家畜解剖学への道

 橈骨、外果、矢状、鼻切歯切痕、菱形筋、腹鋸筋、椎窩、茸状乳頭、鋤骨篩骨縫合...。とにかく解剖学の名前は難しく、やたら馴染めない漢字が多い。パソコンで一括変換できない。番書しながら字が思い出せない。手元にある家畜解剖学用語集では、「上腕骨」に対し実に35個にもおよぶ学名が載っている。


 家畜解剖学は動物や植物を含む形態学の一部である。形態学は目で見て、手で触れ、あるいは中身を観察して理解する学問で、百聞一見に如かずの世界である。形態学の書物(教科書や専門書など)は観察した事項を記述しているにすぎない。また図譜が多いもの形態学の特徴でもある。内容は大まかな括り(骨学、消化器系、循環器系、呼吸器系など)はあるが、一頁から読む必要はなく、どこからでも読んでもいい。開いたページから解剖学が始まる。


 形態学の勉強は視覚により実像を理解する思考過程である。これに対極するのが数学や理論物理学など、紙と鉛筆を用いて、頭の中で創造力を駆使して理解する学問である。秀才は一を聞いて十を知ることになる。しかし形態学では一を聞いても一を知ることははなはだ難しい。この形態学独自の学問体系が、解剖学の教科書を購入し、机の前で勉強意欲を持ちながらも、最初の数ページを読んだ段階で、困惑感や挫折感を味わう要因であり、また一般に形態学の講義は面白くないとしている一面でもある。


 解剖学は他の科目に比べ実習時間が多い。臓器を手にし、細やかに観察することが講義(1コマ、90分)を受けるよりもはるかに理解度が増す。解剖学は地道な学問で習得するのには比較的長い時間がかかることを肝に銘じ、骨、筋肉あるいは内臓を一つ一つ観察し(大きさ、硬さ、弾性、色、結合組織の量)、図譜(教科書)と見比べながら漸次理解を増やすことが肝要である。したがって、試験直前になって、徹夜勉強で一気に暗記しても、その内容は試験が終わればすぐさま忘れ、長くは身につかない。解剖学は記憶力のテストではない。


 勉強の手段にスケッチが推奨される。写真は良くない。スケッチは臓器を理解あるいは意識してその形なり線を描くわけで、臓器が有している特徴を把握できる。絵心のある者はとりわけ理解が早い。写真はただ写っているだけに他ならない。


 組織学は顕微鏡を利用した解剖学であり、別名顕微解剖学とも呼ばれる。組織学は本来、上皮組織、支持組織、筋組織、ならびに神経組織など特定の細胞集団の構造を理解することである。一方顕微解剖学は器官あるいは臓器を理解することを対象としている。しかし実際に顕微鏡を覗くと、臓器は4つの組織が交織をなす構造なので組織学と顕微解剖学を意識しながら区別することはそれほど有益なことではない。従って通常組織学と顕微解剖学は同義に解釈されている。組織学を勉強する時も肉眼解剖学の時と同様に、組織標本を隈なく全体を観察することが大切である。組織標本はヘマトキシリン_エオシンで染色された切片が標準である。染色性の違い、細胞の形・大きさの違い、核の染まり具合などを観察し、スケッチをすることである。顕微鏡下では肉眼解剖学と異なり、直接細胞に触れることができないので、スケッチがその代わりをする。


 スケッチは肉眼解剖学と顕微解剖学を通じ、形態学を理解する上で非常に有効な手段である。実習毎に1枚ずつスケッチし学名を記入すれば、実習を終了したときに解剖学が身についたことが実感できるはずである。良いスケッチは図を見ただけで、臓器を髣髴させてくれる。

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