メチルグアニン基本骨格を有する¹¹C標識体を高品質かつ効率的に合成することに成功しました。
なお、本研究は、公的研究支援のもと、基礎から臨床応用までを見据えた橋渡し研究として、独創的かつ学際的な共同研究体制のもとで推進されています。

図2. O⁶-ベンジルグアニン基本骨格の高品質合成の実現
  1. Synthesis of PET probe O⁶-[(3-[¹¹C]methyl)benzyl]guanine by Pd⁰-mediated rapid C-[¹¹C]methylation toward imaging DNA repair protein O⁶-methylguanine-DNA methyltransferase in glioblastoma, Hiroko Koyama, Hiroshi Ikenuma, Atsushi Natsume, Masaaki Suzuki, 他8名, Bioorg. Med. Chem. Lett. 27, 1892–1896 (2017).

(R,S)-イソプロテレノールのヒト投与可能な高品質PET製剤化とPETイメージング

本研究は、アルツハイマー病進行に関与するとされる過剰リン酸化タウ蛋白の凝集を抑制する(R,S)-イソプロテレノール((R,S)-ISO)のfirst-in-human PETイメージング実施に向け、ヒト投与可能な高品質PETプローブの製造法を確立し、ラット前臨床試験で脳PET画像を撮像しました⁶。

(R,S)-ISOのPETプローブは[2-¹¹C]アセトンを前駆体とする還元的アルキル化により合成されましたが、カテコールアミン構造への適用例はなく、当初は極めて低収率でした。そこで以下の最適化を実施しました。

  1. [2-¹¹C]アセトン合成:副反応を抑える精緻な反応条件の設定
  2. 還元的アルキル化:酸触媒条件の最適化、エーテル系溶媒混入防止
  3. 精製・安定化:高極性化合物に適したHPLC分取カラム選択と製剤安定化法の開発

これらにより、ヒト投与基準を満たす高品位PET製剤を調整し、前臨床レベルで有効な脳内イメージングを達成しました。さらに、脳内動態および生体内代謝の解析から、将来のヒト投与に向けた安全性に関する基礎的知見も取得しています⁷。

図3. ヒト投与も可能な¹¹C標識イソプロテレノールの合成と正常ラットの脳PETイメージング
  1. Synthesis of (R,S)-isoproterenol, an inhibitor of tau aggregation, as an ¹¹C-labeled PET tracer via reductive alkylation of (R,S)-norepinephrine with [2-¹¹C]acetone; H. Ikenuma, H. Koyama, Y. Kimura, A. Ogata, M. Suzuki, 他6名, Bioorg. Med. Chem. Lett. 29, 2107-2111 (2019).
  2. Brain pharmacokinetics and biodistribution of ¹¹C-labeled isoproterenol in rodents; A. Ogata, Y. Kimura, H. Ikenuma, H. Koyama, M. Suzuki, 他5名, Nucl. Med. Biol. 86-87, 52–58 (2020).

非環式レチノイド(ACR)の¹¹C標識化とPETイメージングによる脳動態解析

本研究は、本邦で肝がん再発予防医薬として開発された人工誘導体非環式レチノイド(ACR) の高い安定性と、all-trans-レチノイン酸(ATRA)に類似した機能に着目して遂行されました。これまでに以下の成果を得ています⁸⁹。

  1. 独自の高速炭素-炭素カップリング反応に基づき、¹¹C標識ACR PETプローブを開発(図4. A)⁸
  2. ラットおよびサルを用いた脳PET画像撮影により、高い脳移行性と脳全体への集積を確認(図4. B)⁸
  3. 血漿および脳の放射性代謝物プロファイル解析により、予想外に高極性を有する化合物の脳内蓄積増大を観測(図4. C)⁸。代謝によって生じた「高極性レチノイド輸送体」が脳内取り込みに関与する可能性を示唆(図4. D)⁸。
  4. ACRの脳機能保護作用に関する報告は従来存在しなかったが、幹細胞の神経細胞への分化誘導作用およびラット脳出血モデルにおける脳機能障害抑制効果を新たに発見⁹。
図4. ¹¹C標識非環式レチノイドの合成とPETイメージング/代謝物解析
  1. H. Koyama, Y. Kimura, A. Ogata, H. Ikenuma, M. Suzuki, 他13名略,¹¹C-labeling of Acyclic Retinoid Peretinoin by Rapid C-[¹¹C]Methylation to Disclose Novel Brain Permeability and Central Nervous System Activities Hidden in Antitumor Agent, Bioorg. Med. Chem. Lett. 85,129212 (2023).
  2. S. Nakanishi, Y. Kimura, M. Suzuki, H. Koyama, 他6名略,Acyclic retinoid peretinoin reduces hemorrhage-associated brain injury in vitro and in vivo, Eurp. J. Pharmacol. 954, 175899 (2023).

高麗人参有効成分のプロトパナキサジオール(PPD)の¹¹C標識化とPETイメージング

ジンセノサイドは多様な薬理作用を有する高麗人参成分ですが、その体内動態は未解明です。
本研究では、主要代謝物20(S)-プロトパナキサジオール(PPD)を対象に、複雑構造を有する内部オレフィンへの制御型クロスメタセシス反応を実現し、ボロン酸エステル標識用前駆体を合成しました¹⁰。さらに、この前駆体を用いたPd(0)触媒による高速¹¹C-メチル化において、アリル構造に起因する脂質炭素上の過酸化反応の抑制することで、高純度・高比放射能のPPD¹¹C標識化に成功しました。PETイメージングではラット脳への取り込みは低く、マウスで明瞭な肝胆道排泄が確認されました。
本成果はジンセノサイドの汎用的¹¹C標識化法の基盤を提供するものです。

図5.
  1. ¹¹C-Labeling of 20(S)-protopanaxadiol, an aglycon of ginsenoside, based on the use of Pd(0)-mediated rapid C-[¹¹C]methylation of boronic precursors. Y. Ooshima, H. Koyama, Y. Kimura, M. Suzuki, 他6名略,Bioorg. Med. Chem. Lett. 128, 130356 (2025).