トラ・ゲノム? −寅年を迎えて−


  「ゲノムって何?」 DNAや遺伝子という単語は巷にあふれるようになりましたが、それに比べるとゲノムという単語はまだ一般的でないようです。ゲノムとは、その生命体が持つ遺伝情報の総体を意味する言葉です。簡単に言えば、ヒトの場合「22本の常染色体と2本の性染色体(XとY)に含まれるDNAの塩基配列の総和」です。(「23対合計46本の染色体に含まれるDNAの塩基配列の総和」と定義されている場合もあります。)ヒト・ゲノムは、塩基(A、G、C、T)が約30億個も並んだ大きさを持っています。遺伝情報の総体ですから、その配列がわかればヒトの生物学的理解は一気に進みます。今から20年前にヒト・ゲノム配列を明らかにしようというプロジェクトが提唱された時には、その実現性に疑問を投げかける研究者がたくさんいました。しかし、その後の技術の進展により、ヒト・ゲノムの解析は急速に進み、2001年にはゲノムの概要が、そして2004年には「完成版」が学術雑誌上に発表されました。

ヒトだけではありません。2005年には、ヒトと最も近縁な動物だといわれるチンパンジーのゲノム配列が発表されました。驚くべきことに、ヒトとチンパンジーの塩基配列の違いは1%程度しかありません。それではヒトをヒトたらしめている、あるいはチンパンジーをチンパンジーたらしめているのは何なのか、多くの研究者がこの1%の違いの解明に挑んでいます。この他の哺乳動物では、重要な実験動物であるマウスやラットをはじめ、イヌやウシなどのゲノム配列が次々と明らかにされています。昨年11月には、ウマのゲノム配列が発表されました。ネコについても、ゲノムの概要が明らかになっています。

では、トラはどうでしょう。残念ながら、トラのゲノムはほとんど研究されていません。ゲノム解析が進行中の動物のリストの中にもトラは見当たりません。でも、もしかしたら数年後にはこの状況は一変しているかもしれないのです。昨年末に、何と1万種の脊椎動物のゲノム配列を明らかにしようという計画が発表されました。この計画は "Genome 10K project" と呼ばれています。多くの動物が絶滅の危機に瀕する今だからこそ、このような計画に急いでとりくむ必要がある、代表者はこのように述べています。この計画が実現すれば、動物の多様性とそれを生み出した機構の理解が進むことでしょう。1万種の中には、当然トラも含まれています。トラ・ゲノムが明らかになれば、そのうちに黄色と黒の縞模様を持ったネコが作りだされるかもしれませんね。

(2010年1月)

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