性フェロモンとその防除への応用
 
 性フェロモンってなに?
 性フェロモン(Sex pheromone)とは、配偶行動において異性間のコミュニケーションに利用される化学物質の総称です。地球上の多くの生物では、配偶行動を起こす刺激として、異性の存在が必要になります。その存在を知らせるために、視覚や聴覚、そして嗅覚が用いられます。それら異性の存在を知らせ、交尾に至らしめる匂いのことを、性フェロモンと呼んでいるのです。
 現在までに性フェロモンの役割が解明されている種の多くでは、♀が揮発性の性フェロモンを放出し、♂がその匂いをもとにして♀を探し出します。♀は性フェロモンを放出することにより、同種の♂に対し自らの場所を知らせ、♂の交尾行動を誘導するのです。
 性フェロモンの単離同定は、1961年にButenandtらによりカイコガについて行われました。その後も性フェロモンの研究は活発に行われ、多くの昆虫でその化学構造が解明されています。例えば鱗翅目(チョウやガの仲間)では、現在までに500種以上で性フェロモンが同定されています(参考サイト)。
 しかし、そのほとんどが鱗翅目昆虫、とくに農業害虫で行われた研究であり、鱗翅目以外の多くの昆虫については、その研究はあまり進んでいないのが現状です。鱗翅目以外では貯穀害虫やコガネムシ・カミキリムシなどでの研究例があります。
 
 害虫防除への応用

 性フェロモンの同定と合成の成果は、昆虫学、とりわけ害虫を防除する応用的な分野で注目され、合成された性フェロモン(以下合成性フェロモン)を用いた害虫の個体数管理が議論されるようになりました。性フェロモンを防除に用いることは、旧来の薬剤による防除法と比べ、下に示すようないくつかの利点があります。

[ 性フェロモンを用いた害虫防除の利点 ]
□ 目的の害虫以外の生物(天敵や鳥、魚、人間など)に無害である
■ 容易に分解され環境汚染の心配がなく、扱いが安全で簡単なこと
□ 抵抗性ができにくい
■ 数ヶ月間効果が持続する
□ 天候にあまり左右されない

 以上の利点から、性フェロモンを用いた防除法は、農薬に代わるクリーンな防除法として期待されています。しかし、農業の現場において性フェロモンは万能ではなく、性フェロモンのみを用いた防除はほとんど成功していません。そのため最近は、総合的防除(Integrated Pest Management: IPM)の主翼としての役割に強い期待がかけられています(参考サイト)。
 

 性フェロモン剤による害虫防除 - 3つの方法
 性フェロモンを使った害虫防除法には、大きく分けて3つの方法があります。
 

1. 大量誘殺法

 合成性フェロモン剤に誘引された虫を、水や粘着板で捕らえてしまうことによって、異性との交尾率を下げる方法のことです。交尾する相手が減ってしまうことから、産卵できる♀を減らし、次世代の発生を抑えることができます。しかしこの方法は、見かけ上大量の個体がトラップに誘殺されていても、繁殖率の低下までには至らないことが少なくないため、一部の昆虫においてのみ実用化されている方法です。

2. 発生予察法

 性フェロモンに寄ってくる個体の数をモニタリングすることによって、今後発生する虫の数とそのピークを予想し、事前に防除法や薬剤の散布時期などを推定する方法です。性フェロモンそのものの捕殺効果はあまり期待できませんが、既存の防除法をより有効にするための手段で、数種の蛾類やコガネムシなどで実用化されています。

3. 交信攪乱法

 高い濃度の合成性フェロモンを農作地全域に放出することで、異性の探索・発見を困難にする方法です。農場に満たされた性フェロモンのために、交尾すべき異性の居場所をつきとめられなかったり、嗅覚が慣れによって麻痺してしまう(鼻馬鹿現象)ため、異性を発見できず交尾に至らない個体が増加します。
 その結果、未交尾のまま産卵する♀が増えてしまい、次世代の繁殖率が低下します。特に、害虫の密度があまり高くない場合に効力を発揮する方法です。
 性フェロモンを用いた防除では、この方法が最も一般的に用いられており、国内外の様々な農業害虫(特に果実を加害する蛾類)に対する交信攪乱剤が市販されるに至っています。

交信攪乱法の模式図。♂は♀の出す性フェロモンをたよりに♀までたどり着く(上)が、合成性フェロモンが空気中に散布された状態では、♀の位置を特定することができない(下)。
 

 
 
(岩瀬 由幸・中 秀司・鈴木 悠介)
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