心臓血管外科
特色
心臓の手術は、心臓自体に血液を送り届ける血管(冠動脈)が狭くなったり詰まってしまった状態(冠動脈疾患;狭心症、心筋梗塞)において、冠動脈の血流を改善させる手術(冠動脈バイパス術)、全身に血液を送るポンプ機能として、うまく働かなくなった弁を修理する手術(自己弁を温存した弁形成術)や交換する手術(人工弁置換術)などが代表的ですが、手術の対象となる心臓の病気は冠動脈疾患、弁膜症、不整脈、心筋症、先天性心疾患など様々です。それぞれの病気の状態が更に幾つにも分類され、かつ、それぞれに対する手術方法があります。全ての状態において、必ずしも手術が最善というわけではありません。手術が最善であったとしても、手術を行う時期も大事です。当科では循環器内科と共にハートチームカンファレンスを定期的に行い、患者さん個々人の病気の状態に応じて最適な治療方法、治療時期を選択するよう取り組んでいます。その結果、手術治療を選択した場合には、更に様々な術式の中から最適な方法を組み合わせて術式が決まります。心臓の病気が様々であるのと同様に、患者さんの全身の状態も様々です。画一的な手術を行うだけで本当に心臓の機能は改善したのか?期待した通りの手術後経過を得られたのか?現在の指標だけではその評価は十分とは言えません。その疑問を解明するため、当教室では心臓の縮む機能(収縮機能)だけでなく、心臓の拡がる機能(拡張機能)の評価をすべく心臓MRI検査を用いた研究を始めています。それから、患者さん個人個人の運動に耐えうる心肺機能や身体能力(運動耐用能)の評価方法の研究も行っています。また、手術方法としては手術による負担を軽減する為、通常は切開する胸の真ん中の板状の骨(胸骨)を切らずに温存し、肋骨の間から(肋間開胸)内視鏡補助下で行う低侵襲心臓弁膜症手術も行っています。 患者さんそれぞれの心臓の状態のみならず、全身の状態、ライフスタイル…様々な観点において最適な治療を提供できるよう当教室では治療に当たっています。
主な疾患
冠動脈疾患
心臓自体に血液を送り届ける血管(冠動脈)が狭くなったり詰まってしまう事により(冠動脈疾患、狭心症、心筋梗塞)、胸が痛くなったり(狭心痛、胸痛)、心臓の機能が低下したり(心不全)、最悪の場合は死に至ります。これらを予防、回避する他の治療としては薬を飲む(薬物治療)、カテーテルで狭くなったり詰まった血管を広げる(カテーテルインターベンション)、手術で冠動脈の血流を改善させる(冠動脈バイパス術)方法があります。それぞれの治療にはそれぞれ長短所があります。治療効果を最大限得ることができ、合併症や再発を回避できる治療方法を単独あるいは組み合わせて行うべく、上述のハートチームで検討して治療にあたっています。
冠動脈バイパス術は、他の血管を用いて、冠動脈の狭くなったあるいは詰まった部分を迂回する新たな血流路(バイパス)を作る手術です。新たな血流路には他の部位から採取した胸やお腹の動脈(左右の内胸動脈、胃大網動脈など)や足の静脈(大伏在静脈)を用います。一度の手術で複数個所の血流改善を同時に図れることが、この手術の長所の一つです。この手術には人工心肺を用いて行うこともありますが、当科では人工心肺を使用せず、心臓を止めないバイパス術(人工心肺非使用心拍動下冠動脈バイパス術)を積極的に行っております。この方法は人工心肺を使用したり、心臓を止めたりする方法と比較して、体への負担が軽減できる(低侵襲)事が期待されます。
弁膜症
心臓の主な役割は、全身に血液を送るポンプとしての機能があります。その際に逆流を防止するため4つの弁があります。この逆流防止弁が狭くなって血液が通りにくくなる状態(狭窄症)や、うまく閉じなくなって血液が逆流する状態(逆流症あるいは閉鎖不全症)により心臓に負担がかかると、やがて心不全に至ります。心不全による症状(息切れや失神、胸の痛み、足のむくみなど)の改善や、心不全の重症化およびその先にある心不全により命を失うことを回避するための治療方法の一つとして弁膜症手術があります。
弁膜症手術は壊れてしまった弁を取り換える方法(人工弁置換術)や、壊れていない正常な弁の組織を残して弁の機能を回復させる方法(弁形成術)が代表的です。当科では弁形成術に積極的に取り組んでいます。
手術方法としては、胸の真ん中の板状の骨(胸骨)をまっすぐ縦に切開(胸骨正中切開)して手術を行うことが標準的です。当科では手術による負担を軽減する為、胸骨を切らずに温存し、肋骨の間から(肋間開胸)内視鏡補助下で行う低侵襲心臓弁膜症手術を、大動脈弁疾患、僧帽弁疾患などで行っています。この低侵襲心臓手術と呼ばれる方法は胸骨を切らないため、手術後の早期回復や美容上の利点など様々な長所が期待できますが、安全に行うにはいろいろな実施条件があるため、すべての患者さんにおいて実施可能というわけではありません。手術前に十分詳しく検査し、安全に実施できるよう取り組んでいます。
低侵襲心臓弁膜症手術(僧帽弁手術)
右前側方切開、右肋間開胸による僧帽弁疾患手術の手術創部(黄色矢印)です。
低侵襲心臓弁膜症手術(大動脈弁手術)
<左側>右前腋窩線縦切開、右肋間開胸による大動脈弁疾患手術の手術創部(青色矢印)です。
<右側>右手を下すと創部はほぼ見えません。
胸部・腹部(真性)大動脈瘤
胸部大動脈は体の中で一番太い血管です。動脈硬化などを原因として、この大動脈の太さが正常の1.5倍に膨らんだ状態が大動脈瘤です。胸部大動脈の正常の太さは3cm程ですので、4.5cmを越えて膨らんだ状態が胸部大動脈瘤です。
腹部大動脈はお腹の中で一番太い血管です。腹部大動脈の正常の太さは2cm程ですので、3cmを越えて膨らんだ状態が腹部大動脈瘤です。
大動脈瘤は、破裂すると命に関わる病気です。破裂の予防が治療の目標であり、初期治療は降圧療法ですが、破裂の危険性が高い場合は手術を選択します。
破裂の危険性がある胸部大動脈瘤は、①最も太い箇所が5.5cmを越えている、②半年で5mm以上拡大している状態であり、腹部大動脈瘤では、①最も太い箇所が5cmを越えている、②半年で5mm以上拡大している状態です。いずれも手術に向けた精密検査が必要です。大動脈瘤の形態によっては、大きさの基準に達しなくとも破裂の危険性を考慮して手術が必要です。
手術は、根治性の高い人工血管置換術と、低侵襲なステントグラフト内挿術、その併用があります。患者さんの年齢、併存疾患などから、従来の開胸・開腹による人工血管置換手術(open surgery)とステントグラフト手術(TEVAR・EVAR)どちらが最適かを考え適応しています。岐阜大学はそのどちらの手術にも対応しています。
岐阜大学は、大動脈瘤に対するステントグラフト手術を岐阜県内で最も早くから導入し、TEVAR・EVAR合わせて600例を越える手術経験があります。現在は2名の指導医と実施医、放射線科医が協力して手術に当たっています。現在、国内で使用可能な全てのステントグラフトデバイスに対応し、新規導入デバイスもどこよりも早く使用する事が出来ます。
高齢者の弓部大動脈瘤に対しては、体表バイパスを併用したTEAVRを、広範囲の胸部大動脈瘤に対しては、open stentの積極的使用や、開胸手術にTEVARを組み合わせたhybrid手術によって、侵襲を抑える工夫をしています。
上行大動脈瘤、下行大動脈瘤
弓部置換(translocation)後、二期的TEVAR
遠位弓部大動脈瘤に対する
1debranch TEVAR (zone 2)
弓部及び下行大動脈瘤に対する
total debranch TEVAR
弓部・胸腹部重複大動脈瘤に対する
胸部 debranch + 腹部debranch TEVAR
弓部大動脈瘤に対する
Chimney+ debranch TEVAR
開腹手術では、積極的な分枝再建を心がけています。再建不能な内腸骨動脈瘤では、あらかじめ放射線科医に末梢塞栓を行ってもらうことで、開腹時の出血・侵襲を抑える工夫をしています。
腹部大動脈瘤、右総腸骨動脈瘤、右内腸骨動脈瘤
右内腸骨動脈塞栓後に開腹瘤切除術を施行
右総腸骨動脈瘤に内腸骨動脈温存デバイスを使用
胸部・腹部(真性)大動脈瘤
動脈の壁は内膜・中膜・外膜の3層構造で形成されています。大動脈の内膜に何らかの原因で裂け目が出来て、中膜の長軸方向へと大動脈の壁が避けた状態が大動脈解離です。
裂け目が出来た場所と、裂けた範囲、灌流障害(大動脈から分岐する枝への血流が低下することによる障害)の有無によって、治療は異なってきます。
心臓に近い場所(上行大動脈)まで解離が及んでいる場合(Stanford A型解離)は、死に至る危険性が高く原則緊急手術適応です。開胸して、人工心肺装置を使用した人工血管置換術を行います。上行大動脈に解離が及んでいない場合(Stanford B型解離)は、薬物加療の下にガイドラインに準じたリハビリテーションが基本治療です。しかし、B型解離であっても灌流障害による臓器虚血を認める場合は、緊急・準緊急手術が必要です。バイパス手術やステントグラフトによるエントリー(裂け始めの部位)閉鎖が行われます。
裂けた大動脈の壁は薄くなっており、発症して時間が経ってからも大動脈が膨らんでくる危険性があります(解離性大動脈瘤)。急性期を凌いで退院した後も、通院による経過観察が必要です。破裂の危険性ありと判断した場合は、真性大動脈瘤と同様に手術の適応です。根治性の高い人工血管置換術と、低侵襲なステントグラフト内挿術、その併用が、病態・個々の患者さんの全身状態等に応じて、選択されます。
岐阜大学では緊急の開胸手術・ステントグラフト手術、どちらにも対応しております。また、遠隔期治療の必要性を見極めるべく、丁寧な外来フォローを心がけております。
逆行性A型解離に対する弓部置換 + TEVAR
Stanford B型解離後、下行大動脈径の急速拡大
下行TEVAR後、偽腔縮小傾向
閉塞性動脈硬化症
粥状硬化病変により腹部大動脈または四肢の主要動脈が狭窄または閉塞し、四肢が慢性の循環不全をきたす疾患で喫煙の影響が大きいといわれております。自覚症状として、四肢冷感や歩行により下腿筋に疲労感・疼痛が生じ、休息により症状は軽減し再度歩行が可能となる間欠性跛行があります。治療法としては運動療法、薬物療法、ステント治療や外科手術があります。間欠性跛行の増悪や安静時痛はステント留置またはバイパス手術の適応です。
国内では血管内治療が盛んで、どの様な病変でもまずは血管内治療という風潮があります。しかし、岐阜大学では循環器内科とカンファレンスを行い、その適応を判断しています。バイパスや血栓内膜摘除術といった外科手術と血管内治療の、遠隔成績などを考えた適正な実施を行っています。右下肢は外科手術で左下肢は血管内治療という方法や、同一下肢においても、部位によって外科手術と血管内治療を組み合わせて行う方法も選択しています。
右大腿-膝窩動脈バイパス術、
左大腿動脈血栓内膜摘除術施行
診療実績
2014 | 2015 | 2016 | 2017 | 2018 | |
虚血性心疾患 | 13 | 12 | 22 | 47 | 46 |
心臓弁膜症 | 28 | 11 | 33 | 42 | 43 |
先天性心疾患 | 4 | 1 | 3 | ||
心臓腫瘍など、その他 | 3 | 2 | 3 | ||
胸部大血管(TEVAR含む) | 25 | 19 | 18 | 23 | 25 |
腹部大動脈瘤(EVAR) | 64(56) | 51(37) | 49(30) | 68(51) | 60(42) |
閉塞性動脈硬化症 | 5 | 5 | 5 | 7 | 5 |
合計 | 139 | 98 | 131 | 189 | 185 |