味覚に関わる遺伝子の不思議


  動物の味覚として、5つの基本味 −甘味、塩味、苦味、酸味、うま味− が知られています。このうちの甘味、うま味、苦味に関しては、それぞれの味に関係する物質を受け取る受容体が、舌にある細胞の表面に存在しています。それぞれの味覚受容体が、対応する味物質を受容し、信号を脳に伝達することで、私たちは味を感じます。味覚受容体の遺伝子が突き止められたのは、比較的最近のことです。この10年あまりの間に、この分野の研究が急速に進みました。

ネコは甘さを感じない

甘味の受容体は、2つのタンパク質が組み合わさって出来ています。実はネコ科の動物では、その片方の遺伝子が壊れていることがわかりました。つまり、正常なタンパク質が作られず、甘味物質が受容されないため、甘さを感じることができないのです。甘さを認識し、甘いもの −例えば熟した果実や蜜など− を積極的に食べることは、多くの動物にとって、生存上の利益があると考えられます。しかし、ネコ科動物は肉食であるため、甘さを認識できなくても不都合はなく、進化の過程で遺伝子が壊れてしまったと考えられています。

一方、イヌ科やクマ科など、食肉目に属する他のグループでは、この遺伝子は壊れていません。ただ、遺伝子の塩基配列は、種毎に少しずつ異なっています。それに対応して、どの物質を甘いと感じるかが違っているようです。例えば、レッサーパンダは、食肉目の中では唯一、人工甘味料を認識できると言われています。私たちの研究室では、これらの遺伝子を調べることで、それぞれの種の味覚の違いを明らかにし、さらに、それが食物選択において果たしている役割を解明しようと考えています。

腸で味を「感じる」?

最近、味覚受容体の遺伝子や、味覚信号の伝達に関わる物質の遺伝子が、舌以外の場所でも発現していることがわかってきました。例えば、ヒトやマウスで、これらの遺伝子が、十二指腸や小腸などの消化器官で発現していることが確認されています。これらの遺伝子はどんな働きをしているのでしょう?甘味物質を、腸に存在する受容体が受け取ったら、おなかの中で「甘い」と感じる... なんてことは、経験的にはありませんよね。実際には甘いとは感じないものの、糖などの存在を消化器官が認識することで、ホルモン分泌の調節などがおこなわれているのではないかと推測されています。でも、詳しいことはまだわかっていません。私たちは、この謎にも取り組み始めています。

(2011年4月)

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