研究分野解説
理想の社会を考える
岐阜大学地域科学部 地域文化学科 府川純一郎(社会哲学)
社会哲学とは何か
動画の途中、府川の専門分野は「社会哲学」だと説明しています。少々耳慣れない分野だとは思いますが、皆さんも、厳めしい顔をした哲学者が、「存在とは何か」「真理とは何か」「愛とは何か」などと問うている姿はイメージできると思います。その問いが「社会とは何か」になったもの、と考えて頂ければ、まずは正解です。さて、社会を哲学的に考えるとなると、社会を構成している価値観、 規範、文化、制度など、それらの形成過程や本質について深く考えることになりますが、さらに一つ、大きな特徴があります。例えば、先の存在や真理などは、とりあえず私たちとは無関係に、それ自体としてあるのものだと想定されます。そして哲学を通じて、その認識を十全にしていこうというわけです。ところが社会というのは、私たちと無関係には存在し得ないだけでなく、常に変動し続け、(ときにどれほど難しくみえようとも)自分達の手で作り直すこともできる対象です。ですから、「社会とは何か」という問いは、私たちがそこで生きたい、生きるに値すると思えるような、真の - 理想の - 社会とは何か、という問いをも含み持つことになります。深刻な問題や矛盾を持つ、生き難い社会を前に、あるべき社会の姿を思考し、それを実現する方法について考えることは、社会哲学の最大の課題であると言えます。
社会を構成する要素
理想の社会を考えるためには、社会の様々な構成要素に立脚することが大切です。その一つとして、ミニ講義では愛知トリエンナーレなどを例に、「表現の自由」について考えました。自分の表現、言説、行為が妨げられないことが、最大限保証されている社会、そういう社会をとてもよい社会だと考える人たちは確実にいます。その一方、それらには一定度の制約をかけなければ、人々の節度や良識が損なわれ、社会的秩序が揺るがされる、つまりよい社会ではなくなってしまうと主張する人々も、とても多くいます。どちらも、自由や秩序の大切さを理解し、同じ目的=よき社会を目指しているのですが、そのありかた、線引きや優先度を巡って、激しい対立が起こっているわけです。こうした、言わば、社会哲学的な葛藤には、これまで多くの哲学者が取り組み、彼らなりの答えが示されてきました。その中に(残念ながら)絶対的と言える解答はありません。しかし私たちは、自分が納得できないものも含め、それら答えのストックを多く、深く、増やしていくことで、眼前の問題に対し、より適切な認識と対応をすることは可能になります。社会哲学を学ぶ意義や、実践的な有効性の一つも、そこにあると言えるでしょう。
課題はいくらでも見つかる
ここまで読んでみて、自分は社会とかには、あまり興味がないな、と思った方もおられるかもしれません。自分は文学とか、言語とか、理系分野に興味があるのだ – それはとてもいいことだと思います。ですが、人間が社会的な存在である以上、人間の行為や興味の対象の殆どは、少なからず社会に繋がっています。例えば、最近府川は自然や生命について関心があります。なんだ、社会と自然なんて、真逆の領域じゃないか、と思われるかもしれません。ところが、よい社会の構成要素に、豊な自然環境や美しい景観に恵まれることをあげる人は、相当数います。止まらない自然破壊は止まらない消費社会とセットの現象であり、自然との関係を見直すことが、社会の深刻な問題を解消する糸口になるかもしれません。また生殖医療や遺伝子操作技術の目覚ましい向上は、裕福層により高い能力や魅力的な身体が付与されることを当然とする社会を構築しかねません。このように、社会哲学は、様々な分野を横断し、多くの興味関心と繋がることができる分野でもあるのです。
教員からのメッセージ(岐阜大学地域科学部 地域文化学科 府川純一郎)
自分の学生時代を振り返り、素直な自己認識を申し上げれば、興味の幅が無駄に広く、なかなか特定の専門に腰を据えられないまま、社会学やら哲学やらを広く浅くやってきただけの人間です。ですがその分、多くの領域や関心、或いは様々な現実世界の事件や言説を結びつけて、哲学的に考えることだけは少しだけ自信があります。講義でも、最近或いは昨日社会で起こったことを、多く組み入れて展開できるよう意識しています。哲学は象牙の塔に篭って、浮世離れした(それはそれで重大な)問題に取り組むだけではなく、今、私たちが息をしている社会に即応する、思考の営みでもあることも、皆様に知って頂ければと思っています。
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