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インドの切花生産

 バンガロール周辺は,インドの大切花生産地です。インドの切花生産地の総面積は1997年のデータで64,768haで,バンガロール北西部のKarnataka州(19,161ha:29.6%)と南東部のTamil Nadu州(14,194ha:21.9%)で全体の50%の面積を占めています。今回訪問したMeghna Floritech社,Blooms & Greens社,Rosette Agro-tech社はKarnataka州にあり,Tanflora社はTamil Nadu州にあります。

 バンガロールの緯度は北緯12度で,インド南部に広がる標高900〜1,000mのデカン高原の南端にあります。年間の気温の推移と降水量は下の表のような状況です。
バンガロール市の年間気温および降水量の変化
   1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
最低気温(℃) 15.1 16.6 19.2 21.5 21.2 19.9 19.5 19.4 19.3 19.1 17.2 15.6
最高気温(℃) 27.0 29.6 32.4 33.6 32.7 29.2 27.5 27.4 28.0 27.7 26.6 25.9
降水量(mm) 2.7 7.2 4.4 46.3 119.6 80.6 110.2 137 194.8 180.4 64.5 22.1
降雨日数 0.2 0.5 0.4 3.0 7.0 6.4 8.3 10.0 9.3 9.0 4.0 1.7
 年間の気候は,降水量から乾季(11月〜4月)と雨季(5月〜10月)に分けられ,気温から3月〜5月が夏季となります。
 バラの生産に適した時期は9月から翌年4月迄で,5月から8月まで輸出されない理由は雨季(夏季)にあります。日射量が低下し高温が続くため,花型が小さくなり,病気等も発生するためです。
 赤道周辺の高地は年中快適な気候が続き,「エアコンシティ」といわれる都市があります。バンガロール市もその一つに数えられていますが,ケニアやエクアドルのような赤道直下の2,000m以上の高地に対して,標高が1,000m程度と低いことに加えて,北緯12度と赤道直下ではないために若干の気温の変動があり,夏季や雨季に相当する時期には必ずしもバラの生産には適さない時期が存在します。幸いこの時期は切花消費が低下する時期であり,インドから日本への輸出は下図のような消長を示すことになります。


第1図 インドからの切りバラ輸出の月別推移

インドの切りバラ輸出産業

 インドのバラ産業は,1990年前後に始まった国家規模の農産物輸出奨励政策によって発展してきました。生産施設施整備に関わる資金を融資し,3年間で融資を受けた金額に相当する輸出額が得られた場合には受けた融資額の返済を免除されるというものです。
 インドから日本へのバラの輸出は1994年頃から始まり,主な輸入商社はクラシック,ワイエムエスなどです。
 訪問したMeghna Floritech社とBlooms & Greens社の日本への輸出は月・水・金の週3回で,平均50,000本/回が輸出されています。単純に計算すると,9月〜4月までの約30週×3回×50,000本=4,500,000本ですが,12月や3月の輸出量が増加するため,Meghna Floritech社とBlooms & Greens社の両社をあわせた日本向け輸出量は約600万本です。日本がインドから輸入しているバラは約4,000万本といわれていることから,その15%を占めていることになります。
 ちなみに,Meghna Floritech社のオランダ向け輸出量は500万本,Blooms & Greens社は250万本程度と推定されます。インドからオランダ向け輸出の最大の需要期はバレンタインデーで,赤バラを中心にMeghna Floritech社100万本,Blooms & Greens社50万本を輸出しています。ヨーロッパ向け輸出の最近の傾向として,FloraHolland花き市場取引ではなく需要会社への直接納入(市場外取引)が増加しているとのことです。主な取引先はインターグリーン,ウォールマートが挙がっていました。
 今回の聞き取り調査から,最近のニュースとしてオランダ資本がインドに進出し始めたとのことです。従来のインド型の9〜4月の季節生産ではなく,加温施設を導入した周年生産を行っているとのことです。
インドの切バラ輸出国とその割合
日本 ヨーロッパ 中東諸国 香港 シンガポール
32.90% 36.70% 2.70% 1.40% 1.10%
「Cut Flower Production in Asia」(FAO report 1998)


第2図 インドからのバラ輸出本数の推移

 インドからのバラの輸出は,日本国内の主要花き市場からの支援もあって,1995年頃から急速に増加し始め,大量の低価格な切りバラが入ってきました。しかし,インド政府の目は工業,IT産業へと向けられることになり,切りバラ生産および輸出奨励政策は1990年代後半には終了して政府からの大幅な支援はなくなりました。このことはインドからの輸出量にも大きな影響を与え,第2図に示したように1997年までの輸出本数の急速な増加はその後安定しています。
 現在,インドから輸出されたバラは市場価格で40円/本程度で取引されていますが,この金額を基準に,今回の聞き取り調査から生産価格などを試算してみました。
●航空運賃は100ルピー(260円)/kgとのことで,60cmの切花長で約300本/10kgですので,1本当たりの航空運賃は9円になります。これに市場手数料,植物検疫費,輸入商社手数料などを加えると,15円/程度の経費がかかると思われます。ただし,バンガロールからの切りバラ輸出に対して5%の補助政策がとられているとのことです。

●肥料・農薬費は1.2円/本で,人件費・施設減価償却費・国内輸送費等は8円/本とのことでした。
40円(日本市場価格)−15円(輸出経費等)−1.2円(肥料・農薬費)−8円(人件費など)=15.8円(生産会社引渡価格)
 訪問したバンガロール花き市場での市場価格は4〜6.5円/本でしたが,日本への輸出用の高品質な切りバラの国内販売価格は12円(5ルピー)で,高値の場合には35〜40円(14〜15ルピー)の価格で販売されています。輸出用のバラは植物検疫でのロスも多く,今回の聞き取り調査では,輸出用のバラ生産の損益分岐点は25円/本程度とのことでした。
 インドから日本への切りバラ輸出には日本の花き市場が深く関与していたこともあって,日本での取引は花き市場を経由しています。しかし,近年のバラの市場価格の低下はインドの生産会社にとっても経営上大きな問題となっています。今回の訪問で,しきりに「市場外で直接取引を希望している会社を紹介して欲しい」との要望を強く受けました。当然,日本への輸出は「儲かる商売」ではなく,輸出先は日本からオランダにシフトさせており,2006年の実績としてオランダ60%,日本40%の割合とのことでした。

インドからの切りバラ輸出の将来予測

 インドの切りバラ輸出の将来を予測することは難しいかもしれませんが,今回の訪問からの感想を含めて大胆に予測してみましょう。
 切花産業は,インド国内のなかで大きな産業として認識され始めています。1haあたりの雇用者数は75人で,インドのバラ生産面積を250haとすると19,000人の雇用者数になります(日本輸出本数8000万本,日本輸出割合40%,輸出割合50%)。恐らく切花産業全体では20万人程度の産業ではないかと考えます。切り花生産会社は都市部にはなく,特に雇用企業が少なく教育が行き届かない農村部にあることを考えると,ITなどの特別な知識を必要としない就業場所の提供という点では大きな役割を担っているといえます。
 インドは21世紀の主役といわれるBRICs諸国の一員であり,国内産業も急速に成長しています。富裕層も急増しており,2007年版世界長者番付によれば,日本24人を抜いてインド人は36人が該当しています。ちなみに,BRICs諸国ではロシア53人,中国20人です。
 インドの都市間の主な交通機関は鉄道ですが,数多くの航空便も運行されており,高速道路の整備も始まっています。デリー市内では2010年にデリー市で開催されるアジア大会に向けて高速道路の整備が行われており,インド各都市を結ぶ高速道路網の整備が行われていました。

 

 一般のインド人の給料は,大卒の初任給が12,000ルピー(31,200円),バラ生産会社の労働者の賃金は1日50〜80ルピー(130〜208円),月給は1,500〜2,000ルピー(3,900〜5,200円)とかなり低い水準ではありますが,今後急速に上昇するものと推定されます。
 また,町中には花店がかなり見られ,宿泊したホテルにも切花が多く飾られていました。このように,インド国内の花消費習慣は日本よりも高いかもしれません。実際に,今回訪問した時期は3月と輸出量が減少し始める時期でしたが,訪問した生産会社の販売先は国内75%,海外25%とのことでした。

  

 

 切花の消費は「分化のバロメータ」ともいわれ,経済が成熟するに従って切花消費は高くなります。インド国内での現在の切花消費はまだまだ少ないかと思いますが,GDPが毎年10%前後の経済成長を遂げると,5年後には大きな切花消費国となると推定されます。また,政府からの切花輸出奨励政策が転換され,前述のように切りバラ輸出価格が損益分岐点ギリギリの状態であることから,輸出産業としてのインドの切りバラ生産は現在大きな転機をむかえていると言えます。
 APEDA(インド農業・加工食品輸出開発局)の切花輸出奨励政策によって切りバラ輸出が保護されたことによって,採算を度外視したバラの輸出が行われ,日本国内で「インドのバラは安い!」といったイメージが植え付けられたために現在のインドのバラ産業は大きな影響を受けています。今回の訪問先では,いずれの生産会社の担当者も「中東諸国への輸出に期待している」との言葉が聞かれ,中東諸国での販売価格はそこそこの品質のバラが15円/本で,経営的にも採算が取れるとのことでした。
 インドからの輸入バラのメリットは,「低価格で品質が良く定期的な大量需要に応えられる」ことです。この需要は日本国内の大手スーパーや切花チェーン店などには魅力的です。インドの競争相手国はケニアや中国であり,ケニアはインドに対して品質では有利に立っているものの輸送経費ではインドの方が有利です。しかし,ドバイフラワーセンターが稼働し始めた場合にケニアの品質の高さはインドにとって大きな驚異になるものと考えられます。一方,中国は品質面でインドに劣るものの輸送経費では優位に立っており,中国の生産技術の向上次第ではインドは劣勢に立たされると考えます。しかし,中国はインドと同じBRICs諸国の一員であり,中国国内の消費の高まりとともに輸出能力が急速に低下するものと推定されます。
 このように考えると,輸出産業としてのインドの切りバラ生産は国際競争のなかで必ずしも有意な立場を確保していません。したがって,今後インドからの切りバラが増加するとは考えられず,むしろインド国内の経済成長に伴う国内需要へと転換していくとの感想を持ちました。

インド雑感

【日本人のインド進出】
 インドでは「車はスズキ」といわれるほどMaruti Udyog社(MarutiSuzuki)の車が走っています。スズキは日本では軽自動車のトップメーカーですが,インドでは50%のシェアを持つ自動車メーカーで,韓国の現代自動車(Hyundai)とトップを争っています。スズキはインドの将来性を見越して1970年代にインドに進出し,高度経済成長を遂げるインドの象徴となっています。
 インドは今後間違いなく経済発展を遂げ,切花大消費国となると予想されています。これに対して日本は人口が減少し,切花消費量が低下し始めます。世界最高品質の切花を生産する技術を持つ日本の生産者は,これから縮小する日本の国内マーケットに固執するのではなく,スズキ自動車のようにインドに打って出る気概を持って欲しいと思います。

 

【インフラの整備が重要】
 インドの切花産業はバンガロールを中心に発展してきました。バンガロールからの輸送は航空便を用いて行われます。生産会社はいずれもバンガロール空港から数十kmの所に位置していますが,空港までの道路の舗装は充分とはいえません。幹線道路こそ舗装工事が急速に進んでいますが,枝線の道路はまだまだ未舗装の道路が多く,一方,バンガロール市内やデリー市内は猛烈な交通渋滞でした。インドの切花生産がさらに発展するためにはインフラの整備が不可欠だと感じました。

   

 大都市間は航空便が充実していますが,航空機を利用できる国民はほんの一部で,一番の交通機関は列車です。しかし,未だに時刻通りの運行は期待できないといわれています。
 15年前に農水省の後輩から聞いた冗談のような話です。
 「列車が1時間遅れで到着したので,話に聞いていたほどではないと思い駅員に切符を見せました。しかし,駅員はこの列車はあなたの切符では乗れないといいます。良く聞いてみると,この列車は昨日の列車で,自分の乗る列車は明日到着かもしれないとのことであった。」

 もう一つ宿泊したホテルで困ったことですが,インターネットの設備が全く整っていませんでした。「インドはIT国家なので,いつでもインターネットができる」と思ってパソコンを持ち込んだのですが,無用の長物になってしまいました。インドはコンピュータソフト開発者の育成では大きな力を発揮していると思いますが,国全体のインターネットの普及は未だこれからという所でした。少々驚きの事実でした。
【環境対策の重要性】
 インドの切りバラ生産は養液土耕で行われており,バラの成長に必要な養液を点滴で間益しています。しかし,イスラエルのように完全な養液制御ではなく,かなり余分に養液を供給しているため,高畝の畝間には余剰養液が滞留していました。
 インドは雨季があり9〜10月の降水量は200mmと多いため,大きな問題になりにくいかもしれませんが,地下水への硝酸態窒素の汚染が心配されます。世界的な切花生産国であるケニアやエクアドルが地下水や河川の汚染を招いて大きな社会問題となってきていることを考えると,飲料水の大半を地下水に依存しているインドでも今後問題となってくることは間違いないと思います。
 また,各所でゴミ問題が目に付きました。プラスチックゴミが至るところで不法廃棄されていました。

 

【経済成長の原動力】
 ヒンズー教では,3月20日が新年にあたるそうです。今回のインド視察は3月17〜21日でまさに大晦日から正月のまっただ中に当たってしまいました。訪問した生産会社の皆様には大晦日や正月に訪問計画を立てる不埒な輩と思われたかと思いますが,親切に対応いただいたことに感謝するとともに,深く反省しました。
 新年を祝う行事が各所で行われており,途中の農村ではお祭りが行われており,沢山の子供たちに取り囲まれてしまいました。バンガロール市から車で1時間ほどの農村では無邪気な子供たちが裸足で遊んでいました。日本の昭和20〜30年代を思い起こさせる風景でした。
 経済学者から聞いた言葉です。「経済成長率は貧富の格差と比例する。」
 日本では格差社会といわれていますが,インドの貧富の格差に比べればそれ程でもありません。インドには世界長者番付に数えられる大富豪と裸足で歩く子供達が同じ国の中で生活しています。

 

 通訳をしてくれたインド人の言葉です。「今は中国とインドはアジアの中で競争相手ですが,中国は一人子政策で人口の増加は見込めないのに対して,インドはまだまだ人口が増加します。20年後は必ず若いインドがアジアの中心になります。」
 自国を正面から誇りに思う国民性は,日本の40年前を思い起こさせる元気さを感じました。

【その他の感想】
● ガソリンは国際価格
 インドは日本と同じように石油を産出しない国です。したがって,ガソリンの価格は日本と全く同じで,下の写真のように軽油は91.6円/リットルでした(19.88リットルが700.08ルピー(1820円))。都市部の大卒の初任給が30,000円,農村部の労働者賃金が4,000円から見て,日本の物価の1/10〜20と考えることができます。このガソリン価格の高さは,様々な点でインドの経済発展の障害となる可能性を感じさせます。

●ビールはおいしい!
インドではアルコールは飲めないと聞いていたのですが,食事の度においしいビールを味わいました。地域ごとに地ビールがあり,私のお気に入りの1つでした。

 

●美しい!
今回の視察で唯一の観光地「フマユーン廟(Humayun’s Tomb)」です。タージマハルのモデルとなったといわれており,インドの歴史を感じさせる建物でした。

 

ブラジルの国花のイッペーとジャカランダが咲き乱れていました。

 

●ビックリしたこと
【定員オーバー】
 下の写真はスズキのワゴンRで4人乗りが普通ですが,なんとこのワゴンRから大人4人と子供5人が出てきました。信じられない光景でした。

【野良牛】
 野良犬ではなく「野良牛」がデリー市内を歩いていました。噂では聞いたことがありましたが,まだまだいるんですねぇ・・・。

【製造年月日のないジュース】
 空港で買った缶ジュースの裏を見てビックリ。製造年月日が印字してありませんでした。特に味には問題ありませんでしたが・・・。

【人力車?】
 下の写真のような客を乗せて走るオート三輪が一杯走っていました。このオート三輪の名前を聞いてびっくり。「オート・リキシャ」といいます。「自動で走る人力車」の意味ということです。こんな所に日本語が生きているんですねぇ。