ウマヘルペスウイルスの神経病原性発現機構のゲノミクス・プロテオミクス

ウマヘルペスウイルスはアルファヘルペスウイルス亜科に属する2本鎖DNAウイルスである.獣医学上重要なウマヘルペスウイルスは1型および4型である.また,野生動物から9型が分離されている.特に1型はウマのウイルス性流産の原因として知られ,経済的な被害も大きい.近年は1型感染における麻痺をともなう神経疾患の発生数がアメリカ合衆国で増加しており,問題となっている.当研究室ではウマヘルペスウイルスの神経病原性の発現機構を分子レベルで解明することを目的として研究を進めている.


ウマヘルペスウイルスの神経病原性発現機構を分子レベルで解明するためゲノミクスおよびプロテオミクスの手法を用い,解析を進めている.

  • ゲノミクス:ウマヘルペスウイルス9型のゲノム全塩基配列を解読した.現在,日本で分離されたウマヘルペスウイルス1型のゲノム全塩基配列の解読を進めている.ゲノムの比較によりウマヘルペスウイルスの病原性に関与する遺伝子の同定をめざす.
  • プロテオミクス:病原性のことなるウマヘルペスウイルスについて感染細胞における発現タンパク質を2次元電気泳動法により比較解析している.ゲノミクスによる結果とあわせ,病原性発現機構を分子レベルで解明することが目標である.

これまでの研究成果

ウマヘルペスウイルス1型の神経病原性発現機構に関する分子病原学

ウマヘルペスウイルス1型(EHV-1)はゲノムDNAの制限酵素切断パターンにより型別されている.これまでにPをプロトタイプとし16以上の遺伝子型が報告されている.我々はPに次いで広く蔓延している遺伝子型1Bについて解析した.その結果,EHV-1 Bは自然界におけるEHV-1 PとEHV-4の間で生じた組換え体であることを世界で初めて明らかにした.また,この組換えは遺伝子発現制御遺伝子の一つであるICP4遺伝子の組換えを伴っており,神経病原性の変化との関連性を見いだしている.現在,分子生物学的な手法によりICP4遺伝子の神経病原性発現における役割を解析している.(本研究は現在,日本中央競馬会で開発されているEHV-1生ワクチンの安全性に関する研究として実施された)

これらの研究は馬産業に重大な経済的被害を及ぼしているウマヘルペスウイルス感染症の制御を目指すとともに,ウイルスの病原性と宿主域に関する基礎ウイルス学的な側面も併せ持っている.

新しい致死的神経病原性ウマヘルペスウイルスに関する分子生物学的研究

1993年に動物園で発生したトムソンガゼルの流行性脳炎から新しいウマヘルペスウイルス,ウマヘルペスウイルス9型 (EHV-9) ,が分離された.EHV-9の全塩基配列解読,エンベロープ糖タンパク質gEおよびgIの病原性発現における機能解析等を行っている.このEHV-9は未知の自然宿主から動物種の壁を越えて,トムソンガゼルに偶発的に伝播し,致死性の脳炎を引き起こしたと考えられた.このことから,エマージング感染症のモデルとしても研究を進めている.さらに,EHV-9は神経細胞に強い感染性を有することから,病原性を現弱ないし喪失させることにより神経細胞へのベクターとして利用できないか可能性を探っている.また,獣医病理学研究室と共同で種々の動物に対する病原性解析を実施した.

このEHV-9に関連し,アメリカの動物園でシマウマ,オナガーおよびガゼルから分離されたウマヘルペスウイルス1型の解析を行い,これらのウイルスはEHV-1のバリアントであることを見いだした.